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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第四幕 第十七話:連鎖する苦情と、勘違い主人公への鉄槌

エインヘリアルの広大なラウンジは、祝勝会にふさわしい熱気と歓声に包まれていた。

先ほどまでラウンジの片隅で起きていた「勘違い転生者カナタに対する物理的排除」という局地的な騒動など、大半のクルーは気づいてすらいない。美酒に酔いしれ、互いの健闘を称え合う連邦軍とエインヘリアルの兵士たちの笑い声が、途切れることなく響き渡っていた。

そんな喧騒をよそに、ローゼリアはビュッフェコーナーの最奥に確保した特等席のソファで、至福の時を迎えていた。

「うむ……やはり戦闘後の糖分補給は最高なのじゃ。このショートケーキ、スポンジのきめ細かさが格段に進化しておる」

ローゼリアは、三皿目となる大盛りのケーキプレートを前に、真紅の瞳をキラキラと輝かせていた。フォークで丁寧に切り分けたイチゴと生クリームを口に運び、うっとりと頬を緩ませる。その姿は、先ほどまで戦場で敵艦隊を無慈悲に両断していた「銀河最強の死神」とは到底思えない、年相応の愛らしい少女そのものであった。

「ふふっ、お気に召したようで何よりだわ、ローゼリア。……はい、お口直しのアールグレイよ。少し濃い目に淹れておいたわ」

黒衣の淑女レガリアが、優雅な所作でティーカップをテーブルに置く。立ち上るベルガモットの芳醇な香りに、ローゼリアはほうっと息を吐いてカップを受け取った。

「すまんのう、レガリア。お主の淹れる紅茶は、相変わらず五臓六腑に染み渡るのじゃ」

「いいのよ。あなたのその美味しそうに食べる顔を見ているだけで、私まで満たされる思いだから。……それにしても、随分と騒がしかったわね。リアンヌとエリーゼ、それにウルスラまでが、連邦の若いパイロットを引きずって医務室の方向へ消えていったけれど?」

レガリアが目を細め、ラウンジの出入り口の方へと視線を向ける。

その言葉を聞いて、ローゼリアは思い出したように眉根を寄せ、あからさまに不機嫌な表情を作った。

「……思い出したくもないのじゃ。連邦軍には、あのような頭のネジが完全に吹き飛んだ変質者が紛れ込んでおるのか? まったく、妾の貴重な休息時間を邪魔された上に、意味不明な暴言まで吐かれて、散々な目に遭ったのじゃ」

「暴言、ですって……?」

レガリアの金色の瞳が、一瞬だけ獲物を狙う猛禽のように鋭く細められた。

そこへ、騒ぎの余波を察知したのか、腕を組んだブリュンヒルデが静かな足取りで近づいてきた。

「どうやら、つまらん羽虫がお前の御髪を煩わせたようだな、ローゼリア」

「おお、団長」

ローゼリアはティーカップを置き、大きくため息をついた。

「羽虫というよりは、言葉の通じない宇宙生物じゃな。……あやつ、いきなり妾に向かって『お前は設定テキストに名前だけ出てくるモブの傭兵だ』などと抜かしおったんじゃ」

「モブ……? それはどういう意味だ?」

ブリュンヒルデが怪訝な顔をする。この世界の住人である彼女にとって、ゲーム用語である「モブ(群衆、その他大勢)」という言葉は耳馴染みがない。

「簡単に言えば『その他大勢の雑魚』ということじゃ。しかも、あろうことか妾の愛機であるルシフェル・リベリオンを『量産機』呼ばわりし、『俺の最新鋭機ならお前の十倍のスコアを出せるから、大人しく後ろで見ていろ』とまで言い放ちおったのじゃ」

「…………なんだと?」

ブリュンヒルデの周囲の空気が、急激に絶対零度へと冷え込んだ。

エインヘリアルの総意として、ローゼリアは彼女たちにとっての絶対的なエースであり、主君であり、何よりも大切な家族である。その彼女を「雑魚」と侮辱し、シエラたちが心血を注いで組み上げたワンオフの専用機を「量産機」と貶めたのだ。

「さらにじゃ。あやつ、リアンヌのことを『俺のヒロイン』などと呼び、妾に『俺のフラグ構築の邪魔をするな』とまで言ったのじゃぞ。完全に重度のストーカー、いや、精神的な病を抱えた変質者じゃ。……リアンヌが殺意を剥き出しにするのも無理はない」

ローゼリアが肩をすくめて報告を終えると、ブリュンヒルデはこめかみに青筋を立て、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「……なるほど。連邦軍の軍紀がどれほど乱れているかは知らんが、我がエインヘリアルの主を侮辱し、あまつさえ我が団の戦乙女に付き纏うような痴れ者を、このまま野放しにしておくわけにはいかんな。……レガリア、ローゼリアの護衛を頼む」

「ええ、お任せなさい。……でも団長、あまり派手に血の雨を降らせないでね? せっかくの祝勝会なのだから」

「分かっている。……私はただ、『正式な抗議』を行うだけだ」

ブリュンヒルデは踵を返し、レオン大佐の姿を探してラウンジの喧騒の中へと消えていった。

その頃、連邦軍のレオン大佐は、ラウンジの一角でエインヘリアルの幹部たちと談笑を交わしていた。

連邦軍と傭兵団。立場は違えど、互いに背中を預けて戦った者同士の絆は確実に深まりつつあった。レオン自身も、この有意義な交流会に深い満足感を覚えていたのである。

「レオン大佐。少々、よろしいか」

背後から掛けられた、氷のように冷たく、それでいて圧倒的な威圧感を伴う声。

レオンが振り返ると、そこには夜叉のごとき凄みを纏ったブリュンヒルデが立っていた。

「ブ、ブリュンヒルデ団長? いかがされましたか。何か手違いでも……」

「手違い、などという可愛らしいものではない。貴官の部下の教育方針について、少々聞きたいことがあってな。……奥のVIPルームへご同行願おう」

有無を言わさぬその迫力に、レオンは冷や汗を流しながら「は、はい……」と頷くほかなかった。

防音の施された静かなVIPルームに入ると、ブリュンヒルデは腕を組み、鋭い視線でレオンを射抜いた。

「単刀直入に言う。貴官の部下に、カナタというパイロットがいるな?」

「カ、カナタ少尉ですか? はい、確かに彼ならアポロンに配属されたマギアナイトのパイロットですが……彼が何か?」

レオンの心臓が嫌な音を立てた。

カナタは、マギアナイトの操縦適性だけは高く、軍の上層部からも期待されている若手であったが、日頃から「俺が主人公だ」「シナリオ通りだ」などと意味不明な言動を繰り返し、軍の規律を軽視する傾向があった。レオン自身も、彼のスタンドプレーや協調性の無さに頭を悩ませていたのだ。

ブリュンヒルデは、カナタがしでかした先ほどの蛮行——リアンヌに対する「お前は俺のヒロインだ」というセクハラまがいの付き纏い、そしてエインヘリアルのエースであるローゼリアに対する「モブ」「量産機乗り」という致命的な侮辱の数々を、冷徹な声で一つ残らず報告した。

「……我がエインヘリアルは、連邦軍とはあくまで対等のビジネスパートナーであるはずだ。だが、貴官の部下は我が団の騎士を己の所有物のように扱い、あまつさえ、我らの家族であるローゼリアを『その他大勢の雑魚』と侮辱した。……これが連邦軍の、我々に対する公式な見解と受け取って相違ないか?」

「なっ……!?」

レオンの顔から、一瞬にして血の気が引いた。

顔面蒼白になり、膝が震えそうになるのを必死に堪える。

「そ、そんな馬鹿な……! あの馬鹿、よりにもよってローゼリア殿やリアンヌ殿に向かって……!」

エインヘリアルのエースであるローゼリア。彼女がどれほどの規格外の化け物——いや、失礼、どれほどの圧倒的な神算鬼謀と戦闘力を持った「特異点」であるか、レオンはメガロ攻略戦の報告書で痛いほど理解していた。

彼女一人で連邦軍の一個艦隊を軽く凌駕する戦力なのだ。その彼女を「モブ」と呼ぶなど、単なる無知では済まされない。最悪の場合、この場で同盟が破棄され、連邦軍がエインヘリアルを敵に回す可能性すらある、致命的な外交問題である。

「ブ、ブリュンヒルデ団長! 決して、決してそのようなことはありません! ローゼリア殿は我々連邦軍にとっても最大の恩人であり、最高峰の戦士として全軍が深い敬意を抱いております! 彼個人の、いや、彼の頭の魔力回路の異常による暴走であり、連邦の総意などでは断じてありません!!」

レオンは軍帽を脱ぎ捨て、ブリュンヒルデの前に深々と、90度の角度で頭を下げた。

「あの愚か者の無礼は、私の監督不行き届きです……! いかなる処罰も受けます。どうか、どうかエインヘリアルとの協力関係だけは……!」

必死に弁明するレオンの姿に、ブリュンヒルデは小さく鼻を鳴らし、ふっと威圧感を解いた。

「……レオン。貴官が誠実な軍人であることは、共に戦った私が一番よく分かっている。これはあくまで『個人の問題』として処理するつもりだ。だが——」

ブリュンヒルデの目が、再び剣呑な光を帯びる。

「我々は傭兵だ。舐められたまま黙っているほど、お人好しではない。……あの男に対する『適切な処罰』を期待しているぞ、大佐」

「は、はいっ! 連邦軍の軍紀に則り、直ちに厳正なる処罰を下すことをお約束いたします!!」

レオンは敬礼を返し、VIPルームを飛び出していった。

その背中には、部下の尻拭いに奔走する中間管理職の深い悲哀と、身の程知らずの勘違い野郎に対する爆発寸前の怒りが満ち満ちていた。

その頃、アポロンの医務室。

エインヘリアルの戦乙女三人(リアンヌ、エリーゼ、ウルスラ)による「物理的かつ魔力的なお仕置き」をたっぷりと受けたカナタは、全身に包帯を巻かれ、ベッドの上でうめき声を上げていた。

「い、痛ぇ……。くそっ、なんでこんな目に……。好感度調整のフラグをどこで間違えたんだ……? クーデレキャラは初期好感度がマイナススタートだから、少しの選択肢ミスでバッドエンド直行なのか……?」

全身を打撲し、骨が数本ヒビ割れているというのに、彼の脳内はまだ「ゲームの攻略」という妄想から抜け出せていなかった。

自分は主人公であり、いずれヒロインたちに囲まれて無双する運命にある。今回はたまたま『イベントの分岐ミス』が起きただけだ、と。

バンッ!!

「ひぃっ!?」

医務室の扉がけたたましい音を立てて蹴り開けられ、鬼の形相をしたレオン大佐がズカズカと踏み込んできた。その後ろには、武装した憲兵が二人控えている。

「た、大佐……?」

「貴様ァァァッ!! 自分が何をしでかしたのか、分かっているのか!!」

レオンの怒声が医務室に轟き、カナタはビクッと体を震わせた。

「い、いや、これはただのフラグ管理ミスで……次に会った時にはちゃんと正しい選択肢を選んで……」

「まだそんな寝言をほざいているのか!!」

レオンはベッドの脇に立ち、カナタの胸ぐらを包帯ごと乱暴に掴み上げた。

「エインヘリアルのリアンヌ殿に対し、軍人としての礼節を欠いた暴言! さらには、我々の最大の恩人であり、あのメガロを単騎で壊滅に追いやったエース……ローゼリア殿に向かって『モブ』だと!? 『量産機乗り』だと!? 貴様、連邦を滅ぼす気か!!」

「め、滅ぼすって……大佐、大袈裟ですよ。ローゼリアなんて、ゲームの設定じゃただの名前だけの……」

「ゲームだと!? この現実せかいを貴様の遊び場と勘違いするな!!」

レオンの放った鋭い平手打ちが、カナタの頬を強烈に打ち据えた。

「がはっ……!」

「いいか、よく聞け! ローゼリア殿が駆る『ルシフェル・リベリオン』は、量産機などではない。この銀河のあらゆる技術の粋を集めた、特注の超高性能機だ! そして彼女の操縦技術は、連邦のトップエースである私ですら、束になっても足元にも及ばない! 彼女は、その気になれば星系を一つ丸ごと消し飛ばせるほどの『特異点』なのだ!!」

レオンの言葉一つ一つが、カナタの矮小な「ゲームの知識」を粉々に打ち砕いていく。

「貴様が『十倍のスコアを出せる』などと豪語したその口で、彼女の足跡を辿ってみろ! 彼女は死線を潜り抜け、仲間のために己の魂を削って戦っている本物の英雄だ! 貴様のような、上層部のコネと少しばかりの適性だけで甘やかされてきた温室育ちが、口にしていい名前ではない!!」

「特異点……? そんな設定、俺の知ってるゲームには……」

カナタは、ひりつく頬を押さえながら、ようやく己の認識が根底から間違っていたことに気づき始めていた。

あの金髪の少女——口に生クリームをつけていたあの無防備な少女が、連邦のエースであるレオンをして「足元にも及ばない」と言わしめるほどの怪物だというのか。

「カナタ少尉。貴官の数々の軍規違反、および同盟軍への重大な侮辱行為により……本日をもって、貴官のパイロット資格を無期限で停止する! 治癒が完了次第、本国へ送還し、軍法会議にかける!!」

「なっ……!? ま、待ってください大佐! 俺は主人公なんです! 俺の最新鋭機がなきゃ、これからのメインシナリオのボスは倒せないんですよ!?」

「貴様の機体などなくても、エインヘリアルがいればこの銀河は平和になる。……憲兵、こいつから目を離すな!」

レオンはカナタをベッドに突き飛ばすと、吐き捨てるように言い残して医務室を後にした。

残されたカナタは、薄暗い医務室の天井を見上げながら、ようやく「自分は特別な主人公などではない」という圧倒的な現実の前に、絶望の涙を流すことしかできなかった。

彼が頼りにしていた『ゲームのシナリオ』は、ローゼリアという規格外の存在によって、とっくの昔に完全に書き換えられていたのである。

一方、その頃。

エインヘリアルのラウンジでは、事態の収拾を終えて戻ってきたブリュンヒルデと、平謝りするレオン大佐の姿があった。

「本当に、我が軍の恥さらしが申し訳ありませんでした、ローゼリア殿……!」

再び深く頭を下げるレオンに対し、ローゼリアは四皿目のモンブランを突きながら、ケロッとした顔で笑っていた。

「よいよい、気にしておらんぞ。リアンヌたちが『物理的な教育』をたっぷりと施してくれたからな。妾の精神的ダメージは、この極上のケーキによってすでに全回復しておる」

「もったいないお言葉です……。今後は二度と、あのような愚か者をあなた方に近づけさせないとお約束します」

レオンが安堵の息を吐き出すと、ローゼリアの背後から、恐ろしいほどの圧を伴った声が響いた。

「当然ですわ。もし次にあのような羽虫がお姉様に近づこうものなら、連邦の艦隊ごと宇宙の塵にして差し上げますわよ?」

「ええ。我が主の視界に不浄なものを入れるなど、盾であるこの私が許しません」

いつの間にかローゼリアの両脇には、エリーゼとリアンヌがピタリと張り付いていた。カナタの一件で警戒心をMAXにまで高めた彼女たちの「過保護モード」は、普段の三倍増しになっていた。

「ほら、お姉様。口元が汚れております。私が舐め取って差し上げますわ」

「抜け駆けはずるいですわエリーゼ! 私がお姉様の膝にマッサージを……!」

「ひゃうっ!? ま、待つんじゃお主ら! 妾はケーキを食べておる最中じゃ! 物理的に潰れる! 潰れるのじゃ〜!!」

右からエリーゼに抱きつかれ、左からリアンヌに撫で回され、ローゼリアは真っ赤になってジタバタと暴れ始めた。

その様子を見て、ブリュンヒルデやランドグリーズ、そしてレオンまでもが、堪えきれずに吹き出した。

「ガハハッ! やっぱり大将はそうやって揉みくちゃにされてるのが一番似合うぜ!」

「ふふっ。本当に、平和で何よりですね」

勘違い主人公の哀れな末路など、彼女たちにとっては何の興味を惹くものでもない。

エインヘリアルの夜は、銀河最強の特異点と、彼女を溺愛する戦乙女たちの賑やかな笑い声に包まれながら、穏やかに更けていくのであった。

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