第二十三話:囮の集会と、最悪な鉢合わせ
黄金の扉の奥に隠された、VIP専用の地下エレベーター。
重厚な駆動音と共に、箱はステーションの深部へと降りていく。
「……リアンヌ、シールドの展開は完璧じゃな」
「ええ。あなたに指一本触れさせはしません」
燕尾服姿のリアンヌが、ローゼリアの前に立ちはだかるようにして身構える。
ローゼリアの無尽蔵の魔力が、二人の周囲に不可視の絶対防壁を構築していた。これなら、扉が開いた瞬間に機関銃の弾雨を浴びようが、傷一つ負うことはない。
チンッ、と。
エレベーターが最下層に到着し、ゆっくりと扉が開いた。
「さあ、覚悟するが良い! 悪党ども……ッ!?」
ローゼリアが尊大に宣言しながら踏み込んだ先。
そこは、フレスコ画の天井と大理石の床で飾られた、とてつもなく広大で豪奢なパーティールームだった。
しかし、ローゼリアとリアンヌを出迎えたのは、マフィアの幹部たちでも、過激派のリーダーたちでもなかった。
「動くなァッ!! 惑星連合警察だ!! 武器を捨てて両手を上げろ!!」
部屋の中に展開していたのは、重武装した数十人の『正規警察特殊部隊』だった。
彼らは防弾シールドを構え、アサルトライフルを一斉にローゼリアとリアンヌに向けている。
部屋の隅には、カジノの黒服やマフィアの下っ端らしき男たちが、すでに手錠をかけられて床に転がされていた。
「……は?」
ローゼリアは、あまりの予想外の展開に、ポカンと口を開けてしまった。
「け、警察じゃと!? なぜマフィアの決起集会に警察が……いや、警察がいるのは当然じゃが、なぜ妾たちに銃口を向ける!」
「お前たちが警備を物理的に突破してきたのはモニターで確認済みだ! マフィアの幹部か、過激派の用心棒だな! 抵抗すれば撃つ!」
『——ローゼリア、リアンヌ! 状況が最悪だよ!』
その時、ローゼリアのインカムから、エインヘリアルで待機しているオルトリンデの焦った声が響いた。
「オルトリンデ! どういうことじゃ!」
『今、ステーションのネットワークにハッキングして状況を把握した。……ガルムの連中、私たち特務機関だけでなく、正規の警察組織にも「今日ここで決起集会がある」という情報をリークしてたんだ!』
「なに!?」
『連中にとって、自分たちのシマを嗅ぎ回る警察と傭兵団は一番の邪魔者。だから同じ偽情報を流して、このカジノで鉢合わせさせたのさ!』
オルトリンデの推測は、ガルムの恐るべき狡猾な計略を暴き出していた。
決起集会など最初から存在しない。これは、警察と戦乙女を同士討ちさせるか、あるいは「警察に傭兵を不法侵入者として拘束させる」ことで、厄介な勢力をまとめて足止めするための壮大な『囮』だったのだ。
「おのれ、ガルムの犬どもめ……! 妾をコケにしおって!」
ローゼリアの周囲の空気が、物理的にビリビリと震え始めた。
彼女から漏れ出した魔力が、ドレスの裾を激しく揺らす。
この程度の警察部隊など、ローゼリアの魔法なら一瞬で無力化できる。しかし——。
「ローゼリア。駄目です、魔力を収めてください」
リアンヌが、ローゼリアの肩を強く、しかし優しく掴んだ。
「り、リアンヌ!? しかし、このままでは……」
「相手は善良な警察組織です。彼らを傷つければ、私たちは本物のテロリストとして、惑星連合全体を敵に回すことになります。……ガルムの狙いはそれだ」
リアンヌは、燕尾服の袖を整えると、両手をゆっくりと頭の上に挙げた。
「私たちは無抵抗です。……指示に従います」
「……くっ!」
ローゼリアも、悔しさに唇を噛み締めながら、魔力シールドを解除し、両手を上げた。
圧倒的な力を持つ『黒き死神』と『白銀の騎士』だが、正義の陣営(警察)という人質を取られた以上、強硬手段に出るわけにはいかなかった。
「確保しろ!」
特殊部隊の隊員たちが飛び出してきて、二人の両手に冷たい手錠がかけられる。
(せっかく……せっかくリアンヌ様にエスコートされて、ドレスアップして、これからロマンチックなデートのクライマックスだったはずなのに! なんで警察に捕まって牢屋行きなんだよォォォッ!!)
ローゼリアは、心の中で血の涙を流しながら、警察の輸送船へと連行されていくのだった。
その頃。
暗礁宙域の端に隠された、ガルムの『本物の秘密倉庫』。
巨大なモニターの前に立つ、三つ首の犬の刺青を入れた初老の男——ガルムの最高幹部は、カジノ・ステーションで警察に連行されていくローゼリアたちの映像を見て、残忍な笑みを浮かべていた。
「ククク……見ろ。泣く子も黙る『戦乙女の双璧』も、正規の警察組織という鎖に繋がれれば、ただの無力な小娘に過ぎん」
幹部の背後では、巨大な質量爆弾や対艦ミサイルが、次々と偽装貨物船へと積み込まれている。
「警察と傭兵団が、厄介な取り調べと手続きで時間を浪費している間が勝負だ。……全船、各惑星の支部へ向けて直ちに出港しろ。予定通り、反政府組織と軍閥に兵器を引き渡せ」
「はっ!」
部下たちが一斉に動き出す。
「エーベルヴァイン帝国が崩壊した今、この宙域の秩序は空白だ。我々ガルムが用意した大量の兵器で各地の勢力を一斉に蜂起させ、邪魔な連合軍や敵対組織をすべて撃破する。……そして、焼け野原になった星々を、我々がすべて手に入れるのだ!」
幹部の高笑いが、兵器庫に響き渡る。
ガルムの計画は、目前にまで迫っていた。彼らのばら撒く火種によって、複数の星系が同時に戦火に巻き込まれようとしている。
一方、惑星連合警察のステーション。
冷たく殺風景な取り調べ室(一時拘束室)のベンチで、ローゼリアはドレス姿のまま、頭を抱えてプルプルと震えていた。
「う、ううぅ……」
「ローゼリア。大丈夫ですか? 手首、痛くありませんか?」
隣に座るリアンヌが、ローゼリアの拘束された手を心配そうに見つめる。リアンヌ自身も手錠をかけられているが、その態度はあくまで凛としていた。
「手首なんてどうでもいい! 妾の……妾の完璧な潜入デートが、こんな鉄格子の部屋で終わるなんて……! 許せん、絶対に許せんぞガルムゥゥッ!」
ローゼリアの怒りは、銀河の平和云々よりも『リアンヌとのせっかくのドレスアップ任務が台無しになったこと』に完全に極振りされていた。
「ふふっ。ごめんなさい、私がもっと早く罠に気づいていれば、あなたにこんな惨めな思いをさせずに済んだのに」
「お主のせいではない! 全部あの三つ首の犬のせいじゃ!」
リアンヌは、手錠をかけられた両手を少しだけ動かし、ローゼリアの手をそっと握った。
「……でも、私は少しだけ、ホッとしています」
「ホッとしておるじゃと?」
「ええ。こうして、あなたと一緒にいられるからです。どんな場所でも、あなたが無事で、私の隣にいてくれるなら……私はそれで十分です」
(————ッッッッッ!!!!)
取り調べ室の冷たい空気など吹き飛ばすほどの、リアンヌからの特大の甘い言葉。
ローゼリアの怒りは一瞬で宇宙の彼方へ吹き飛び、代わりに顔面がゆでダコのように真っ赤に染まった。
「そ、そそそ、そういうことをこんな場所で真顔で言うなァッ!」
「ふふ。……さて、エインヘリアルのオルトリンデたちが、私たちの身元保証と釈放の手続きを進めてくれているはずです。外に出たら、今度こそあのマフィアどもに、極上の『配当』をくれてやりましょうね」
「う、うむ! 当然じゃ! 妾のデートを邪魔した罪、高くつかせてやるわ!」
巨大マフィアの陰謀により、一時的に足止めを食らった双璧。
しかし、彼らは知らなかった。この拘束が、ローゼリアの『私怨』という名の最も恐ろしい魔力リミッターを完全に外してしまったことに。
戦火が広がる前に、彼女たちの反撃の狼煙が上がろうとしていた。




