第四幕 第十九話:泥舟の密談と、死神の優雅な休日
暗礁宙域のデブリ帯の陰。
ひっそりと身を潜める二機のマギアナイトのコックピット同士を繋ぐ通信回線には、ひどく噛み合わない、しかし奇妙な熱を帯びた密談が交わされていた。
『——いいか、ナーシェン。俺の記憶が正しければ、この宙域の座標X−77付近に、中盤の隠しイベントで手に入る強力な兵器……「旧帝国の遺産」が眠っているはずだ』
連邦軍の最新鋭機『ゼニス』のコックピットで、カナタは痛む肋骨を押さえながら得意げに語った。
彼にとってこれは、ゲームの『ダークヒーロールート』における最初のクエストである。隠しアイテムを手に入れ、俺ツエーをしてヒロインたちを見返すための、完璧なシナリオ(妄想)だった。
「旧帝国の遺産だと……? 馬鹿な、なぜ連邦の若造がその名を知っている!」
対するナーシェンは、中破した『ブラッド・ローズ』の中で驚愕に目を見開いていた。
カナタが「ゲームの隠しアイテム」として語ったその場所は、かつてこの銀河を支配していた旧帝国の『封印された秘密兵器庫』の座標そのものだったからだ。統一派の上層部ですら、その正確な位置を特定できていない最高機密である。
『俺は特別な存在(主人公)だからな。これからの展開はすべて俺の頭の中に入っている』
カナタが鼻で笑う。
『その兵器庫のロックを解除するキーコードも知っている。お前は俺のサポートをしろ。そうすれば、お前のそのボロボロの機体も強化してやるよ』
「(……この男、頭の構造は致命的に狂っているようだが、持っている情報だけは本物のようだ。……利用価値はある)」
ナーシェンは、ギリッと奥歯を噛み締めながらも、口元には卑屈な、しかし腹の底では毒を含んだ笑みを浮かべた。
「……素晴らしい! さすがは連邦を見限った男だ。良かろう、カナタ! その遺産とやらを手に入れ、あの忌々しいエインヘリアルどもを宇宙の塵にしてやろうではないか!」
(遺産を手に入れた瞬間、この馬鹿の背中を撃ち抜いて私がすべてを横取りしてやるがな!)
(この没落貴族、上手いこと俺のステータス強化の踏み台にしてやるぜ!)
互いに「自分が相手を利用して最後に笑う」と確信している、勘違い転生者と没落貴族。
彼らは固い(泥で作られたような)絆を誓い合い、暗礁宙域の奥深く、隠された兵器庫へと向けてスラスターを吹かした。
その頃、エインヘリアルの母艦。
ローゼリアの私室では、平和で甘やかな、そして少しだけ騒がしい時間が流れていた。
「——本当に、面目次第もありません! 我が軍の不届き者が機体を奪って脱走するとは、すべて私の責任です!!」
部屋の中央に投影されたホログラムモニターの中で、連邦軍のレオン大佐が、今にも切腹しそうなほどの悲痛な表情で深々と頭を下げていた。
「むにゃ……。よいよい、レオン。頭を上げるのじゃ。……んんっ、エリーゼ、そこもう少し右じゃ」
「はいっ、お姉様! 私の愛を込めたブラッシングで、お姉様の美しい金髪を銀河一の輝きに仕上げてみせますわ!」
モニターの向こう側——ローゼリアは、ふわふわのシルクのパジャマ姿で高級なクッションに埋もれ、背後からエリーゼに髪を梳かされながら、完全にだらけきった顔で欠伸をしていた。
さらにその傍らでは、ロスヴァイセが淹れたてのミルクティーを冷ましてからローゼリアの口元へと運んでいる。
「そ、しかしローゼリア殿! 奪われた『ゼニス』は、連邦の最新鋭機なのです! もしあれが統一派の残党に渡れば、厄介なことに……」
レオンが焦燥に駆られて訴えるが、ローゼリアはミルクティーを一口飲み、「ふぁぁ」と息を吐いた。
「最新鋭と言っても、所詮は量産を前提とした試作機(ワンオフ未満)じゃろ? あんな中途半端なステータスの機体、敵に回ったところでどうということはないのじゃ。むしろ、あんな変質者が連邦の陣営から勝手に出て行ってくれて、清々したくらいじゃ」
ローゼリアのゲーマーとしての視点から見れば、カナタの乗るゼニスは「少しステータスが高いだけの量産モブ機」に過ぎない。シエラが魂を込めて組み上げ、自分の特異な魔力波長に完全同調させた『ルシフェル・リベリオン』とは、比べるのも烏滸がましい次元の差があった。
「我が主の仰る通りです、レオン大佐」
部屋の壁際で控えていたリアンヌが、冷ややかな声で口を開いた。
「あの薄汚い羽虫がどこで何をしようが、我が主の平和な休息を妨げる理由にはなりません。……もし再びお姉様の視界に現れるようなことがあれば、次こそは私の盾で機体ごと原子レベルにすり潰すだけのこと」
リアンヌの目が、ハイライトを失った絶対零度のそれに変わる。
「う、うむ……リアンヌ、少し怖いぞ。部屋の温度が下がっておる」
ローゼリアが身震いすると、リアンヌはハッとして、すぐに「申し訳ありません、ローゼリア!」ととろけるような笑顔に戻った。
「と、とにかく……! 我々連邦軍も、全力でカナタ少尉の行方を追います。何か動きがあれば、すぐにお知らせいたしますので!」
レオンは冷や汗を拭いながら、深々と敬礼をして通信を切った。
「まったく、レオンも苦労人じゃのう。あんなのが部下では、胃に穴が空くのではないか」
ローゼリアはホログラムが消えた空間を見つめ、他人事のように呟いた。
「お姉様が気になさる必要はありませんわ。さあ、ブラッシングが終わりました! 次は私が、お姉様の華奢な肩をマッサージして差し上げます!」
「抜け駆けはずるいですわ、エリーゼ! ローゼリアの御足のケアは、このリアンヌが!」
「お二人とも、お嬢様が困っておいでですよ。……お嬢様、こちらに私が焼いた特製のマカロンがございます。あーん、して差し上げますわね」
「わっ、待つんじゃ! 物理的に押し寄せるでない! 妾は一人しかおらんのじゃぞ〜っ!」
三人の戦乙女たちによる「愛の波状攻撃」に、ローゼリアは悲鳴を上げながらも、満更でもない様子でその甘やかしの海へと沈んでいった。
一方のカナタとナーシェンが、自分たちを「世界を揺るがす脅威」だと信じて疑わず、せっせと隠しアイテムを探していることなど、エインヘリアルの誰一人として気にかけていない。
圧倒的な強者にとって、勘違いの復讐劇など、平和な日常のノイズにすらならないのである。
特異点ローゼリアの優雅で怠惰な休日は、今日も最高に平和であった。




