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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第三幕 第四十話:女の園の異邦人と、存在しないインフラ

統一派の強襲部隊を瞬く間に宇宙の塵へと変えたエインヘリアルとアロンダイトは、特使の座乗艦と歩調を合わせ、中立コロニー『エデン』への航行を再開した。

道中、今後の護衛陣形や作戦のすり合わせ、そして何よりアロンダイトの推進剤補給という名目で、レオン・クライス大佐とその副官であるカイル中尉の二名が、エインヘリアルへと一時的に着艦することになった。

「——ここが、銀河最強の傭兵団の母艦……。なんというか、その……」

エインヘリアルのハンガーに降り立ち、ゲスト用のエアロックを抜けて艦内の廊下へと足を踏み入れた瞬間、若き副官であるカイル中尉は、緊張で顔を強張らせながらゴクリと唾を飲み込んだ。

「……ああ。凄まじい『アウェー感』だな、カイル」

百戦錬磨の英雄であるレオン大佐でさえも、連邦軍の軍服の襟元を無意識に直し、冷や汗を流していた。

無理もない。

独立傭兵団エインヘリアルは、ブリュンヒルデ団長を筆頭に、所属するパイロット、オペレーター、整備班から機関部のクルーに至るまで、文字通り『女性しか存在しない艦』である。

廊下はチリ一つなく磨き上げられており、軍艦特有のむせ返るような機械油や鉄の匂いではなく、かすかにフローラル系の、甘く華やかな香りが漂っている。

そして何より、彼らを迎える視線の数が尋常ではなかった。

「……ねえ、見た? アロンダイトのパイロット。すっごいイケメン……!」

「生身の成人男性がこの艦に乗るのって、エインヘリアルが結成されてから初めてじゃない?」

「背、高ぁい……。肩幅も凄いわね。あれが連邦の英雄……」

廊下を行き交う、白を基調とした洗練された制服に身を包んだ女性クルーたちが、足を止めてはレオンとカイルを物珍しそうにチラチラと見ているのだ。

彼女たちの視線には敵意はない。だが、「未知の生物」あるいは「動物園の珍しい動物(イケメン枠)」を観察するような、好奇心一〇〇パーセントの輝きに満ちていた。

「大佐……。なんだか、視線で穴が開きそうです。前線の十字砲火の中にいる方がマシな気がしてきました……」

「堪えろ、カイル。我々は保守派を代表して彼らに協力を仰ぐ立場だ。決して無礼があってはならない。……背筋を伸ばし、紳士として振る舞うのだ」

レオンは必死にポーカーフェイスを保ちながら、女性クルーたちが道を譲ってくれるたびに、爽やかな(そして引きつった)笑顔で会釈を返し、メインラウンジへと向かって歩みを進めた。

「おお! 来たな、レオン! そしてそっちの副官殿も、よくぞ我がエインヘリアルへ!」

メインラウンジの自動扉が開くと、ソファから立ち上がったローゼリアが、満面の笑みで出迎えた。

白を基調とした戦乙女の制服に身を包んだ彼女は、女の園に放り込まれて針のむしろ状態になっているレオンたちの居心地の悪さを、痛いほど察していた。

「(わかる……わかるぞレオン! 前世の妾も似たような状況に置かれた時、完全に同じ状態になって胃に穴が開きそうじゃったからな!)」

ローゼリアは内心で熱いシンパシーを送りながら、レオンに歩み寄ろうとした。

しかし。

「ストォォォップ!!」

ダンッ!! と、ローゼリアとレオンの間に、同じく純白の制服を着たリアンヌが立ち塞がった。

「レオン大佐。いくら以前共闘した仲とはいえ、ここは我々のプライベート空間です。男性であるあなたが、我が主であるローゼリアに半径二メートル以内に近づくことは、副団長権限で禁止いたします!」

リアンヌは、腕でバッテンを作りながら、鋭い視線でレオンを牽制する。

「お、おいリアンヌ。何もそこまで警戒せんでも……」

「いけません、ローゼリア! 成人男性とは、いついかなる時も狼に豹変する危険な生き物だと、本に書いてありました! ローゼリアの純潔は、私が盾となってお守りします!」

「……そういう本(ロマンス小説)の読みすぎじゃ」

ローゼリアが呆れたようにツッコミを入れるが、リアンヌのガードは鉄壁である。

「リアンヌの言う通りですわ!」

さらに、白い制服に可愛らしいエプロンをつけたエリーゼが、ティーセットを乗せたワゴンを押しながら乱入してきた。

「お姉様に万が一のことがあっては一大事。レオン大佐、あなた方に出す紅茶には、念のため私特製の『鎮静剤(極量)』を混ぜておきましたわ。さあ、一息で飲み干して大人しくなりなさいな!」

「エリーゼ!? 客人に毒を盛るな!」

「は、ははは……。相変わらず、ローゼリアは愛されているな」

レオンは、乾いた笑いを浮かべながら、両手を挙げて降参のポーズをとった。

「失礼しました。私たちは決してローゼリア殿に危害を加えるつもりはありません。……ただ、少しばかり、この艦の『華やかさ』に圧倒されていましてね」

「まあ、そうじゃろうな。むさ苦しい男しかおらん連邦軍の戦艦とは、空気が違うじゃろう」

ローゼリアが苦笑する。

そこへ、軍用コートを羽織ったブリュンヒルデ団長が、ロスヴァイセとオルトリンデを伴ってラウンジに現れた。

「歓迎しよう、レオン大佐。そしてカイル中尉。……リアンヌ、エリーゼ。お客様を困らせるな。我がエインヘリアルは、礼儀を弁えた勇士を無下に扱うような真似はしない」

ブリュンヒルデの鶴の一声に、リアンヌとエリーゼは「は、はい……」と渋々ローゼリアの前から退いた。

「感謝します、ブリュンヒルデ団長。……早速ですが、特使の護衛ルートと、過激派の古代遺跡に関する情報をすり合わせたいのですが」

レオンが仕事の顔になり、ホログラムの戦術マップを展開しようとした、その時。

カイル中尉が、もじもじと身をよじりながら、顔を真っ赤にして口を開いた。

「あ、あの……大佐。大変申し訳ないのですが。……その、緊張のせいか、少しばかりお腹の具合が……」

カイルの悲痛な訴え。

それは、これから始まる作戦会議の前に立ちはだかる、エインヘリアル最大の『死活問題』の露呈であった。

「……お手洗い、ですか」

ロスヴァイセが、おっとりとした声で尋ねる。

「は、はい。恐縮ですが、お借りしてもよろしいでしょうか……?」

カイルが脂汗を流しながら答える。

その瞬間、ラウンジにいた戦乙女全員の動きが、ピタリと止まった。

「(……あ)」

ローゼリアも、嫌な予感に気づいて目を見開いた。

沈黙。

誰も、カイルにトイレの場所を教えようとしない。

見かねたレオンが、不審そうに尋ねる。

「どうしました? まさか、部外者に貸せる設備はないと?」

「い、いや、そういうわけではないのじゃが……」

ローゼリアが言葉を濁していると、艦内通信からフィーネの怒鳴り声が響いた。

『団長ォ! 男用の便所なんか、この艦には一つもねえぞ!!』

「「「あっ」」」

そう。エインヘリアルは、建造されてからこの方、女性クルーしか乗艦したことがない。

当然ながら、個室のサニタリースペースはすべて「女性用」として設計・運用されており、男性用の小用便器など存在しないし、そもそも「男性がそこを使う」という前提自体が抜け落ちていたのだ。

「あ、あの、個室でも構いませんので……! 限界が……!」

カイルが内股になりながら懇願する。

「だ、ダメですわ!!」

エリーゼが悲鳴を上げた。

「私たちが使っている、あんなにも神聖で清らかな空間を、成人男性の不浄なる気配で汚すだなんて! そんなこと、許されるはずがありませんわ!」

「お、おいエリーゼ、生理現象なんじゃから少しは融通を利かせてやれ……」

「お姉様は黙っていてください! これは乙女のプライドの問題ですわ!」

「なら、第三ブロックの奥にある、滅多に使われない予備のサニタリーを彼ら専用に解放しましょう。私が今から、システム上の登録を『男性用(来客用)』に書き換えてロックを解除するわ」

アルティナが、冷静にタブレットを操作して解決策を提示した。

『おおっ、さすがアルティナ! 助かるぜ。おいアンタ、第三ブロックはこっちだ! 漏らす前に走れ!』

フィーネが通信越しに誘導し、カイルは「あ、ありがとうございますぅぅっ!」と涙目でラウンジを飛び出していった。

「……ふぅ。これで一つ問題はクリアじゃな」

ローゼリアが安堵のため息をつく。

だが、問題はそれだけではなかった。

「……ところで、団長」

レオンが、ふと申し訳なさそうに尋ねた。

「特使の座乗艦が『エデン』に到着するまで、あと二日ほどかかります。……我々もアロンダイトのコクピットに長時間缶詰になっていたため、できれば……シャワーか、入浴施設をお借りしたいのですが」

ピキィィィィンッ。

ラウンジの空気が、先ほどとは比べ物にならないほど凍りついた。

「お、お風呂……ですって……?」

リアンヌの瞳から、光が消えた。

「男が……お姉様と同じお風呂に……? お姉様の浸かったお湯に、男の肌が触れる……? お姉様の残り香が漂う脱衣所を、男が歩く……?」

エリーゼに至っては、ブツブツと呪詛を吐きながら、ベルフェゴールの起動キーを握り締め始めた。

「待て待て待てぇぇっ!! エリーゼ、早まるな!」

ローゼリアは慌ててエリーゼに飛びつき、羽交い絞めにした。

「レオン大佐、申し訳ないが、この艦の大浴場は『女人禁制』の絶対領域なのだ。……リアンヌとエリーゼが実力行使に出る前に、その考えは捨ててくれ」

ブリュンヒルデが、こめかみを揉みながら冷や汗交じりに告げる。

「そ、そこまでですか……」

レオンも、戦乙女たちの殺気(特にエリーゼから放たれる黄金のレーザーの幻影)に怯え、後ずさった。

「仕方ありません。……フィーネ班長、整備ブロックの隅にある、機体のオイルや汚染物質を洗い流すための『除染用簡易シャワー室』は使えますか?」

シエラが、淡々と代替案を提示する。

『ああ、あそこなら男が使っても文句は出ねえだろう。……ただし、水しか出ねえし、石鹸は工業用の強力なやつしかないから、肌が荒れても文句言うなよ?』

フィーネが呆れたように答える。

「……背に腹は代えられません。お借りします」

連邦の英雄は、完全に乙女たちの勢いに気圧され、哀愁を漂わせながら肩を落とした。

「(……不憫じゃ。あまりにも不憫すぎるぞ、レオン……)」

ローゼリアは、心からの深い同情から、思わず目頭を熱くした。

「ふふふっ。三次元の男性というのは、色々と苦労が絶えないのね」

ドタバタが少し落ち着いた頃、ラウンジの奥から、黒い軍服を艶やかに着こなしたレガリアが、クスリと笑いながら姿を現した。

その神々しいまでの美貌と、圧倒的なプロポーションが放つ色香に、レオンは思わず息を呑み、視線を逸らした。

「れ、レガリア殿、でしたか。……先ほどは失礼しました」

「いいのよ。私はただのシステムだったから、男女の機微には疎いのだけれど……あなたがローゼリアを見る目に、特別な感情が含まれていないことは、私の演算能力でも理解できるわ。だから、私はあなたの敵ではないわよ」

レガリアは、レオンの横を通り過ぎる際、わざとらしく彼の耳元に顔を寄せた。

「……でも、リアンヌたちをあまり刺激しないことね。彼女たちのローゼリアへの執着(システムへの過干渉)は、狂気にも等しいから」

「……肝に銘じておきます」

レオンは、全身に鳥肌を立てながら、小さく頷いた。

(この艦には、物理的な強さだけでなく、精神的に恐ろしい女性しかいないのか……)と、彼は心の底から連邦軍のむさ苦しい兵舎を恋しく思っていた。

やがて、スッキリした顔で戻ってきたカイル中尉が合流し、ようやく本来の目的である作戦会議が始まった。

「——現在、我々は旧連合国保守派の防衛ラインを抜け、中立宙域へと差し掛かっている」

ブリュンヒルデが、ホログラムの星図をラウンジのテーブルに投影する。

「コロニー『エデン』までの航路には、デブリ帯とアステロイドベルトが密集している宙域がある。……先ほどの統一派の強襲を見る限り、過激派もこの機に乗じて、特使の暗殺、あるいは我々の足止めを狙ってくる可能性が高い」

「はい。保守派の情報局によれば、過激派の主力艦隊が、そのアステロイドベルトに潜伏しているという未確認情報があります」

カイル中尉が、タブレットのデータを共有する。

「そして、もう一つの懸念事項……『古代遺跡』からの異常な次元干渉波。過激派がそこで兵器を起動させる前に、我々はこの護衛任務を完遂し、直ちに遺跡の制圧に向かわねばならない」

ブリュンヒルデの言葉に、戦乙女たちとレオンが力強く頷く。

「(特使の護衛に、ゲリラの討伐、そして古代の超兵器の破壊……。まさに、王道のRPGのクライマックスのような展開じゃな!)」

ローゼリアは、かつてのゲーマーとしてのロマンを大いに刺激されながら、真紅の瞳をギラリと輝かせた。

「任せておけ! どんな罠が張られていようと、妾とレオン、そして最強の戦乙女たちが揃っておるんじゃ。全部まとめて、正面から粉砕してやるわい!」

「ああ。ローゼリア、そしてエインヘリアルの皆。共に、この宙域の平和を守り抜こう」

レオンもまた、先ほどまでのタジタジとした態度は消え失せ、英雄としての誇り高い顔つきで応えた。

女性しかいない艦での、カルチャーショックとインフラの欠如という強烈な洗礼を受けた若き英雄。

だが、彼らが背中を預け合うことへの信頼に、揺るぎはない。

銀河最強の極彩色の翼と、蒼銀の閃光は、次なる死地——罠が張り巡らされたアステロイドベルトへと向けて、固い決意と共に進み続けるのであった。

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