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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第三幕 第四十二話:十字の凶刃と、死神の逃走劇

過激派の伏兵部隊による強襲を完璧な連携で退け、周囲に漂うデブリが静けさを取り戻したかに見えた、その時であった。

『——マスター。急速接近する単一の高エネルギー反応を検知。この速度、通常の量産機ではありません』

バハムートの合成音声が、ルシフェルのコックピット内に鋭く響き渡る。

「……やはり来たか。雑魚を囮にして、本命を突っ込ませるのが傭兵の定石じゃからのう」

ローゼリアは操縦桿を握り直し、モニターの端で明滅する赤い光点へと視線を向けた。

『ローゼリア、気をつけて! 接近してくる機体、事前のデータベースに存在しないわ。魔力ジェネレーターの出力が、さっきのゲリラたちの比じゃない!』

エインヘリアルのブリッジから、アルティナの焦燥を含んだ声が通信回線に割り込む。

その警告とほぼ同時だった。

前方の視界を遮っていた巨大なアステロイドが、まるで豆腐でも切るかのように、音もなく『十の字』に両断された。

ズバァァァァァンッ!!

真っ二つに割れた岩塊の間から、凄まじい推進器の光の尾を引いて飛び出してきたのは、一機の異様なマギアナイトであった。

装甲は血のように深い真紅。背部には十字架を模した巨大な高機動スラスターユニットを備え、両手には機体の身の丈ほどもある二振りの超振動ブレードが握られている。

『——見つけたわよ、エインヘリアル。アポロンの方を追った連中はハズレを引いたみたいね。特使の首は、この私がもらうわ』

オープン回線に響いたのは、好戦的で、どこか艶のある女の声だった。

「ほう。随分と自信たっぷりのご登場じゃな。お主が過激派の切り札か?」

ローゼリアは、ルシフェルをエインヘリアルの前方に進み出させながら問い返した。

『切り札なんて大層なものじゃないわ。私はただの雇われ傭兵、ナターシャよ。……そして、こいつは私の愛機『クロス』。あんたが噂に聞く“銀河最強の死神”ってやつなら、少しは私を楽しませてくれるんでしょうね?』

名乗るが早いか、真紅の機体『クロス』は背部の十字スラスターから爆発的な魔力の奔流を噴き出し、瞬きする間にルシフェルとの距離をゼロにまで詰めてきた。

「なっ……速い!」

ローゼリアの反射神経をもってしても、その踏み込みの速度は脅威であった。

クロスの右手のブレードが、ルシフェルの首元を正確に薙ぎ払う。

ローゼリアは間一髪でスラスターを吹かして上方に回避するが、クロスは即座に空中で姿勢を反転させ、今度は左手のブレードで下段から斬り上げてきた。

ガギィィィィンッ!!

ルシフェルの高密度対艦ブレードと、クロスの超振動ブレードが激突し、特異な火花が暗礁宙域に散る。

すさまじい衝撃がコックピットを揺らし、ローゼリアは奥歯を噛み締めた。

「(……なんという重さと手数の多さじゃ。それに、この機体……!)」

鍔迫り合いの最中、ローゼリアは冷静に敵機『クロス』の武装とフォルムを観察した。

背部の巨大なスラスターと、両腕のブレード。それ以外に、ミサイルポッドやビームライフルといった射撃兵装らしきものが一切見当たらない。

「お主……遠距離武装をすべて捨てて、機動力と近接戦闘だけにステータスを極振りしておるな?」

『ご名答! 射撃なんてチマチマした真似、私の性に合わないのよ! 敵は真正面から、この刃で斬り刻むのが一番手っ取り早いでしょ!』

ナターシャが狂喜の笑い声を上げながら、ブレードの出力をさらに上げる。

その極端な機体構成と、それを完璧に乗りこなすナターシャの操縦技術。近接戦闘の純粋な技量だけを見れば、あの連邦の若き英雄レオン・クライスにも匹敵するかもしれない猛者であった。

「ローゼリア! 援護しますわ!」

「させないよ、殿下への刃は私が砕く!」

「お姉様から離れなさいな!」

後方から、ロスヴァイセ、ウルスラ、エリーゼたちが一斉に援護の砲火を放とうとする。

「待て! 撃つな!」

ローゼリアは通信回線に怒鳴り声を上げた。

「敵は近接特化じゃ! ここで乱戦になれば、射線が交錯してエインヘリアルや、艦底のプロメテに流れ弾が当たる危険がある!」

ローゼリアの指摘に、戦乙女たちの動きがピタリと止まる。

現在、エインヘリアルの真下には特使の乗る非武装の豪華客船がドッキングされている。ナターシャのような超高機動の相手と母艦の至近距離で激しいドッグファイトを繰り広げれば、母艦の防壁の死角を突かれ、プロメテが致命傷を負う可能性が極めて高かったのだ。

『よそ見してる余裕なんてあるのかしら!』

クロスがルシフェルのブレードを強引に弾き飛ばし、十字スラスターの推進力でルシフェルの胴体へと強烈な蹴りを見舞う。

「ちぃっ!」

ローゼリアは機体を後退させて衝撃を和らげるが、それでも警報が鳴り響く。

「……団長! ここは妾がこいつを引き受ける! エインヘリアルはプロメテを抱えたまま、最大戦速でこの暗礁宙域を突破しろ!」

ローゼリアは、クロスの連撃を捌きながらブリッジへと通信を飛ばした。

『お前一人を殿しんがりに残せと言うのか? 相手はかなりの手練れだぞ』

ブリュンヒルデの冷静な、しかし懸念を含んだ声が返る。

「いけません、ローゼリア! 私も残ります! 私の盾があれば、必ずや……!」

リアンヌが『ブラン』を前に出そうと必死に訴える。

「馬鹿者! お前のその純白の盾は、妾を守るためだけにあるのではない! エインヘリアルと、特使の命を守る最後の要じゃ! 妾の背中ではなく、母艦の背中を守れ!」

ローゼリアの一喝に、リアンヌはハッと息を呑み、そして唇を噛み締めながら操縦桿を引き戻した。

「……っ! 了解、いたしました……! 必ず、無事に戻ってきてください!」

「安心しろ、妾は銀河最強のエースじゃぞ。こんなところで落ちるわけがなかろう!」

ローゼリアが不敵に笑うと、ブリュンヒルデの決断が下された。

『総員、エインヘリアル防衛陣形を再構築! 本艦はこれより、アステロイドベルトを強行突破する! ローゼリア、死ぬことは許さんぞ!』

エインヘリアルの巨大な推進器が火を吹き、暗礁宙域の奥へと猛スピードで進み始める。戦乙女たちの機体がそれを囲むようにして護衛につき、あっという間に戦域から離脱していく。

『……逃がすと思う? 私の狙いは特使の首よ!』

ナターシャが舌打ちをし、クロスをエインヘリアルの方へ向けようとした。

「させんよ! お前の相手は、この妾じゃ!」

ルシフェルがクロスの進路を塞ぐように立ちはだかり、次元断裂砲の威嚇射撃で強引に足を止めさせる。

『チッ……! いいわ、まずはアンタからスクラップにしてあげる! 銀河最強の称号、私がもらうわよ!』

ナターシャの標的が完全にルシフェルへと切り替わった。

それから数分間、暗礁宙域は二機の悪魔による凄まじい剣舞の舞台と化した。

ズガァァァァンッ!! ガギィィィィンッ!!

アステロイド群の間を縫うように飛び回りながら、ルシフェルとクロスは超高速でブレードを交え続ける。

岩塊が次々と粉砕され、宇宙空間に魔力の残滓が散っていく。

「(……速い! しかも、機体の重心移動が完璧じゃ! こちらの攻撃の軌道を読んで、最小限の動きで躱し、すぐさまカウンターを入れてきおる!)」

ローゼリアは、息を荒げながら操縦桿を激しく動かしていた。

ナターシャの操縦技術は、本物だった。近接戦闘においては、無駄な動きが一切ない。射撃兵装を持たないというリスクを完全に機動力と防御力でカバーし、相手の懐に飛び込んでしまえば絶対の優位に立てる。それが『クロス』という機体のコンセプトだった。

『どうしたの! 防戦一方じゃない! あんたの強さはそんなもの!?』

ナターシャの余裕の笑い声が響く。

だが、ローゼリアの真紅の瞳には、焦りではなく、冷徹なゲーマーとしての分析の光が宿っていた。

「(確かに近接戦闘の腕は一流じゃが……ピーキーな機体には、必ず『弱点』が存在する。近接特化型で、かつこれほどの高機動を誇るということは、直線的な推進力に頼り切っている証拠。……そして何より、相手は獲物を仕留めようと『前に出る』ことしか考えておらん)」

ローゼリアは、ルシフェルのスラスター出力をわざと少しだけ落とし、防戦一方になっているように見せかけながら、クロスを特定のアステロイド密集地帯へと少しずつ誘導していった。

『もらったわァッ!!』

ナターシャが勝機と見て、クロスの十字スラスターを全開にする。

二振りの超振動ブレードをクロスさせ、ルシフェルの胴体をX字に切り裂こうと、一直線に突撃してきた。

「(かかったな、単細胞め!)」

ローゼリアはニヤリと笑うと、通信回線を開いた。

「アルティナ! 今じゃ!」

『了解! トラップ、起動するわ!』

遥か前方を先行しているエインヘリアルのブリッジから、アルティナの電子ハッキング信号が送信された。

その瞬間。

クロスが突撃しようとしていた直線の軌道上——周囲に漂っていた無数のデブリ群に擬装されていた『機雷』が、一斉に起動ランプを点滅させた。

『なっ……!? 機雷!? さっきのゲリラたちの……!』

ナターシャが驚愕の声を上げる。

そう、これらは第一波の過激派ゲリラが仕掛けていた機雷原の生き残りであった。

アルティナは先ほどの電子戦で、すべての機雷を無力化したわけではなく、一部の起爆コードをハッキングして『エインヘリアルのシステムから遠隔起爆できる』ように書き換えて放置しておいたのだ。

そしてローゼリアは、激しい近接戦闘を演じながら、ナターシャをその罠のど真ん中へと完璧に誘導していたのである。

「近接特化の直線番長には、置き罠が一番効くのじゃよ! 起爆!!」

ズドドドドドォォォォォォンッ!!

ルシフェルの目の前で、数十発の機雷が連鎖的に大爆発を起こした。

さらに、機雷の爆発によって周囲の巨大なアステロイドが連鎖的に崩壊し、無数の岩の雨となってクロスの頭上へと降り注ぐ。

『くぅぅぅっ!! 姑息な真似を……!!』

ナターシャはクロスの装甲と防壁で爆発を耐え凌ぐが、崩落してきた岩塊の群れに機体を挟まれ、物理的に身動きが取れなくなってしまった。

巨大な十字スラスターも岩に引っかかり、自慢の機動力が完全に死んだ状態となる。

「チェックメイトじゃ、ナターシャ。……まあ、お主の腕前には敬意を表して、コックピットを串刺しにするのはやめておいてやろう」

ローゼリアは、岩塊に埋もれて身動きが取れないクロスの眼前にルシフェルを静止させ、次元断裂砲の砲口をピタリと突きつけた。

「な……撃つ気!?」

ナターシャが歯噛みする。

「撃つさ。お主のその立派な十字スラスターの『メインノズル』だけをな!」

ズガァァァンッ!!

ルシフェルから放たれた局地的な次元断裂の奔流が、クロスの背部スラスターのメインジェネレーター部分だけを正確に抉り取った。

誘爆はさせず、しかし推力を完全に奪い去る、神業のような精密射撃。

『あぁっ……! 私のクロスが……! 機動力が……!』

ナターシャが悲痛な声を上げる。

「近接特化の機体から足を奪えば、ただの鉄の案山子じゃ。……勝負はお預けじゃな、ナターシャ。頭を冷やして、誰に喧嘩を売ったのかよく考えておれ」

ローゼリアは、ルシフェルの高密度対艦ブレードをクルリと回して背中に収めると、動けなくなったクロスに背を向けた。

「エインヘリアルに追いつかねばならんのでな。これにて失礼する!」

ルシフェルは、最大推力でスラスターを吹かし、暗礁宙域の闇の中へ、母艦の後を追ってあっという間に飛び去っていった。

岩塊に挟まれ、スラスターを破壊されたクロスのコックピットの中で、ナターシャは遠ざかる漆黒の機体の光の尾を、悔しげに、しかしどこか熱を帯びた瞳で見つめていた。

「……罠に嵌めるなんて、とんだ食わせ物ね。でも、あの近接での太刀筋……本物だったわ。銀河最強の称号、伊達じゃないってことね」

ナターシャは、操縦桿から手を離し、フッと自嘲気味に笑った。

「ローゼリア、だっけ。……次は絶対に、私のブレードでその機体を真っ二つにしてやるわ。首を洗って待ってなさい」

強敵との再戦を誓うエース傭兵の呟きは、誰に届くこともなく、デブリの海へと溶けていった。

一方、エインヘリアルはすでにアステロイドベルトの出口付近へと到達していた。

「——後方より、急速接近する味方の識別信号! ローゼリアのルシフェルですわ!」

ロスヴァイセが、安堵の入り混じった声で報告する。

「お姉様!! ご無事で……! ああ、神に感謝いたしますわ!」

エリーゼが、白い制服の胸に手を当てて天を仰ぐ。

「ローゼリア!」

リアンヌのブランが、誰よりも早くルシフェルの元へと飛んでいき、その無事を確かめるように寄り添った。

「待たせたな、お前たち。……敵のエースは、機動力を奪って岩の間に置いてきた。追撃の心配はないぞ」

ローゼリアが、通信回線越しに得意げな声で告げる。

『見事だ、ローゼリア。エインヘリアルおよびプロメテも、無傷で暗礁宙域を突破した。作戦は完全に成功だ』

ブリュンヒルデの口調にも、確かな安堵が滲んでいた。

「ふふっ。私の仕掛けておいた罠、ちゃんと役に立ったみたいね」

アルティナがタブレットを弄りながらウインクをする。

「うむ! アルティナの仕込みがなければ、もう少し手間取っておったかもしれん。感謝するぞ」

ローゼリアが親指を立てると、アルティナは少しだけ頬を染めて視線を逸らした。

「マスターの心拍数およびバイタル、正常。機体の損傷も微小です。……完璧な仕事です、マスター」

シエラが無表情のまま、最大級の賛辞を贈る。

「……これで、過激派の主力部隊は完全に空振りに終わったわね。私たちが護衛している限り、特使の命は絶対安全よ」

レガリアが、ブリッジの窓から遠くに見え始めた巨大な人工天体を指差した。

「見えてきたわ。あれが、中立コロニー『エデン』よ」

モニターの向こう側に、星々の光を反射して輝く、巨大なリング状のスペースコロニーが姿を現す。

そこは、三つ巴の連合国宙域において唯一、どの勢力にも属さない絶対中立の地であり、今回の停戦会談の舞台となる場所であった。

「よし。エインヘリアル、これよりエデンの宙港へと入港する。……特使殿を無事に送り届けるまでが護衛任務だ。総員、気を抜くな!」

ブリュンヒルデの号令に、戦乙女たちが力強く応える。

強敵ナターシャとの死闘を制し、無事に暗礁宙域を突破した銀河最強の傭兵団。

彼女たちは、艦底に隠した護衛対象と共に、陰謀渦巻く中立コロニーへと、その歩みを進めていくのであった。

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