第三幕 第三十五話:神の告白と、純白の盾の焦燥
幻の補給廠『アイテール』での短い、しかし濃密な休息時間は終わりを告げた。
エインヘリアルのメインハンガーには、活気に満ちた整備班の怒号と、魔力ジェネレーターが力強く駆動する重低音が響き渡っていた。
「よし! 第五ハッチの装甲板、分子接合完了! 魔力伝導率一〇〇パーセントだ!」
「弾薬コンテナ、全機フルロード! 予備の冷却液も限界まで積んだぜ!」
油に塗れた作業着姿のフィーネが、ハンガーの中央で満足げに腕を組んでいた。
彼女の背後には、戦乙女たちのマギアナイトが立ち並んでいる。絶対的な神機との死闘や、特異空間での連戦でボロボロになっていた装甲は新品同様に輝き、リアンヌのブラン・ゼファーが失っていた専用シールドも、旧帝国の高純度マテリアルを用いて以前よりも強固に再構築されていた。
『——総員に告ぐ。出撃まで残り三〇分。各パイロットは機体の最終チェックを済ませ、スタンバイしろ』
艦内放送から響くブリュンヒルデ団長の声には、最終決戦へ向けた静かな、しかし熱い闘志が込められている。
漆黒の悪魔『ルシフェル』の足元で、ローゼリア・エーベルヴァインはタブレットを片手にバハムートとの最終リンクテストを行っていた。
「……よし。魔力回路の応答速度、通常時より〇・五秒も速い。フィーネの奴、徹夜で完璧に仕上げてきおったな」
かつてはただの青年であったローゼリアにとって、自分の手足となる機体が万全の状態に戻ったことは、何よりも心強い。これなら、あの理不尽な神様どもが相手でも、存分に己の操縦技術を叩きつけることができる。
「……ローゼリア。少し、いいかしら」
背後からかけられた静かな声に、ローゼリアは振り返った。
そこに立っていたのは、元第1柱の管理者——金髪金眼のスタイル抜群の美女、レガリアであった。
彼女は、アイテールに備蓄されていた旧帝国の軍服(女性用のスリムなデザイン)に身を包んでいた。純白のドレス姿も神々しかったが、漆黒の軍服を着こなす彼女は、その息を呑むようなプロポーションと相まって、冷徹な女将校のような極上の色気を放っていた。
「(……ッ!! だから、いちいち破壊力が高すぎるんじゃこの女神は!!)」
前世は平凡な青年であったローゼリアは、再び心臓を爆速で跳ね上がらせながらも、表面上は銀河最強のエースとしての威厳を保ち、コホンと咳払いをした。
「おお、レガリアか。軍服もよく似合っておるな。……お主も、ブリッジで電子戦のサポートをしてくれるんじゃったな」
「ええ。アルティナやシエラとリンクして、特異空間のノイズを相殺するわ。……私自身の戦闘能力はゼウスと共に失われたけれど、システムへの干渉権限ならまだ残っているから」
レガリアは、少しだけ躊躇うように視線を伏せ、それからゆっくりとローゼリアとの距離を詰めてきた。
周囲では整備班が慌ただしく動いているが、二人の周囲だけが、まるで防音フィールドでも張られたかのように静まり返っているような錯覚を覚える。
「……どうかしたのか? そんなに真剣な顔をして」
ローゼリアが首を傾げると、レガリアはローゼリアの小さな両手を、自らの白魚のような手でそっと包み込んだ。
「ひゃうっ!?」
予想外のスキンシップに、ローゼリアは変な声を出してしまった。
「……ローゼリア。私は、システムとして生まれ、数え切れないほどの時間を『円卓』で過ごしてきた。宇宙の事象をただ数字として処理し、文明の興亡を無感情に見下ろしてきたわ」
レガリアの金色の瞳が、至近距離でローゼリアを真っ直ぐに見つめる。
その瞳には、かつての冷徹な機械の光はなく、人間としての温かく、そして熱を帯びた感情が揺らめいていた。
「でも、あなたに出会って、私は敗北し……そして、この船で『人間の温度』を知った。一緒にお湯に浸かり、食事をし、仲間を思いやる温かさを」
レガリアは、ローゼリアの手に自らの頬をすり寄せるようにして、甘い吐息を漏らした。
「あなたが、私を『好みの姿形』だと言ってくれた時……私のシステムに、これまで経験したことのないエラーが生じたわ。それは、狂おしいほどの歓喜と、そして、あなたを失うかもしれないという『恐怖』」
「レ、レガリア……?」
「生きて帰ってきて、ローゼリア」
レガリアの言葉は、切実な祈りのようであった。
「あなたが狂った四柱を討ち果たし、この宇宙の平和を取り戻したその後の世界……そこに、あなたがいてくれなければ、私が得たこの『心』には意味がないの。……戦いが終わったら、もっとあなたのことを教えてほしい。あなたの隣に、私という存在を置くことを……許してほしいの」
それは、紛れもない**『告白』**であった。
神の長であった絶対の存在が、一人の少女に対して、その身も心も捧げんとするほどの強烈な好意の表明。
あまりにも好みのど真ん中を貫く美女からの、あまりにも真摯なアプローチ。
「(……致死量じゃ。妾の男としてのキャパシティが、完全にバグって爆散しそうじゃ……!!)」
ローゼリアの頭の中は、歓喜とパニックで完全にショートしかけていた。
前世で一度もモテたことのない青年が、絶世の美女からこんな言葉をかけられれば、平常心でいられるはずがない。顔は茹でダコのように真っ赤になり、目線は完全に泳いでいる。
だが、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
自分は銀河最強の死神であり、皆の希望を背負うエースなのだ。
ローゼリアは、必死に深呼吸をし、震えそうになる声帯を魔力で強引に制御して、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「……ふっ。心配性じゃな、レガリア。妾を誰だと思っておる」
ローゼリアは、包み込まれていた手を引き抜き、逆にレガリアの顎をクイッと持ち上げた。
(背伸びをしてようやく届く身長差であったが、そこは気合でカバーした)
「妾は絶対に負けん。あの理不尽な神様どもを全員ぶちのめして、必ずこの船に帰ってくる。……お前のその美しい姿を、隣でじっくりと拝ませてもらうためにな」
「……ローゼリア」
レガリアの頬が真っ赤に染まり、その瞳が潤む。神であった彼女が、完全に「恋する乙女」の顔になっていた。
「(なっ……!!?)」
その会話のすべてを、ルシフェルの整備用コンテナの陰から、目を皿のようにして立ち聞きしていた者がいた。
純白の盾、リアンヌ・ヴァーミリオンである。
彼女は、出撃前にローゼリアに新調されたシールドの仕上がりを見てもらおうとウキウキでやってきたのだが、そこで信じられない光景を目撃してしまったのだ。
「(あ、あのレガリアさんが……ローゼリアに、あんな熱烈な愛の告白を!? しかも、ローゼリアも顎クイなんていう高度なテクニックでそれに応えているなんて!?)」
リアンヌは、持っていたヘルメットをギリィッと握り締めた。
彼女にとって、ローゼリアは絶対に守るべき主であり、恩人であり、そして誰よりも特別で愛おしい存在である。もちろん、ローゼリアが魅力的である以上、他の戦乙女たち(特にエリーゼなど)が好意を寄せるのは理解しているし、ある程度は容認もしている。
だが、相手はつい先日まで敵の親玉だった「超絶スタイルの元女神」である。
しかも、大人の色気と妖艶さでは、リアンヌですら一歩譲らざるを得ないほどの圧倒的な美貌。その彼女が、あんなにもストレートに、しおらしくローゼリアに想いを伝えているのだ。
「(……っ! 負けてはいられません! ローゼリアの隣は、一番近くで背中を守る私の特等席なんだから!)」
リアンヌは、嫉妬と焦燥感、そして正妻としてのプライドを胸に、コンテナの陰からわざとらしく大きな足音を立てて歩み出た。
「ゴホンッ!!」
不自然なほど大きな咳払いに、ローゼリアはビクッと肩を揺らし、レガリアからパッと手を離した。
「リ、リアンヌ!? お主、いつからそこに……」
「今来たところです!! ローゼリア、出撃の時間が迫っています! 最終確認を急がないと!」
リアンヌは、ローゼリアとレガリアの間にズカズカと割って入り、ローゼリアを背中側へと庇うように立った。
そして、レガリアに向けて、ニコリともしない真剣な瞳で牽制の視線を送った。
「レガリアさん。あなたの電子支援には期待していますが……ローゼリアの心身の安全と『隣』は、この私が死守いたしますので、ご安心を」
「……あら。頼もしい副団長殿ね」
レガリアは、リアンヌの明らかな敵意に気づきながらも、余裕の微笑みを崩さなかった。
「でも、ローゼリアを愛おしく思う気持ちは、誰にも制限されるべきものではないわ。……戦いが終わったら、お互い正々堂々と、彼女の隣を『奪い合い』ましょう?」
「……っ! 望むところ!」
バチバチバチッ!
二人の美女の間に、特異空間のノイズよりも激しい、目に見えない火花が散りまくっている。
「(い、居心地が悪い……! なぜ出撃前にこんな修羅場みたいな空気に……!)」
ローゼリアは、二人の背後で完全に縮こまり、冷や汗を流していた。前世が男である彼女にとって、美女二人に取り合われるというのは夢のようなシチュエーションであるはずなのだが、いざ現実に起こると、プレッシャーで胃が痛くなりそうだった。
そこへ、艦内放送が再び響き渡る。
『——総員、機体へ搭乗しろ。これより本艦はアイテールを抜錨し、特異空間の深淵へと再突入する』
「お、お前たち! 団長の命令じゃ! 行くぞ!」
ローゼリアは、この気まずい空気から逃れるように、そそくさとルシフェルのコックピットへとよじ登った。
「……ふふっ。では、後ほど。武運を祈っているわ、リアンヌ」
レガリアが優雅に一礼し、ブリッジへと向かって歩き出す。
「……ええ。私の活躍を特等席から存分に見せつけてやります!」
リアンヌもまた、メラメラと闘志を燃やしながら自らのブラン・ゼファーへと向かった。
エインヘリアルの巨大なハッチが開き、外に広がる歪んだ特異空間の景色がモニターに映し出される。
コックピットの中で、ローゼリアは深呼吸を一つした。
先ほどの修羅場騒動のおかげで、不思議と決戦前の過度な緊張は完全に抜け落ちていた。
(……まったく、妾の仲間たちはどいつもこいつも重すぎる愛を持っておるわ。じゃが、その重さが、今は心地よい)
彼女たちが待っていてくれる。
帰るべき場所があり、隣で笑い合いたいと真っ直ぐに願ってくれる者たちがいる。
これほど強い「生きて帰る理由」はない。
『マスター。特異空間の物理定数変動、ブリッジのレガリア殿およびシエラ機とのリンクにより、一〇〇パーセント補正完了。……いつでもいけます』
バハムートの頼もしい声が脳内に響く。
「よし。ルシフェル、魔力ジェネレーター全開! 次元断裂砲、スタンバイ!」
隣を見れば、純白のシールドを構えたリアンヌのブラン・ゼファーが、そして後方にはアルティナ、エリーゼ、ウルスラ、シエラたちの極彩色の機体が、完璧な陣形を組んで待機している。
ブリュンヒルデ団長の、最後にして最大の出撃命令が下る。
『——目標、特異空間の深淵に潜む残存四柱。これより、我々エインヘリアルは宇宙の命運を懸けた最終殲滅戦へと移行する』
ローゼリアは、真紅の瞳に確かな闘志を宿し、操縦桿を力強く握り込んだ。
『銀河最強の翼たちよ、神々の理不尽な振る舞いを完全に粉砕し……必ず生きて帰還せよ! 出撃!!』
「行くぞ、お前たち!! 妾たちの愛する世界を守り抜くのじゃ!!」
カタパルトから凄まじい魔力の奔流が噴き出し、漆黒の悪魔が先陣を切って飛び出す。
それに続く七つの光の尾。
幻の補給廠での休息と、仲間たちとの(少し重すぎる)絆の確認を経て。
万全の態勢を取り戻した戦乙女たちは、宇宙の法則を消去せんとする狂気の神々を討ち果たすため、最後の戦場である混沌の深淵へと、勇ましく飛翔していった。




