第三幕 第三十一話:戦乙女の密室尋問と、遺伝子レベルのアイデンティティ
巨大商業コロニー『アヴァロン』での、リアンヌとの束の間の休息を終え、母艦エインヘリアルへと帰還したローゼリア。
コロニーのネオンを背に、エインヘリアルのメインハッチをくぐったリアンヌの顔は、これ以上ないほどに蕩けていた。彼女の腕の中には、ローゼリアがクレーンゲームで一発で仕留めた『純白の騎士のマスコットぬいぐるみ』が、まるで国宝か何かのように大事に抱えられている。
「ローゼリア。本日は誠に、誠に夢のような時間をありがとうございました……! 私はこれから自室に戻り、このマスコットを祭壇に飾り、祈りを捧げてから出撃の準備に入ります!」
「お、おう。祈りはほどほどにして、しっかり休むんじゃぞ」
スキップでもしそうなほどに浮かれた足取りで去っていくリアンヌの後ろ姿を見送り、ローゼリアはホッと息を吐いた。
「(……ふぅ。過保護すぎるきらいはあるが、リアンヌのあんな笑顔が見られたなら、慣れないゴスロリ衣装を着た甲斐もあったというものじゃ。さて、妾も部屋に戻って、決戦前に一眠りするとしようかのう)」
心地よい疲労感と共に居住区画の廊下を歩き、自室の自動扉の前に立った、その時である。
「——確保」
「捕まえましたわよ、お姉様!!」
「ひゃうっ!?」
背後から忍び寄っていた二つの影に、ローゼリアは両脇をガシッと固められた。
振り返る間もなく、自動扉がスライドして開き、そのままズルズルと自室の中へと引きずり込まれる。
バタン、と扉が閉まり、ロックがかけられた。
「な、なんじゃ!? 敵襲か!?」
「いいえ、身内による厳正なる『異端審問』ですわ」
パチン、と部屋の明かりが点く。
そこに立っていたのは、腕を組み、般若のような凄まじい形相でローゼリアを見下ろすエリーゼと、手元のタブレットを意味深に操作しながら眼鏡(伊達)をくいっと押し上げるアルティナの二人であった。
「エ、エリーゼにアルティナ? お主ら、なぜ妾の部屋に……というか、その怖い顔はどうしたんじゃ?」
ローゼリアが後ずさりすると、エリーゼが一歩、ズンッと重い足取りで距離を詰めてきた。
「……お帰りなさいませ、お姉様。随分と……随分と、お楽しみだったようですわね」
「ヒッ……」
エリーゼの瞳のハイライトが完全に消え去っている。その背後には、まるで怨霊のオーラのようなドス黒い何かが渦巻いていた。
「あの金髪巨乳の女狐……ッ!! 抜け駆けをしてお姉様と二人きりでデートなどと、言語道断ですわ! さあ、お姉様、正直に吐きなさい! あの女に何をされましたの!? どこか汚されてはいませんわよね!?」
「お、汚されるってなんじゃ! 誤解を招くような言い方をするでない!」
エリーゼはローゼリアの両肩を掴み、ガクガクと前後に揺さぶり始めた。
「唇は奪われていませんか!? 妙な薬を飲まされて、既成事実を作られたりはしていませんわよね!? お姉様のその可憐なゴスロリ姿……私が選んだ服に対抗して、あえてそのように着飾らせて街を連れ回すなど……くっ、あの女狐め、絶対に許しませんわ!! 消毒です! 今すぐお姉様を全身消毒しなければ!!」
「目が回る! エリーゼ、落ち着け! 何もされとらん! ただゲームセンターに行って、カフェでパフェを食っただけじゃ!」
ローゼリアの言葉に、エリーゼの手がピタリと止まる。
「……ゲームセンター? パフェ? なんですの、その古典的かつ健全すぎるデートコースは」
「だから健全だと言っておろうが! 妾たちはただ、コロニーの空気を楽しんだだけじゃ!」
ローゼリアが息を整えながら抗議すると、今度は背後からアルティナがスッと歩み寄ってきた。
彼女はタブレットの画面にペンを走らせながら、冷静な、しかしどこか熱を帯びた声で問い詰めてくる。
「落ち着きなさい、エリーゼ。……で、実際のところどうなの、ローゼリア? 手くらいは繋いなんでしょ?」
「て、手は……まあ、人混みではぐれんように、な」
ローゼリアが少し顔を赤くして視線を逸らすと、アルティナのペンがシュタタタッ! と猛烈な勢いでタブレットを叩いた。
「(メモメモ)なるほど、人混みを口実にした自然なスキンシップ……と。で? カフェでは向かい合って座ったの? それとも隣? パフェは別々に頼んだの? それとも『あーん』とかしちゃったりしたわけ?」
「なっ……!? なぜお主がそれを知っておるんじゃ! 監視カメラでも仕込んでおったのか!?」
「カマをかけたらあっさり自白したわね。……ふふっ、あの堅物のリアンヌが、白昼堂々そんな大胆な行動に出るなんて。データとして非常に興味深いわ」
アルティナは、してやったりという顔で眼鏡を光らせた。
「お主なぁ……。さっきからなんなんじゃ。エリーゼがヤキモチを焼いて暴走するのはいつものことじゃから百歩譲って理解できるが、なぜアルティナまでそんなに妾とリアンヌの進展(?)を気にするんじゃ?」
ローゼリアが呆れたようにため息をつくと、アルティナはタブレットを下ろし、心底不思議そうな顔をした。
「当然じゃない。私としては、あなたたち二人の関係の進展は『死活問題』なのよ」
「死活問題?」
「忘れたの、ローゼリア?」
アルティナは、自らの金色の髪と、少しつり上がった紫色の瞳を指差した。
「私はもともと、ユグドラシルの非合法研究施設で造られた強化人間。……誰の遺伝子をベースに造られたかと言えば、『特異点』であるあなたの魔力情報と、最強の騎士であるリアンヌの肉体情報を掛け合わせて生み出された存在なんだから」
「——あ」
その言葉を聞いた瞬間、ローゼリアは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「(……そ、そうじゃったあああああっ!!!)」
ローゼリアの脳内に、すっかり忘却の彼方に追いやられていたアルティナの初期設定がフラッシュバックする。
かつてローゼリアたちがユグドラシルと敵対していた時にアイドルとして活躍していたアルティナを撃破した際に、保護したのが彼女だった。敵組織は、銀河最強のパイロットであるローゼリアの圧倒的な魔力と、リアンヌの強靭な肉体スペックを融合させた最強の生体兵器を造ろうとしていたのだ。
それが、アルティナである。
「(い、いや待て! ということは、遺伝子レベルで見れば、アルティナは『妾とリアンヌの子供』みたいな立ち位置ということになるではないか!?)」
中身は男であるローゼリアにとって、「リアンヌとの間に娘がいる」という事実は、脳の処理能力を完全にオーバーフローさせる案件であった。
「……だからね」
ローゼリアが内心でパニックを起こしていることなど露知らず、アルティナは真剣な顔でローゼリアの肩に両手を置いた。
「遺伝子上の親……というと言葉が悪いけれど、私のオリジナルである二人が、これからどういう関係になっていくかっていうのは、私のアイデンティティにも直結する重大事項なのよ。もし二人が不仲になったら、私の存在意義がブレちゃうじゃない。だから、責任持ってちゃんとイチャイチャして、仲を深めてくれないと困るの」
「い、イチャイチャを強制される親の身にもなってみろ! そもそも妾たちは別に付き合っておるわけでは……!」
「——くっ……!!」
ローゼリアのツッコミを遮るように、突然、部屋の隅でワナワナと震えていたエリーゼが、血の涙を流さんばかりの形相で顔を上げた。
「お姉様の遺伝子と、あの女狐の遺伝子を掛け合わせた……だと……ッ!?」
「エ、エリーゼ?」
「羨ましすぎますわ!! なぜ!! なぜ旧帝国の研究員は、そこに私の遺伝子も一つまみブレンドしてくれなかったのですか!! 私とお姉様の愛の結晶(強化人間)が生まれる可能性もあったというのに!! 旧帝国の無能!!」
「キレる方向がおかしいぞエリーゼ!! そもそもお主の遺伝子を混ぜたら、情報過多で強化人間が爆発してしまうわ!」
ローゼリアは、斜め上の方向に発狂し始めたエリーゼに必死のツッコミを入れた。
### プレゼントの発覚と、お土産の平和的解決
「……はぁ、はぁ。取り乱しましたわ。遺伝子のことは、とりあえず今は置いておきます」
エリーゼは乱れたプラチナブロンドの縦ロールを優雅に整え直し、再び般若の顔へと戻った。
「問題は、今日のデートですわ。……お姉様。あんなにデレデレと蕩けた顔で帰ってきたということは、あの女狐に何か『貢ぎ物』をしたのではありませんこと?」
「貢ぎ物などという人聞きが悪い言い方をするな! クレーンゲームで取ったぬいぐるみをやっただけじゃ!」
「なんですって……!?」
エリーゼの顔が、今度こそ本物の絶望に染まった。
「お姉様直々の……クレーンゲームでの獲得景品……! プライズという名の愛の証……! わ、私には!? 私には何もありませんの!? 毎日毎日、お姉様のためにご飯を作り、お風呂の温度を測り、パジャマのアイロンがけまでしているこの私には、何一つお土産がないと仰るのですか!?」
ポロポロと、大粒の涙がエリーゼの瞳からこぼれ落ちる。
嫉妬と悲しみに暮れる過激派オタクの泣き顔を見て、ローゼリアは激しい罪悪感に苛まれた。
「あーっ! 待て待て、泣くでない! ちゃんとある! お主らにもお土産はちゃんと買ってあるんじゃ!」
ローゼリアは慌てて空間収納ポケットを開き、コロニーの有名洋菓子店でこっそり購入しておいた、最高級の『星間マカロン詰め合わせボックス』を取り出した。
「ほれ! エリーゼには、お主がずっと気になっておった『アヴァロン・スイーツ』の限定マカロンじゃ! アルティナには、徹夜の電子戦作業のお供になる、高純度カフェイン入りの特製コーヒー豆じゃ!」
「っ! お姉様……!!」
エリーゼはマカロンの箱を見た瞬間、涙を引っ込め、花が咲いたような満面の笑みでローゼリアに抱きついた。
「ああ、お姉様! 私のためを思って、わざわざ並んで買ってくださったのですね! このマカロン、防腐処理を施して一生飾っておきますわ!」
「いや、食え。賞味期限は明日までじゃ」
「ふふっ、気が利くじゃないローゼリア。……親としての責任、少しは果たしてくれたみたいね」
アルティナも、コーヒー豆の袋を受け取りながら、嬉しそうに目を細めた。
「だから親ではないと言うに……」
ローゼリアは、左右から抱きついてくる二人(エリーゼからは強烈なハグ、アルティナからは肩への寄りかかり)を受け止めながら、深く、しかしどこか満たされたため息をついた。
過保護で、嫉妬深くて、遺伝子レベルで関係性がこじれている、騒がしい仲間たち。
中身が限界ゲーマーの男であるローゼリアにとって、この美少女たちに囲まれる日常は、心臓に悪いイベントの連続である。
だが。
「(……悪くない)」
これから向かうのは、狂気に囚われた五柱の神々が待ち受ける、宇宙の深淵。
世界そのものを消去しようとする、理不尽極まりない最終防衛ライン。
そんな絶望的な決戦を前にして、こうして下らないことで騒ぎ、嫉妬し、笑い合える「日常」があることが、どれほど自分たちの心を救ってくれているか。
アルティナもエリーゼも、本当は決戦の緊張と恐怖を紛らわせるために、こうしてローゼリアの部屋に押しかけ、いつも通りの「戦乙女の日常」を演じてくれていたのだと、ローゼリアは悟っていた。
「……お主ら、本当にしょうがない奴らじゃ。だが、妾の愛する自慢の翼じゃよ」
ローゼリアは、エリーゼの頭を優しく撫で、アルティナの背中をポンポンと叩いた。
「さあ、甘いものを食って、コーヒーを飲んで、英気を養うぞ。あの引きこもりの神様どもを全員ぶちのめして、またこの騒がしい日常に戻ってくるためにな!」
「はいっ! お姉様の行く道、私がすべて切り開いてみせますわ!」
「ええ。私の電子戦で、神々のシステムなんて丸裸にしてあげる」
二人の戦乙女が、力強く頷いた。
その時。
部屋のスピーカーから、エインヘリアル全域に響き渡る艦内放送が鳴った。
『——総員に告ぐ。次元跳躍エンジンの調整、および魔力充填、一〇〇パーセント完了』
ブリュンヒルデ団長の、低く、しかし闘志に満ちた威厳ある声。
『目標、次元の狭間——特異空間。これより、我々エインヘリアルは、狂気に囚われた五柱の管理者を討ち果たすため、時空の壁を突破する!』
ローゼリア、エリーゼ、アルティナの三人は、顔を見合わせ、そして同時に立ち上がった。
先ほどまでのじゃれ合いの空気は完全に消え去り、そこにあるのは、銀河最強の傭兵としての研ぎ澄まされた戦士の顔であった。
『戦乙女各機、出撃準備に入れ。……神々の理不尽なゲーム盤を、我々の手で完全に粉砕する時だ!』
「行くぞ、お前たち!」
ローゼリアが先頭に立ち、部屋の扉を開け放つ。
宇宙の命運を懸けた、真の最終決戦。
世界を消去しようとする神々の悪意に対し、極彩色の翼と漆黒の悪魔は、強固な絆という絶対の盾を掲げ、次元の深淵へと勇ましく飛び立っていくのであった。




