第四幕 第七話:暗礁の激闘と、蘇る『死神』の記憶
暗礁宙域——それは、無数の小惑星やデブリが複雑に絡み合い、レーダーや魔力探知を阻害する「宇宙の死角」である。
その暗闇の中に潜伏していた旧連合国保守派の特務艦隊は、連邦の補給基地への奇襲準備を整えつつあった。
しかし、彼らの目論見は、漆黒の堕天使の強襲によって文字通り粉々に打ち砕かれることとなる。
『——敵機襲来!? なんだあの機体は! 速すぎる!』
『レーダーが追いつかん! 迎撃部隊、弾幕を張れ!!』
特務艦隊の通信網が、パニックに陥った兵士たちの悲鳴で溢れ返る。
「はははっ! 弾幕が薄いぜ! そんな大振りの攻撃、当たるかよ!」
ルシフェル・リベリオンのコックピット内で、ローゼリアはデュアルスティックを踊るように操作していた。
機体の八枚の魔力スラスターが紅蓮の光を噴き出し、漆黒の機体は無重力空間をピンボールのように跳ね回る。
迫り来るビームの雨を、機体の表面スレスレの回避で躱し、そのまま敵機動兵器の懐へ飛び込む。
「まずは一丁!」
高密度対艦ブレードを一閃。敵機が美しい断面を残して両断され、遅れて爆散する。
「次! そこの戦艦、主砲のチャージ音が丸聞こえだぜ!」
リベリオンは、小惑星の影を蹴って加速し、保守派の巡洋艦のブリッジに肉薄。ブレードを突き立て、内部の魔力ジェネレーターをピンポイントで破壊した。
『ローゼリア! 前に出すぎです! 私の盾が追いつきません!』
後方から純白の『ブラン』を駆るリアンヌが、焦ったような通信を送ってくる。
「大丈夫だって! この機体、俺の手足みたいに完璧に動くんだ! ゲームの無双モードみたいで最高に楽しいぞ!」
ローゼリアは、息を荒げながらも、ゲーマーとしての純粋な高揚感に包まれていた。
だが——。
ズガァァァンッ!!
「……っ!?」
機体のすぐ脇を、一筋の極太のビームが掠め飛んだ。
装甲が溶けるような高熱と、コックピットを揺るがす激しい振動。
シミュレーターでは決して感じることのなかった『死の気配』が、ローゼリアの肌をチリチリと焼いた。
「(……なんだ? 今の、一瞬……)」
ローゼリアの脳裏に、ノイズのような映像が走った。
——『ローゼリア! 伏せて!』
——『大将、無茶すんな!』
——『フフッ、妾を誰だと思っておる。銀河最強の死神じゃぞ』
「……っ、痛っ……」
ズキリと、頭の奥が割れるように痛んだ。
ゲーム感覚で動かしていた手が、一瞬だけ止まる。
「(俺は……誰だ? インドア派のゲーマー? いや……違う。俺は、ずっとこの宇宙で……彼女たちと一緒に、血と鉄の匂いの中で戦って……)」
『大将! ぼーっとすんな! 敵の増援が来るぞ!』
ランドグリーズの『グリムゲルデ』が、大型アックスで敵機を叩き割りながら通信回線に割り込んでくる。
「わ、分かってる……!」
ローゼリアは頭痛を振り払い、再び操縦桿を握り直す。
しかし、その動きには先程までの『ゲームとしての最適化された動き』とは違う、別の何かが混じり始めていた。
「(敵の射線が……見える。いや、予測できる。こいつらの機体特性、部隊の連携パターン……初めて見るはずなのに、全部知っている気がする……!)」
右から来る敵の攻撃を、目で見ずにブレードの腹で弾く。
左から迫るミサイル群を、最小限のスラスター噴射で躱し、すれ違いざまに敵の関節部を切り裂く。
それはもはや「ゲーマーのプレイスキル」という枠を完全に超えた、実戦の極限状態を潜り抜けてきた者だけが持つ『軍神の直感』であった。
戦闘は佳境に入っていた。
エインヘリアルの戦乙女たちとリベリオンの圧倒的な蹂躙により、保守派の特務艦隊は壊滅状態に陥っていた。
しかし、窮鼠は猫を噛む。
『——エインヘリアルの悪魔どもめ……! せめて、刺し違えてでも貴様らだけは地獄へ連れて行く!!』
敵の旗艦である超大型戦艦が、推進器から異常な光を放ちながら、ローゼリアのリベリオンに向けて特攻の構えを見せた。
さらに、その艦首に搭載された違法な戦略級魔力砲が、臨界を超えた輝きを放ち始める。
『自爆する気か!?』
ブリッジのブリュンヒルデが鋭く叫ぶ。
『ローゼリア、回避しろ! あの至近距離で次元砲を食らえば、いくらリベリオンでも装甲が保たん!』
「くそっ、スラスターの熱量が限界で……出力が上がらない!」
ローゼリアがペダルを踏み込むが、機体の安全装置が働き、リベリオンの動きが一瞬鈍った。
その隙を突き、敵旗艦の魔力砲が発射される。
極彩色の破壊の光線が、ローゼリアに向かって一直線に迫る——。
「ローゼリアァァァッ!!」
その時。
純白の機体『ブラン』が、リベリオンの前に文字通り「壁」となって立ち塞がった。
リアンヌだ。
彼女は、自身の機体のエネルギーをすべて防壁に回し、ローゼリアを庇ってその破壊の光線を受け止めたのだ。
ギィィィィィンッ!!
ブランの装甲が融解し、激しい火花が散る。
「リアンヌ!? なにやってんだ、退け! お前が死んじまうぞ!」
ローゼリアが通信越しに叫ぶ。
『退きません……っ! 私は、あなたの盾です! あの時……遺跡の爆発であなたを失いかけた時、私は誓ったのです! 二度と、あなたを一人で逝かせはしないと!!』
リアンヌの悲痛な叫びが、ローゼリアの鼓膜を、そして魂を激しく揺さぶった。
——『誰も死なせない。世界も消させない。妾は、ゲームオーバーは嫌いなのじゃ』
ローゼリアの脳内で、バラバラに砕けていたパズルのピースが、強烈な光と共にピタリとはまり込んだ。
(そうだ。俺は……いや。妾は)
薄暗い部屋で一人、ゲームの画面だけを見つめていた「インドア派の青年」の記憶。
それは確かに、自分の魂の根底にあるものだ。
しかし、次元の海を越え、この宇宙で彼女たちと出会い、共に笑い、共に死線を潜り抜けてきた「ローゼリア」としての記憶が、怒涛の勢いでその基底記憶に上書きされ、統合されていく。
過保護なリアンヌ。愛が重すぎるエリーゼ。頼れる団長のブリュンヒルデ。豪快なランドグリーズ。
彼女たちの最愛の主であり、銀河最強の死神。
(……そうだ。妾が、こんなところで立ち止まっているわけにはいかんのじゃ)
ローゼリアの真紅の瞳に、かつての絶対的な王者の光が戻った。
「シエラ。リベリオンのリミッターを全解除しろ。魔力回路、直接接続」
ローゼリアの声から、粗野な男の響きが消え、静かで、冷徹な威厳を含んだ声に変わった。
『……マスター。機体が負荷に耐えきれず、自壊する恐れが……』
「やれと言っておるのじゃ。妾の体を、ただのもやしボディだと思うなよ」
『……了解。リミッター、解除』
カチリ、と。
ルシフェル・リベリオンの背部にある八枚のスラスターが、まるで真の悪魔が羽ばたくように、大きく限界まで展開された。
「リアンヌ。お主のその美しい盾は、こんな雑魚の自爆などに使わせるつもりはないのじゃ」
『……え? ロ、ローゼリア……? その口調……』
ブランのコックピットで、リアンヌが息を呑む。
漆黒の機体が、ブランの背後から瞬時に躍り出た。
リベリオンから放たれる紅蓮の魔力嵐が、敵の次元砲の光線を真っ向から押し返していく。
「ふはっ、ふははははっ!!」
通信回線に、暗礁宙域を震わせるような、高慢で、それでいてひどく懐かしい高笑いが響き渡った。
「妾の! 妾の可愛く純白な盾に傷をつけるとは、万死に値するのじゃ、愚物どもォォッ!!」
ローゼリアは、対艦ブレードに機体の全魔力を集中させ、深紅の巨大な光刃を形成した。
「灰塵に帰せ!!」
リベリオンが、光を超える速度で敵旗艦に突貫する。
紅蓮の刃が一閃し、巨大な戦艦を、展開されていたエネルギーシールドごと、縦に真っ二つに両断した。
絶対的な静寂。
そして数秒後、暗礁宙域を真昼のように照らす大爆発が巻き起こり、保守派の特務艦隊は完全に宇宙の塵と消えた。
「……ふぅ。ちょっと張り切りすぎたかのう」
戦闘終了後。
エインヘリアルのハンガーに帰還し、コックピットのハッチを開けたローゼリアは、前髪をかき上げながら小さく息を吐いた。
「ローゼリアァァァッ!!」
リフトが下りるや否や、純白のパイロットスーツを着たリアンヌが、猛烈な勢いで飛びついてきた。
その後ろには、涙目になったエリーゼや、目を丸くしているランドグリーズたち戦乙女の姿がある。
「あ、あの、ローゼリア……? 今の、その喋り方……」
リアンヌが、期待と不安の入り交じった瞳でローゼリアを見つめる。
ローゼリアは、リアンヌの頭をポンと叩き、フッと不敵に笑った。
「なんじゃ、その顔は。妾がいない間、少しばかり男言葉で粗野になっておったからと言って、泣きっ面を見せるでない。……ただいま、リアンヌ、エリーゼ」
「お姉様……!!」
「ああ、ローゼリア……っ! お帰りなさいませ!!」
二人の戦乙女が、号泣しながらローゼリアの華奢な体に抱きついた。
「ぐはっ! ま、待て! 抱きつくなと言っておるじゃろ! 肋骨が! 肋骨が折れる!」
ローゼリアは顔を真っ赤にしてジタバタと暴れるが、興奮状態の二人の腕力から逃れられるはずもない。
「ガハハッ! おかえり、お姫様! やっぱり大将はその偉そうな口調じゃねえとな!」
ランドグリーズが腹を抱えて笑い、ブリュンヒルデも腕を組みながら安堵の笑みを浮かべている。
「う、うるさいのじゃ! 離せリアンヌ! 妾は久々のフルダイブ実戦で、全身の筋肉が悲鳴を上げておるのじゃ! HPはすでにマイナスじゃ! 早くベッドに……いや、エリーゼ、甘いものを用意するのじゃ!」
記憶を取り戻し、前世の「インドア派の青年」の意識と、「銀河最強の死神」としての魂が完全に融合したローゼリア。
その威厳と圧倒的な強さは完全復活を果たしたものの、絶望的な運動音痴と、なんだかんだで戦乙女たちに振り回される(甘やかされる)ポンコツな本質は、何一つ変わっていなかった。
「はいっ! お姉様の胃袋を満たす最高のスイーツを、すぐにお持ちいたしますわ!」
「私はお風呂の準備をいたします! さあ、私の背中に乗ってください、ローゼリア!」
「だからおんぶは断固拒否なのじゃああぁっ!」
騒がしくも温かい、エインヘリアルの日常が完全に帰ってきた。
銀河最強の特異点と、彼女を溺愛する戦乙女たちの物語は、またここから新たな伝説を紡いでいくのである。




