第四幕 第十話:二面作戦の提案と、チョロき死神の采配
「——というわけで、レガリアやリアンヌたちのおかげで、妾の体力も気力も完全に全回復したのじゃ!」
エインヘリアルのブリーフィング・ルーム。
大浴場での至福の休息(と、その直後に突入してきたリアンヌおよびエリーゼとの一悶着)を経て、心身ともに完全復活を果たしたローゼリアは、ホログラムテーブルの前に堂々と立っていた。
湯上がりの輝くような金髪を揺らし、真紅の瞳にはかつての絶対的な自信と、鋭い知略の光が宿っている。
「本当に、お肌がツヤツヤですわ、ローゼリア……! 私も一緒にお風呂で背中をお流ししたかったですのに!」
「抜け駆けですわ、レガリアお姉様! 次は絶対に私が、お姉様の全身の隅々までボディケアを……!」
リアンヌとエリーゼがハンカチを噛みちぎらんばかりの勢いで悔しがっていると、傍らに立つ黒衣の淑女、レガリアが艶やかに微笑んだ。
「ふふっ。素直に甘えてくれたおかげで、私もゆっくりお世話ができたわ。とっても可愛かったわよ、ローゼリア。……いつでもまた、背中を流してあげるわね」
「うっ……! あ、あの時は疲労が限界じゃったから甘えただけで……。だ、だが……その、また疲れた時は、頼むやもしれんのじゃ……」
レガリアの大人な微笑みと甘い声に、ローゼリアはあっさりと顔を真っ赤にして視線を逸らした。
無自覚に相手を惹きつける「タラシ」の気質を持ちながらも、いざ真っ直ぐな好意や愛を向けられると途端に弱くなり、すぐに絆されてしまう。記憶を取り戻した銀河最強の死神は、相変わらず極めて「チョロい」ヒロインのままであった。
「こ、こほん! 無駄話はそこまでじゃ。ここからは次の作戦会議を始めるぞ。……団長、状況は?」
ローゼリアが熱くなった頬をごまかすように咳払いをし、視線を向けると、腕を組んだブリュンヒルデが満足げに頷き、ホログラム星図を切り替えた。
「うむ。先日の暗礁宙域での戦闘で保守派の特務艦隊を叩き潰したことにより、現在の戦局は『旧連合国統一派』が圧倒的に優勢となっている。……そして連邦軍からの新たな依頼は、その統一派が本拠地としている要塞惑星『メガロ』の無力化だ」
星図上に、幾重にも重なる防衛衛星と軌道艦隊に守られた、緑色の巨大な惑星が映し出される。
「ご覧の通り、メガロの防衛網は鉄壁だ。無数の対艦ミサイル陣地に加え、強力な広域シールドで惑星全体が覆われている。大艦隊で正面から挑めば、泥沼の消耗戦は避けられん」
ブリュンヒルデが指揮棒で防衛ラインを指し示す。
「なるほどな……」
ローゼリアは、ふむと顎に手を当ててホログラムを凝視した。
敵の注意の向き、防衛網の死角、そして手持ちの戦力であるエインヘリアルの仲間たちの役割や能力。それらを頭の中で瞬時に組み合わせ、最適な解を導き出していく。
「真正面から力押しするのは、愚か者のやることじゃ。……ここは、部隊を二手に分けて行動することを提案するのじゃ」
ローゼリアがホログラムテーブルに身を乗り出し、ニヤリと不敵に笑った。
「二手に、ですか?」
電子戦担当のアルティナが首を傾げる。
「うむ。敵の目を完全に引き付ける『陽動・主攻部隊』と、その隙に防衛網の裏を突いてシールド発生装置や指揮系統を破壊する『潜入・破壊部隊』じゃ。……いわゆる、陽動と奇襲の定石じゃな」
ローゼリアは指先でホログラムを操作し、エインヘリアルの戦力を二つのグループに分けた。
「まず、惑星の正面からド派手に突っ込み、敵の全防衛火力を引き受ける主攻部隊は……妾、リアンヌ、ランドグリーズ、ロスヴァイセの四名じゃ」
「おおっ! つまり、思う存分暴れていいってことだな、お姫様!」
ランドグリーズが拳を鳴らして獰猛に笑う。
「ええ、お任せくださいませ。敵の艦隊など、私とランドグリーズの火力で制圧してみせますわ」
ロスヴァイセも優雅に微笑んだ。
「そして、妾が主力として敵の注意を限界まで惹きつける。リアンヌ、お主には絶対の盾として、妾たちに飛んでくる攻撃をすべて防いでもらうぞ。……頼めるか?」
ローゼリアが振り返ると、純白の制服を着たリアンヌが、感極まったように胸の前で手を組んだ。
「もちろんです、ローゼリア! 私の絶対防壁で、あなたの美しい御髪一本たりとも傷つけさせはいたしません!」
「うむ、頼もしいのじゃ。……次に、裏から惑星に侵入する潜入部隊じゃが。こちらはアルティナ、シエラ、オルトリンデ、ウルスラ、そしてエリーゼの五名じゃ」
その編成を聞いた瞬間、エリーゼが「ええっ!?」と悲鳴を上げた。
「お、お姉様!? なぜ私はお姉様と別の部隊なのですか!? 正妻として、お姉様の隣で共に戦うのが私の使命……!」
「待つんじゃ、エリーゼ。お主の力が必要なんじゃ」
ローゼリアは、抗議するエリーゼの肩にスッと両手を置き、その赤い瞳で彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「敵のシステムを掌握するアルティナとシエラ、狙撃で障害を排除するオルトリンデ、部隊の回復・支援を担うウルスラ。……彼女たちを守り、惑星内部の予測不能な事態に遊撃として対応できるのは、高い機動力と臨機応変な戦闘センスを持つ、お主しかおらんのじゃ。……妾の背中を、お主に預けたいのじゃが……ダメか?」
「……っ!!」
ローゼリアの、仲間に対する絶対の信頼と、美少女特有の上目遣い(無自覚なタラシテクニック)のコンボを至近距離で食らい、エリーゼの顔が一瞬にして沸騰した。
「だ、ダメなわけがありませんわ! お姉様がそこまで私を頼りにしてくださるなら、このエリーゼ、必ずや裏から敵の本陣を崩壊させてみせます! ああ、お姉様からの信頼……! もう私、愛の力でメガロそのものを単騎で破壊できそうですわ!!」
エリーゼは両手で頬を押さえ、猛烈な熱量でローゼリアの手に自分の手を重ねてきた。
「そ、そこまでしなくていいのじゃ! 惑星を破壊されたら作戦失敗じゃ! ……だ、だが、頼りにしておるぞ。お主がいれば安心じゃからな……」
ローゼリアは、エリーゼの重すぎる愛の圧に真っ向からぶつかられ、またしても顔を真っ赤にしてモジモジと視線を彷徨わせた。本当に、この死神は褒め言葉と好意にめっぽう弱い。
「……シエラ。潜入部隊の指揮はアルティナと共にお主に任せる。防衛システムの掌握、頼んだぞ」
「了解しました、マスター。論理回路の全リソースを解放し、敵システムを制圧します」
シエラが静かに一礼し、オルトリンデとウルスラも静かに頷いた。
「しかし、ローゼリア」
ブリュンヒルデが、腕を組んだまま鋭い視線を向けた。
「その二面作戦を実行するとなると、マギアナイトは全機出撃となる。この母艦を守る直掩機が、一機もいなくなるということだぞ」
その指摘に、ローゼリアは不敵な笑みを崩さなかった。
「分かっておる。だから、エインヘリアルは作戦宙域のギリギリ……敵のセンサーと広域シールドの探知範囲の『外側』に停泊して待機してほしいのじゃ」
ローゼリアは星図の端、デブリ帯に隠れるようなポイントを指差した。
「そこからなら、もし妾たちに何かあっても、団長の腕と母艦の主砲で長距離からの火力支援が可能じゃろ?」
「……フッ。なるほど、私と母艦そのものを、後方支援の固定砲台として使うつもりか。相変わらず、大胆かつ合理的な采配だ」
ブリュンヒルデが、喉の奥で愉快そうに笑い声を立てた。
「ふふっ。システム面のサポートと索敵は、私が母艦のブリッジから完璧にこなしてみせるわ。安心して前線で暴れてきなさいな」
黒衣の淑女レガリアも、ローゼリアにウインクを送る。
「うむ! これで仲間の役割分担は完璧じゃ!」
ローゼリアはホログラムテーブルから離れ、戦乙女たち全員を見渡した。
インドア派の青年の記憶と、銀河最強の死神の魂。その二つが融合したことで、彼女の指揮はかつての「個の圧倒的な力」に頼るものから、「仲間全員の長所を最大限に活かす」戦略的なものへと進化していた。
「さあ、お主ら! 記憶を取り戻してからの本格的な大一番じゃ! 誰一人欠けることなく、完全勝利をもぎ取るのじゃ!!」
「「「了解!!」」」
エインヘリアルの戦乙女たちの力強い声が、ブリーフィング・ルームに響き渡る。
それぞれが自らの愛機へと向かう中、ローゼリアもまた、漆黒の堕天使『ルシフェル・リベリオン』の待つハンガーへと歩みを進めるのであった。




