第四幕 第十五話:勘違いの転生者と、揺るがぬ騎士の愛
二つの要塞を陥落させた祝勝会も兼ねて、エインヘリアルの広大なラウンジでは、連邦軍旗艦アポロンのクルーたちを招いた合同の懇親会が開催されていた。
「ガハハッ! 連邦の連中もなかなか良い飲みっぷりじゃねえか! ほら、このエールも空けな!」
「ひぃっ!? ランドグリーズ殿、私どもはもう限界で……っ!」
着崩したエインヘリアルの制服姿で豪快に笑う酒豪のランドグリーズに絡まれ、悲鳴を上げる連邦兵たち。
その横では、同じく黒を基調とした軍服風のエインヘリアル制服を隙なく着こなすブリュンヒルデとレオン大佐が、グラスを片手に今後の星系防衛の連携について真剣な表情で語り合っている。
日頃は傭兵と正規軍という立場の違いはあるものの、死線を共に潜り抜けた者同士、会場には和やかな空気が流れていた。
——そんな賑やかなラウンジの壁際で。
一人、フルーツウォーターのグラスを片手に、ニヤリと得意げな笑みを浮かべている若き青年将校がいた。
アポロン所属のマギアナイト・パイロット、カナタである。
「(間違いない……。この展開、前世で俺が死ぬほどやり込んだ神ゲー『スターライト・マギア・クロニクル』の中盤イベント『メガロ陥落後の合同祝勝会』だ!)」
カナタの正体は、日本からこの世界にやってきた『転生者』であった。
彼は、現在の自分の境遇を「ゲームの世界に主人公として転生した」と完全に勘違いしていた。彼に言わせれば、連邦のエースであるレオンは「頼れる兄貴分キャラ」、そしてエインヘリアルの戦乙女たちは「攻略可能なヒロインたち」なのである。
「(特に、あの純白のカラーリングが施されたエインヘリアルの制服を纏う盾……リアンヌ・ヴァーミリオン!)」
カナタの視線の先には、ビュッフェコーナーで真剣な顔をしてフルーツパフェを盛り付けているリアンヌの姿があった。
エインヘリアルのメンバーは全員が揃いの制服を着用しているが、それぞれ己の役割や好みに合わせた意匠が施されている。リアンヌのそれは、彼女の純粋さと騎士道精神を体現するような美しい白銀の装飾が特徴的だった。
「(ゲームの設定通りなら、彼女は主君を護る影として生きるがあまり、自分自身の感情を押し殺している『クーデレ・孤高の騎士』枠のメインヒロイン。……この祝勝会のイベントで俺が優しく声をかければ、彼女の心に決定的なフラグが立つはずだ!)」
カナタは、脳内に存在するはずもない『好感度メーター』を思い描きながら、前髪を颯爽とかき上げ、リアンヌの元へと歩み寄った。
「やあ、リアンヌ。激戦の連続で、疲れているんじゃないか?」
甘く、それでいて気遣うような声。カナタは、前世の記憶(ゲームの知識)にある「正解の選択肢」をそのまま口にした。
リアンヌはパフェの飾りのイチゴを乗せる手を止め、怪訝そうにカナタを振り返った。
「あなたは……アポロンのパイロットの方ですね。お気遣いは感謝しますが、私は今、我が主ローゼリアのお世話で充実の極みにおりますゆえ、疲労など微塵も存在しません」
リアンヌは、騎士らしく礼儀正しいが、完全な塩対応でカナタを一蹴した。
「(くっ……! さすがは孤高の騎士、ガードが堅い。だが、ここで食い下がるのが主人公ってもんだ!)」
カナタはめげずに、さらに距離を詰めた。
「強がらなくていい。君は少し、一人で背負いすぎているんだ」
「……は?」
リアンヌの眉がピクリと動く。
「誰かの盾になるためばかりでなく、君は一人の女性として、もっと自分のためにも生きるべきだ。……俺なら、君のその重荷を半分、いや全部背負ってあげられる。だから、俺に寄りかかってみないか?」
カナタは、己のイケメン度を120%引き出した(つもりの)キメ顔で、ゲーム内で最も好感度が上がる「必殺の口説き文句」を放った。
「(決まった……! このセリフで、感情を押し殺していたリアンヌが初めて涙を見せ、俺にデレるんだ……!)」
カナタが勝利を確信して目を閉じた、次の瞬間。
「…………貴様」
ラウンジの空気が、急激に冷え込んだ。
いや、比喩ではない。リアンヌから放たれる実体を持ったような凄まじい殺気と魔力波長が、周囲の温度を急降下させたのだ。
「えっ……?」
カナタが目を開けると、そこには、目から一切の光を消し去り、右手を腰の見えない剣の柄に添えた、絶対零度のリアンヌが立っていた。
「私の、我が主への献身を『重荷』と侮辱し……あろうことか『自分のために生きろ』などと……」
「あ、あれ……? り、リアンヌさん……?」
予想外の反応に、カナタは冷や汗を流して後ずさった。
「ローゼリアへの愛と忠誠こそが、私の魂の形であり、生きる喜びそのもの! それを否定するとは……貴様、私の騎士としての誇りと、ローゼリアへの純愛を穢す気か!! ここで万死を以て償えぇぇっ!!」
「ひぃぃぃっ!? な、なんでガチギレしてんの!? 攻略サイトと違う!?」
リアンヌが殺意100%でカナタの首根っこを掴もうとした、まさにその時である。
「どうしたのじゃ、リアンヌ。随分と騒がしいではないか」
背後から、のんびりとした、しかしどこか威厳を含んだ声が響いた。
その声を聞いた瞬間、リアンヌの殺気は嘘のように霧散した。
「ああっ! 我が主、ローゼリア!」
現れたのは、黒と真紅のカラーリングにカスタマイズされたエインヘリアルの制服を纏った、金髪に真紅の瞳の美少女——銀河最強の死神、ローゼリアであった。
カナタは、尻餅をつきながらローゼリアを見上げた。
「(こ、こいつがローゼリア……!? 嘘だろ、ゲームじゃ設定テキストに名前だけ出てくる『その他大勢のモブ傭兵A』のはず……! なんでそんなモブが、エインヘリアルのエースみたいな顔をして、こんな所にいるんだ!?)」
カナタが混乱の極みに達する中、ローゼリアはキョトンとした顔で首を傾げた。
その口元には、先ほど食べていたであろうケーキの生クリームが、べったりとついていた。
「(……ん? エース傭兵なのに、口にクリーム?)」
「ああっ、ローゼリア! いけません、口元が汚れております! 今、私が綺麗に拭き取って差し上げますからね!」
リアンヌは、先ほどの般若のような顔から一転、とろけるようなデレデレの笑顔になり、制服のポケットからハンカチを取り出してローゼリアの口元を優しく拭き始めた。
「うむ。すまんのじゃ、リアンヌ。……で、その男はどうしたのじゃ? なぜ床に座り込んでおる?」
ローゼリアは、されるがままになりながらカナタを見下ろした。
「ああ、この者は気にしないでください。私のローゼリアへの愛の深さを理解できず、的外れな戯言を抜かした哀れな迷い子です。……さあ、あなたのために特製フルーツパフェをご用意いたしましたわ! あちらのソファで、私が『あーん』して差し上げますね!」
「おおっ! でかしたのじゃ! では、遠慮なくいただくとしようかのう!」
リアンヌはローゼリアの腕にぴったりと抱きつき、ローゼリアもまた、満更でもない様子で(むしろ嬉しそうに)二人でソファへと歩いていってしまった。
そこには「孤高の騎士」の面影など一ミリも存在しない。
ただただ主君を溺愛する重すぎる騎士と、それに完全に絆されているチョロい美少女(モブのはずだった特異点)がいるだけであった。
「……え? は? なんだあれ……」
床に取り残されたカナタは、完全に置いてけぼりを食らっていた。
「(ゲームの設定と全然違うじゃないか! なんでメインヒロインのリアンヌが、ただのモブキャラにデレデレなんだよ!? ていうか、あのモブ、メインヒロインより圧倒的にヒロイン力高くて可愛いじゃねえか!! 俺の知ってる『スターライト・マギア・クロニクル』はどこに行ったんだよォォォッ!!)」
カナタの脳内設定と緻密な攻略チャートは、エインヘリアルのイレギュラーすぎる日常の前に、木端微塵に粉砕されたのであった。
「おい、アポロンの坊主。何床に座り込んでるんだ? ほら、飲め!」
「ぶぼっ!?」
直後、背後からやってきたランドグリーズにジョッキを口に突っ込まれ、哀れな勘違い転生者カナタは、酒の海へと沈んでいくのであった。
ローゼリアという、前世の意識を統合した特異点が存在するこの世界は、もはや一つのゲームのシナリオ(レール)になど収まるはずがない。
その事実を彼が真に理解するのは、もう少し先の話である。




