第四幕 第十三話:裏切りの防衛網と、乙女たちの掌握
要塞惑星メガロの正面宙域が、ローゼリアたちの圧倒的な蹂躙によって紅蓮の炎に包まれ、敵の意識が完全にそちらへと釘付けになっていた頃。
メガロの裏側——デブリ帯と小惑星の陰に紛れ、五機のマギアナイトが音もなく惑星の防衛ラインの内側へと滑り込んでいた。
エインヘリアルが誇る潜入・破壊部隊である。
「……予想通りね。お姉様たちが正面でド派手に暴れてくれてるおかげで、裏側の警戒網は穴だらけ。完全にザルよ」
アルティナが、自機『ハルファス』のコックピットでいくつものホログラムモニターを展開しながら、ニヤリと笑った。
「当然ですわ! ああ、モニター越しでも伝わってくるお姉様のあの猛々しくも美しいお姿! 正面からのすべての敵を薙ぎ払う様は、まさに銀河の覇者にふさわしいですわ!」
遊撃機『ベルフェゴール』を駆るエリーゼが、身悶えしながら通信回線に割り込んでくる。
「私も早くこの任務を終わらせて、お姉様の元へ駆けつけなければ! そして勝利の暁には、私の特製オムライスで胃袋を完全に掌握してみせます!」
「はいはい、エリーゼは周囲の警戒を怠らないでね。敵の伏兵がいつ湧いてくるか分からないんだから」
アルティナが呆れたようにたしなめると、白衣を纏うように装甲を白と青に塗り分けた支援機『ミネルヴァ』から、ウルスラの穏やかな声が響いた。
「ふふっ。大丈夫ですよ、アルティナ。私の広域スキャナーにも、こちらに向かってくる敵影は映っていません。……オルトリンデ、そちらはどうですか?」
「……狙撃ポイント、確保。光学迷彩を展開中。いつでも援護可能です」
漆黒の狙撃機『ジークルーネ』を駆るオルトリンデが、巨大な小惑星の陰に身を潜め、超長距離用スナイパーライフルの照準を合わせながら淡々と報告した。
「記録に保存。正面で活躍するマスター・ローゼリアの勇姿……最高です。ズーム機能、限界まで使用中」
「あんたも任務中に何やってんのよ!」
アルティナがツッコミを入れつつ、コンソールへのタイピング速度をさらに上げる。
「さあ、シエラ。メガロの基幹ネットワークへの物理的な接続ルートは見つかった? 私の方でダミープログラムを走らせて、セキュリティの目を誤魔化しておくわ」
「……了解。アルティナのダミープログラムを囮として利用し、メインの論理回路を要塞の防衛中枢システムへ直接接続させます」
黒衣のシステム管理者、人造人間のシエラ。
彼女の乗る特殊電子戦専用機『アリス・レギオン』から、目に見えない強烈な魔力波長が、メガロの防衛ネットワークに向けて放たれた。
要塞惑星メガロの防衛システムは、旧連合国がその総力を挙げて構築した強固なファイアウォールに守られている。通常であれば、外部からのハッキングなど数百年かけても不可能とされる代物だ。
だが、シエラの演算能力は、人智を超越した特異点のものであり、さらにアルティナという天才ハッカーの技術が合わさることで、その鉄壁の扉はいとも容易くこじ開けられていった。
『……第一から第四セキュリティウォール、突破。メインフレームへの侵入に成功。防衛システム(イージス)の管理者権限を、現在書き換えています』
シエラの無機質な声が響く。
「よしっ! そのまま防衛衛星と軌道砲台のコントロールを奪っちゃいなさい! 弾薬はたっぷりあるんだから、全部使い切るつもりでね!」
アルティナが最後のエンターキーを力強く叩き込んだ。
『……全システムの掌握、完了。これより、メガロ防衛網の標的を再設定します』
シエラの声の奥に、ほんのわずかな、しかし確かな冷酷さが混じった。
『標的——メガロ防衛隊、および統一派主力艦隊。……対象の排除を開始します』
その頃、メガロ正面でローゼリアたちに蹂躙されていた防衛隊の司令部は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
『第四艦隊、壊滅! 死神の機動に全く追いつけません!』
『ナーシェン特務大尉の機体が中破! 戦線から離脱しました!』
『くそっ、化け物どもめ! 防衛衛星の主砲を起動しろ! 広域シールドの出力を最大に!』
司令官が血走った目で絶叫し、周囲の軌道上に浮かぶ数千の防衛衛星と、惑星地表の対艦ミサイルサイロが一斉に稼働した。
これでエインヘリアルの四機を削り殺す。誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし。
『……し、司令! 防衛衛星の砲塔が……我々の艦隊に、向いています!』
「……は?」
オペレーターの震える声に、司令官が呆然とモニターを見上げた。
宇宙空間に浮かぶ無数の防衛衛星。
本来ならローゼリアたちを狙うはずのその砲口が、くるりと180度向きを変え、あろうことか『味方であるはずの防衛艦隊』にピタリと照準を合わせていたのだ。
『ミ、ミサイルサイロのハッチが開きます! ターゲット・ロックオン……味方です! メガロの地表から、防衛艦隊に向けて対艦ミサイルが発射されました!!』
「な、なんだと!? 撃ち方止めろ! 誰が撃てと言った!!」
『だ、ダメです! システムが全く応答しません! 管理者権限が、何者かに奪われています!!』
「ば、馬鹿な……! メガロのシステムがハッキングされただと!? そんなことができる奴がこの宇宙に……」
その言葉の続きは、放たれた光の雨によって永遠に掻き消された。
ズガァァァァァァァンッッ!!!
無数の防衛衛星から放たれた高出力レーザーと、地表から打ち上げられた何万発という対艦ミサイルの群れ。
それらが、メガロを守るはずだった防衛艦隊の背中を、文字通り容赦なく撃ち抜いたのである。
宇宙空間に、幾千もの巨大な爆発の華が咲き乱れた。
味方の防衛システムによる完全な不意打ち(フレンドリーファイア)。
回避行動を取る間もなく、統一派の誇る大艦隊は、自らの手で築き上げた鉄壁の刃によって次々と宇宙の塵へと変えられていく。
『——こちらアルティナ。防衛システムの乗っ取り、成功したわ! お姉様たち、そっちの眺めはどう!?』
通信回線に、アルティナの得意げな声が響き渡った。
「ガハハッ! こりゃすげえ花火だ! 敵の連中、自分たちのミサイルで吹き飛んで大パニックになってやがるぜ!」
「ええ。まさに、自業自得という言葉がふさわしい光景ですわね」
ランドグリーズが腹を抱えて笑い、ロスヴァイセが優雅に相槌を打つ。
「よくやったのじゃ、アルティナ、シエラ! これで敵の艦隊は完全に無力化されたも同然じゃな!」
ローゼリアが、ルシフェル・リベリオンのコックピットで歓喜の声を上げた。
「(敵のトラップをハッキングして逆に利用するのは最高の快感なんじゃよなぁ……!)」
ゲーマーとしての本能が刺激され、ローゼリアのテンションはさらに跳ね上がる。
「シエラ、仕上げじゃ! メガロを覆っておる広域シールドの発生装置を、内部から強制シャットダウンしろ!」
『了解しました、マスター。……シールドジェネレーター、電源喪失』
シエラの操作により、メガロを包み込んでいた緑色の光の壁(絶対防壁)が、まるで電源を切られたホログラムのように、パツンと音を立てて消滅した。
要塞惑星メガロは今、その強固な鎧をすべて剥ぎ取られ、完全に丸裸の状態となったのである。
「さあ、お主ら! 邪魔な壁は消え去った! このまま惑星の中枢部まで一気に押し通るのじゃ!!」
ローゼリアの号令と共に、エインヘリアルのマギアナイト部隊が、無防備となったメガロの地表に向けて一斉に降下を開始する。
もはや彼女たちの進撃を阻むものは、この宙域のどこにも存在しなかった。




