第三幕 第四十一話:逃げ帰る英雄と、死角の護衛対象
旧連合国保守派の防衛ラインを抜け、中立コロニー『エデン』へと至る中継地点。
周囲に星の光を遮るような暗礁宙域が広がるその場所で、エインヘリアルは一隻の巨大な軍艦とランデブー(接舷)を果たした。
旧連合国保守派・第七防衛艦隊の旗艦『アポロン』。
青と白に塗装され、連邦軍時代の重厚な設計思想を受け継ぐその戦艦は、周囲に展開する巡洋艦群の要として威風堂々たる姿を見せていた。
エインヘリアルの右舷にアポロンの連絡チューブが接続された瞬間、待ってましたとばかりにゲスト用エアロックへと駆け出した二人の男がいた。
蒼銀ことレオン・クライス大佐と、その副官カイル中尉である。
「そ、それではブリュンヒルデ団長! ローゼリア殿! 我々は旗艦アポロンへと帰還し、これより遊撃の指揮を執ります! 今後の護衛任務、くれぐれもよろしくお願いいたします!」
「あ、ありがとうございましたぁぁっ! 色々な意味で一生の思い出になりましたぁっ!」
二人は、連邦軍の英雄らしからぬ早口でまくしたてると、見送りに並んだ戦乙女たちに(というより、彼女たちが放つ無言のプレッシャーに)深々と頭を下げ、脱兎のごとく連絡チューブへと飛び込んでいった。
プシュッ、とエアロックが閉まる音が、彼らの心からの安堵の吐息のように聞こえた。
「……嵐のように去っていったのう。あのレオンが、あそこまで顔を引きつらせるとは」
ローゼリアは、白を基調とした戦乙女の制服のポケットに手を突っ込みながら、呆れたようにエアロックの扉を見つめた。
「むさ苦しい男の気配が消えて、これでようやく艦の空気が清浄に保たれますわ!」
「お姉様! 今すぐ彼らが歩いた動線に、特製の除菌スプレーと聖水を散布してまいります!」
リアンヌとエリーゼが、それぞれ白い制服の袖を捲り上げながら清々しい笑顔で頷き合っている。
「(……男の城に帰れてよかったな、レオン。妾も前世で似たようなアウェー空間に放り込まれた時、抜け出した瞬間に同じような顔をしたから、お主の気持ちは痛いほど分かるぞ)」
ローゼリアは、逃げ帰っていった若き英雄に、心中で密かに熱い同情と労いの念を送った。
「さて。これでお客様もお帰りになったことだし、いよいよ本番の作戦開始ね」
アルティナが、タブレットを操作しながら真剣な声色に切り替わる。
その言葉に、ローゼリアたちもすぐさま傭兵としての鋭い表情へと戻り、足早にブリッジへと向かった。
エインヘリアルのブリッジ。
メインモニターには、並走する保守派の旗艦アポロンの姿と、これから突入する巨大なアステロイドベルト(小惑星帯)の三次元マップが投影されていた。
「これより、我々は保守派艦隊と二手に分かれて中立コロニー『エデン』を目指す。……バルト司令、そちらの準備はどうだ?」
ブリュンヒルデが通信回線を開く。
『ええ。アポロンおよび随伴艦隊は、予定通り『アルファ・ルート』へ進行します。……しかし、本当にこの作戦でよろしいのですか? 我々から護衛対象である特使を切り離し、貴艦に預けるなど……』
バルト司令の不安げな声が響く。
それもそのはずである。本来、特使が乗っているはずの巨大な豪華客船(座乗艦『プロメテ』)の姿は、アポロンの周囲にも、エインヘリアルの周囲にも、どこにも見当たらなかったのだから。
「心配は無用だ。……おい、見せてやれ」
ブリュンヒルデが顎でしゃくると、コンソールに座るシエラが、エインヘリアルの外部カメラの映像を切り替えた。
映し出されたのは、エインヘリアルの巨大な『艦底』の映像。
そこに、先ほどまでアポロンの横を飛んでいたはずの豪華客船『プロメテ』が、まるでコバンザメのようにピタリと張り付き、物理的に固定されていたのである。
『な……っ! まさか、エインヘリアルの真下に、特使の船を丸ごとくっつけているとでも言うのですか!?』
バルト司令が驚愕の声を上げる。
「その通り。本艦エインヘリアルは、旧帝国の要塞を基に建造された超巨大母艦だ。特使の乗る客船を一隻、艦底の死角に固定するだけのスペースは十分にある」
ブリュンヒルデがニヤリと笑う。
「もちろん、ただくっつけただけじゃ、レーダーや質量探知でバレバレよ。だから、私とシエラちゃんで、エインヘリアルの偽装レイヤーを書き換えたわ」
アルティナが、誇らしげにタブレットを掲げる。
「現在のエインヘリアルから発せられる魔力波長、および質量データは、プロメテの分を完全に内包するよう『一隻の少し大きな戦艦』として偽装・暗号化されています。……過激派や統一派の索敵システムでは、この艦底に特使が張り付いていることは物理的にも電子的にも絶対に看破できません」
シエラが無表情のまま、完璧な論理による裏付けを説明する。
「(ふははっ。まさに、相手の盲点を完全に突いたえげつない戦法じゃな!)」
ローゼリアは、このあまりにも大胆かつ悪辣なダミー戦術に、心の中で拍手喝采を送っていた。
敵の目から見れば、現在の状況はこうだ。
『特使の座乗艦プロメテが、忽然とレーダーから姿を消した』。
そして、目の前には『保守派の旗艦アポロン』と、『傭兵団の母艦エインヘリアル』の二隻が、別々のルートに分かれて進もうとしている。
「敵は迷うはずだ。特使はアポロンに乗り換えたのか? それとも、エインヘリアルの内部に匿われているのか? あるいは、光学迷彩を張って全く別のルートを進んでいるのか?」
ブリュンヒルデが、指揮杖でマップのアステロイドベルトを指し示す。
「我々エインヘリアルは、デブリが密集する『ベータ・ルート』を進む。アポロンは開けたアルファ・ルートを進み、派手な通信と陽動を行って敵の目を惹きつけてくれ。……戦力を分散させ、迷った敵を各個撃破する。これが今回の護衛作戦の全貌だ」
『……了解しました。銀河最強の傭兵団の戦術、信じましょう。特使の命、どうかお守りください!』
バルト司令の通信が切れ、窓の外で旗艦アポロンが推進器の光を強め、大きく右へと舵を切っていくのが見えた。
その周囲には、レオンの乗る蒼銀のアロンダイトが護衛として付き従っている。
「さあ、ここからは完全な隠密と防衛の任務だ。総員、気を引き締めろ。特使の船を腹に抱えている以上、本艦は派手な回避行動が取れない。……敵が来たら、お前たちが外に出て、一歩も近づけさせずにすべて叩き落とせ」
「了解じゃ、団長! 護衛対象が真下にいると思えば、気合も入るというもの! 誰一人として、本艦には指一本触れさせんぞ!」
ローゼリアが、真紅の瞳を爛々と輝かせながら拳を握り込んだ。
「ローゼリアの言う通りです。私の純白の盾が、エインヘリアルとプロメテの絶対防衛線となります!」
リアンヌもまた、白い制服の胸を力強く叩き、闘志を燃やした。
エインヘリアルは、推進器の出力を絞り、無数の岩塊や宇宙ゴミ(デブリ)が漂うアステロイドベルト『ベータ・ルート』へと静かに突入した。
視界を遮る巨大な隕石群。
太陽の光も届きにくいこの宙域は、まさに伏兵を隠すには絶好の地形であった。
「……嫌な地形じゃな。どこから機雷が飛んできてもおかしくない。歴戦の勘が、確実に伏兵が待ち構えていると告げておるぞ」
ルシフェルのコックピットにスタンバイしたローゼリアは、モニターに映る岩塊の群れを睨みつけながら、傭兵としての直感で警鐘を鳴らしていた。
『マスターの直感に同意します。周囲のデブリ群の中に、人工的に配置された金属反応を多数検知。さらに、微弱なジャミング波が展開され始めています』
バハムートの合成音声が、脳内に響く。
「アルティナ! シエラ! レーダーにノイズが混じり始めたぞ! 敵の別働隊が、やはりこっちのルートにも網を張っておったか!」
ローゼリアが通信回線で呼びかける。
『ええ、見えているわ。旧連合国過激派のゲリラ部隊ね。……デブリに偽装した機雷と、岩の裏に隠れたマギアナイトが三十機以上。アポロンの方にも倍以上の戦力が向かっているみたいだけど、こっちも手抜きなしってわけね』
ブリッジでタブレットを操作するアルティナが、冷静に敵の配置を丸裸にしていく。
『……過激派の通信を傍受しました。「目標はアポロンかエインヘリアルのどちらか。両方とも削り、特使の首を見つけた方に莫大な懸賞金を出す」とのことです』
シエラが無機質な声で報告する。
「懸賞金目当てのテロリストどもか。品のない連中だわ」
レガリアが、美しい顔をしかめながら、コンソールに優雅な手つきで触れる。
「シエラ、アルティナ。私の方から、敵のジャミング波を逆位相で相殺して、彼らのセンサーに『大量のデブリがエインヘリアルに向かって超加速している』という幻影を叩き込むわ。少しは混乱させられるはずよ」
「さすが元神様、えげつない電子攻撃ね! 合わせてこっちも、敵の機雷の起爆コードを書き換えてやるわ!」
ブリッジの電子戦トリオによる、見えざる攻防が始まった。
特使の船を腹に抱えるエインヘリアルは、機動力を殺されている分、事前の情報戦と先制攻撃が命綱となる。
「よし、電子戦で敵の足並みが乱れた隙を突くぞ! 総員、出撃じゃ!」
ローゼリアの号令と共に、エインヘリアルの両翼のカタパルトから、極彩色の光を放つ戦乙女たちが次々と暗礁宙域へと飛び出していった。
「ヒャッハー!! エインヘリアルを見つけたぞ! ここに特使が隠れていようといまいと、あの艦を沈めりゃ俺たちは大金持ちだァ!」
「機雷原に誘い込め! あのデカブツ、腹に何か抱えてやがって動きが鈍いぜ!」
岩塊の陰から、黒と黄色に塗装された過激派の強襲型マギアナイトが、ハエのように群がって飛び出してきた。
彼らはエインヘリアルの機動力が制限されていることを見抜き、四方八方から無数の実弾ミサイルと散弾をばら撒いてくる。
「……五月蝿いハエどもですね。私の盾の前で、その程度の火力が通用すると思わないことです!」
真っ先に前に出たリアンヌの『ブラン』が、純白の絶対守護防壁を最大出力で展開した。
エインヘリアルの前方を覆い尽くすほどの巨大な黄金の盾。それに過激派のミサイルが次々と着弾するが、傷一つ付けることすらできずに爆炎となって散っていく。
「な、なんだあの硬い盾は!? 直撃してるのにビクともしねえぞ!?」
「ひるむな! 盾の裏側に回り込め!」
機動力に任せて防壁の死角へ回り込もうとする過激派たち。
だが、そこに待ち受けていたのは、慈悲なき戦乙女たちの重火力であった。
「あらあら、回り込もうだなんて浅はかですわ。優雅に散りなさいな」
ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』が展開した魔法陣から、無数の誘導魔力弾が放たれ、デブリの陰に隠れようとした敵機を正確に撃ち抜く。
「弾幕が薄いぜテメェら! あたしのグリムゲルデのフルバースト、避けられるもんなら避けてみやがれ!!」
ランドグリーズが狂喜の笑い声を上げながら、両腕の重機関砲を乱射し、小惑星ごと敵機を蜂の巣に変えていく。
「目標捕捉……貫く」
オルトリンデの『ジークルーネ』が、数キロ離れた位置から放つ圧縮魔力の狙撃が、敵の指揮官機と思われる機体のジェネレーターをピンポイントで射抜いた。
「我が質量は、エインヘリアルを守る鉄壁の城! 邪魔な岩塊ごと砕け散りなさい!」
ウルスラの『ミネルヴァ』が、巨大なメイスを振り回しながらデブリ群に突撃し、敵の陣形を物理的に粉砕していく。
「おのれェ! ならば、隠しておいた機雷を一斉起爆してやる! 道連れだァ!」
追い詰められた過激派の残党が、アステロイドベルトに仕掛けていた機雷の起爆スイッチを押す。
……しかし、何も起きない。
「な、なんで起爆しねえんだ!?」
「あははっ! 残念だったわね、その機雷の起爆コード、全部『自機の真後ろ』で爆発するように書き換えておいたわよ!」
アルティナのハルファスが電子の海で嘲笑うと同時に、過激派の機体の背後にあった機雷が次々と大爆発を起こし、彼ら自身を吹き飛ばしていった。
「(……相変わらず、容赦の欠片もない最高の連携じゃな)」
ローゼリアは、ルシフェルのコックピットで、仲間たちの蹂躙劇を頼もしそうに見つめていた。
だが、敵も混沌の連合国を生き抜いてきた過激派である。
全滅を悟った数機の敵が、エインヘリアルの防衛網の僅かな隙間を縫って、自爆覚悟の特攻を仕掛けてきた。
「ちぃっ! エインヘリアルの腹の下を狙っているのか! プロメテが危ない!」
リアンヌが防壁の向きを変えようとするが、特攻機の速度が勝る。
「させんよ! 妾の死角に入り込めると思うな!」
ドシュゥゥゥッ!!
漆黒の悪魔が、極限の加速で特攻機の前に割り込んだ。
ローゼリアのルシフェルである。
「護衛任務で対象にダメージを負わせるなど、銀河最強のパイロットの恥じゃからな!」
高密度対艦ブレードが紅蓮の光を放ち、特攻を仕掛けてきた三機の敵機を、瞬きする間に三等分に切り刻んだ。
爆発の余波すらも魔力防壁で完全に相殺し、プロメテにはチリ一つの被害も与えない。
「……ふぅ。これで第一波は片付いたか」
ローゼリアが剣を収め、真紅の瞳で周囲の暗礁宙域を睨みつける。
エインヘリアルの真下に隠された護衛対象と、それを狙う過激派の襲撃。
二手に分かれた作戦は功を奏し、敵の戦力は見事に分散していた。
しかし、ローゼリアの直感は、これが単なる前哨戦に過ぎないことを告げていた。
「団長、油断はできんぞ。連中の手際、ただの烏合の衆にしては統率が取れすぎている。……後ろに『絵図面を描いている厄介な奴』がいるかもしれん」
『ああ。私も同意見だ。特使を確実にエデンに送り届けるまで、警戒を緩めるな』
アステロイドベルトの闇は深く、通信の届かないその先には、未知の『古代遺跡』の影が潜んでいる。
銀河最強の戦乙女たちは、特使の船を腹に抱いたまま、次なる罠が待つ連合国宙域の深淵へと、さらに歩みを進めていくのであった。




