第三幕 第三十話:決戦前の休息と、純白の盾との逢瀬
狂気に囚われた五柱の神々が潜伏する、宇宙の深淵——『次元の狭間』。
そこへ続くゲートを物理的にこじ開けるため、母艦エインヘリアルは現在、中立宙域にある巨大商業コロニー『アヴァロン』に寄港し、次元跳躍エンジンの最終調整と物資の補給を行っていた。
「エンジンのチューニングと魔力充填には、きっちり二四時間かかる。……それが終われば、泣いても笑っても神様どもとの最終決戦だ。総員、それまではコロニーに降りて、しっかりと英気を養ってこい」
ブリュンヒルデ団長の粋な計らい(という名の強制休暇命令)により、戦乙女たちはそれぞれ休息の時間を過ごすこととなった。
機体の調整につきっきりでフィーネの助手を務めるシエラ、新しい兵装のテストに余念がないウルスラやアルティナ、そしてレガリアの「人間界の常識」の教育係として付きっきりになったロスヴァイセやエリーゼ。
そんな中、見事にスケジュールを調整し、ただ一人「筆頭パイロットの護衛任務」という名目でローゼリアとの一対一の時間を勝ち取った者がいた。
純白の盾たる副団長、リアンヌ・ヴァーミリオンである。
「お待たせいたしました、ローゼリア!」
コロニー『アヴァロン』のメインゲート前。
待ち合わせ場所に現れたリアンヌの姿を見て、ローゼリアの心臓は、またしてもドクンと大きく跳ね上がった。
「(……なんという破壊力じゃ!)」
普段の凛々しい騎士の制服とは全く違う、オフショルダースタイルの純白のワンピース。
彼女の持ち味である豊満な胸元が上品に強調され、歩くたびにふわりと揺れるスカートの裾からは、健康的に引き締まった美しい脚が覗いている。金色の髪はハーフアップにまとめられ、少しだけ頬を染めて微笑むその姿は、街ゆく人々の視線を一手に集めるほどの圧倒的な美しさだった。
レガリアの「ドストライク」な妖艶さとはまた違う、王道の、そして太陽のような眩しさを放つヒロインの姿。
前世は平凡な青年であったローゼリアの中身は、心の中でスタンディングオベーションを送っていた。
「ど、どうでしょうか……? おかしくないですか? エリーゼに選んでもらったのですが、少し布の面積が少ないような気がして……」
リアンヌは恥ずかしそうに身をよじり、上目遣いで尋ねてくる。
「いや、最高じゃ! お主の魅力を一二〇パーセント引き出しておるぞ! 素晴らしいの一言に尽きる!」
ローゼリアが興奮気味に鼻息を荒くして褒め称えると、リアンヌの顔はさらに真っ赤に染まった。
「あ、ありがとうございます……! ローゼリアのそのお召し物も、本当にお似合いですよ。……ああ、なんて可愛らしいのでしょう!」
一方のローゼリアは、リアンヌが昨晩のうちに「明日は絶対にこれを着てください」と半ば強引に置いていった、真紅と黒を基調としたゴシック調の可愛らしいドレスを着せられていた。
華奢で小柄な体型と、銀糸の髪に恐ろしいほどマッチしており、まるでおとぎ話から抜け出してきたお姫様のような出で立ちである。
「(まあ、中身が男の妾としては少し居心地が悪いが……このリアンヌの眼福な姿を独り占めできるデート代と思えば、安いものじゃな)」
「さあ、ローゼリア! 本日はこのリアンヌが、あなたの盾として、そしてエスコート役として、完璧な休日をご提供いたします! まいりましょう!」
リアンヌは、嬉しさを隠しきれない様子でローゼリアの小さな手を取った。
コロニーの商業エリアは、多種多様な種族とネオンの光で賑わっていた。
美少女二人(しかも片方は圧倒的プロポーションの美女)が手を繋いで歩いているのだから、当然のように周囲の注目を集める。
すれ違う男たちが、デレデレとした顔でローゼリアやリアンヌに視線を向けてくる。
「……チッ。どこの馬の骨とも知れぬ輩が、私の主にいやらしい視線を……。全員の眼球をくり抜いてやりましょうか」
「リ、リアンヌ。お主から漏れ出ている殺気が凄まじいぞ。すれ違う者が皆、道を譲ってしまっておるではないか」
過保護すぎるリアンヌは、ローゼリアに向けられる視線に対しては親鳥のように威嚇し、自分に向けられる視線には全く気づいていない。
そんな彼女の不器用で真っ直ぐな愛情が、ローゼリアには少しだけむず痒く、そして心地よかった。
### アミューズメントエリアの覇者
「おおっ! リアンヌ、あれを見るのじゃ!」
ローゼリアの真紅の瞳が、ネオンサインのひときわ眩しい一角を捉えて輝いた。
そこは、コロニー内でも最大級のアミューズメント施設——ゲームセンターであった。
「……遊技場、ですか。確かにローゼリアは、自室でもよく画面に向かっておられましたね」
「うむ! このような大型施設に来たのは久しぶりじゃ! リアンヌ、少し寄っていくぞ!」
ローゼリアはリアンヌの手を引き、ゲームセンターの中へと飛び込んだ。
最新鋭のVR筐体から、レトロな対戦格闘ゲームまで、多種多様なゲームが立ち並んでいる。
「ふはははっ! 血が騒ぐわい! まずはあれじゃ!」
ローゼリアが目をつけたのは、最新型のガンシューティングゲーム。
……しかし、これは手元のレバー操作ではなく、「実際に重いモデルガンを持って、体を動かして狙い撃つ」タイプの体感型ゲームであった。
「(ふっ。マギアナイトの操縦で培った妾の動体視力があれば、こんなもの余裕じゃ!)」
ローゼリアは自信満々にモデルガンを構え、コインを投入した。
ゲームスタート。画面の四方八方から敵が飛び出してくる。
ローゼリアの脳内では、完璧なタイミングで銃を振り向き、的確にヘッドショットを決める自身の姿が描かれていた。
——だが、彼女は忘れていた。生身の自分は「極限の運動音痴」であることを。
「そこじゃ! ……あ、あれ? 銃が重……ひゃうっ!」
モデルガンの重量に振り回されたローゼリアは、見事にバランスを崩し、一発も撃てないまま筐体に顔面から激突した。
画面には、無情にもゲームオーバーの文字が点滅する。
「ロ、ローゼリア!? 大丈夫ですか!?」
「……うぅ……。リアンヌ、これは見なかったことにしてくれ……」
真っ赤な顔をして涙目になるローゼリアを、リアンヌは「可愛い……!」と内心で悶絶しながら優しく抱き起こした。
「(くっ……ならば、純粋な指先の技術で勝負じゃ!)」
名誉挽回とばかりに、ローゼリアが次に挑んだのは、レバーとボタンで操作する昔ながらの『クレーンゲーム』であった。
景品は、純白の甲冑を着た可愛らしい騎士のマスコットぬいぐるみ。
「リアンヌ、見ておれ。妾の真の力を見せてやるわい」
ローゼリアは、レバーを握った瞬間、その目つきを「死神」のそれへと変えた。
コンマ一ミリのズレも許さない、完璧な空間把握能力。
アームの揺れ、景品の重心、滑り止めの摩擦係数。そのすべてを瞬時に計算し尽くしたローゼリアの指先が、流れるようにボタンを弾く。
ウィィィン……ガシッ! ポロンッ。
見事、一発で純白の騎士のマスコットを釣り上げた。
「ふはははっ! どうじゃリアンヌ! これが妾のプレイヤースキルじゃ!」
「素晴らしいです、ローゼリア! まるで魔法のようでした!」
ローゼリアは、取り出し口からマスコットを取り出すと、それをリアンヌに向かって差し出した。
「ほれ、お主にやる。いつも妾の盾として頑張ってくれている礼じゃ。……その、お主によく似ていると思ってな」
ローゼリアは、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
リアンヌは、そのマスコットとローゼリアの顔を交互に見つめ、みるみるうちに瞳を潤ませた。
「私に……ローゼリアからの、贈り物……。ああ、神よ! 私は今、宇宙で一番幸せな騎士です!」
リアンヌはマスコットを胸にギュッと抱きしめ、天を仰いだ。
「大げさじゃな。ただのぬいぐるみじゃぞ」
「いいえ! これは我がヴァーミリオン家の家宝として、末代まで語り継ぎ、毎日朝晩の礼拝を欠かさず行います!」
「いや、だから重いって!」
周囲の客たちが微笑ましそうに(あるいは奇異の目で)見守る中、ローゼリアは顔を真っ赤にしてリアンヌの腕を引っ張り、ゲームセンターを後にした。
歩き疲れた二人は、コロニーの外周部にある、巨大なガラス張りのお洒落な展望カフェへとやってきた。
ガラスの向こうには、息を呑むほど美しい、流れるような星の海が広がっている。
テーブルには、リアンヌが注文した色鮮やかな特大のフルーツパフェが二つ置かれていた。
「さあ、ローゼリア。あーん、です」
「いや、だから外でそれは恥ずかしいんじゃが……」
「ダメです。今日は私がエスコートする日なのですから、私の我儘を聞いてください」
リアンヌの真剣な(そして少しだけ圧のある)眼差しに負け、ローゼリアは大人しく口を開けた。
甘いクリームとフルーツの酸味が口いっぱいに広がる。
「……美味い」
「ふふっ、良かったです」
リアンヌは、ローゼリアが美味しそうに頬張る姿を、まるで宝石でも見るかのような慈愛に満ちた目で見つめていた。
しばらくの間、二人は星の海を眺めながら、静かに甘い時間を楽しんだ。
やがて、パフェが空になり、温かい紅茶が運ばれてきた頃。
リアンヌが、ふと真面目な声色で口を開いた。
「……明日には、ついに出撃ですね。狂気に囚われた、残る五柱の神々の元へ」
その言葉に、ローゼリアもティーカップを置き、静かに頷いた。
「うむ。宇宙の法則そのものを書き換え、全てを無に帰そうとする身勝手な連中じゃ。……間違いなく、これまでで最大の激戦になるじゃろうな」
「はい。……ゼウスとの戦いでも、私たちは薄氷を踏むような思いでした。次は、あのような絶望的な状況が、いくつも重なって襲ってくるかもしれない」
リアンヌは、テーブルの上で自らの両手をギュッと握り締めた。
「ローゼリア。私は……怖いのです」
「お主が? 珍しいな。あの死線をくぐり抜けてきた、我が傭兵団の副団長ともあろう者が」
ローゼリアは、少し驚いたようにリアンヌの顔を見つめた。
「死ぬことや、自分が傷つくことは怖くありません。私が怖いのは……」
リアンヌは、潤んだ瞳でローゼリアを真っ直ぐに見つめ返した。
「私の力が及ばず、あなたを失ってしまうこと。私の盾が砕かれ、あなたのその美しい姿が傷ついてしまうこと。……それだけが、恐ろしくてたまらないのです」
リアンヌの震える手が、テーブルの上に置かれていたローゼリアの小さな手に、そっと重なった。
その手は、冷たく、そして小刻みに震えていた。
(……この娘は、本当に)
ローゼリアは、中身は男でありながらも、この美しく気高い騎士が自分に向けてくれる、あまりにも重く、そして純粋な愛情に、どうしようもないほどの愛おしさを感じていた。
「リアンヌ」
ローゼリアは、リアンヌの震える手を、両手でしっかりと包み込んだ。
「妾は、銀河最強のパイロットじゃ。そう簡単には死なん。……だがな、妾がその力を存分に振るえるのは、背中を預けられる『盾』があるからじゃ」
ローゼリアの真紅の瞳が、力強く、そして優しくリアンヌを見据える。
「お前が妾の前に立ち塞がってくれる限り、妾は絶対に倒れん。お前が盾を構える限り、妾の刃はどんな神だろうと切り裂いてみせる。……だから、お前は何も恐れるな。ただ妾を信じ、妾の前でその純白の盾を掲げ続けよ」
「ローゼリア……」
「約束じゃ。あの忌々しい神様どもを全員ぶちのめして、この愛すべき日常を守り抜く。そして……また皆で、こうして美味いものを食いに来ようぞ。お主のおごりでな!」
ローゼリアがニカッと、いつもの不敵で、太陽のような笑みを浮かべる。
その笑顔を見た瞬間、リアンヌの心の中にあった暗い霧は、見事に晴れ渡っていった。
「……はい! ええ、もちろんです! お約束いたします、我が主!」
リアンヌの目から一筋の涙がこぼれ落ちたが、その顔にはもう迷いはなかった。
「私はあなたの盾。あなたの前に立ち、あらゆる脅威を弾き返してみせます。……共に、必ず生きて帰りましょう」
リアンヌは、握られたローゼリアの手を、祈るように自らの額に当てた。
周囲の客から見れば、それはまるで中世の騎士が姫君に忠誠を誓う、美しい映画のワンシーンのようであった。
(ローゼリア本人は、「これ周りから見たら百合のカップルにしか見えんよな……恥ずかしすぎる」と内心で大汗をかいていたが)
決戦前の、束の間の休息。
純白の盾は、主との絆をより強固なものとし、迫り来る神々への恐怖を完全に打ち払った。
コロニーのネオンが消え、エインヘリアルの次元跳躍エンジンの鼓動が高まり始める。
宇宙の消去を目論む五柱の神々が待ち受ける、次元の狭間。
ローゼリアとリアンヌ、そして八つの極彩色の翼は、互いの絆という絶対の武器を胸に抱き、真の最終決戦へと向けて、静かに歩みを進めるのであった。




