第三幕 第三十七話:平穏なる帝国と、次なる空への招待状
宇宙の因果律を書き換え、すべてを無に帰そうとした狂気の神々——管理者の四柱が消滅してから、数ヶ月の時が流れた。
神の不在は、三次元宇宙に劇的な変化をもたらした。
これまで彼らの見えざる手によって操られ、エーベルヴァイン帝国を裏から脅かしていた反帝国組織や宇宙海賊たちは、突如として強大な後ろ盾と兵器の供給元を失い、完全な統制を喪失した。
さらには、宇宙の各所に隠匿されていた旧帝国の自動防衛システムや『レギオン』の残党たちも、上位次元からの命令を受信できなくなり、活動を停止するか、無目的な暴走を繰り返すだけの烏合の衆と化していた。
この好機を、銀河最強の傭兵団が見逃すはずがなかった。
「そこじゃ! 右舷に逃げようとする海賊船、一隻たりとも逃がすな!」
『了解ですわ、お姉様! ベルフェゴール、全砲門一斉射撃! 消え去りなさい!』
漆黒の悪魔『ルシフェル』が戦場を駆け抜け、高密度対艦ブレードで敵旗艦を真っ二つに両断する。
それに呼応するように、エリーゼの『ベルフェゴール』が放つ極太の黄金レーザーが、逃走を図っていた海賊の艦隊を宇宙の塵へと変えていく。
「敵のジャミング、完全に無効化しました。……ふふっ、この程度の暗号化で私から隠れられると思わないことね」
「ハルファスの支援に感謝するわ、アルティナ。……照準固定。狙い撃つ」
アルティナの『ハルファス』が敵のシステムを電子の海で制圧し、完全に動きの止まった敵艦の動力炉を、オルトリンデの『ジークルーネ』が遥か彼方から放つ圧縮魔力の狙撃で正確に射抜く。
「オラオラァ! 観念して武装を捨てな! 抵抗する奴は残らず鉄くずにしてやるぜ!」
「粗大ゴミはまとめて片付けますわ。さあ、大人しくお縄につきなさいな」
ランドグリーズの『グリムゲルデ』が重機関砲の弾幕で敵陣を制圧し、ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』が強固な魔力防壁で味方を守りながら、優雅に降伏勧告を発する。
「殿下、残る敵の拠点はあと三つです! 我が質量で強行突破します!」
「無理は禁物ですよ、ウルスラ! 敵の残存火力が集中しています。私が前に出ます!」
ウルスラの『ミネルヴァ』が分厚い重装甲を活かして敵の要塞に突撃をかけ、そこに集中する砲火を、リアンヌの『ブラン』が展開する純白の絶対守護防壁がすべて弾き返す。
そして、その完璧な盾の背後から、ローゼリアのルシフェルが致命の一撃を見舞うのだ。
『……拠点内の敵性反応、完全に沈黙。作戦完了です。ローゼリア、お見事です』
シエラの『アリス・レギオン』が、冷徹かつ正確な索敵データで戦場を完全に支配し、作戦の終了を告げる。
このような一方的とも言える掃討戦が、帝国宙域のあちこちで連日繰り広げられた。
戦乙女たちの圧倒的な武力と、神々との決戦を経てさらに強固になった完璧な連携の前に、敵対勢力は文字通り手も足も出なかった。
結果として、わずか数ヶ月という短期間で、エーベルヴァイン帝国宙域に巣食っていた敵性勢力は完全に一掃された。
海賊は根絶やしにされ、不穏分子は一網打尽にされ、帝国は建国以来かつてないほどの『完全なる掌握と平和』を手に入れたのである。
帝都アエテルガルドは、完全なる平和の到来を祝う祝賀ムードに包まれていた。
母艦エインヘリアルも帝都のメインドックに帰還し、戦乙女たちは久しぶりの長期休暇を満喫していた。
『ああああっ! 私の可愛い可愛いローゼリア! よくぞ、よくぞ帝国に完全な平和をもたらしてくれました! 姉は、姉は誇らしくて涙が止まりません! 今すぐその小さな身体を抱きしめて、頬ずりしてあげたいわ!』
エインヘリアルの居住区画、メインラウンジ。
大型モニターに映し出された、エーベルヴァイン帝国の絶対君主たるフェイト女帝が、威厳などかなぐり捨ててホログラム越しに妹へと手を伸ばしていた。
「あー、わかった、わかったから姉上、少し落ち着くのじゃ。通信越しに抱きつこうとしても虚空を掴むだけじゃぞ」
ローゼリアは、ソファに座りながら呆れたようにため息をついた。
『落ち着いてなどいられません! 神とやらを倒し、海賊どもを殲滅したあなたの功績は、帝国史に永遠に刻まれるべきものです! 報酬として、国家予算の数パーセントに匹敵する特別ボーナスをエインヘリアルの口座に振り込んでおきました! 好きな星を二、三個買って、そこにあなた専用の遊園地でも作りなさい!』
「星を買うって……相変わらずスケールがおかしいのじゃ、姉上は」
ローゼリアが苦笑いをして通信を切ると、ラウンジには再び、戦乙女たちの騒がしくも穏やかな日常の空気が戻ってきた。
「ふふふ。さすがはフェイト陛下、ローゼリアへの溺愛ぶりは相変わらずですね」
ローゼリアのすぐ隣に座り、甘い香りを漂わせながら微笑みかけてきたのは、元第1柱の管理者であり、今やエインヘリアルの立派なクルーとなったレガリアであった。
彼女は、黒を基調としたスリムな旧帝国の軍服を美しく着こなし、その金髪金眼の神々しい美貌をこれでもかとローゼリアに近づけてくる。
「ローゼリア。少し肩が凝っているのではないかしら? 私が揉んであげるわ。……それとも、この温かい紅茶を、私の口移しで飲んでみる?」
レガリアは、豊満な胸元をローゼリアの腕にそっと押し当てながら、妖艶な笑みを浮かべた。
「ぶふっ!? な、何を言うておるんじゃレガリア! 口移しなど、そんな破廉恥な真似ができるわけなかろう!」
中身は前世で恋愛経験の乏しい限界ゲーマーの男であるローゼリアにとって、この金髪金眼の絶世の美女からのダイレクトな誘惑は、心臓のキャパシティを容易く限界突破させる破壊力を持っていた。顔を真っ赤にして後ずさりしようとするが、ソファの端に追いやられて逃げ場がない。
「あら、破廉恥かしら? 私はただ、あなたにもっと『人間の温かさ』を教えてあげたいだけなのだけれど」
レガリアがさらに顔を近づけようとした、その瞬間。
「レガリアさん!! 抜け駆けは許しません!!」
ダンッ! と、ローゼリアとレガリアの間に、**白を基調とした戦乙女の制服**に身を包んだリアンヌが割って入った。
「ローゼリアの唇と貞操は、この私が盾として死守いたします! たとえ元女神であろうと、これ以上の接近は副団長権限で禁止です!」
リアンヌは、洗練された白い制服の胸を張り、ローゼリアを背中に庇いながらレガリアに向かって威嚇するように仁王立ちした。
「ふふっ。相変わらずガードが堅いわね、リアンヌ。でも、ローゼリアの隣は誰の特等席でもないはずよ? 魅力的なアプローチで彼女の心を射止めた者が勝つ……それが三次元のルールでしょう?」
レガリアは余裕の笑みを崩さず、黒い軍服と対照的な白い制服のリアンヌの牽制を優雅にいなす。
「お二人とも! お姉様を挟んで火花を散らすなど言語道断ですわ! お姉様の隣は、毎日愛を込めてお食事を作っているこの私の定位置です!」
そこへ、お揃いの**白を基調とした制服**に可愛らしいフリルのエプロンを重ねたエリーゼまでが乱入してくる。
「はいはい、あんまりローゼリアを困らせないの。……と言いつつ、私も便乗しちゃおうかしら」
アルティナが白い制服の袖を揺らし、クスクスと笑いながらローゼリアの背後から抱きつき、銀色の髪を擦り寄せてくる。
「ふふっ、殿下は相変わらず大人気ですわね。私たちも混ざりましょうか?」
ロスヴァイセがおっとりと笑い、白を基調とした制服をスタイリッシュに着こなすウルスラやランドグリーズ、オルトリンデたちも楽しそうにその光景を見守っている。
「人間の愛情表現および独占欲の発露。……未だに論理的解釈が困難です。しかし、マスターの心拍数と体温が異常な数値まで上昇していることは確認できます。医療ポッドの手配が必要ですか?」
部屋の隅でタブレットを操作していたシエラが、無表情のまま的確なツッコミを入れた。
「い、医療ポッドなどいらん! お主ら、少し離れろ! 暑苦しいわ!」
ローゼリアは真っ赤な顔をして叫びながらも、内心では(眼福すぎて死にそうじゃが……こういう平和な騒がしさも、悪くない)と、密かに頬を緩めていた。
狂った神々との死闘を乗り越え、勝ち取った平穏。この愛すべき日常が永遠に続けばいいと、ローゼリアは心の底から思っていた。
しかし、銀河最強の傭兵団の平穏は、そう長くは続かなかった。
プシュッ、とラウンジの自動扉が開き、重厚な足音が響き渡った。
「——どうやら、ゆっくりとお茶を飲んでいる暇はなくなったようだな」
黒い軍用コートを翻し、威風堂々と姿を現したのは、我らが傭兵団の絶対的指揮官、ブリュンヒルデ団長であった。
彼女はここ数日、帝都の中枢や裏社会のネットワークを駆け回り、今後の傭兵団の動きについて様々な情報収集と交渉を行っていたのだ。
団長のその声のトーンに、戦乙女たちは一瞬にしてじゃれ合いをやめ、白い制服の背筋を伸ばし、傭兵としての真剣な顔つきへと戻った。
「団長。何か厄介事か?」
ローゼリアがソファから立ち上がり、襟を正して尋ねる。
「ああ。遊びの時間は終わりだ、お前たち。全員、直ちにブリッジへ集合しろ。……次の任務のブリーフィングを行う」
数分後。
エインヘリアルのブリッジのメインモニターには、エーベルヴァイン帝国の広大な版図と、それに隣接するさらに巨大な星系群の立体地図が投影されていた。
「エーベルヴァイン帝国宙域は、お前たちの活躍により、かつてないほどの平和を取り戻した。帝国軍の警備も行き届き、もはや我々のような荒くれ者の傭兵が出る幕はほとんどない」
ブリュンヒルデは、指揮杖でホログラムの地図の一部——帝国の版図の外側を指し示した。
「だが、宇宙は広い。管理者が消滅したことで、宇宙全体のパワーバランスが大きく崩れた。……帝国の外、多種多様な種族と国家が寄り集まって形成されている巨大な星間同盟……『連邦国宙域』において、現在、極めて不穏な動きが観測されている」
「連邦国宙域……。帝国とは違い、明確な絶対君主がおらず、各星系の自治権が強いために、常に小競り合いが絶えない混沌とした領域ですわね」
ロスヴァイセが、蓄積された知識をもとに静かに補足する。
「その通りだ。連邦国の内部で、管理者消滅の混乱を好機と見た不穏分子が、大規模な反乱やテロを画策しているという情報がある。さらに……」
ブリュンヒルデは、モニターに奇妙な波長のグラフを映し出した。
「連邦国宙域の国境付近において、所属不明の武装艦隊の暗躍と、かつての『管理者』が使用していた次元干渉兵器の残滓ともとれる、異常な魔力反応が複数回にわたって観測されているのだ」
その報告に、ローゼリアとレガリアの目の色が鋭く変わった。
「管理者の残滓じゃと? 奴らは特異空間で完全に消滅したはずじゃが……」
「……ええ。五柱のコアは確実に破壊されたわ。でも、彼らが三次元宇宙に残していた『遺産』や『実験施設』が、誰かの手に渡った可能性はある」
レガリアが、眉をひそめながら答える。
「そうだ。そして、その事態を重く見た連邦国の『平和維持評議会』の高官から、我々エインヘリアルに直接、極秘の依頼が舞い込んだ」
ブリュンヒルデは、腕を組み、戦乙女たち全員を見渡した。
「依頼内容は二つ。一つは、不穏分子の標的となっている連邦国特使の絶対護衛。そしてもう一つは、異常な魔力反応の震源地である『古代遺跡』の調査と、脅威の完全排除だ」
ブリッジに、静かな緊張感が走る。
それはつまり、勝手知ったる帝国の庭を離れ、法も秩序も曖昧な他国の領域へ踏み込むことを意味していた。
補給線も伸び、帝国軍の支援も期待できない、完全なアウェーでの戦いとなる。
「帝国宙域を出て、他国の厄介事に首を突っ込むことになる。危険な仕事だ。報酬はフェイト陛下が出してくれた額に負けず劣らず莫大だが……どうする、ローゼリア。そしてお前たち」
ブリュンヒルデは、敢えて選択を部下たちに委ねた。
平穏な帝国で、莫大な資金を使ってのんびりと暮らすこともできる。あえて火中の栗を拾う必要はないのだ。
だが、ローゼリアの真紅の瞳には、一切の迷いはなかった。
「決まっておろう、団長」
ローゼリアは、不敵な笑みを浮かべ、拳を手のひらに打ち付けた。
「平和な日常も良いが、ずっと寝ていては妾のルシフェルが鈍ってしまうからのう。それに、困っている者がいて、莫大な報酬が出て、しかも未知の強敵が待っているかもしれないとなれば……そこへ赴いて派手に暴れ回るのが、我々傭兵の流儀というものじゃ!」
「その通りです! ローゼリアが赴く場所が、私の戦場です。いかなる未知の領域であろうと、私の純白の盾が必ず道を切り開いてみせます!」
リアンヌが、力強く胸を叩く。
「お姉様の行くところ、たとえ火の中水の中、連邦国の果てまでお供いたしますわ!」
「新しい星系のネットワークにハッキングするのも、悪くないわね。私の電子戦の腕の見せ所じゃない」
「私の論理演算と知識も、必ずあなたたちの役に立ててみせるわ」
「……武装の最終点検、いつでも完了できます」
エリーゼ、アルティナ、レガリア、シエラ、そしてすべての戦乙女たちが、次々とローゼリアの言葉に賛同し、力強い闘志を見せた。
「……フッ。言われるまでもないことだったな。やはりお前たちは、最高に狂った、自慢の部下たちだ」
ブリュンヒルデは、心底楽しそうに美しい笑みを浮かべた。
「総員、出航準備! 行き先は帝国国境を越え、連邦国宙域! 我々エインヘリアルの新たな戦いの幕開けだ!」
『『『了解!!』』』
数時間後。
帝都アエテルガルドの巨大なメインドックから、一隻の漆黒の母艦が静かに抜錨した。
「機関良好、魔力ジェネレーター出力安定。……次元跳躍システム、スタンバイ完了ですわ」
ロスヴァイセの滑らかなアナウンスがブリッジに流れる。
ローゼリアは、ブリッジの特等席から、遠ざかる美しい帝国の星々を見つめていた。
神々との死闘を乗り越え、守り抜いた故郷。
だが、彼女の視線はすでに、その先にある未知の空へと向けられていた。
(新たな戦場、新たな任務。……そして、まだ見ぬ強敵。限界ゲーマーの血が騒ぐのじゃ!)
隣には、**白を基調とした凛々しい戦乙女の制服**に身を包み、決意に満ちた表情で前を見据えるリアンヌがいる。
背後には、騒がしくも頼もしい仲間たちが、それぞれの持ち場で計器と向き合っている。
「次元跳躍、開始!」
ブリュンヒルデの号令と共に、エインヘリアルの周囲の空間が眩い光に包まれる。
七つの極彩色の翼と、漆黒の悪魔。そして新たに加わった二つの力を乗せた銀河最強の傭兵団は、次なる波乱と冒険が待ち受ける連邦国宙域へと向けて、時空の壁を越えて勇ましく飛翔していった。




