第三幕 第三十八話:三つ巴の星海と、割れた連合国
「——次元跳躍、終了。本艦エインヘリアル、連邦国宙域の境界座標に到着しました」
ロスヴァイセの滑らかなアナウンスと共に、母艦エインヘリアルのブリッジを包んでいた眩い光が収束する。
エーベルヴァイン帝国から遠く離れた、多種多様な星系が密集する広大な領域。新たな依頼と未知の強敵を求め、意気揚々と乗り込んできたローゼリアたちであったが——メインモニターに映し出された外の景色を見た瞬間、ブリッジにいた全員が息を呑み、言葉を失った。
「……なんじゃ、これは。お祭りでもやっておるのか?」
漆黒の特等席に座るローゼリアが、呆然と呟く。
「マスター。お祭りではありません。……これは、完全なる『戦時配備』です」
ナビゲーションAI・バハムートの合成音声が、冷たく事実を告げた。
メインモニターには、連邦国宙域の玄関口とも言える広大な宇宙空間が広がっていた。だが、そこは平和な星間国家の交易路などではなく、一触即発の火薬庫と化していた。
広大な宙域を三つに切り裂くように、無数の艦隊群が陣形を組んで睨み合っているのだ。
レーダーの光点は文字通り星の数ほどあり、大型の戦艦から機動力に優れた小型の突撃艦、さらには無数のマギアナイト部隊が、それぞれの勢力の境界線に沿ってビッシリと防衛線を構築している。
通信回線には、各勢力が発する威嚇の暗号通信やジャミングのノイズが飛び交い、今にもどこかで火蓋が切られそうなピリピリとした緊張感が、分厚い装甲越しにも伝わってくるようだった。
「……おいおい、平和維持評議会からの依頼と聞いていたが。すでに国が真っ三つに割れて、内戦一歩手前じゃないか」
ブリュンヒルデ団長が、指揮杖でコンソールを叩きながら舌打ちをする。
「団長、帝国を出立する前の情報と状況が大きく異なっていますわ。この数週間の間に、連邦国で一体何が……」
白を基調とした戦乙女の制服をスタイリッシュに着こなしたロスヴァイセが、困惑したように情報を再精査する。
「アルティナ、シエラ。周辺のネットワークに潜り込んで、現在の連邦国の勢力図と情勢を大至急洗い出せ」
「了解。……まったく、どこのネットワークもファイアウォールをガチガチに固めてるわね。でも、私とシエラちゃんにかかればこんなもの……ビンゴよ」
アルティナが白い制服の袖を揺らしながらタブレットを高速で弾き、シエラがそのデータをエインヘリアルのメインモニターに投影する。
モニターに映し出された連邦国宙域の星図は、見事に三つの色——赤、青、黒——に塗り分けられていた。
「解析完了しました。現在、かつての『星間連邦国』という単一の統治機構は完全に崩壊し、三つの巨大な派閥に分裂して抗争状態にあるようです」
シエラが無表情のまま、淡々と報告を始める。
「管理者の消滅によるパワーバランスの崩壊が、連邦国内のくすぶっていた火種を一気に燃え上がらせたのね。……三つの勢力、それぞれの内訳はこうよ」
アルティナが解説を引き継ぐ。
「一つ目は、赤い星域。**『旧連邦国統一派』**。
彼らは、これまでの各星系の自治に任せる緩やかな議会制では、非常時に対応できないと主張しているわ。強力な中央集権国家を樹立し、武力による全星系の完全統一を掲げるタカ派ね。旧連邦国の正規軍の大部分を吸収していて、軍事力では間違いなく最大勢力よ」
「力で無理やり一つにまとめようとするなど、反発を招くだけじゃろうに」
ローゼリアが腕を組む。
「二つ目は、黒い星域。**『旧連邦国過激派』**。
ここはもっと厄介よ。管理者の不在による混沌に乗じて、連邦国の富と権力を奪おうとする過激な思想家、旧帝国軍の残党、大規模な海賊連盟などが手を組んだ寄り合い所帯。確固たる理念というよりは、略奪と破壊、そして『古代の遺産』の独占を目論むテロリストの集団ね。戦法もゲリラ的で、非常に好戦的よ」
「……で? 肝心の我々の雇い主はどこなんだ?」
ブリュンヒルデが問う。
「三つ目、青い星域です。**『旧連邦国保守派』**。我々の依頼主である『平和維持評議会』の高官は、この派閥の筆頭です」
シエラが青い星域を拡大する。
「保守派は、各星系の自治権を重んじ、従来の議会制民主主義と対話による平和解決を維持しようとしています。……しかし、武力による統一を掲げる統一派と、テロを繰り返す過激派に挟まれ、防衛軍や私兵、そして傭兵を雇って辛うじて国境線を維持しているのが現状です」
「なるほどな。対話を望みながらも、武力を持たねば国を維持できない。だからこそ、銀河最強と名高い我々、戦乙女に、大枚を叩いて特使の護衛と厄介事の処理を依頼してきたというわけだ」
ブリュンヒルデは、三色に塗り分けられた星図を眺め、獰猛な笑みを浮かべた。
「泥沼の政治闘争と三つ巴の冷戦。……最高にキナ臭い、傭兵の稼ぎ場にふさわしい盤面じゃないか」
「(……まさに、大型オンラインゲームで新しい拡張パッケージが実装された直後のようなカオスっぷりじゃな。三つの勢力が入り乱れる勢力戦イベント……限界ゲーマーの血が騒ぐわい!)」
ローゼリアもまた、この複雑極まる状況にワクワクを隠しきれず、真紅の瞳をキラキラと輝かせていた。
『——所属不明の黒い艦影に告ぐ。こちらは旧連邦国保守派、第七防衛艦隊。貴艦は現在、当派閥の警戒宙域に侵入している。直ちに所属と目的を明かされたし。応じない場合は、敵対勢力とみなし攻撃を開始する』
ブリッジの通信回線に、緊張を孕んだ男の声が響いた。
モニターには、青い塗装を施された数隻の巡洋艦が、エインヘリアルに対して砲門を向けている映像が映し出される。
「ご挨拶ね。こちらが助っ人に来てあげたというのに」
アルティナが肩をすくめる。
「通信を繋げ。……こちらは『エーベルヴァイン帝国公認・独立傭兵団エインヘリアル』。平和維持評議会・保守派筆頭の依頼により参じた。これより、貴艦隊の誘導に従い、合流ポイントへ向かう」
ブリュンヒルデが堂々とした声で返答する。
数秒の沈黙の後、通信の向こう側から、目に見えて安堵したような声が返ってきた。
『……エインヘリアル! おお、お待ちしておりました! 私は保守派筆頭の特使護衛を任されている、艦隊司令のバルトと申します。……現状を見ての通り、我が保守派は統一派と過激派の両面から圧力を受け、非常に厳しい状況にあります。貴方方のような実力者の到着は、まさに干天の慈雨です』
「随分と切羽詰まっておるようじゃな。それで? 依頼にあった『特使の護衛』とやらは、どこへ向かえば良いのじゃ?」
ローゼリアが通信に割り込む。
『あ、あなたが、噂に聞く“銀河最強の死神”殿ですね。……我々保守派の特使は現在、中立宙域である巨大コロニー『エデン』において、統一派の代表と“一時停戦”のための極秘会談を行う予定となっています。しかし、その会談を良しとしない過激派、あるいは統一派の強硬派が、特使の命を狙っているという確かな情報があるのです』
「なるほど。会談の場までの護衛と、交渉中の安全確保というわけか。……もう一つの依頼、『古代遺跡の調査』とやらは?」
ブリュンヒルデが問う。
『それこそが、現在の膠着状態を打破する最大の懸念事項です。……過激派の連中が、連邦国宙域の辺境にある未踏の星系で、旧帝国時代のものと思われる大規模な“遺跡”を発掘しているようなのです。そこから、未知の次元干渉波が観測されている。彼らがそこで“何か”の兵器を起動させれば、この三つ巴の均衡は崩れ、保守派は真っ先に焼き払われるでしょう』
「(ふむ。特使の護衛クエストと、古代遺跡の探索&過激派討伐クエストが同時進行というわけか。やりごたえのあるシナリオじゃ)」
ローゼリアは、脳内でクエストリストを更新するように頷いた。
「詳しい話は、そちらの旗艦で直接聞こう。案内を頼む」
『了解しました。我が艦隊の中央へお入りください。特使の乗る座乗艦までご案内します』
エインヘリアルは、保守派の巡洋艦群に周囲を囲まれるようにして、彼らの防衛ラインの内側へとゆっくりと進んでいった。
「三つ巴の内戦状態ですか。……ローゼリア、くれぐれも警戒を怠らないでくださいね。いつ、どこから敵の砲火が飛んでくるか分からない状況です。移動中も、私が必ずあなたの隣で盾を構えますから」
ブリッジの片隅で、白い制服を着たリアンヌが、ローゼリアの小さな手を握り締めながら真剣な顔で言う。
「お主は過保護すぎるぞ、リアンヌ。エインヘリアルの中にいる時くらいは気を抜け。それに、この最強の母艦の装甲を抜けるような奇襲など、そうそうあるものか」
ローゼリアは苦笑しながらも、リアンヌの温かい手を振り払うことはしなかった。
「お姉様! もしその特使とやらが無礼な輩であれば、私がベルフェゴールのレーザーで丸焼きにして差し上げますわ! お姉様を利用しようなどという虫のいい話、私が許しません!」
エリーゼが、白い制服のフリルを揺らしながら鼻息を荒くしている。
「特使を丸焼きにしたら依頼失敗だろうが。エリーゼ、お前は少し血の気が多すぎる。少しはアルティナの冷静さを見習え」
「あら、私もローゼリアに危害を加えるような奴がいたら、即座に生命維持装置のネットワークをハッキングして、宇宙の塵にしてあげるつもりよ?」
アルティナが、美しい笑顔で恐ろしいことを言う。
「どいつもこいつも物騒すぎるわ!」
ローゼリアは頭を抱えた。
そんな騒がしい戦乙女たちを他所に、レガリアは腕を組み、モニターに映る『古代遺跡』の座標データをじっと見つめていた。
「……レガリア。何か気になることでも?」
シエラが、無機質な声で問いかける。
「ええ。この過激派が発掘しているという古代遺跡の座標。……私のデータバンクと照合したのだけれど、ここはかつて、私たち管理者が三次元宇宙に干渉するための『中継プラント(ゲート)』を建造しようとして、途中で放棄した場所だわ」
「中継プラント? それは、あのバカでかい神機ゼウスみたいなものが出てくるということか?」
ローゼリアが身を乗り出す。
「いいえ。プラント自体は未完成よ。でも、そこに残されている『次元干渉ジェネレーター』を暴走させれば、局地的に空間の位相をずらし、大規模な時空震を引き起こすことは可能よ。……もし過激派がそれを兵器として使おうとしているなら、保守派の艦隊など一瞬で飲み込まれるわ」
「(……なるほどな。過激派の連中は、管理者の遺物を拾って一発逆転の大量破壊兵器を作ろうとしているわけか。典型的な悪役のムーブじゃな)」
「放置しておけば、我々の雇い主が消し飛び、報酬がパーになるということだな。……特使の護衛を終え次第、その遺跡とやらは早急に調査し、制圧する必要がある」
ブリュンヒルデが冷徹に判断を下す。
エインヘリアルが保守派の艦隊の中央へと進み、特使が乗ると思われる巨大な豪華客船(を改装した非武装の座乗艦)へと接近しつつあった、その時である。
『——警告! 空間の位相に異常な魔力波長を検知! 敵機、ワープアウトしてきます!』
バハムートの合成音声が、ブリッジに甲高く響き渡った。
「何っ!? この保守派の厳重な警戒網の内側に、直接ワープしてきたじゃと!?」
ローゼリアが目を丸くする。
『空間座標、エインヘリアルおよび特使の座乗艦の直上! 数、二十! 機影データ照合……旧連邦国軍の強襲用マギアナイトです! 所属識別信号は……『旧連邦国統一派』!』
シエラがコンソールを叩きながら叫ぶ。
「統一派の強硬部隊か! まさか、会談の前に特使の首を物理的に刎ねに来たというのか!」
ブリュンヒルデが舌打ちをする。
モニターには、空間の歪みから次々と姿を現す、赤と黒に塗装された無骨なマギアナイト部隊が映し出されていた。彼らは出現と同時に、特使の座乗艦と、そのすぐそばにいたエインヘリアルに向けて、一斉にミサイルの雨とビームの十字砲火を浴びせてきた。
『敵襲ゥゥッ!! 迎撃網展開しろ! 特使の艦を守れ!』
通信回線から、保守派のバルト司令の悲痛な叫びが聞こえるが、保守派の巡洋艦群は外側を警戒していたため、内側に突突如現れた敵への対応が完全に遅れていた。
「ふはははっ! さすがは混沌の連邦国宙域! 挨拶代わりの奇襲とは、なかなかにスリリングな歓迎をしてくれるではないか!」
ローゼリアは、怯えるどころか、真紅の瞳に獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な光を宿し、漆黒のパイロットスーツを翻して立ち上がった。
「団長! 雇い主の特使殿が目の前でスクラップにされては、傭兵の面目丸潰れじゃ! 妾たちが出撃して、あの無作法な輩どもを掃除してくるぞ!」
「許可する。……我がエインヘリアルの戦乙女の力、連邦国の連中に骨の髄まで思い知らせてこい!」
ブリュンヒルデが指揮杖を振り下ろす。
「行くぞ、お前たち! 最初の任務は、特使の絶対防衛じゃ!!」
「「「了解!!」」」
白い制服に身を包んだ戦乙女たちが、一斉にブリッジからハンガーへと駆け出していく。
リアンヌの純白の盾が、エリーゼの黄金の砲身が、アルティナの電子の刃が、新たな戦場での初陣を待ちわびていた。
三つ巴の勢力が睨み合う、混沌の連邦国宙域。
その複雑に絡み合った陰謀の糸を、銀河最強の傭兵団の圧倒的な武力と、極彩色の八つの翼が、今、強引に断ち切ろうとしていた。




