第四幕 第十八話:脱走する勘違いと、復讐者たちの結託
深夜の連邦軍旗艦アポロン。
エインヘリアルとの合同祝勝会が終わり、艦内が深い静寂に包まれる中、薄暗いハンガー(格納庫)の隅でコソコソと動く人影があった。
全身に痛々しい包帯を巻いた、カナタ少尉である。
「……くそっ。痛ぇな……。リアンヌの奴、加減ってもんを知らねえのか」
彼は医務室の警備の目を盗み、痛む体を引きずりながら、自分の専用機が駐機されているデッキへと辿り着いていた。
見上げる先にあるのは、連邦軍が威信をかけて開発した最新鋭の汎用マギアナイト『ゼニス』。カナタの高い操縦適性に合わせてチューニングされた、彼にとっての「主人公機」である。
「レオンの野郎……俺の才能を理解できない無能な上官め。主人公である俺を軍法会議にかけるだと? ふざけるな。俺がモブなんかと一緒に裁かれてたまるか」
カナタは、己の非を一切認めていなかった。
彼は未だにこの世界を『スターライト・マギア・クロニクル』というゲームの舞台だと信じて疑わず、現在の状況を「シナリオの分岐」だと解釈していたのだ。
「(分かったぞ。ヒロインの好感度調整に失敗して連邦軍(正規ルート)を追放されるってことは、これは隠し要素である『ダークヒーロールート』へのフラグなんだ!)」
カナタの脳内で、都合の良い妄想が急速に組み上がっていく。
無能な味方に見切りをつけ、孤独な反逆者として闇に堕ちる主人公。そして、圧倒的な力でかつての仲間たちを見返し、最終的には自分を冷遇したヒロインたち(リアンヌたち)に「私たちが間違っていたわ、ごめんなさい」と涙ながらに謝罪させるのだ。
「ははっ……悪くない。俺にはこの連邦軍の軍服より、闇を背負うダークヒーローの方がお似合いだぜ」
カナタはゼニスのコックピットに乗り込むと、システムのハッキング(彼の中では主人公補正)を用いて強制的にハッチを開放した。
『警告。未承認の出撃です。直ちにエンジンを停止し……』
「黙れポンコツAI。俺の物語は、ここから再スタートだ!」
警告音を無視してスラスターを吹かし、カナタのゼニスはアポロンのハンガーから宇宙空間へと飛び出した。
連邦軍を捨て、自分を侮辱したローゼリアとエインヘリアルへの逆恨みを胸に、勘違い転生者の逃避行が始まったのである。
アポロンから脱走し、レーダーの網の目を潜り抜けてデブリの密集する暗礁宙域へと逃げ込んだカナタ。
しかし、いざ飛び出したはいいものの、明確な目的地などあるはずもなかった。
「さて……ダークヒーローになったのはいいが、どこに向かえばイベントが進むんだ? まずは適当な海賊にでも拾われて、下克上から始めるか?」
暢気にコンソールを弄っていたカナタのレーダーが、突如として複数の機影を捉えた。
『警告。所属不明機、三機接近。……うち一機、深刻なダメージを負っています』
「ん? なんだ、イベント戦か?」
カナタがメインモニターに映像を映し出すと、そこに現れたのは、メガロの戦いから命からがら逃げ延びてきた、旧連合国統一派の残存部隊だった。
その先頭を飛ぶのは、右腕とメインカメラを失い、装甲がボロボロに剥がれ落ちた真紅の専用機——ナーシェンの『ブラッド・ローズ』である。
カナタのゲーム脳が、瞬時にその機体の正体を弾き出した。
「(あの過剰なまでの金色の装飾と、真紅の装甲……間違いない。中盤のライバルキャラであり、没落貴族のナーシェンだ! メガロ防衛戦でエインヘリアルに敗れて敗走中だったのか!)」
一方、カナタの機体(連邦軍の最新鋭機)を発見したナーシェンは、コックピットの中で血走った目を剥いた。
「チィッ! 連邦の追手か! メガロを奪っただけでは飽き足らず、この私をどこまでコケにすれば気が済むのだ!」
ナーシェンは残った左腕の武装を起動させ、満身創痍のブラッド・ローズで迎撃の態勢を取った。
「ええいっ! 死に損ないの私一人くらい、刺し違えてでも……!」
『——待て、ナーシェン! 俺は敵じゃない!』
オープン回線から聞こえてきた若い声に、ナーシェンの手が止まった。
「……何? 貴様、連邦の機体に乗っておきながら敵ではないだと? 私を謀る気か」
『謀る気なんかない。俺は、無能な連邦軍に見切りをつけて脱走してきたんだ』
カナタは、ゼニスの武装を解除し、両手を広げるようなポーズを取らせた。
「(ここでライバルキャラと手を組むのが、ダークヒーロールートの絶対条件だ!)」
「俺は連邦国から鞍替えする。俺の敵は、俺の才能を理解しない連邦の愚か者どもと……エインヘリアルの女どもだ」
「……エインヘリアル、だと?」
その名を聞いた瞬間、ナーシェンの真紅の瞳に、昏くドロドロとした憎悪の炎が燃え上がった。
「そうだ。特にあの……ローゼリアとかいう生意気なモブ女と、それにまとわりつく騎士リアンヌ。俺はあいつらを絶対に許さない。俺のシナリオを台無しにした報いを、必ず受けさせてやる」
カナタの口から出た言葉は、ゲームのフラグ管理を台無しにされたという個人的な逆恨み(しかも自業自得)でしかなかった。
しかし、ローゼリアたちに完膚なきまでに敗北し、己のプライドを粉々に打ち砕かれたナーシェンにとっては、その「エインヘリアルへの憎悪」という一点のみにおいて、強烈な共感を呼び起こすものだったのだ。
「(……連邦の脱走兵か。この最新鋭機体は使える。それに、この男の目……底抜けに馬鹿そうだが、エインヘリアルへの怨みだけは本物のようだ)」
ナーシェンは、狂気的な笑みを口元に浮かべた。
メガロを失い、統一派での立場も危うい今、連邦の最新鋭機とそのシステム(情報)を手に入れられるのは、再起を図る上でこれ以上ない幸運であった。
「くくっ……はははははっ! 面白い! 連邦の飼い犬が、この私に尻尾を振るというのなら拾ってやろう!」
ナーシェンはブラッド・ローズの武装を下げ、カナタのゼニスへと通信を繋いだ。
「私は名門ベリア家の嫡男にして、次代の覇者となるナーシェンだ! 貴様、名前はなんという?」
「俺はカナタ。……この世界の主人公になる男だ」
「主人公? ふん、意味の分からん戯言を。だが良いだろう、カナタ! 私の下で働く栄誉を与えてやる。我々の目的は一つ……あの死神ローゼリアと、エインヘリアルをこの宇宙から完全に抹殺することだ!!」
「ああ、望むところだ。俺の本当の実力を見せてやるよ」
暗礁宙域の闇の中で、勘違いをこじらせた転生者と、プライドだけが肥大化した没落貴族の手が結ばれた。
根本的な認識(ゲームと現実)は全く噛み合っていない二人であったが、「ローゼリアへの逆恨み」という一点のみで利害が一致したのだ。
彼らは気づいていない。
自分たちが結託したところで、銀河最強の死神の圧倒的な力と、重すぎる愛を持つ戦乙女たちの結束の前に、どれほど無力であるかを。
エインヘリアルの戦乙女たちが祝勝会で平和な夜を過ごしている裏で、名もなき暗礁宙域にて、銀河の歴史に何の爪痕も残せないであろう「哀れな復讐者たち」の、泥舟のような同盟がひっそりと誕生していた。




