第四幕 第十六話:噛み合わない会話と、不審者認定
ランドグリーズによるエールの洗礼(物理的なジョッキの押し付け)からなんとか生還したカナタは、ラウンジの壁際で項垂れていた。
「(おかしい……。俺の知っている『スターライト・マギア・クロニクル』なら、俺は連邦軍の若きエースとしてエインヘリアルのヒロインたちからチヤホヤされるはずなのに……っ!)」
ブツブツと一人でぼやいていると、不意に彼の頭上から影が落ちた。
「お主、さっきから壁に向かって何をぶつぶつと言っておるのじゃ?」
カナタが顔を上げると、そこには空になった巨大なパフェグラスを抱えたローゼリアが立っていた。
黒と真紅の制服に身を包んだ彼女の姿は、どう見てもただの兵士ではない風格を漂わせているのだが、カナタの「ゲーム脳」はその事実を無意識に弾いていた。
「(設定テキストに名前だけ出てくるモブ傭兵A……ローゼリア、だっけか。モブにしては無駄に気合の入ったキャラデザだけど、どうせバグかなにかで立ち絵が表示されてるだけだろ)」
カナタは咳払いをして立ち上がると、余裕ぶった態度でローゼリアを見下ろした。
「ああ、君か。モブの傭兵さん。……悪いが、俺は今、今後のメインストーリーの攻略ルートについて考えているところでね。君みたいなフレーバーテキストのキャラと無駄話をしている暇はないんだ」
「……は? モブ? フレーバー……? 何を言っておるのじゃ、お主」
ローゼリアは、真紅の瞳を細めてカナタをジトッと睨んだ。
前世がインドア派のゲーマーであったローゼリアにとって、カナタの使っている「モブ」や「攻略ルート」という単語の『意味』自体は理解できる。
しかし、それを現実の自分に向けて、しかも初対面でドヤ顔で放ってくるこの男の精神構造が全く理解できなかった。
「(こやつ……頭の魔力回路が焼き切れておるのか? いや、それともさっきリアンヌに殺されかけたショックで幻覚でも見ておるのか……? どちらにせよ、関わってはいけないタイプの『不審者』じゃな)」
ローゼリアは警戒レベルを引き上げ、ジリッと一歩後ずさった。
「まあいい。君に忠告しておいてやるよ」
カナタは前髪をかき上げ、キメ顔でローゼリアを指差した。
「さっきリアンヌさんにベタベタしていたみたいだけど、あれは俺のヒロインだからな。彼女の心を救済し、エンディングを迎えるのは主人公であるこの俺だ。モブは大人しく背景に徹して、俺のフラグ構築の邪魔をしないでくれよな」
「…………ひっ」
ローゼリアの背筋に、ゾクリと悪寒が走った。
完全に「ヤバい奴」の発言である。
「(救済? ヒロイン? ……こやつ、リアンヌに異常な執着を抱いておる! だからさっきリアンヌはあんなに激怒していたのか! 妾の可愛い騎士に付き纏う変質者め……!)」
ローゼリアの中で、カナタの評価が「頭のおかしい不審者」から「リアンヌを狙う危険なストーカー」へと見事にランクアップした。
「お、お主……自分が何を言っているのか分かっておるのか? リアンヌはエインヘリアルが誇る無敵の盾。誰の救済も必要としておらんし、ましてやお主のような変質者の出る幕など……」
「ふっ、強がるなよ。傭兵稼業が長くて、設定以上の自我を持っちゃったタイプか?」
カナタは、ローゼリアの警告を「NPCの汎用セリフ」程度にしか受け取っていなかった。
「いいか? これからの戦いはさらに激化する。君みたいな名前だけのモブが最前線に出れば、即ロスト(戦死)するだけだぞ。俺みたいにチート級の操縦スキルを持ってるわけじゃないんだから、大人しく後方で俺の活躍でも見てな」
「…………は?」
ローゼリアの眉間が、ピキリと音を立てて引き攣った。
ストーカー発言には引いていたローゼリアだが、自分の『操縦スキル(プレイスキル)』を馬鹿にされたとなれば話は別である。
「チート級の操縦スキル……じゃと? 銀河最強のエースであるこの妾に向かって、よくもそんな寝言を……!」
「はいはい、モブのイキリ発言は死亡フラグだからやめとけって。俺の乗ってるアポロンの最新鋭機なら、君の乗ってる量産機の十倍のスコアは叩き出せるからさ。危なくなったら、この俺が助けてやるよ」
「じゅ、十倍……っ!? 妾の『ルシフェル・リベリオン』を量産機扱いただと……っ!?」
ゲーマーとしてのプライドと、死神としての絶対的な自負。その両方を土足で踏みにじられ、ローゼリアの髪の毛が怒りで逆立ちそうになる。
だが、相手の目があまりにも「自分だけの世界」に浸りきっており、会話のドッジボールすら成立していないことに気づき、怒りよりも深い疲労感が勝った。
「(……ダメじゃ。この変質者、全く言葉が通じぬ。同じ言語を喋っているのに、ここまで意思疎通ができない生き物は初めて見たのじゃ……)」
ローゼリアは、深々とため息をついた。
「おい、聞いてるのか? だから俺の背中に隠れて……」
「……ええい、うるさい! ウルスラー! 医務室に頭の病気の患者が一人おるのじゃー! あとリアンヌとエリーゼ! 妾に変質者が絡んできたのじゃー!!」
ローゼリアがラウンジの中心に向かって叫んだ、その瞬間。
「な、なんですってぇぇぇっ!?」
「我が主に、変質者だとぉぉぉっ!!」
ビュッフェコーナーから、白衣を着たウルスラ、そして目から光を完全に消し去ったリアンヌとエリーゼが、音速を超える勢いですっ飛んできた。
「ひぃっ!?」
カナタは、三人の戦乙女から放たれる実体化したような殺意のオーラに、思わず悲鳴を上げて腰を抜かした。
「お姉様に気安く話しかけるなど、万死に値しますわ! その汚い目を今すぐえぐり出して……!」
「我が主の半径五メートル以内に侵入した罪、その命で償ってもらいましょう……!」
「あらあら、可哀想に。脳の魔力波長が完全に狂っているのですね。今すぐ私が『物理的』な外科手術で治して差し上げますわ」
「違う! 俺は主人公で、君たちはヒロインで……っ! ぎゃあああああっ!!」
勘違い転生者カナタの悲痛な叫び声が、ラウンジの隅に虚しく響き渡る。
「……ふぅ。これで一安心じゃ。まったく、連邦軍の採用基準はどうなっておるのじゃ」
ローゼリアは、三人に物理的に「処理」されていくカナタに一瞥もくれず、新しいスイーツを取りに行くために、優雅な足取りでビュッフェコーナーへと戻っていくのであった。
二人の会話は最初から最後まで一切噛み合うことはなく、カナタの薄っぺらい主人公ムーブは、特異点たるローゼリアの前にあっさりと粉砕されたのである。




