第二十一話:巨大マフィア『ガルム』の胎動と、許されざる火種
リアンヌの帰還により、深刻な『リアンヌ成分枯渇症』から劇的な回復を遂げたローゼリア。
翌日のエインヘリアル艦内を歩く彼女の足取りは、羽でも生えているかのように軽く、その長い金髪はツヤツヤと輝いていた。
(ふふふ……! やっぱりリアンヌ様と同じベッドで眠る夜は最高だ! 匂いも体温も完璧で、目覚めた瞬間に美人の寝顔があるとか、ここはヴァルハラですか!?)
内心で盛大なスキップを踏みながらブリッジへと向かうローゼリア。
しかし、その浮かれた気分は、ブリッジの重苦しい空気によって一瞬にして引き締められることとなった。
「来たね、ローゼリア、リアンヌ」
メインモニターの前に立つブリュンヒルデ団長の顔には、いつもの余裕のある笑みはなく、厳しい軍人の表情が浮かんでいた。
円卓には、三女のオルトリンデがデータパッドを広げ、何やら複雑な星系図を投影している。
「団長、何かあったのか? 昨日の密造プラント破壊の件で、厄介事でも?」
ローゼリアが尋ねると、オルトリンデが丸眼鏡を中指で押し上げながら口を開いた。
「厄介事どころじゃない。……ローゼリアがプラントを消し飛ばす直前、あの0.5秒の間に、私がプラントのメインサーバーから抜き取った通信記録の解析が終わったんだけど。とんでもないものが出てきたよ」
「とんでもないもの?」
オルトリンデが手元のキーを叩くと、星系図のあちこちに、赤い警告マークが点灯し始めた。
それは、エインヘリアルが現在航行している星域の周辺に存在する、複数の居住惑星や資源採掘コロニーだった。
「巨大マフィア・シンジケート『ガルム』。彼らが作っていたのは、ただの密造兵器じゃない。惑星の地殻すら破壊できるクラスの質量爆弾や、正規軍の戦艦を一隻丸ごと沈められる対艦ミサイルの山だった」
「マフィアが扱うには、いささか規模が大きすぎますね。まるで、国家間の戦争でも始めるかのような……」
リアンヌが鋭く眉をひそめる。
「その通りだよ、リアンヌ」
ブリュンヒルデが腕を組み、重々しい声で引き継いだ。
「エーベルヴァイン帝国という銀河の『絶対的な重石』が、ローゼリアの手によって崩壊した。今、この銀河は深刻な力の空白地帯に陥っている。……ガルムの連中は、これを好機と見たのさ」
オルトリンデの投影した星系図の赤いマークが、まるで蜘蛛の巣のように繋がり、拡大していく。
「ガルムは、周辺の複数の惑星に存在する反政府組織や、野心を持つ軍閥に、無償でこの凶悪な兵器をばら撒こうとしていた。……彼らが積極的に関与して、複数の星系を巻き込む大規模な『大抗争』を引き起こす準備を進めている」
「戦争を、人為的に起こすじゃと……?」
ローゼリアの赤い瞳が、驚きに見開かれる。
「戦争は最も儲かるビジネスだからね。武器を売り、資源を奪い、疲弊した星のインフラをマフィアの資本で買い叩く。ガルムは、この宙域一帯を自分たちの『帝国』に作り変えるつもりなんだ」
オルトリンデの冷徹な分析に、ブリッジに沈黙が落ちた。
もしそんな大抗争が起きれば、数え切れないほどの民間人が巻き込まれる。
そして何より——。
(ふざけるな……! 俺がせっかく帝国の呪縛を断ち切って、リアンヌ様や戦乙女のみんなと平和で甘々(?)な日常を手に入れたっていうのに!)
ローゼリアの胸の奥で、ドス黒い怒りの炎が燃え上がった。
他人の命を駒のように扱い、自分たちの利益のために平穏をぶち壊そうとするガルムのやり方は、かつてローゼリアを『部品』として使い潰そうとした帝国の連中と、本質的に何も変わらない。
「……気に食わん」
ローゼリアの周囲の空気が、物理的にビリビリと震え始めた。
彼女から漏れ出した莫大な魔力が、ブリッジの照明を微かに明滅させる。
「他人の庭で勝手に火遊びを企むなど……万死に値するわ。そのような下劣な犬どもは、妾の魔法で一匹残らず消し炭にしてくれる!」
激昂するローゼリア。
その小さな肩に、そっと、温かく力強い手が置かれた。
リアンヌだ。
「ええ。私も同感です、ローゼリア」
リアンヌは、いつもの優しい微笑みではなく、戦場で見せる『白銀の騎士』としての、氷のように冷たく、刃のように鋭い眼差しをモニターに向けていた。
「罪なき人々の血で私腹を肥やす外道など、騎士の誇りに懸けて生かしてはおけません。……それに、あなたとの平穏な日々を脅かす者は、何人たりとも私の槍で貫きます」
(————ッッッッッ!! リアンヌ様、怒った顔も最高にイケメン!!)
怒りで沸騰していたローゼリアの心臓が、今度は別の意味(極大のときめき)で限界突破しそうになる。
「ふ、ふん! 当然じゃ! 妾とお主の双璧にかかれば、マフィアの小規模な軍隊など物の数ではないわ!」
「頼もしいね、二人とも。……ただ、今回は相手が悪い。ガルムは表向きの顔も持っている巨大組織だ。正面からドンパチやれば、こちらがテロリスト扱いされかねない」
ブリュンヒルデが、星系図の一点を指差した。
「惑星連合の特務機関から、非公式に依頼が来ている。ガルムが各惑星の過激派と『兵器の受け渡しと決起集会』を行うための秘密拠点が特定された。……場所は、無法者の巣窟として知られる巨大カジノ・ステーション『ルージュ・オアシス』」
「カジノ……じゃと?」
ローゼリアが首を傾げる。
「ああ。表向きは銀河中の富裕層が集まる華やかな歓楽街だが、裏ではガルムが完全に牛耳っている。目標は、その地下にあるVIP専用の隠しフロアだ。そこに、ガルムの幹部と、各惑星の過激派のリーダーたちが集結する」
オルトリンデが、カジノ・ステーションの見取り図を投影する。
「マギアナイトでの強襲は不可能だよ。ステーションの防衛システムが作動すれば、無関係の一般客に甚大な被害が出る。……今回は、生身での潜入ミッションになる」
「生身での潜入……!」
リアンヌの表情が引き締まる。
「そう。しかも、武器の持ち込みは厳しく制限されている。……ローゼリア、リアンヌ。君たち二人には、富裕層の客を装ってステーションに潜入し、地下の隠しフロアで行われる決起集会を『物理的』に潰してきてもらう」
ブリュンヒルデは、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「安心しな、衣装ならロスヴァイセが最高のものを用意している。……たまには、ドレスアップしての危険なデート(任務)も悪くないだろう?」
(————ッッッ!! ドレスアップしてデート!? しかもリアンヌ様と!?)
マフィアの陰謀という銀河の危機を前にして、ローゼリアの脳内は完全に『リアンヌ様とカジノでドレスデート』という甘美な響きに支配されてしまった。
「よ、よし! 引き受けたぞ団長! 妾の美しさと魔力をもってすれば、カジノの警備など赤子を捻るようなものじゃ! 完璧に潜入してみせるわ!」
「ふふ、頼もしいですね。私がしっかりと、あなたをエスコートしますよ、ローゼリア」
迫り来る星間抗争の火種を消し去るため。
そして何より、自分たちのイチャイチャで平和な日常を守るため。
黒き死神と白銀の騎士は、きらびやかなカジノ・ステーションという新たな戦場へと、意気揚々と足を踏み入れるのであった。




