第三幕 第二十九話:戦乙女の湯と、神の領域
「——というわけで、名目上は捕虜であるレガリアの『監視』および『入浴支援』を執り行う。シエラ、リアンヌ、ついてまいれ!」
「了解しました。捕虜の肉体洗浄および異常行動の監視任務を開始します」
「は、はいっ! ローゼリアの安全は私が死守します!」
エインヘリアルの居住区画の奥深く。湯気が白く立ち込める大浴場の脱衣所にて、ローゼリア・エーベルヴァインは、タオル一枚を肩にかけ、鼻息を荒くしていた。
神々の潜む特異空間への進路を割り出すため、艦内は修復とデータ解析で大忙しだ。そんな中、まずはレガリアに「人間の温度」を実感させ、なおかつ魔力封じの手錠を外した状態での監視役として、筆頭パイロットであるローゼリア、そして近接護衛のリアンヌ、システム遮断のスペシャリストたるシエラが選ばれたのである。
「……本当に、非論理的なプロトコルね。ただ身体を洗浄するだけの行為に、これほどの監視人員を割くなんて」
手錠を外され、衣服を脱ぎ捨てたレガリアが、呆れたようにため息をつく。
高次元の管理者であった彼女には、そもそも「恥じらい」というプログラムが存在しないのか、その一糸まとわぬ姿を晒すことに何の躊躇もなかった。
ガラララ……と大浴場の扉が開く。
白く豊かな湯気が五感を包み込み、心地よい温泉の香りが鼻腔をくすぐる。
「(ふふふ……名目は監視じゃが、これは合法的に神の肉体を拝む絶好のチャンス……。前世はただの男だったこの妾にとって、美少女たちの風呂など最高のご褒美イベントじゃからな!)」
ローゼリアは、死神としての威厳を保つためにキリッとした表情を維持していたが、その内心は「男のロマン」への期待で歓喜のダンスを踊っていた。これまで、戦乙女たちの凄まじいプロポーションは何度も見慣れてきたつもりだ。リアンヌの豊満かつ引き締まった騎士の肉体、エリーゼの可憐さ、ロスヴァイセの大人の色気。これ以上の衝撃など、そうそうあるはずがない。
そう、思っていた。
湯気の向こう側で、レガリアが長い金髪を無造作にかき上げ、ざばりと湯船に足を浸した、その瞬間である。
「(……ッ!!!?!?)」
ローゼリアの心臓が、まるでルシフェルのジェネレーターが過負荷を起こしたかのように、ドクンと激しく跳ね上がった。
それは、まさに「究極」と呼ぶにふさわしい造形だった。
燃えるような金髪が、濡れて白い背中に張り付いている。そこから続く、天性の黄金比率で描かれた砂時計のような極上の曲線。豊満などという言葉すら生ぬるい、形の整った見事な双丘。それでいて、ウエストは驚くほど細く、滑らかな太ももへと続くラインは、芸術の女神が数百年かけて彫り上げた彫刻のようだった。
何より、その顔立ちは、冷徹さと大人の妖艶さが完璧に融合した、冷たい美の極み。
「(ド、ド、ドストライクじゃあああああああッッ!!!!)」
ローゼリアは脳内で絶叫した。
前世の自分が深夜に貪るように見ていたあらゆる理想の美少女、そのすべての性癖を凝縮して煮詰めたかのような存在が、今、目の前で無防備に湯に浸かっている。
リアンヌの時以来の、いや、それをも揺るがすほどの強烈な直撃。
「……? どうしたの、ローゼリア。そんなに赤くなって。湯気に含まれる熱エネルギーが、あなたの生体ユニットに過度な負荷をかけているの?」
レガリアが、首を傾げて端正な顔を近づけてくる。
「ひゃ、ひゃうっ!? いや、なんでもない、なんでもないぞ! ちょっとのぼせただけじゃ!」
ローゼリアは、心臓のバクバク音がレガリアに聞こえるのではないかと戦々恐々としながら、大慌てで一歩下がる。
「ローゼリア、本当に大丈夫ですか? お顔が林檎のように真っ赤です!」
心配したリアンヌが、自身の豊かな胸元を揺らしながらローゼリアの額に手を当ててくる。
「だ、大丈夫じゃと言うに! リアンヌ、お主もそんなに近づくでない!」
「ええっ!? なぜですか、いつもならもっと甘えてくださるのに、拒絶されるなんて……うう、私は盾失格です……」
「違う! そういう意味ではないわい!」
右往左往するローゼリアの一方で、シエラは淡々と任務を遂行していた。
手桶に湯を汲み、レガリアの背後に回る。
「……レガリア。髪の洗浄を開始します。……頭部ユニットを少し前に傾けてください」
「ええ、頼むわ、シエラ。……不思議ね。この温かい液体を頭から被るだけで、システム内のノイズが消えていくような感覚があるわ」
レガリアは目を閉じ、シエラの手の感触を楽しんでいるようだった。
そんな無防備なレガリアの横顔、そして湯面から惜しげもなく露出している、豊かな果実のような胸元が視界に入るたび、ローゼリアの瞳は泳ぎまくっていた。
「(いかん……! 妾は銀河最強の死神、戦乙女のエースじゃぞ! なぜただの風呂で、しかも捕虜を前にして、ここまで初心なチェリーボーイのようにドギマギせねばならんのじゃ! 見るな、見るんじゃない、ローゼリア・エーベルヴァイン!)」
自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、男としての本能がレガリアの完璧な肢体を追ってしまう。
これまでは「美少女たちのイチャイチャを観賞する」という、どこか客観的な視点での楽しさ(眼福)だった。しかし、レガリアの容姿は、ローゼリアの個人的な好みのド真ん中、すなわち「どストライク」すぎて、もはや客観視など不可能だった。
「……ねえ、ローゼリア」
湯をかけられ、少し上気した肌をしたレガリアが、濡れた金髪の隙間から真紅の瞳のローゼリアを見つめてきた。
「な、なんじゃ……!」
「あなた、戦場でのあの恐ろしいまでの鋭さはどこへ行ったの? 今のあなたは、まるで初めて未知の生命体に遭遇した子供のように、怯えて、戸惑っているわ」
レガリアが、クスクスと妖艶に笑う。手枷を外された彼女は、湯船の縁に肘を突き、豊満な胸を強調するような姿勢でローゼリアをのぞき込んできた。
「から、からかうな! 妾は捕虜の動向を厳重に監視しておるだけじゃ!」
「そう? 私の心音や魔力波形なら、あなたの後ろにいるシエラがすべて記録しているわ。……あなたのその視線は、監視というよりは……そうね、私を『魅力的』だと評価しているデータに見えるけれど?」
「ぶふっっ!!」
ローゼリアは、思わず口に含んだお湯(?)を吹き出しそうになった。
神のくせに、なぜそんな高度な恋愛シミュレーションのような揺さぶりをかけてくるのか。
「レガリア! ローゼリアを困らせるのはやめなさい!」
見かねたリアンヌが、ローゼリアを守るように立ち塞がった。
「そうよ、いくら第一柱だからって、私たちのエースを精神攻撃するなんて許さないんだから!」
いつの間にか大浴場の扉が開き、アルティナやエリーゼたち他の戦乙女の面々もぞろぞろと入ってきた。
「あーっ! お姉様! 私がいない間に、こんな新入りのキツネ女と混浴するなんてずるいですわ!」
エリーゼが叫びながら湯船に飛び込んでくる。
「ちょっとエリーゼ、お湯が跳ねるじゃない。……あら、でも確かに、このレガリアって人のスタイル、同じ女性から見てもちょっと反則級ね……」
アルティナが、自らの胸元とレガリアのそれを見比べ、わずかに敗北感を漂わせる。
「ふふっ、本当に見事なプロポーションですわね。殿下、目のやり場に困っていらっしゃるのではないかしら?」
ロスヴァイセがおっとりと微笑みながら、ローゼリアの内心を正確に言い当てた。
「お、お主ら、勝手に入ってくるでない! 監視任務の邪魔じゃ!」
ローゼリアの声は、完全に上ずっていた。
騒がしい戦乙女たちがそれぞれの洗浄を始め、大浴場に賑やかな声が響く中、ローゼリアは少し落ち着きを取り戻し、レガリアから少し離れた湯船の端に身を沈めた。
肩まで湯に浸かると、ビーチバレーとゼウス戦の連戦で酷使した筋肉が、じんわりと解きほぐされていく。
レガリアは、エリーゼやアルティナたちに囲まれ、物珍しそうに話しかけられながらも、その視線はずっとローゼリアを捉えていた。
彼女は、自分を囲む騒がしい美少女たちを優しくあしらうと、静かに湯の中を歩き、ローゼリアの隣へと移動してきた。
お湯の波紋とともに、レガリアの滑らかな白い肌がすぐ近くに迫る。ローゼリアの心臓が再び跳ね上がった。
「……ねえ、ローゼリア。さっきの質問の続きだけれど」
レガリアは、膝を抱えるようにして湯に浸かり、流れる星の海のような金髪を水面に浮かべた。
「……なんじゃ」
「あなたは、私に個人的な『好意』を抱いているの? システムとしての分析ではなく、あなたのその、非論理的な感情の動きに興味があるのよ」
直球すぎる質問に、ローゼリアは一瞬言葉を詰まらせた。
中身が男であることなど、天地がひっくり返っても言えるはずがない。だが、嘘をつくのもゲーマーとしての、そして男としての矜持が許さなかった。
ローゼリアは、ふいっと顔を逸らし、小さく、しかしハッキリと口を開いた。
「……お主が、あまりにも妾の『好み』の姿形をしておるからじゃ。……それ以上は、何も言わんぞ」
その告白を聞いた瞬間、レガリアの切れ長の瞳が、一瞬だけ丸くなった。
因果律を操作し、万物の結果を予測してきた彼女にとって、これほど純粋で、計算の成り立たない言葉を向けられたのは、生まれて初めてのことだった。
「……私の、姿形が、好み……」
レガリアは自らの胸元に手を当て、じわりと体温が上昇していくのを感じた。それはお湯の熱さによるものではない。彼女の内部システムが、ローゼリアの言葉によって、未知の熱量を感知していた。
「……変な感覚。私を形成しているこの肉体は、ただの三次元への干渉用インターフェースに過ぎないはずなのに。……あなたにそう言われると、この不確実な器が、少しだけ愛おしく思えてくるわ」
レガリアの端正な顔に、先ほどまでの冷徹な笑みではなく、ほんのりと朱が差し、年相応の少女のような、はにかんだ笑顔が浮かんだ。
その笑顔の破壊力たるや、凄まじいものがあった。
「(う、美しすぎる……! これが神の微笑みというやつか……!)」
ローゼリアは、完全にノックアウトされそうになりながらも、なんとか理性を保ち、ゴホンと咳払いをした。
「……ま、まあ、お主がただの冷酷なシステムではないと分かって安心したわ。お主にも、ちゃんと『心』が宿り始めておるようじゃな」
「……ええ。シエラの言う通り、私たちの中にこの温かさを感じる回路を遺したのは、私たち自身。……狂気に囚われた残りの五柱を、私はどうしても止めたい。あなたたちと共にね」
レガリアの瞳に、確かな決意の光が宿る。
その様子を背後で見守っていたリアンヌとシエラも、静かに頷いていた。
「よし! ならば、風呂上がりには最高のプリンを用意してやる! それを食って、残る五柱をブチのめすための作戦会議じゃ!」
ローゼリアが不敵に笑う。
「……プリン。ええ、楽しみにしているわ、私の『魅力』を認めてくれた、可愛い死神さん」
「か、可愛いと言うなーっ!」
大浴場に、再び戦乙女たちの明るい笑い声が響き渡る。
名目上の捕虜であった第一柱、レガリア。
彼女は、戦乙女たちの重すぎる愛の洗礼と、ローゼリアの純粋な(中身は男の)告白によって、完全に「人間の温かさ」を知る仲間へと変わりつつあった。
極上の眼福バカンスの余韻を残しながらも、エインヘリアルは次なる絶望の戦場、次元の狭間へと向けて、その歩みを加速させる。
最強の仲間を新たに加えた八つの翼、そして一つの神威は、宇宙の消去を目論む神々を討ち果たすため、決戦の地へと向かって、力強く突き進んでいくのであった。




