第三幕 第二十五話:神罰の巨兵と、魂なき抜け殻 第八象限、最深部
かつて大規模な星間戦争があったのか、無数の小惑星と艦船の残骸が漂う暗黒のデブリ帯を抜けた先に、それは存在していた。
宇宙の闇にそびえ立つ、巨大な紡錘形のメガストラクチャー。
三次元宇宙と高次元領域を繋ぐシステムの中継地点にして、神々の玉座への入り口——『絶対監視塔』。
「見えたぞ……! あれが引きこもりの神様どもの玄関口じゃな!」
漆黒の悪魔『ルシフェル』のコックピットで、ローゼリアは全周囲モニターに映し出された巨大建造物を睨みつけ、獰猛な笑みを浮かべた。
彼女の両脇と後方には、リアンヌたち戦乙女の七機、そして新たに白銀の専用機『アリス・レギオン』を駆るシエラが、完璧な陣形を組んで随伴している。
「各機、油断するな。シエラの情報によれば、塔の周辺には『神罰機構』と呼ばれる古代兵器群が配備されているはずだ」
母艦エインヘリアルのブリッジから、ブリュンヒルデの鋭い警告が飛ぶ。
その言葉を証明するかのように、監視塔バベルの周囲の空間が、突如として不自然に歪み始めた。
『——警告。空間座標の強制転移反応を多数検知。対象、旧帝国封印指定・古代マギアナイト群。……マスター、これは』
ローゼリアの脳内リンクに直接響くバハムートの合成音声に、わずかな「驚愕」のノイズが混じる。
歪みの中から次々と出現したのは、黒塗りの禍々しい装甲を持つ七〇機のマギアナイト——かつてローゼリアもその脅威を知る、単機で艦隊を壊滅させるほどの性能を持つ古代機『ノワール』の群れであった。
しかし、絶望はそれだけでは終わらない。
ノワール群の後方から、さらに巨大な次元の裂け目をこじ開けて現れたのは、六機の超大型マギアナイトだった。
五機は、ローゼリアの相棒たるナビゲーションAIのオリジナルフレームと同じ姿を持つ、青を基調とした流線型の人型機『神帝機バハムート』のレプリカ。
そして、その中央に鎮座する、他の古代機を優に凌駕する巨大な体躯を持つ超弩級の人型機体——『神帝機リヴァイアサン』。
「な、なんという光景ですの……! 古代機ノワールが七〇機に、神帝機が六機……!?」
ロスヴァイセが、信じられないものを見るように声を震わせる。
「マジで言ってるの!? あのバハムートのレプリカが五機って……冗談じゃないわよ!」
アルティナがコンソールを叩きながら悲鳴を上げる。
これらはすべて、かつての旧帝国が全銀河を支配するために作り上げ、そしてその強大さゆえに封印した、まさに「神罰」と呼ぶにふさわしい最凶の兵器群である。
それが、高次元の管理者たちによって防衛プログラムとして一斉に解き放たれたのだ。常識的に考えれば、たった八機で挑むなど自殺行為以外の何物でもない。
だが。
最前線を飛ぶローゼリアの真紅の瞳には、絶望どころか、底知れぬ「歓喜」と、そして微かな「落胆」が浮かんでいた。
「……シエラ。お主のセンサーで、あいつらの生体反応の有無を確認しろ」
ローゼリアは、通信回線を開いて淡々と命じた。
『……了解。対象群をスキャン。……生体反応ゼロ。すべての機体は、外部からのAI制御によって稼働しています。生命体は搭乗していません』
シエラのアリス・レギオンが、背部の多機能ビットを展開し、即座に解析結果を報告する。
「やはりな」
ローゼリアは、鼻でふんと笑った。
「ローゼリア! どういうことですか!? パイロットがいないということは、無人機……?」
リアンヌが戸惑いの声を上げる。
「その通りじゃ、リアンヌ。奴ら管理者どもは、手駒となるホムンクルスどもを先の戦いで全て失った。だから、あの古代機どもを『AIによる自動操縦』で動かすしかなかったんじゃよ」
ローゼリアは、機体のスロットルに手をかけながら、戦乙女全員に告げた。
「よく聞け! マギアナイト……特に古代フレームの真の力は、搭乗するパイロットの『魔力』と機体が共鳴して初めて引き出されるものじゃ! AIの自動操縦では、プログラムされた物理的な機動と、内蔵されたビーム兵器しか使えん!」
そう、それこそが神々の致命的な誤算であった。
かつてローゼリアが神帝機に乗った際、次元を切り裂く魔力刃や、空間を歪める防壁などの規格外の『魔力兵器』を行使できたのは、彼女自身の膨大な魔力と直感が機体とリンクしていたからである。
パイロットの魂(魔力)を持たないあの機体群は、いかに基本スペックが高かろうと、魔力兵器を一切使用できない「ただの分厚い鉄の塊」に過ぎないのだ。
「魔力兵器を使えぬ抜け殻で、しかも行動パターンが単調なAI通り。……そんな見掛け倒しのハリボテどもで、この銀河最強のパイロットを止められると思うなよ!」
ローゼリアの喝破に、戦乙女たちの間に走っていた緊張が、一瞬にして熱狂的な闘志へと変わった。
「なるほど! 中身が空っぽのただのプログラムなら、恐れるに足りませんわね!」
エリーゼのベルフェゴールが、狂喜の笑い声と共に六基の次元断裂砲を展開する。
「プログラムの挙動なら、私の電子戦とシエラちゃんの予測演算で完全に丸裸にしてあげるわ!」
アルティナのハルファスが極大のジャミング波を放射し、同時にシエラのアリス・レギオンが戦術リンクを通じて敵AIの行動予測データを全機に共有する。
『……敵AIの攻撃アルゴリズム、解析完了。極めて論理的かつ最短の最適解を選択します。ゆえに——「完全に予測可能」です』
シエラの淡々とした声が、勝利への絶対の羅針盤となる。
「さあ、蹴散らすぞお前たち! あの無能な神様どもに、本当の『操縦技術』というものを教えてやるのじゃ!」
ローゼリアの号令と共に、漆黒の悪魔が爆発的な魔力の尾を引いて突撃を開始した。
バベルの宙域は、瞬く間に光と爆発の嵐に包まれた。
ズドドドドドドッ!!
「シエラ殿の予測通り! 敵の回避パターンが単純すぎますわ!」
ランドグリーズのグリムゲルデが、シエラから送られてくる予測座標に向かって実弾の雨をばら撒く。AI制御のノワールたちは、プログラムされた最も効率的な回避ルートを選択した結果、自らその弾幕のど真ん中へと突っ込み、次々と蜂の巣にされて爆散していく。
「おどきなさい、空っぽの操り人形ども!」
リアンヌのブラン・ゼファーとウルスラのミネルヴァ・アサルトが、魔力を全開にした物理突撃で敵陣を食い破る。
ノワールたちもビームライフルや実体剣で迎撃しようとするが、魔力を纏っていない彼らの攻撃は、戦乙女たちの展開する魔力防壁を突破できない。
「お姉様の御前を塞ぐ粗大ゴミども! まとめて消え去りなさい!!」
エリーゼのベルフェゴールが放つ黄金の極太レーザーが、密集して陣形を組もうとしていた十数機のノワールを、空間ごと文字通り「蒸発」させた。
圧倒的。
本来であれば絶望的な戦力差であるはずが、パイロットの魔力という『魂』を持たない古代機たちは、感情と魔力を爆発させる乙女たちの連携の前に、ただの的へと成り下がっていた。
「さあ、前菜の掃除はあいつらに任せて……妾はメインディッシュをいただくとしようかのう!」
ローゼリアのルシフェルは、七〇機のノワールの群れを完全に無視し、神速の機動で敵陣の最深部——一機のリヴァイアサンと五機のバハムート・レプリカが陣取るエリアへと単機で突入した。
『——マスター。同型のレプリカとはいえ、私以外のシステムがバハムートの顔をしているのは、非常に不愉快です。速やかなるスクラップを推奨します』
脳内で、普段は冷静なバハムートが珍しく感情的な(?)苦言を呈する。
「ふははっ、任せておけ! 偽物どもには、本物のスペックの差を刻み込んでやる!」
五機のバハムート・レプリカが、ルシフェルを完全に包囲し、全方位から高出力のビーム砲を一斉に発射する。
AIの計算上、回避不可能な絶対の死角を突いた完璧な十字砲火。
だが、ローゼリアは回避行動すらとらなかった。
「『絶対反発防壁』、展開!」
ルシフェルの漆黒の装甲の隙間から、赤黒い魔力が爆発的に噴き出し、機体の周囲に球体状の絶対防壁を形成する。
五方向からの極太のビームが防壁に直撃するが、魔力の込められていない単なる光学兵器など、新生ルシフェルの莫大な魔力壁の前には、波打ち際のさざ波ほどの意味も持たなかった。
「魔力兵器の使えないバハムートなど、的がデカいだけの案山子じゃ!」
ビームの奔流を強引に押し返し、ルシフェルが一機のレプリカの懐へと瞬時に潜り込む。
右腕に内蔵された高密度対艦ブレードが、スプリングの弾ける音と共に鋭く展開された。
ズバァァァァァァッ!!!
魔力を限界まで圧縮した刃が、レプリカの分厚い装甲をバターのように斜めに両断する。
「一機! 次は貴様じゃ!」
爆発の閃光を突き抜け、ルシフェルは空中で不規則なスピンをかけながら次のレプリカへと肉薄する。
AIはローゼリアの論理を無視した変態的な機動を予測できず、砲身を向けることすらできないまま、次々と首を刎ねられ、あるいは胴体を両断されて宇宙の塵へと変わっていった。
「……信じられない。あの神帝機を、まるで赤子をひねるように……」
後方で電子支援を行っていたシエラは、モニターに映るローゼリアの神がかり的な機動に、感情の抜け落ちた心でさえ「戦慄」と「美しさ」を同時に感じていた。
これが、人間。
これが、極限の闘争を楽しむ『特異点』の姿。
「最後は、あの一際でかい大将じゃな!」
五機のレプリカをわずか数分でスクラップに変えたローゼリアの視線の先には、最後の砦である超弩級機体『リヴァイアサン』が、巨大な両腕を前に突き出し、胸部に内蔵された荷電粒子砲のエネルギーを収束させていた。
『警告。リヴァイアサンの主砲、発射シークエンス。直撃すれば、監視塔バベルの周辺宙域ごと消滅する威力です』
シエラの冷静な報告が飛ぶ。
「撃たせるか!! バハムート、背部の次元断裂砲、全基直結! 照準、あのでかい的の胸のど真ん中じゃ!」
『——了解。次元断裂砲、臨界出力まで充填完了』
ルシフェルの背部に展開された六基のファミリアが、リヴァイアサンの胸部砲門を正確にロックオンする。
「引きこもりの神様ども! これが、人間の力じゃあああっ!!」
ローゼリアの叫びと共に、ルシフェルから放たれた『空間の歪みそのものを撃ち出す』次元断裂の奔流が、リヴァイアサンが主砲を放つコンマ一秒前に、その胸部の奥深くへと突き刺さった。
空間そのものを抉り取る一撃は、リヴァイアサンの分厚い装甲すら無意味化し、内部のジェネレーターを直接破砕した。
音のない宇宙空間で、巨大な人型の機体が内側から膨張し、次いで、恒星の瞬きにも似た圧倒的な大爆発を引き起こした。
爆発の余波が収まり、宙域に静寂が戻る。
七〇機のノワール、そして六機の神帝機。
高次元の管理者たちが最後の切り札として投入した『神罰機構』は、魔力を持たないただの抜け殻であったがゆえに、戦乙女たちとシエラの完璧な連携、そして銀河最強の死神の前に、文字通り手も足も出ずに全滅させられた。
「……ふぅ。これで、露払いは終わりじゃな」
ローゼリアは、対艦ブレードをガシャリと収め、巨大な監視塔バベルへと視線を向けた。
「お姉様、敵機すべての反応の消失を確認しましたわ!」
「私たちに傷一つつけられないなんて、見掛け倒しにもほどがあります」
エリーゼとリアンヌが、ルシフェルの両脇へと機体を寄せる。
「シエラ。お主のサポート、完璧じゃったぞ。お前がいなければ、もう少し手間取っていたじゃろうな」
ローゼリアが通信回線で声をかけると、白銀のアリス・レギオンがゆっくりと近づいてきた。
「……私の演算能力が、あなたの役に立ったのなら、幸いです。……これより、絶対監視塔バベルのセキュリティシステムへハッキングを開始。高次元領域へのゲートを、物理的に強制開放します」
シエラの声には、かつての無機質な機械の響きではなく、確かな誇りと、仲間としての意志が宿っていた。
「頼んだぞ。さあ、行くぞお前たち! あの塔の向こう側で震えているチキンな神様どもを、玉座から引きずり下ろす時じゃ!」
八つの極彩色の翼が、最後の扉であるバベルへと向かって一斉に加速する。
管理者たちの計算はすべて狂い、彼らを守る防壁は完全に消え去った。
宇宙の因果律を書き換える限界の刃が、ついに神の領域へとその切っ先を突きつけようとしていた。




