表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
254/286

第四幕 第四話:女帝の強襲と、キャパオーバーの姉

「俺の……俺のHPはもうゼロだ……」

エインヘリアルの母艦に帰還したローゼリアは、自室のベッドにうつ伏せに倒れ込み、ピクリとも動けなくなっていた。

原因は、ショッピングによる絶望的なまでの肉体疲労だけではない。

『お姉様! 私という正妻がありながら、なぜ他の方々と街を歩いていたのですか!』

『ローゼリア! あなたの盾である私を置いて外出するなんて、もしテロリストにでも襲われたらどうするおつもりだったのです!?』

艦に戻るなり、任務から帰還していたエリーゼとリアンヌに発見され、涙ながらの激しい抗議(という名の修羅場)をたっぷり二時間も受ける羽目になったのだ。

ただでさえ運動能力皆無の生身にとって、精神的ダメージは完全に致命傷であった。

「もう今日は一歩も動かん……。誰が来ても居留守を使うぞ……」

枕に顔を埋め、意識を手放そうとした、その時である。

『——特別警報。本艦のハンガーに、エーベルヴァイン帝国・皇室専用艦の接舷を確認』

シエラの無機質なアナウンスが艦内に響き渡った直後。

コンコン、と自室のドアが控えめにノックされ、電子ロックが強制的に解除された。

「……団長、悪いけど今は誰も入れないでくれ。俺はもう限界なんだ……」

ローゼリアが顔を上げずにベッドから手を振ると、部屋の入り口から、甘く、それでいて背筋が凍るような威厳を含んだ蠱惑的な声が響いた。

「あら? せっかくお姉ちゃんが様子を見に来てあげたのに、そんなつれないことを言うのね」

「……え?」

ローゼリアがのろのろと体を起こし、振り返る。

そこに立っていたのは、軍用コートを羽織り、頭痛を堪えるように眉間を押さえているブリュンヒルデと——もう一人、目を疑うほどの絶世の美女であった。

波打つような豪奢な金髪。

深淵を覗き込むような、吸い込まれそうに黒い瞳。

ボディラインを強調する洗練されたドレスを身に纏い、立っているだけで周囲の空気を支配してしまうほどの圧倒的な存在感と気品を放っている。

「フェ、フェイト陛下……。いくらローゼリアの身内とはいえ、事前の通達なしに直接本艦に乗り込んでこられるなど……!」

ブリュンヒルデが、普段の彼女からは考えられないほど焦った声を出した。

「硬いこと言わないの、ブリュンヒルデ。可愛い妹の一大事なのだから、居ても立っても居られなくなるのは当然でしょう?」

金髪に黒い瞳の美女——フェイトは、ブリュンヒルデの苦言を優雅に受け流すと、ヒールを鳴らしてベッドの上のローゼリアへと真っ直ぐに歩み寄った。

「ああっ……私の可愛い、可愛いローゼリア! 無事で、本当に無事でよかったわ……!」

「えっ、ちょ、わあっ!?」

フェイトはベッドに腰掛けるなり、ローゼリアの華奢な体を強く、それでいて壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。

ふわりと香る、高級な香水の甘い匂い。

そして、ローゼリアの顔が、フェイトの豊満な胸の谷間にすっぽりと埋もれてしまう。

「(な、なんだこの美人!? しかも、胸が、当たって……っ! 息ができない!)」

中身が「インドア派の青年(童貞)」であるローゼリアにとって、この密着度と美女からの強烈なスキンシップは、完全にキャパシティを超えていた。顔が瞬く間に茹でダコのように真っ赤になる。

「んんっ、ふぁ、離して……っ! 苦しい、死ぬ……っ!」

ローゼリアがジタバタと暴れると、フェイトは名残惜しそうに腕を緩め、ローゼリアの顔を両手で包み込んだ。

「ごめんなさいね。嬉しくて、つい。……でも、本当に記憶がないのね。私の顔を見ても、ピンときていないみたいだし」

フェイトの黒い瞳が、少しだけ悲しそうに揺れる。

「あ、あの……あんた、誰?」

ローゼリアが上目遣いで尋ねると、フェイトは再びふわりと微笑んだ。

「私はフェイト。エーベルヴァイン帝国を統べる皇帝であり……あなたの、たった一人の実の姉よ」

「……は?」

ローゼリアの思考が停止した。

「こ、皇帝!? 帝国って、あの銀河の半分を支配してるっていうエーベルヴァイン帝国の!? そのトップが、俺の姉ちゃん!?」

あまりのスケールの大きさに、ローゼリアは目を白黒させる。

「ふふっ。ブリュンヒルデから報告は受けていたけれど、本当に一人称が『俺』になっているのね。それに、その男の子みたいな粗野な口調……。以前の冷徹で生意気なローゼリアも最高に可愛かったけれど、今の『中身が男の子の妹』っていうのも……最高にそそるわね」

フェイトは艶やかに唇を舐めると、不意にニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、少し懐かしむように、ローゼリアのかつての口調を真似し始めたのだ。

「『運動など真っ平じゃ! 妾は一日中ゲームをして過ごすのじゃ! 姉上!新作のゲームを買ってくるのじゃ!』……くふっ、どうかしら? 記憶を失う前の、偉そうだけど甘えん坊だったあなたの真似。似てる?」

「か、からかうなよ! ていうか、俺は本当にそんなお爺ちゃんみたいな喋り方をしてたのか!?」

ローゼリアが抗議の声を上げると、フェイトは耐えきれないように吹き出した。

「ふふふっ、あははははっ! 反応が新鮮すぎて、もう食べちゃいたいくらいだわ!」

フェイトはローゼリアの困惑ぶりを見て、心底楽しそうに笑い声を上げる。

「フェイト陛下。ローゼリアをあまりからかわないでやってください。本人はこれでも、今の自分の在り方に真剣に悩んでいるのです」

ブリュンヒルデが、見かねて助け舟を出した。

「分かっているわよ」

フェイトは笑いを収めると、ローゼリアの隣に座り直し、今度は真剣な、しかし底知れぬ愛情に満ちた眼差しでローゼリアの赤い瞳を見つめた。

「あの、お姉ちゃん……。あんた、こんなとこにいていいのか? 皇帝って、すごく忙しいんじゃ……」

ローゼリアの至極真っ当な疑問に、ブリュンヒルデが再び深いため息をつく。

「その通りです。フェイト陛下、一体どうやって時間を作られたのです。議会や公務が山積みのはずでしょう」

「あら、宰相たちに『ちょっと妹の顔を見てくるから、三日ほど玉座を空けるわ。後のことは適当に上手く回しておきなさい』って言って、皇室専用艦のワープエンジンをフル稼働させて飛んできたのよ。簡単なことでしょう?」

フェイトがさも当然のように言い放つ。

「一国の主が、職務放棄をして妹に会いに来るなど……! 帝国の上層部が今頃どんなパニックになっているか、想像するだけで胃が痛い……」

ブリュンヒルデが頭を抱えた。

どうやら、この銀河最強の傭兵団の団長であっても、最大のスポンサーにしてローゼリアの実姉である大帝国の女帝・フェイトには頭が上がらないらしい。

「いいじゃない。私の可愛い妹が記憶喪失になって、アイデンティティの危機に陥っているのよ? 国家の政務と妹のピンチ、どちらが優先されるべきかなんて、火を見るより明らかでしょう?」

フェイトの『妹第一主義シスコン』は、帝国法よりも重いようであった。

「……あの、俺のためにそんな無茶してくれたのか? ありがとう……って言うべきなのか分かんないけど」

ローゼリアが気まずそうに視線を逸らすと、フェイトはローゼリアの頭を優しく撫でた。

「あなたがどんな記憶を持っていようと、男の意識であろうと、外見が金髪の美少女であろうと……その魂は、間違いなく私の愛する妹よ」

フェイトの手は、温かくて、とても心地よかった。

「もし、このエインヘリアルでの生活に疲れたら、いつでも帝国にいらっしゃい。あなたのお世話をするためだけに、宮殿を一つ建ててあげるわ。美味しいものを食べて、一日中ゲームだけして過ごせるようにしてあげる」

「宮殿一つ!? スケールがおかしいだろ!」

「それくらい、お姉ちゃんにとっては安いものよ。……だから、安心して、今は自分のペースで新しい自分を見つけなさい」

フェイトの言葉には、皇帝としての絶対的な権力と、姉としての無限の甘やかしが含まれていた。

リアンヌの真っ直ぐな忠誠や、エリーゼの重すぎる正妻アピールとも違う、すべてを包み込むような圧倒的な「溺愛」。

この艦(そして帝国)には、自分を無条件で肯定してくれる人間しかいないらしい。

「……分かった。ありがとう、フェイト姉ちゃん」

ローゼリアが少し照れくさそうに笑って礼を言うと、フェイトは胸を押さえて「姉ちゃん……!」と悶絶した。

「ああ、ダメ……! その呼び方、破壊力が高すぎるわ……! ブリュンヒルデ、録音した!? 今の録音したわよね!?」

「しておりません。陛下、そろそろお時間です。これ以上本艦に留まられては、追手の帝国近衛艦隊がやってきて面倒なことになります」

ブリュンヒルデが、呆れたようにフェイトの背中を押す。

「もう時間? 仕方ないわね……。ローゼリア、またすぐに顔を見に来るわ。それまで、しっかり食べて、元気にしているのよ」

フェイトは立ち上がり、最後にローゼリアの額にチュッと優しくキスを落とした。

「なっ……!?」

ローゼリアが額を押さえて固まる中、フェイトは満足げな笑みを浮かべ、優雅な足取りで部屋を後にした。

「……嵐のようなお方だったな」

ドアが閉まった後、ローゼリアはほうっと息を吐き出した。

記憶を失い、インドア派男子の意識で目覚めた特異点。

彼女を待ち受けていたのは、重すぎる愛を持つ戦乙女たちとの日々だけではなく、宇宙の半分を支配する女帝からの常軌を逸した「溺愛」であった。

「……とりあえず、俺がこの宇宙で生きていくハードル、高すぎないか?」

ローゼリアは、額に残るキスの感触と、部屋に漂う高級な香水の香りに包まれながら、自分の「二周目」の人生が、とんでもない方向へ転がり始めていることを、改めて実感するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ