第四幕 第五話:連邦軍旗艦合流と、困惑の青年将校
巨大商業コロニー『バビロン』での補給と休暇を終えたエインヘリアルは、再び星の海へと出港した。
彼女たちの次なる目的地は、旧連合国宙域の防衛ラインに駐留している、連邦軍の旗艦『アポロン』との合流ポイントであった。
次元干渉ジェネレーターの暴走という、宇宙の半分を消し飛ばしかけた未曾有の危機。
それを文字通り己の命を賭して阻止したエインヘリアルとローゼリアの功績は、連邦軍上層部にも正確に報告されていた。今回は、その事後処理に関する情報交換と、過激派残党の掃討作戦における連携を確認するための極秘会談である。
エインヘリアルのブリッジのメインモニターに、白と青を基調とした巨大な連邦軍戦艦の姿が映し出された。
『——こちら連邦軍旗艦アポロン。エインヘリアル、貴艦の接舷を許可する。長旅ご苦労だった』
通信回線から、凛とした若い男の声が響く。
「ご丁寧な出迎え、感謝する。これより代表者がそちらへ赴こう」
ブリュンヒルデが、指揮杖を片手にモニターに向かって応じた。
「団長、ローゼリアはどうしますか? 本人は『面倒くさいから部屋でゲームしてていいか?』と言っていましたが」
アルティナが、タブレットを操作しながら苦笑交じりに尋ねる。
「連邦軍の連中、特にあのレオンは、ローゼリアの無事を自らの目で確認したがっていたからな。……少々可哀想だが、連れ出すしかあるまい。リアンヌ、お前の盾でしっかりエスコートしてやれ」
「承知いたしました! 私の命に代えても、お姉……いえ、ローゼリアをお守りします!」
リアンヌが胸を張って敬礼する。
アポロンの内部に設けられた、豪奢なVIP用応接室。
ブリュンヒルデとリアンヌ、そして少し眠そうな目をこすりながら歩くローゼリアの三人が部屋に入ると、そこには連邦軍の軍服を隙なく着こなした一人の青年将校が待っていた。
金髪の短髪に、誠実そうな碧眼。連邦軍の若きエースパイロットであり、アポロンの指揮を任されている『レオン』である。
彼は、かつての戦いでエインヘリアルと共闘し、ローゼリアの圧倒的な強さと、その根底にある気高さを誰よりも尊敬している男であった。
「ブリュンヒルデ団長、よくぞご無事で」
レオンは背筋を伸ばし、完璧な敬礼でエインヘリアルの面々を迎えた。
そして、彼の視線は真っ直ぐに、ブリュンヒルデの後ろにいる小柄な少女——ローゼリアへと注がれた。
「……ローゼリア殿!」
レオンの碧眼が、感極まったように僅かに潤む。
次元の狭間に消え、生存は絶望的だと連邦軍内でも噂されていた「銀河最強の死神」が、こうして五体満足で立っている。その事実が、正義感の強い彼にとってどれほど救いとなったことか。
「あなたが……あのジェネレーターの暴走からこの宇宙を救ってくださったのですね。このレオン、連邦軍を代表して、いえ、一人の人間として、心よりの感謝と敬意を表します!」
レオンはローゼリアの前に進み出ると、騎士のように片膝をつき、深々と頭を下げた。
かつてのローゼリアであれば、ここで『フン、大儀であった。妾が宇宙を救うなど、息をするより簡単なことじゃ』とでも言い放ち、尊大な態度で彼を見下ろしただろう。
レオンもまた、そんな威風堂々たる彼女の姿を予想し、期待していた。
しかし。
「お、おう。なんか大げさな挨拶だな。……面を上げてくれよ、レオン……さん?」
「……え?」
頭の上から降ってきた、予想の斜め上をいく「無骨な男言葉」に、レオンの思考が一瞬フリーズした。
「い、いや、俺も別に一人で宇宙を救ったわけじゃないし。それに、その……あんまり固い挨拶されると、俺みたいなインドア派はすげぇ居心地悪いっていうか……」
ローゼリアは、ふわふわの金髪をポリポリと掻きながら、心底困ったような顔で笑った。
レオンは弾かれたように顔を上げ、目の前の絶世の美少女を凝視した。
「お、俺……? インドア派……?」
レオンの口から、間の抜けた声が漏れる。
「あ、ごめん。俺、なんか変なこと言ったか? あんたとは昔会ったことがあるらしいんだけど……正直、その頃のこと全然覚えてなくてさ」
「……お、覚えていない?」
レオンは立ち上がり、信じられないものを見るようにローゼリアとブリュンヒルデを交互に見比べた。
「あの、『妾』は? 『のじゃ』は? あの、神をも畏れぬほどの圧倒的な威厳と覇気は、一体どこへ……!?」
レオンがパニックを起こしかけている。
「だから言ってんじゃん、記憶がないんだって。今の俺は、ただの体力ゼロのゲーマーだよ。……あ、でも、こいつらが言うには、モビルスーツ……じゃなかった、マギアナイトの操縦なら前より上手くやれるらしいから、戦力としてはカウントしてくれて構わないぜ?」
ローゼリアは、親指を立てて気さくにウインクした。
その無防備で男前な(しかし外見は最高に可愛い)仕草に、レオンは完全に言葉を失った。
「し、失礼ですが団長! これは一体どういうことですか!? ローゼリア殿の口調が……いや、そもそも一人称が『俺』になっているなど、連邦軍の報告書には一切記載されていませんでしたよ!?」
レオンが血相を変えてブリュンヒルデに詰め寄る。
ブリュンヒルデは、やれやれと肩をすくめた。
「連邦の報告書に『銀河最強の死神は、記憶喪失のショックで己を男だと思い込む重度の妄想に囚われている』などと書けるわけがなかろう。……すまんな、レオン。驚くのも無理はない」
「も、妄想!? では、この男言葉は次元の波による精神的な後遺症とでも言うのですか!?」
「まあ、大まかに言えばそんなところだ。シエラの分析によれば、過去のゲームのアバターかなにかの疑似人格が表面化しているらしい。……だが、安心しろ。中身がどうあれ、こいつが我々のエースであることに変わりはない」
ブリュンヒルデの説明を聞き、レオンは再びローゼリアを見つめた。
「(……なんということだ。あの気高く恐ろしいローゼリア殿が、自分のことを男だと思い込んでいる……? しかも、その無防備な笑顔や気さくな態度は、以前の威圧感とは全く違う、なんとも言えない愛嬌がある……!)」
レオンは、生真面目な青年である。
そして、生真面目ゆえに、目の前の「美少女の皮を被った気さくなゲーマー青年」という、情報量が多すぎる存在を前にして、彼の脳内処理能力は完全にパンクしかけていた。
「おい、大丈夫かレオン? 顔が赤いぞ。風邪か?」
ローゼリアが心配そうに覗き込み、距離を詰めてくる。
ふわりと香る、美少女特有の甘い匂い。しかし、喋り方は完全に気安い男友達のそれである。
「ひゃっ!? い、いえ! 大丈夫です! 私は至って正気です!!」
レオンは顔を真っ赤にして、数歩後ろに飛び退いた。
「なんだよ、人が心配してやってるのに。……あ、そうだ。リアンヌ、ちょっと喉渇いたんだけど、この部屋にジュースとかないのか?」
ローゼリアが、隣に立つリアンヌの制服の袖を軽く引っ張る。
「すぐに手配いたしますわ、ローゼリア! 温かい紅茶と冷たいジュース、どちらがよろしいですか!? お茶菓子もご用意させましょうか!?」
リアンヌが、まるで忠犬のように目を輝かせて即答する。
「お、おいリアンヌ。お前は俺のオカンか。ただのジュースでいいって」
「オカン……!? いえ、私はあなたの盾にして副官です! お世話をさせていただけるなら、オカンでも何でも構いません!」
「お前、本当に俺のこと甘やかしすぎだぞ……」
ローゼリアとリアンヌの、漫才のような、しかし絶対的な信頼と(リアンヌからの)重すぎる愛を感じさせるやり取り。
それを呆然と見ていたレオンは、一つの事実に気がついた。
以前のローゼリアは、孤高で、絶対的な強者であり、近寄りがたい存在だった。
しかし今の彼女は、隙だらけで、体力がなくて、記憶もない。
だからこそ、周囲の人間が「自分が守ってやらなければ」という強烈な庇護欲を掻き立てられているのだ。
「(……なるほど。エインヘリアルの戦乙女たちが、以前にも増してローゼリア殿を過保護に扱っている理由が分かりました。……これは、ずるい。男だと思い込んでいるという狂気的な設定すらも、ギャップとして破壊的な魅力を放っている……!)」
レオンは、己の内に芽生えそうになった危険な感情を、必死に軍人としての理性で押さえ込んだ。
「……コホン。事情は、大まかに理解いたしました」
レオンは咳払いをして、無理やり表情を引き締めた。
「記憶がないとはいえ、貴女がこの宇宙の恩人であることに変わりはありません。連邦軍は、エインヘリアルへの全面的な支援と協力をお約束します。……ローゼリア殿、改めて、よろしくお願いいたします」
レオンが右手を差し出すと、ローゼリアは少しホッとしたように笑い、その手をしっかりと握り返した。
「ああ、よろしくな、レオン。……俺、過去のことは分かんないけど、ゲームの攻略みたいに、これから起こる問題も何とかクリアしてみせるからさ」
「……は、はいっ!」
その無防備で真っ直ぐな笑顔に、連邦軍の若きエースは、危うく心を撃ち抜かれそうになるのを必死に堪えるのであった。
記憶を失い、男の意識となった特異点は、エインヘリアルの戦乙女たちだけでなく、かつての同盟軍の将校すらも、その予期せぬギャップで無自覚に振り回していく。
新たな戦いの足音は、確実に近づきつつあった。




