第四幕 第十二話:華麗なる蹂躙と、淑女のミサイル弾幕
「さあ、派手に打ち上げるのじゃ! 敵の目を、一瞬たりともメガロの裏側に向けさせるな!」
要塞惑星メガロの正面宙域。
ローゼリアの号令と共に、エインヘリアルの主攻部隊を担う四機のエース機が、防衛艦隊の真っ只中へと猛烈な速度で突入した。
『迎撃! 迎撃しろ! 敵はたったの四機だぞ、押し潰せ!!』
メガロ防衛隊の指揮官が絶叫し、無数の対艦ミサイルとビームの雨が宇宙空間を埋め尽くす。
しかし、その圧倒的な弾幕は、純白の機体『ブラン』が展開した巨大な魔力防壁の前に、まるでガラスに当たる雨粒のように弾かれ、無力化されていく。
「我が主、ローゼリア。あなたに降り注ぐ火の粉は、このリアンヌの盾がすべて防いでみせましょう。どうかご無理はなさらず、御心のままに空をお舞いください」
リアンヌの優しく、しかし確固たる騎士の誓いが通信回線に響く。
かつての盲目的な過保護さから一皮むけた彼女の言葉には、主君への絶対の忠誠と、騎士としての気高い包容力が満ちていた。
「うむ……! ま、全くお主は過保護すぎるのじゃ。だが……その、頼りにしておるぞ、リアンヌ!」
ローゼリアは、リアンヌの真摯でイケメンすぎる騎士の振る舞いにあっさりと絆され、コックピットの中で顔を真っ赤にしてモジモジと操縦桿を握り直した。相変わらず、仲間からの真っ直ぐな好意に対する防御力はゼロである。
「ガハハッ! 最高の盾だぜ! そら、道を開けな雑魚ども!!」
ランドグリーズの駆る重装甲機『グリムゲルデ』が、巨大な戦斧を振り回し、前方に立ち塞がる巡洋艦の装甲を紙切れのように引き裂いて爆沈させる。
そして、その開かれた血路の只中を、漆黒の堕天使『ルシフェル・リベリオン』が光のような速度で駆け抜けた。
「ふはははっ! 遅い、遅いのじゃ! そんな鈍重な照準で、妾を捉えられると思ったか!」
ローゼリアは、機体の八枚のスラスターを乱舞させながら、深紅の光刃で次々と敵の機動兵器を両断していく。
かつての「銀河最強の死神」としての神懸かった直感と、ゲーマーとしての「敵の行動パターンの最適化」が見事に融合したその動きには、一ミリの無駄も存在しない。
「お嬢様、素晴らしい太刀筋ですわ。後方よりミサイルによる弾幕支援を行います。……無事に帰還されましたら、ご褒美に私の淹れた紅茶と、膝枕での耳かきをご用意しておりますわね」
中遠距離支援機『ヘルムヴィーゲ』を駆るロスヴァイセが、優雅な声で通信を入れながら、機体各所のハッチを開放して無数のマイクロミサイルを放つ。
「ひゃうっ!? ひ、膝枕で耳かき……!? い、いや、妾は別にそういうのを期待して暴れておるわけでは……っ! だが、終わった後なら、少しだけ頼むやもしれんのじゃ……!」
立て続けに放たれる戦乙女たちからの甘い誘惑に、銀河最強の死神は完全にペースを乱されつつも、その破壊の歩みは全く止まらない。
その圧倒的な蹂躙劇に、防衛隊の陣形は完全に崩壊しかけていた。
『ば、化け物かあいつらは……! 第四防衛ライン、突破されます!!』
恐怖と絶望がメガロの通信網を支配する中——ただ一機、全く異なる異質な魔力波長を放ちながら、凄まじい加速で戦場を駆け抜けてくる影があった。
「——ふん。図体ばかりデカい無能どもめ。結局、私が直々に手を下さねば何もできんのか」
真紅の装甲に、過剰なまでの金色の装飾が施された専用機『ブラッド・ローズ』。
メガロ防衛隊のエース、ナーシェンである。
彼は味方の残骸を蹴り台にして一気に加速すると、その狂気を孕んだ真紅の瞳で、戦場の中心で暴れ回る漆黒の機体——ローゼリアのルシフェル・リベリオンだけをロックオンした。
「もらったぞ、死神! 貴様の首は、この私が成り上がるための最高の踏み台だ!!」
ブラッド・ローズの両腕から、高出力のビーム・レイピアが展開される。
デブリを縫うように躱し、死角からローゼリアの背後へと肉薄するその超絶的な操縦技術は、確かに本物のエースのそれであった。
「(……死ね!!)」
ナーシェンが勝利を確信し、レイピアをローゼリアのコックピット目掛けて突き出した、その瞬間。
「あそこの防衛衛星群、弾幕が鬱陶しいのじゃ! まとめて吹き飛ばしてやるのじゃ!!」
ズドォォォォンッ!!
ローゼリアのリベリオンは、ナーシェンの必殺の突きが届くコンマ一秒前、まるで彼など最初から存在しなかったかのように、爆発的なスラスター噴射で斜め上方へと跳躍した。
そしてそのまま、遠方にある防衛衛星の群れへと極太のビームを叩き込み、連鎖爆発を引き起こしたのである。
「な……に……!?」
渾身の突きを虚空へと空振りしたナーシェンは、間抜けにも宇宙空間で前のめりに体勢を崩した。
回避されたのではない。ローゼリアは、彼の接近に気づいてすらいなかったのだ。
ただ、自分の攻撃対象を切り替えるための移動の軌道上に、たまたまナーシェンの必殺の一撃が重なっただけ。
己の存在を完全に無視されたという事実は、彼のような傲慢な没落貴族にとって、何よりも耐え難い屈辱であった。
「き、貴様ァァァッ!! 私を誰だと思って……!!」
激昂し、再びローゼリアを追ってスラスターを吹かそうとしたナーシェンの前に、雨霰のごとく無数のミサイルが降り注ぎ、強烈な爆発の壁を作って彼の行く手を遮った。
「あら。随分と野蛮な飛び込み方ですこと」
爆炎の向こうから現れたのは、白銀の装甲と巨大なミサイルコンテナを背負った中遠距離支援機——ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』であった。
「お嬢様は今、お忙しいのです。あなたのような羽虫を、お嬢様の視界に入れるわけにはいきませんわ」
ロスヴァイセが、鈴を転がすような淑女の冷ややかな声で言い放つ。
「邪魔をするな下賤な雌犬が! 私を名門ベリア家のナーシェンと知っての狼藉か!」
ブラッド・ローズが姿勢を立て直し、怒りに任せてビーム・レイピアを構える。
「ベリア家……? 申し訳ありませんが、そのような田舎貴族の名前、私の記憶の片隅にも登録されておりませんわ」
「なっ……田舎貴族だとぉっ!? 殺す!」
ナーシェンは限界まで機体を加速させ、ロスヴァイセへと襲い掛かった。
ヘルムヴィーゲは全身にミサイルや重火器を積載した中遠距離支援機である。対して、ナーシェンのブラッド・ローズは超高機動の近接特化機体。
距離を詰められれば、ヘルムヴィーゲに勝ち目はない。それは戦術の基本中の基本である。
「ははははっ! そんな鈍重なミサイルポッドの塊で、この私に接近戦で勝てるつもりか! 狂ったか!」
ナーシェンが狂気的な笑い声を上げ、レイピアの連撃を繰り出す。
ロスヴァイセは重装甲のヘルムヴィーゲを操り、致命傷だけは避けながら後退を余儀なくされていた。
「……ええ。確かに私の機体は支援用。あなたのような高這い虫とは、絶望的に相性が悪いですわね」
通信越しに聞こえるロスヴァイセの声は、劣勢に立たされているにも関わらず、全く余裕を失っていなかった。
「だが、遅い! 終わりだ!」
ナーシェンがヘルムヴィーゲの懐に完全に潜り込み、トドメの突きを放とうとした、まさにその時。
「ですが……相性だけで勝負が決まるほど、エインヘリアルは甘くありませんわ」
ロスヴァイセは、ヘルムヴィーゲの背部と脚部にマウントされていた巨大なミサイルコンテナの『ロック』を、一斉に解除した。
「なっ!?」
空になった、あるいはまだ弾薬の残っている重厚なミサイルコンテナそのものが、装甲のパージ(強制排除)機能によって、突進してくるブラッド・ローズの目の前へと射出されたのだ。
近接戦闘の距離で、巨大な質量の塊をゼロ距離でぶつけられる。
「チィィィッ!!」
ナーシェンは咄嗟にレイピアでコンテナを切り裂くが、その直後、ロスヴァイセが残った内蔵火器でコンテナの残弾を起爆させた。
ズガァァァァァンッ!!
「がぁぁぁっ!! 私の、私の機体が……ッ!?」
近距離での大爆発と衝撃波の直撃を受け、ブラッド・ローズのメインカメラと右腕の武装マウントがひしゃげ、機能不全に陥る。
重いコンテナをパージして身軽になったヘルムヴィーゲは、優雅に後方へと距離を取り、無力化された敵機を見下ろした。
「力任せに距離を詰めれば勝てるなどと……圧倒的に『品性』が欠けておりますわね。お嬢様を煩わせるまでもない、つまらない手品でしたわ」
ロスヴァイセは、コックピットの中で扇で口元を隠すように、ふわりと冷笑を浮かべた。
堕ちた貴族の執念は、戦乙女の美しくも計算し尽くされた罠の前に、早くもその底の浅さを露呈していた。そして、メガロの正面防衛網は、ローゼリアたちの圧倒的な力によって完全に崩壊の時を迎えようとしていたのである。




