第三幕 第三十六話:狂神の宴と、極彩色の反逆
特異空間の最深部——宇宙の物理法則が完全に崩壊し、あらゆる光と闇が渦を巻いてドロドロに混ざり合う『終焉の渦』。
万物を原子の塵へと還元し、世界を初期状態へと書き換える「強制初期化」のエネルギーが、まさに臨界点に達しようとしているその中心に、彼らは待ち構えていた。
エインヘリアルのメインモニターに映し出されたのは、宇宙の暗黒を背景にそびえ立つ四本の巨大な光の柱。
そして、その柱の前に浮かび上がる、四つの高次元生命体のホログラムであった。
『——来たか、特異点。そして忌まわしき下位次元の羽虫ども』
赤黒いオーラを纏い、筋骨隆々の巨漢の姿をとる第3柱・ケイオス。その声には、かつての管理者としての冷静さは微塵もなく、ただ純粋な破壊衝動と殺意だけが煮えたぎっていた。
『計算外の連続、論理の崩壊。……あなたたちの存在そのものが、この美しいシステムに対する最大の汚染よ。今ここで、塵一つ残さず消毒してあげるわ』
氷のように冷たい視線を向けるのは、銀髪を鋭く束ねた第5柱の女神・シグリス。
『ふふふっ、第1柱と第2柱がやられたのは計算外だったけれど、所詮は彼らの演算能力が劣っていただけのこと。この特異空間はすでに私の庭。あなたたちに逃げ場はないわ』
ピエロのような道化の衣装を纏い、狂気的な甲高い笑い声を上げる第7柱・ナージャ。
『……世界再建の手足を失い、円卓を追われた我々の屈辱。そのすべてを、初期化の光と共に清算させてもらう。この宇宙ごと、永遠の無に帰るがいい』
そして、ローブで顔を深く隠し、陰湿な暗黒の魔力を漂わせる第6柱・ヘンドリクセン。
四柱の神々は、すでに「世界の管理者」という役割を完全に放棄していた。彼らを突き動かしているのは、自分たちの予測を悉く覆したローゼリアたちに対する強迫観念と、システムの頂点から引きずり下ろされたことへの身勝手な憎悪のみであった。
「……随分と大層な御託を並べてくれるが、要するに負け惜しみじゃろう? 真正面から勝てなくなったからといって、盤面ごとひっくり返そうとするなど、生命体として最低の行為じゃ」
漆黒の悪魔『ルシフェル』のコックピットで、ローゼリアは対艦ブレードを構え、不敵な笑みを浮かべた。
「お前たちのくだらない八つ当たりで、妾たちの愛する世界を終わらせてたまるものか。……全員、ここでスクラップにしてやるわい!」
『——愚かな。神の怒りを、その身で味わうがいい!』
ケイオスの咆哮と共に、特異空間のエネルギーが爆発的に膨張した。
四柱の管理者の肉体が光の粒子となって収束し、四機の巨大な超次元マギアナイト——『神機』となって顕現する。
第3柱ケイオスの神機『アレス』。四本の腕を持ち、それぞれに真紅の魔力大剣を握る破壊の鬼神。
第5柱シグリスの神機『アポロン』。背部に黄金の光輪を背負い、無数の砲門を備えた純白の天使。
第7柱ナージャの神機『アルテミス』。銀色の流線型の装甲を持ち、空間のあちこちに自身の幻影を投影する幻惑の狩人。
第6柱ヘンドリクセンの神機『ハデス』。実体を持たず、黒い霧のように空間そのものと一体化する暗黒の巨兵。
「なっ……! ヘンドリクセンの奴、空間そのものを隔離しようとしていますわ!」
アルティナがハルファスの機内から悲鳴のような警告を上げる。
ヘンドリクセンの『ハデス』が黒い霧を広げた瞬間、戦場全体の空間が三つの巨大な「閉鎖次元」へと分割され始めたのだ。戦乙女たちを分断し、各個撃破しようという算段である。
『……そうはさせないわ。あなたたちのシステムは、もう私にとっては古いのよ』
エインヘリアルのブリッジから、レガリアの凛とした声が響く。
彼女とリンクしたシエラのアリス・レギオンが、膨大な電子戦リソースを解放し、分割されようとする空間の境界線に物理的な「楔」を打ち込んだ。
「空間の完全な隔離を阻止。……通信および魔力リンクの維持に成功しました。ですが、物理的な距離の分断までは防ぎきれません。各個での交戦状態に移行します」
シエラの冷静な報告が響く。
「上等じゃ! 互いの背中は見えなくとも、心は繋がっておる! お前たち、それぞれの担当エリアの神を確実にぶち殺せ!」
「「「了解!!」」」
ローゼリアの号令と共に、戦場は三つの激しい局地戦へと移行した。
「あははははっ! 遅い遅い! そんな鈍重な動きで、私のアルテミスを捕まえられると思っているの!?」
三つに分断された空間の一つ。
そこでは、第7柱ナージャの乗る神機『アルテミス』が、数十機にも及ぶ完全な幻影を作り出し、全方位からレーザーの雨を降らせていた。
「くそっ、ちょこまかと! 当たれえええっ!」
ランドグリーズの『グリムゲルデ』が、両腕の重機関砲から実弾の弾幕をばら撒くが、銃弾はアルテミスの残像をすり抜けるばかりで、一向に本体を捉えられない。レーダーにはすべてが実体として誤認されており、物理的な破壊力を持つ砲弾が虚空を切り裂くだけだった。
「ランドグリーズ、焦らないで。敵の狙いは、私たちの弾薬と魔力を浪費させることですわ」
ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』が、機体の周囲に広域の魔力防壁を展開し、ナージャのレーザーを相殺しながら冷静に忠告する。
「そうは言ってもよ! レーダーには全部本物として映ってやがるんだ! どいつを狙えばいいんだよ!」
『……風を、読みます』
最後方で、長大なマナ・スナイパーライフルを構えるオルトリンデの『ジークルーネ』が、静かに通信回線に声を乗せた。
「風? この宇宙空間でか?」
『はい。空間が歪められているとはいえ、神機が移動する際、必ず微細な魔力の「波」が生じます。……ロスヴァイセ。最大出力で、広域の魔力探査フィールド(ソナー)を展開してください』
「……なるほど。波紋で本物の位置をあぶり出すのですね。お任せなさい!」
ロスヴァイセは、ヘルムヴィーゲの魔力ジェネレーターを全開にし、自らの魔力を薄い霧のようにして戦域全体へと拡散させた。
ナージャの幻影たちは魔力の霧をすり抜けるが、質量を持った「本物のアルテミス」が移動した軌跡にだけ、水面に石を投げ入れたような魔力の波紋が生じた。
「見えたぜ! あそこの右斜め上だ!」
ランドグリーズが叫ぶ。
「あははっ! 見つけたところで、当てられるものなら……!」
ナージャが嘲笑いながら急速回避行動に入ろうとした、その瞬間。
『——捕まえました』
オルトリンデの瞳が、ジークルーネのスコープの奥で冷たく光った。
コンマ一秒の隙を縫うように放たれた、圧縮魔力の極大狙撃。それは、ナージャが「回避行動をとった後の座標」を完全に先読みした、神業とも言える一撃であった。
「な……!?」
ズガァァァァァンッ!!
アルテミスの流線型の装甲に、必殺の一撃が深々と突き刺さる。
機動力を奪われ、空間に縫い留められた神機に対し、ランドグリーズが狂喜の笑みを浮かべてグリムゲルデの全砲門を向けた。
「これでチェックメイトだ、ピエロ野郎! あたしたちの火力を舐めんなァァッ!!」
グリムゲルデの全弾発射と、ロスヴァイセのヘルムヴィーゲが展開した追撃の魔法陣が、アルテミスを完全に包み込む。
狂気的な笑い声は断末魔の悲鳴へと変わり、第7柱は自らの幻影と共に宇宙の塵となって消え去った。
「計算通り。あなたたちの装甲強度と回避パターンなら、次の私の攻撃で消滅するわ」
第二の戦域では、第5柱シグリスの神機『アポロン』が、背部の光輪から太陽フレアにも匹敵する極大の熱線を放射し続けていた。
「くぅぅっ……! 装甲表面温度、危険域! このままでは溶かされます!」
ウルスラの『ミネルヴァ』が、分厚い追加装甲を盾にして熱線を耐え凌いでいるが、その装甲はすでに赤熱し、限界を迎えるのは時間の問題だった。彼女のミネルヴァは、元より拠点防衛用に特化した重装甲を誇るが、それでも神機の放つ恒星クラスの熱量には徐々に削られていく。
「おのれ……! あの女狐、高みの見物で一方的に撃ち下ろしてくるなんて、万死に値しますわ!」
エリーゼの『ベルフェゴール』も、熱線の嵐に阻まれて得意の超火力レーザーを撃ち込む隙を見出せないでいた。
アポロンの攻撃は、単なる力押しではない。シグリスの完璧な論理演算によって、アルティナたちが次にどこへ逃げるかを先読みし、あらかじめその座標に熱線の弾幕を張っているのだ。
「……私の予測演算が、負けてる……? くっ、なんて処理能力なのよ……!」
アルティナが『ハルファス』のコックピットでコンソールを叩きながら歯噛みする。
相手はシステムの戦術・論理演算を司る神機。電子戦のスペシャリストであるアルティナでさえ、その圧倒的な処理速度の前にハッキングの糸口を掴めずにいた。
『……アルティナ。焦らないで』
その時、アルティナの脳内に、レガリアの落ち着いた声が直接響いた。
『シグリスは、常に「最適解」を選択するわ。でも、それは裏を返せば、彼女の思考は最も「素直」だということ。……彼女の予測システムに、論理的にあり得ない「ノイズ」を混ぜなさい』
「論理的にあり得ないノイズ……?」
アルティナの赤い瞳が、ハッと見開かれた。
「そうか! 自分たちの機体のスペック情報を、わざと低く偽装して送り込めば……!」
アルティナは、ハルファスとミネルヴァ、ベルフェゴールの機体の「限界出力」や「スラスターの加速性能」のデータを、実際よりも三十パーセント低く改竄した偽装データを、アポロンのセンサーへと強引に流し込んだ。
『……対象の機動性能、低下を確認。エネルギー切れね。次の一撃で終わらせるわ』
シグリスは、その偽装データを疑うことなく信じ込み、アポロンの全砲門を次なる予測座標へと収束させた。
「今よ、ウルスラ! エリーゼ! フルブースト!!」
アルティナの叫びと共に、三機は偽装データ以上の、本来の限界出力を解放して一気に加速した。
『なっ……!? 予測座標から逸脱!? なぜ、そんな出力が……!?』
シグリスの完璧な論理演算が、初めて致命的なエラーを起こした。熱線は三機の遥か後方の虚空を焼き焦がすのみ。
「殿下への不敬、我が質量をもって贖いなさい!!」
ウルスラのミネルヴァが、限界を超えた突撃でアポロンの懐に飛び込み、その強固な重装甲の盾で巨大な砲身を物理的に跳ね上げた。
アポロンの胸部装甲が、完全に無防備に晒される。
「お姉様への愛の重さ、その身で味わいなさいなあああっ!!」
エリーゼのベルフェゴールが、六基の次元断裂砲とすべてのエネルギーを一点に集中させた黄金のレーザーを放つ。
「計算、不能……!」
シグリスの最期の言葉と共に、論理の神機アポロンは、エリーゼの愛という名の理不尽な超火力によって胸部を貫かれ、大爆発を起こして四散した。
そして、最も熾烈を極めていたのは、ローゼリアとリアンヌが対峙する第三の戦域であった。
「オラァァァッ!! どうした特異点! お前の反射神経はそんなものか!!」
第3柱ケイオスの神機『アレス』。
四本の巨大な腕が振るう真紅の魔力大剣は、ただ力任せなだけではなく、空間そのものを切り裂くほどの圧倒的な破壊力を秘めていた。
ズガガガガガッ!!
「ちぃっ! なんという手数じゃ! 息をつく暇もないわい!」
漆黒の『ルシフェル』を駆るローゼリアは、スラスターを極限まで吹かして四本の剣による連続攻撃を回避していくが、特異空間の歪みも相まって、完全には避けきれない。神機の持つデタラメな出力の前に、あと一歩のところで剣圧が装甲を掠める。
「させません!!」
ローゼリアの死角から迫る致命的な一撃を、純白の機体『ブラン』が専用シールドを掲げて弾き返す。
ガギィィィンッ!!
凄まじい衝撃波が戦域を揺るがし、リアンヌのブランが大きく後退する。
「リアンヌ! 無理をするな! 奴の攻撃は重すぎる!」
「大丈夫です! このシールドは、アイテールでフィーネ班長が旧帝国の特殊合金で強化してくれた最高傑作。……それに、私はローゼリアの盾。私の背後にあなたがいてくださる限り、絶対に砕けはしません!」
リアンヌの言葉には、微塵の揺らぎもなかった。
アレスの猛攻を、時にはいなし、時には正面から受け止め、ルシフェルへのダメージを完全にゼロに抑え込んでいる。彼女の操縦技術と献身は、ケイオスの神機の圧倒的暴力を前にしても一歩も引くことはなかった。
『小賢しいハエが! 盾ごと粉砕してやる!!』
ケイオスが激昂し、アレスの四本の腕の剣を一本の極大の刃へと融合させた。
特異空間のエネルギーを限界まで吸い上げた、星すらも両断するであろう一撃。
「リアンヌ! 退け! あれは防げん!!」
ローゼリアが叫ぶ。
だが、リアンヌは退かなかった。
彼女は、コックピットの中で自らの全魔力……生命力すらも削り出すようにして、ブランのシールド出力を臨界点まで引き上げた。
「私の……ローゼリアへの想いは……こんな刃になど、絶対に負けない!! 『絶対守護防壁』!!」
純白の機体から、まばゆいほどの黄金の光が溢れ出し、巨大な防壁となってアレスの極大剣を真正面から受け止めた。
メメリ、とシールドの表面に亀裂が走る。
リアンヌの機体の各所から火花が吹き上がる。
だが、純白の盾は、決して崩れなかった。ケイオスのすべてを賭けた破壊の一撃を、完全にその場で食い止めたのだ。
『な、馬鹿な……!? 下位次元の装甲が、私の神技を……!?』
ケイオスが驚愕に動きを止めた。
「よく耐えてくれた、リアンヌ!! 後は妾に任せろ!!」
その一瞬の隙。
リアンヌの背後から、漆黒の悪魔が限界を超えた加速で飛び出した。
「お前たちの理不尽なゲームは、これで終わりじゃあああっ!!」
ルシフェルの右腕に展開された高密度対艦ブレードが、紅蓮の魔力を纏ってアレスの腕を斬り飛ばす。
さらに、背部の次元断裂砲が至近距離から火を噴いた。
「妾の最強の盾の硬さ、思い知ったか阿呆め!!」
空間そのものを抉り取る次元の奔流が、アレスの胴体を深々と貫く。
破壊の狂気に囚われていた第3柱ケイオスは、自らの力を遥かに上回るローゼリアの「矛」とリアンヌの「盾」の連携の前に、完全なる敗北を喫し、凄まじい爆発と共に消滅した。
「はぁ、はぁ……っ。やった……やりましたよ、ローゼリア!」
リアンヌが、熱を帯びたシールドを下ろし、通信回線越しに満面の笑みを浮かべる。
「うむ! お前の盾のおかげじゃ。最高のエスコートじゃったぞ、リアンヌ」
ローゼリアもまた、ルシフェルのコックピットで親指を立てた。
その時、エインヘリアルのブリッジから、シエラとブリュンヒルデの声が届いた。
『——第7柱、第5柱、第3柱の生体反応ロストを確認。各戦域の勝利を報告します』
『さらに、空間操作を行っていた第6柱ヘンドリクセンですが……レガリアとシエラのハッキングにより神機ハデスのコアを暴走させられ、自滅したことを確認しました』
その報告に、三つの戦域に分かれていた戦乙女たちの間に、割れんばかりの歓声が響き渡った。
「(ふぅ……これで、四柱すべてを撃破した。ついに、世界を脅かす管理者のシステムは完全に沈黙したということじゃな)」
ローゼリアは、大きく息を吐き出し、特異空間の歪みが徐々に晴れていくのを見つめた。
狂気に囚われた神々が消滅したことで、宇宙の初期化エネルギーは行き場を失い、静かに霧散していく。
「お疲れ様でした、ローゼリア。……怪我はありませんか?」
リアンヌのブランが、ルシフェルの隣へと並ぶ。
「ああ、お前のおかげで無傷じゃ。……さて、アイテールに帰って、約束通り美味いもんでも食うとするかのう」
「はいっ!」
絶対的な力を持っていた神々。
彼らの理不尽な振る舞いを打ち破ったのは、神の力ではなく、共に背中を預け合い、信じ抜いた戦乙女たちの強固な『絆』であった。
宇宙の命運を懸けた最終決戦は、銀河最強の傭兵団の完全勝利によって幕を閉じた。
しかし、彼女たちの騒がしくも愛おしい日常は、これからもずっと続いていく。
特異空間の闇を切り裂くように、極彩色の八つの翼が、母艦エインヘリアルへと向かって凱旋の光の尾を引いていった。




