第二十四話:三首(みつくび)の胎動と、解き放たれる双璧
戦乙女の双璧が、囮の決起集会で警察に拘束されていた頃。
暗礁宙域の最深部に位置するガルムの巨大秘密基地では、銀河の覇権を握るための壮大な作戦が、いよいよ最終段階へと移行しようとしていた。
広大な作戦司令室。
巨大なホログラム星系図を見下ろすように、三つの影が立っていた。
彼らこそが、巨大マフィア・シンジケート『ガルム』を実質的に支配する最高幹部——通称『三首』である。
「……厄介な番犬(警察)とネズミ(戦乙女)は、檻の中に閉じ込めた。これで、我々の計画を邪魔する者は誰もいない」
静かに、そして傲慢に響く声。
第一首・アッシュ。細身のスーツに身を包んだ、氷のように冷たい瞳を持つ男だ。
「エーベルヴァイン帝国が事実上崩壊し、防衛網が消滅した今こそが千載一遇の好機。……私は『帝国方面』を担当する。残存する皇城のインフラと、旧型の魔力炉をすべて制圧し、ガルムの新たな本拠地とする。あの小娘が細々と立て直そうとしているようだが、我々の最新兵器の前には無力だ」
「フッ、堅実なことだ、アッシュ。だが、最大のうま味は『連合国』にあるぞ」
第二首・レゲスが、葉巻の煙を吐き出しながらニヤリと笑う。
恰幅の良い体格と、油断のならない蛇のような目を持つ男。
「私は『連合国方面』を担当する。すでに各惑星の反政府組織や軍閥には、我々の大量破壊兵器を行き渡らせてある。彼らが一斉に蜂起すれば、連合軍はたちまち大混乱に陥るだろう。……そこへ我々が『救世主』として介入し、政治家どもを金と暴力で支配する。これで表の世界も我々のものだ」
「アハハハハッ! どっちも陰湿で退屈な作戦だねぇ!」
二人の男の会話に割って入ったのは、第三首・ラライア。
露出度の高いレザーの衣装に身を包み、身の丈ほどもある巨大なチェーンソー・ブレードを肩に担いだ、狂気を孕んだ瞳の女だ。
「アタシは『各地の敵対組織への総攻撃』を担当するよ! 目障りな他のマフィアも、コソコソ嗅ぎ回ってる傭兵団も、アタシの部隊が一匹残らずミンチにしてやる!……ああ、血の匂いが待ち遠しいねぇ!」
狂笑するラライアを、アッシュとレゲスは冷ややかに見つめた。
「好きにしろ、ラライア。だが、しくじるなよ。……これより、作戦名『ケルベロス』を発動する。二十四時間後、この銀河は我々ガルムのものとなる」
三首の号令とともに。
ガルムの保有する数千隻に及ぶ武装艦隊が、秘密倉庫から三つのルートに分かれて一斉に出撃を開始した。
それは、銀河の全域を巻き込む、最悪の戦争の始まりであった。
一方その頃。
惑星連合警察ステーションの、殺風景な一時拘束室。
「……遅い! 遅すぎるぞ団長!! 妾の貴重な休日の時間を、これ以上こんな鉄格子の中で浪費させられてたまるかァァッ!」
ローゼリアは、ドレスの裾を苛立たしげに揺らしながら、拘束室の中をウロウロと歩き回っていた。
「ローゼリア。落ち着いて。ヒールでそんなに歩き回ったら、また足首を捻ってしまいますよ」
ベンチに座るリアンヌが、苦笑しながら宥める。
「しかしじゃな! せっかくお主と……っ、その、良い雰囲気じゃったのに!」
「ふふ。私は、あなたが元気ならそれで……」
ガチャンッ!
その時、拘束室の重い金属扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、呆れ顔のブリュンヒルデ団長と、データパッドを持ったオルトリンデ。その後ろでは、警察の署長らしき男が滝のように冷や汗を流しながら平身低頭している。
「お待たせ、ウチのお姫様たち。お迎えに上がったよ」
「団長! やっとか! 一体何を手間取っておったのじゃ!」
ローゼリアが抗議すると、オルトリンデが手錠のロックを電子キーで解除しながら口を開いた。
「手間取ったんじゃない。この警察署のメインシステムにハッキングして、ガルムが流した偽装情報の証拠を提出しつつ、ついでに警察の通信網を『間借り』する手続きをしてたんだ」
「間借り?」
手錠を外されたリアンヌが、手首をさすりながらオルトリンデを見る。
オルトリンデは、手元のパッドを操作し、拘束室の空中に巨大なホログラム星系図を投影した。
「……状況は最悪だよ。私たちがここで足止めを食らっている間に、ガルムの最高幹部『三首』が動いた」
星系図に、三つの巨大な赤い矢印が示される。
「第一首アッシュの艦隊は、旧エーベルヴァイン帝国領へ。第二首レゲスは、惑星連合の中枢へ。そして第三首ラライアの別働隊が、この宙域の敵対マフィアや傭兵ギルドを片っ端から襲撃し始めている」
「なっ……! 帝国と、連合を同時にじゃと!?」
ローゼリアの赤い瞳が見開かれる。
「……本気で、この銀河のすべてを乗っ取るつもりですね」
リアンヌの碧眼に、鋭い怒りの剣呑な光が宿った。
ブリュンヒルデが、腕を組んで忌々しげに舌打ちをする。
「連合軍の正規艦隊が動くには、議会の承認やら何やらで時間がかかりすぎる。……このままじゃ、明日には銀河の半分が火の海だ」
警察署長が「我々のような地方警察では、もはや手が回らん……!」と頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
拘束室に、重苦しい沈黙が降りる。
あまりにも規模が大きすぎる。いくらエインヘリアルが優秀な傭兵団であっても、三つの巨大な戦線を同時に相手にすることなど不可能だ。
——だが。
その沈黙を破ったのは、ドレス姿のまま尊大に腕を組んだ、漆黒の死神だった。
「……ふん。馬鹿馬鹿しい」
ローゼリアの周囲から、冷たく、そして圧倒的なプレッシャーを放つ魔力が立ち昇り始めた。
「三つの首があるなら、三つとも同時に叩き落とせば済む話じゃろうが。……それに」
ローゼリアは、ギラリと目を細め、ホログラムの星系図の『帝国』の座標を睨みつけた。
「フェイト姉上は、妾にあの焼け野原の尻拭いを任されたんじゃ。……それを、どこぞの薄汚いマフィアの犬っころが、勝手に土足で踏み荒らすなど。妾の許可なく、許されると思っているのか?」
(それに! せっかくのリアンヌ様とのカジノ・デートをぶち壊した罪は、万死に値する!! 絶対に許さない!!)
内心の極大の私怨が、ローゼリアの魔力ジェネレーターをかつてないほどに回転させていた。
「……ローゼリア。三箇所同時なんて、いくらあなたでも無茶だ。身体が保たない」
オルトリンデが冷静に忠告するが、ローゼリアは不敵に笑った。
「誰に物を言っておる。……リアンヌ」
「はい」
「お主は、妾の盾じゃな?」
「ええ。あなたの前には、何人たりとも立ち塞がらせません」
リアンヌが、燕尾服の胸元——漆黒のペンダントに手を当てて、深く一礼する。その絶対的な信頼の眼差しに、ローゼリアの心臓が高鳴った。
「団長、オルトリンデ! エインヘリアルは『連合国方面』に向かい、レゲスの艦隊を足止めせよ! 『敵対組織の防衛』には、アイアン・ブルズの筋肉馬鹿どもと、ジンたちを向かわせろ! あいつらも少しは役に立つはずじゃ!」
「なら、君たちは?」
ローゼリアは、長い金髪を翻し、ホログラムの星系図を指差した。
「妾とリアンヌは、先行して『帝国方面』のアッシュを片付ける! その後、超長距離ワープで連合国とギルド防衛線に乱入し、残る二つの首を消し飛ばす!」
「一機で戦場をハシゴする気か!? いくらノワールの機動力でも……」
「ノワールの出力なら可能じゃ! ……妾のこの底なしの魔力、今日という日は、銀河のために一滴残らず使い切ってやるわ!!」
デートを邪魔された美少女の怒りは、星の海を焼き尽くす。
三首の野望を粉砕すべく、黒き死神と白銀の騎士は、警察署の拘束室から母艦エインヘリアルへと疾風のように駆け出していった。
銀河の命運を賭けた、最大最後の『お掃除』が、今まさに始まろうとしていた。




