第二十六話:連戦の代償と、傷だらけの双璧
帝国宙域での圧倒的な殲滅劇から数分後。
惑星連合の中枢防衛線は、すでに崩壊の危機に瀕していた。
『くっ……! 第四、第五防衛ライン突破されました! ガルムの艦隊、こちらへ向かってきます!』
『エインヘリアル主砲、冷却追いつかないよ! 団長、このままじゃ押し切られる!』
火線が飛び交う宙域の中央で、母艦エインヘリアルと長女ランドグリーズ、三女オルトリンデたちが決死の防衛戦を繰り広げていたが、第二首レゲスが率いる数千の艦隊の波状攻撃を前に、ジリジリと後退を余儀なくされていた。
「ガハハハハ! 腐っても戦乙女、しぶとい連中だ。だが圧倒的な物量の前には無力! さあ、トドメを刺してやれ!」
ガルムの旗艦で、恰幅の良い男——第二首レゲスが葉巻を咥えながら下劣な笑い声を上げる。
ガルムの戦艦群が、エインヘリアルに一斉に主砲の狙いを定めた、その時。
宙域の空間が激しく歪み、漆黒と純白の閃光が戦場に叩きつけられた。
『——させぬわ!!』
ワープアウトと同時に、ノワールから無数の魔力弾が全方位にばら撒かれる。
それは精密な誘導弾となり、エインヘリアルを狙っていたガルムの戦艦群の砲塔だけを次々と正確に撃ち抜いていった。
「な、なんだと!? 敵の増援!?」
レゲスが葉巻を落としてモニターを凝視する。
『待たせたな、団長、オルトリンデ! ここからは妾たちが引き受ける!』
『ローゼリア! リアンヌ!』
ブリュンヒルデの安堵の声が通信機から響く。
「いくぞリアンヌ! 帝国での準備運動は終わった! さっさとこの豚どもを片付けて、帰ってゆっくりお茶にするぞ!」
『ええ、ローゼリア。……全速で突破します!』
スローネが絶対防護シールドを展開し、ノワールがその後ろから超火力の魔力砲を放つ。
先ほどの第一首アッシュの艦隊を壊滅させた、無敵の必勝パターン。……そうなるはずだった。
「フン、帝国の残飯漁りをしていたアッシュを落としてきたのは褒めてやる。だがな、我々ガルムの資金力を舐めるなよ!」
レゲスが扇子を振り下ろす。
「出撃させろ! 我がガルムが誇る、非合法改造マギアナイト部隊を!」
ガルムの戦艦群のハッチが一斉に開き、中からおびただしい数のマギアナイトが飛び出してきた。
どれも正規軍の機体をベースに、違法な高出力スラスターや重武装をハリネズミのように搭載した、禍々しい機体群だ。
『チッ……! マフィアのくせに、これほどの数のマギアナイトを揃えているとはな!』
ランドグリーズが通信越しに舌打ちをする。
「雑魚が何機集まろうと関係ないわ! 吹き飛べ!」
ローゼリアはノワールの対物対艦刀を抜き放ち、敵の群れへと突っ込んだ。
しかし——。
(……っ!? 機体の反応が、重い……!?)
敵機の一太刀を避けようとしたノワールのスラスター出力が、ほんの一瞬、ラグを起こした。
カジノでの大魔法、帝国への超長距離ワープ、アッシュ艦隊との戦闘、そして休む間もなく連合国へ連続ワープ。
いくらローゼリアの魔力が無尽蔵に近いとはいえ、機体のエネルギー伝導回路と、パイロットであるローゼリア自身の肉体の疲労は、すでに限界に近い数値を叩き出していたのだ。
『もらったァッ! 死神ィ!!』
ガルムのカスタム機が、その一瞬の隙を突き、高出力のビームトマホークをノワールに向けて振り下ろす。
「しまっ——」
ガギィィィィィンッ!!!
『——我が姫君に、気安く触れるな』
間一髪、ノワールの前に割り込んだスローネが、巨大な盾でビームトマホークを受け止めた。
だが、スローネの方も無事ではなかった。連続のワープとシールドの最大出力展開により、機体のエネルギー残量はすでに底をつきかけていたのだ。
バキィッ! という嫌な音と共に、限界を超えたスローネの盾の表面に亀裂が走り、装甲の一部が弾け飛んだ。
「リアンヌ!?」
『問題ありません! 押し返します!』
リアンヌは突撃重槍を振るい、敵機を串刺しにして蹴り飛ばす。
しかし、ガルムのマギアナイト部隊は、連携を組んで波状攻撃を仕掛けてくる。その後方からは、戦艦群による絶え間ないミサイルの弾幕。
『ローゼリア、右舷から来ます!』
「くっ……! 舐めるなァッ!」
ローゼリアは魔力を振り絞り、接近する敵機を魔導砲で薙ぎ払う。だが、疲労で精度が落ちた砲撃を躱した一機が、ノワールの死角からビームライフルを連射した。
ガァァンッ!!
「きゃあっ!?」
ノワールの左肩の装甲が大きく削り取られ、火花が散る。機体が激しく揺さぶられ、コックピット内のローゼリアはコンソールに身体を打ち付けた。
『ローゼリア!!』
リアンヌの焦燥に満ちた声が響く。
「だ、大丈夫じゃ……! 表面の装甲が剥がれただけ……っ!」
ローゼリアは息を荒くしながら、必死に操縦桿を握り直す。
しかし、戦況は確実に二人の双璧を削り落としにかかっていた。
シールドが半壊し、右脚の推進器に被弾して機動力が落ちた純白のスローネ。
肩の装甲を吹き飛ばされ、魔力伝導のオーバーヒートで黒い機体から赤い蒸気を噴き出している漆黒のノワール。
二機の無敵の戦乙女が、明確な『ダメージ』を負い、肩を寄せ合うようにして宙域の中央で息を整えていた。
「ガハハハハ! 見ろ! あの忌々しい双璧がボロボロだぞ! さあ、一気に押し潰せ!!」
レゲスの下劣な笑い声が、全周波数帯域に響き渡る。
ガルムのマギアナイト部隊が、勝利を確信してジリジリと包囲網を狭めていく。
『……ローゼリア』
ノイズの混じる通信回路から、リアンヌの、静かで、しかし決して折れない意志を宿した声が聞こえた。
「リアンヌ……すまぬ。妾の魔力配分が甘かったせいで、お主の機体までこんなボロボロに……」
ローゼリアは、痛む肩を押さえながら、唇を噛み締めた。
(俺がカジノのデートを邪魔された私怨で、ペースも考えずに無茶苦茶な戦い方をしたから……!)
『謝らないでください。……それに、私は少しだけ嬉しいのです』
「嬉しい、じゃと……?」
『ええ』
モニター越しのリアンヌは、煤で顔を汚し、息を弾ませながらも——極上の、そしてどこまでも深い慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
『いつも圧倒的な力で、すべてを一人で解決してしまうあなた。……でも今は、こうして互いに背中を預け合い、傷を負いながらも一緒に戦っている。……ようやく、本当の意味で、あなたの「盾」になれた気がして』
(————ッッッ!!)
ローゼリアの目から、ブワッと熱い涙が溢れ出した。
(こんな時まで……こんな絶体絶命で、自分の機体も半壊してるって時に……! なんでこの人は、こんなにかっこよくて、底抜けに優しいんだ……!)
「馬鹿者……っ! 盾がボロボロになってどうするんじゃ! お主が傷つくくらいなら、妾が全部一人で片付けた方がマシじゃ!」
『ふふ、それは困りますね。私は、あなたの隣に立つ騎士でありたいのですから』
ピーッ、ピーッ、と、両機のコックピットでエネルギー残量低下の警報が鳴り続けている。
絶望的な包囲網。
しかし、ローゼリアの心からは、先ほどまでの疲労も、恐怖も、焦りもすべて消え去っていた。
「……リアンヌ」
『はい』
「妾の残り魔力、すべて機体の推進力と、お主の槍の『刃』にエンチャント(付与)する。……シールドは捨てよ」
『……了解しました。一撃で、敵の旗艦を貫くんですね』
互いの目論見は、言葉を交わすまでもなく完全に一致していた。
もはや、ジリ貧の防衛戦をしている余裕はない。残るすべての力を合わせた、乾坤一擲の特攻あるのみ。
「見せてやるわ……! 傷だらけになろうとも、妾とリアンヌの絆は、貴様らのような薄汚い犬どもには絶対に砕けぬということを!!」
ノワールの機体から、残存するすべての魔力が極彩色のオーラとなって噴き出し、それがスローネの『突撃重槍』へと流れ込んでいく。
重槍が、星の輝きにも似た眩い光の刃を形成した。
「いくぞリアンヌ!!」
『はい、我が姫君!!』
半壊した漆黒と純白の機体が、全スラスターを限界点まで吹かし、ガルムの包囲網のド真ん中へと、最後の光の矢となって突撃を開始した。




