第二十二話:煌びやかなカジノと、過保護すぎる白銀の騎士
銀河中の富が流れ込むと言われる、無法と歓楽の巨大カジノ・ステーション『ルージュ・オアシス』。
ステーションのメインフロアは、目も眩むような黄金のシャンデリアと、無数のスロットマシンやルーレットが放つ極彩色のネオンに彩られ、着飾った富裕層の熱気と欲望でむせ返るようだった。
そんな喧騒の中にあって、ひときわ周囲の視線を釘付けにしている二人の「VIP客」がいた。
一人は、深紅と漆黒を基調とした、ゴシック調の豪奢なイブニングドレスに身を包んだ絶世の美少女。
雪のように白い肌と、背中まで美しく編み込まれた輝く金髪。その可憐さは、まさにどこかの大国の本物の姫君(事実そうだったのだが)そのものである。
そしてもう一人は、彼女の傍らにピタリと寄り添う、長身の麗人。
純白のテールコート(燕尾服)に身を包み、長い金髪をきっちりとシニヨンにまとめたその姿は、中性的でありながらも圧倒的な気品と色気を放っている。
言うまでもなく、ロスヴァイセの気合の入ったコーディネートによって完璧に偽装した、ローゼリアとリアンヌである。
「……ふん。流石は銀河一のカジノじゃな。成金どもの脂ぎった欲望の匂いで満ちておるわ」
ローゼリアは、優雅に扇で口元を隠しながら、尊大にステーション内を見渡した。
(うおおおおおっ!! リアンヌ様の男装用燕尾服、破壊力がおかしい!! スタイル良すぎ! 足長すぎ! さっきからすれ違う女性客の目が完全にハートになってるんですけど!? 俺の騎士様(?)なんだからあんまり見ないで!!)
内心では限界オタクの激しい独占欲と歓喜が暴れ回っていたが、今日は危険な潜入任務。ローゼリアは必死に顔の筋肉を制御し、高貴でワガママな令嬢の演技をキープしていた。
——しかし。
そんなローゼリアの意気込みとは裏腹に、エスコート役であるはずの『白銀の騎士』の様子が、どうにもおかしかった。
「ロ、ローゼリア! 危ない、そこの段差に気をつけて! ああっ、ヒールが絨毯に引っかかって転んだら大変です!」
「む? おお、大げさな……」
「人が多いですね……誰かがぶつかって、あなたの細い腕に痣でもできたらどうしましょう! やはり私が前を歩いて盾になりましょうか、いやそれでは背後から押された時に庇いきれない!」
「り、リアンヌ、落ち着け……」
リアンヌの碧眼は、周囲の客をまるで全員が凶悪な暗殺者であるかのように鋭く(そしてオロオロと)警戒し、ローゼリアの周囲半径一メートル以内を神経質に見張っていた。
そう。普段は常に冷静沈着なリアンヌが、今に限って完全にパニックに陥っているのだ。
原因は、ローゼリアの『絶望的な身体能力の低さ』にある。
マギアナイトに乗っている時や、魔力でシールドを張っている時は無敵だが、今は潜入任務中。魔力を行使すれば、カジノのセキュリティセンサーに即座に検知されてしまうため、ローゼリアは現在、完全に『ただの虚弱な少女』の状態なのである。
しかも、ロスヴァイセが用意したドレスには、見栄えを重視した十センチ近いハイヒールが合わせられていた。
「はぁ、はぁ……」
カジノのエントランスからメインフロアを半分ほど歩いただけで、ローゼリアの息はすでに上がり始めていた。慣れないヒールで歩くのは、彼女にとって拷問に近い。
「ローゼリア! ほら、顔色が青いですよ! 足が痛いのでしょう!? 息も上がっています!」
「だ、大丈夫じゃ……このくらい、どうということは……」
強がって一歩を踏み出した瞬間。
ローゼリアの細い足首がグキッと嫌な角度に曲がり、身体が大きく傾いた。
「きゃっ!?」
(しまった、コケる……!)
しかし、ローゼリアの身体が冷たい床に叩きつけられることはなかった。
一瞬の風。
リアンヌが、燕尾服の裾を翻して超人的な反射神経で滑り込み、ローゼリアの華奢な身体をふわりと抱きとめたのだ。
「ローゼリア!!」
「り、リアンヌ……すまぬ、少し足がもつれて……」
リアンヌはローゼリアを抱きとめたまま、蒼白な顔で周囲を威嚇するように睨みつけた。
「駄目です、やはり危険すぎます! あなたのようなガラス細工のように繊細な姫君を、魔力シールドなしでこんな人混みを歩かせるなんて……! 私がどうかしていました!」
「えっ」
リアンヌはそのまま、ごく自然な動作でローゼリアの膝の裏と背中に腕を回し、スッと持ち上げた。
ドレスアップしたカジノのど真ん中で、完璧な『お姫様抱っこ』である。
(————ッッッッッ!! 待って待って待って!?)
「よし、これなら安心です。さあ、VIPフロアへのエレベーターまで、私があなたをお運びします」
「ば、ばばば、馬鹿者ォォォッ!! 下ろせ! 目立つじゃろうが!!」
ローゼリアは顔を真っ赤にしてジタバタと暴れた。
ただでさえ目を引く美貌の二人が、燕尾服とお姫様抱っこという少女漫画も真っ青のシチュエーションを展開しているのだ。周囲の客たちが、完全に足を止めてこちらをガン見している。
「目立っても構いません! 万が一あなたが転んで怪我をするくらいなら、マフィアの百人や二百人、私がこのまま片手で叩き伏せます!」
「潜入任務の意味がないじゃろうが!!」
(リアンヌ様の過保護が暴走してる!! 普段は無自覚イケメンなのに、俺が物理的にか弱くなると途端にポンコツのオカンみたいになるのやめて!! いや、愛されてるのはめちゃくちゃ嬉しいけど!!)
「お願いじゃ、リアンヌ! 妾は自分で歩ける! どうしてもと言うなら……」
ローゼリアは羞恥心で涙目になりながら、リアンヌの燕尾服の袖をギュッと握りしめた。
「腕を……組ませてくれ。それなら、転ばないじゃろ……?」
上目遣いでの、必死のお願い。
その破壊力は、白銀の騎士の暴走を止めるに十分すぎた。
「……っ」
リアンヌの動きがピタリと止まり、その整った顔が、ボンッ!と音を立てて真っ赤に染まった。
「あ、う……そ、そうですね。それなら、安全、ですね」
リアンヌは慌ててローゼリアを床に下ろすと、コホンと咳払いをして、震える右腕をそっと差し出した。
「で、では。……エスコートさせていただきます、我が姫君」
「う、うむ。頼むぞ」
ローゼリアが、リアンヌの差し出した腕に、そっと自身の手を絡める。
密着する腕と腕。燕尾服越しにも伝わってくる、リアンヌの力強い体温と、鼓動の速さ。
(やばい……腕を組むのも、これはこれで破壊力が高すぎる。距離が近すぎて、リアンヌ様の甘い香りで頭がクラクラする……!)
二人して顔を林檎のように真っ赤にしながら、腕を組んでカジノのフロアを歩き出す。
周囲からは「なんてお似合いのカップルだ」「美しい姉妹か?」と感嘆の吐息が漏れていたが、当の本人たちは互いの心拍数を誤魔化すのに必死で、それどころではなかった。
「……どうやら、ここが目的のエレベーターのようです」
ようやくたどり着いたのは、フロアの最奥にある、屈強な黒服の男たちが数人で警備している重厚な黄金の扉の前だった。
この奥が、マフィアの幹部や過激派たちが集うVIP専用の地下隠しフロアへと繋がっている。
「招待状のない者は通せねぇよ、お嬢ちゃんたち。ここは遊び場じゃねぇんだ」
黒服の一人が、凄みを利かせて立ち塞がった。
ローゼリアは、組んでいたリアンヌの腕からスッと手を離し、先ほどまでの真っ赤な顔を一瞬で『冷酷な死神』のそれへと切り替えた。
(さて、甘々デートタイムはここまでだ。ここからは、俺たちの『仕事』の時間だ)
「……招待状なら、ここにあるわ」
ローゼリアが尊大に微笑んだ瞬間、彼女の背後に立っていたリアンヌが、目にも止まらぬ速さで動いた。
「ッ!?」
黒服が声を上げる暇すらなかった。
リアンヌの手刀が、警備の男たちの首筋を正確に、そして致命傷を避ける絶妙な力加減で打ち抜いていく。
ドサッ、ドサッ、と、巨漢たちが次々と音を立てて崩れ落ちた。時間にして、わずか二秒。魔力も武器も使わない、純粋な身体能力による制圧である。
「……私の姫君の前に、汚い顔で立ち塞がるからですよ」
リアンヌが、倒れた男たちを見下ろして冷たく言い放つ。
「見事じゃ、リアンヌ」
「ローゼリア。この先は、いよいよ敵の巣窟です。……ここからは魔力を使っても構いませんよ」
「当然じゃ。魔力のシールドで妾とリアンヌを守る。……銀河の裏社会を牛耳る犬どもに、極上の絶望を味合わせてやるわ」
黄金の扉が、ゆっくりと開く。
過保護なオロオロ騎士から、絶対的な白銀の盾へと再びモードを切り替えたリアンヌを連れて、ローゼリアは不敵な笑みを浮かべ、マフィアの決起集会へと堂々と乗り込んでいくのだった。




