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第二十五話:第一の首の絶望と、私怨に燃える死神

母艦『エインヘリアル』の特別格納庫。

豪奢なドレスと燕尾服から、着慣れた戦闘用のパイロットスーツへと着替えたローゼリアとリアンヌは、それぞれの愛機へと乗り込んでいた。

「くそっ……! あのドレス、リアンヌ様にも『可愛い』って言ってもらえたのに! 拘束なんてされずにもっと着ていたかったのにィィ!」

『ローゼリア。通信回路が開いたままですよ』

並走するスローネのコックピットから、リアンヌの苦笑混じりの、しかしどこか甘さを帯びた声が響く。

「あっ、こ、コホン! ……全システム、オールグリーン! 魔力炉心、臨界突破! いくぞリアンヌ、まずは帝国の残飯漁りをしておる『第一の首』を叩き落とす!」

『ええ。私のスラスターも最大出力で同調します。……あなたの怒り、そして私たちの時間を奪った代償。すべて彼らに支払わせましょう』

漆黒の『ノワール』と純白の『スローネ』が、エインヘリアルのカタパルトから同時に射出される。

二機のマギアナイトは、宇宙空間に飛び出した直後、莫大な魔力と推進力を一点に集中させ、帝国宙域への超長距離ワープを敢行した。

その頃。かつて宇宙を支配したエーベルヴァイン帝国の、半壊した帝都上空。

ガルムの最高幹部『第一の首』アッシュが率いる一千隻の武装艦隊が、帝都を完全に包囲していた。

「……抵抗はやめろ、フェイト・エーベルヴァイン」

アッシュの旗艦から、帝都の地下司令室に向けて傲慢な降伏勧告が発せられる。

「もはや貴様らに、我々の最新型対艦ミサイル群を迎撃する力はない。大人しく皇城のメインシステムと残存する魔力炉を明け渡せ。そうすれば、元皇族としての命だけは助けてやろう」

『……お断りします』

ノイズの混じる通信越しに、フェイトの冷徹な声が響く。

彼女の背後にある防衛システムは、先日の「反帝国連合」との戦いでローゼリアが暴れ回った余波によって、未だに完全には復旧していない。満身創痍の部下たちが、絶望的な表情でモニターを見つめていた。

『私たちは、かつての過ちを清算し、新たな国を造り直す途上にあります。……それを、裏社会で甘い汁を吸うだけの小悪党に譲り渡すつもりはありません』

「フッ。小賢しい女だ。焼け野原の玉座に執着して、誇り高く死ぬか。……よかろう」

アッシュは冷酷に笑い、全艦隊に命令を下した。

「全艦、対地質量爆弾の照準を皇城に合わせろ。……一発で、あの生意気な小娘ごと歴史のチリに変えてやれ」

ガルムの艦隊が、一斉に皇城へ向けて砲門を開く。

フェイトも、地下司令室の将校たちも、もはや打つ手はないと目を閉じた。

——だが。

その「終わり」が訪れることはなかった。

『……誰が、妾の許可なくこの国を壊して良いと言った、三流マフィア』

突如として。

ガルムの全艦隊の通信回路に、絶対零度の少女の声が強制的に割り込んだ。

「なっ……何者だ! 通信がハッキングされているだと!?」

アッシュが驚愕してモニターを睨みつける。

直後、ガルム艦隊のド真ん中、その虚空がグニャリと歪んだ。

空間を切り裂いてワープアウトしてきたのは、星々の光すら飲み込むような『漆黒』の古代機動騎士。

「……まさか!? 警察に拘束されていたはずの、戦乙女の死神か!?」

アッシュの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。計算外だ。警察の強固な拘束手続きを、これほどの短時間で突破できるはずがない。

「計算外じゃろ? 笑わせるな」

ノワールが、空中で人型形態へと変形し、両手の対物対艦刀を構える。

その機体から溢れ出す赤黒い魔力は、かつてこの空で反帝国連合を消し飛ばした時よりも、さらに凶悪で、暴力的な密度を誇っていた。

「妾がどれほど! 今日のドレス姿での潜入任務デートを楽しみにしていたか! お主らのような薄汚い犬どもには一生理解できまい!」

「……は? デート、だと……? 貴様、何を言っている!?」

アッシュには、ローゼリアの怒りの理由が全く理解できなかった。覇権を賭けた大戦争の最中に、何を寝言を言っているのかと。

しかし、その機体から放たれる圧倒的な魔力のプレッシャーだけは、本能に「確実な死」を予感させるには十分すぎた。

「全艦、撃てェェッ! あの黒い機体を集中砲火で落とせ!!」

ガルムの艦隊から、数万発のビームとミサイルがノワールに向けて一斉に放たれる。

だが、その豪雨のような弾幕がノワールに届くことはなかった。

『——我が姫君の御前に、ゴミを散らかさないでいただきたい』

ノワールの前に、光の尾を引いて『純白』の機体が滑り込んできた。

リアンヌの駆るスローネだ。

「展開ッ!」

スローネが巨大な盾を構え、「絶対防護シールド」を展開する。ガルム艦隊の集中砲火はすべて目に見えない壁に弾き返され、虚空に無数の爆炎の花を咲かせる。

一発のミサイルすら、ノワールの装甲には届かない。

「な、馬鹿な……! 我々の最新兵器が、たった一機の盾にすべて防がれるだと!?」

『ローゼリア! 前は開きました!』

「うむ、大儀じゃリアンヌ!!」

ローゼリアのノワールが、スローネの背後から猛烈な速度で飛び出した。

機体下部から展開された『長距離魔導砲』の砲身が、アッシュの旗艦を正確に捉える。莫大な魔力が砲口に収束し、周囲の空間がひび割れるように歪む。

「第一の首とやら。……あの世で、妾の完璧な休日を台無しにしたことを後悔しながら消え失せるが良い!」

轟ッッッッッッ!!!!!!

放たれた極太の赤黒い魔力の奔流は、アッシュの旗艦を護る強固な対魔力シールドを『濡れた紙切れのように』引き裂き、そのまま艦隊のど真ん中を一直線に薙ぎ払った。

「ば、馬鹿なァァァァッ! こんな規格外の力が、存在して良いはずが——」

アッシュの断末魔は、圧倒的な閃光と爆音の中に掻き消えた。

たった一撃。

たった一撃で、ガルムが誇る最新鋭の艦隊の半数が蒸発し、残りの艦も魔力の余波でコントロールを失い、次々とデブリの海へと沈んでいく。

「……」

帝都の地下司令室で、モニター越しにその光景を見ていたフェイトは、ただ呆然と呟いた。

「また、あなたに救われることになるとは。……本当に、あの力は理不尽極まりないですね」

フェイトの口元には、微かな、しかし確かな安堵の笑みが浮かんでいた。

ガルムの残存艦隊は、旗艦と最高幹部を一瞬で失ったことで完全にパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃亡を始めた。

しかし、それすらもスローネの『突撃重槍』による長距離狙撃と、ノワールの魔力弾の雨によって、一隻残らず無慈悲に撃ち落とされていく。

戦闘開始から、わずか五分。

『第一の首』アッシュの艦隊は、完全なる全滅を迎えた。

『……ガルム艦隊の全エネルギー反応、ロスト。完全な制圧を確認しました』

リアンヌの落ち着いた声が、通信機から響く。

「ふん。他愛もない。妾とリアンヌの前では、マフィアの最新兵器など玩具も同然じゃな」

ローゼリアは、コックピットの中で得意げに鼻を鳴らした。

『ローゼリア。通信が入っています。……フェイト殿下からです』

「ん? 姉上からか」

モニターに、少し煤けた軍服姿のフェイトの顔が映し出される。

『……見事でした、ローゼリア。まさか、再びあなたがこの帝都の空を護ってくれるとは。感謝の言葉もありません』

「勘違いするな、フェイト姉上。妾はただ、自分の休日を邪魔した阿呆どもに八つ当たりをしに来ただけじゃ。……お主の国を救うためではないぞ」

『ええ、分かっています。あなたはそういう人ですから』

フェイトはクスリと笑った。

かつての冷徹な皇女の面影は薄れ、そこには一人の不器用な姉としての、柔らかな表情があった。

『ですが、結果としてこの国は救われました。……どうか、お気をつけて。あなたの行く道に、星々の加護があらんことを』

「……ふん。言われずとも、妾の道は妾が切り開くわ」

ローゼリアは通信を切ると、小さく息を吐いた。

(……まあ、フェイト姉上が無事だったのは、ちょっとだけ良かったけどな)

『ローゼリア、休んでいる暇はありませんよ。エインヘリアルから入電。第二の首レゲスの艦隊が、惑星連合の中枢防衛線を突破しつつあるとのこと。……団長たちも、少し手こずっているようです』

「なに!? 団長たちが!? ちぃっ、一息つく間もないわ!」

ローゼリアは、再び操縦桿を強く握りしめた。

怒りのジェネレーターは、まだまだエネルギーを持て余している。

「いくぞリアンヌ! 次は連合国じゃ! レゲスの首も、まとめて宇宙のチリにしてやる!」

『はい。どこまでもあなたにお供します』

漆黒と純白の双璧は、休む間もなく次の戦場へとワープの光を放った。

巨大マフィア『ガルム』の野望は、一人の美少女の「デートを邪魔された私怨」によって、急速に瓦解へと向かっていた。

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