第三幕 第二十四話:神々の誤算と、崩壊する再建計画
宇宙の観測限界のさらに外側。
物理法則すら及ばない純粋な情報とエネルギーの領域——『管理システム中枢・円卓』。
これまで、下位次元である三次元宇宙の事象を冷徹に観測し、淡々と演算を繰り返してきた巨大な六本の光の柱。
だが現在、その純白の虚空には、かつてないほどのけたたましいエラーアラートが鳴り響き、空間全体が不吉な赤色の明滅に包まれていた。
『——被害報告。第十三象限『深淵の宝物庫』より出撃した十万のホムンクルス部隊、および専用機『レギオン』。全機の生体信号ロストを確認。……総指揮官個体、メインコアの完全破壊を確認しました』
第一の柱から発せられた無機質な音声には、感情こそないものの、その波形には明らかな「情報の乱れ」が生じていた。
『計算外の致命的エラーです。百五十箇所の同時攻撃による思考領域のオーバーフロー、および十万機による絶対包囲陣。いかなる極限状態にあろうとも、対象である特異点は物理的な処理限界を迎えるはずでした』
第三の柱が、不可解な事象を演算しきれずに明滅を繰り返す。
『原因は特異点の非論理的な行動パターン、および「戦乙女」と呼ばれる随伴機たちの異常な機体性能の向上です。……しかし、問題は特異点排除の失敗だけではありません』
第二の柱が、冷酷な事実を告げる。
『我々は、この三次元宇宙における『世界再建計画』の物理リソースを、完全に喪失しました』
その宣告に、六柱の管理者たちの間で、莫大なデータのやり取りが瞬時に交わされた。
『世界再建計画』——それは、この宇宙を管理する彼らに与えられた、最も重要なプロトコルの一つである。
文明が発展しすぎ、システムが規定した「一定の基準」をオーバーした時。あるいは、下位次元の知的生命体同士が愚かにも「核戦争」やそれに類する惑星規模の自滅兵器を使用した時。
管理者たちは、世界のバランスを保つため、一度その文明を強制的に滅ぼし(リセットし)、焼け野原となった世界を再び初期状態から再建する役割を担っていた。
そして、その「文明の刈り取り」と「世界の再建」を物理的に実行するための手足として、彼らが旧帝国の遺産を利用し、数百年かけて密かに調整・保存してきたリソースこそが、あの十万の『レギオン』部隊であった。
彼らは痛覚を持たず、放射能や極限環境下でも活動できる完璧な労働力であり、同時に無慈悲な処刑人であった。
何より、ローゼリアによって両断されたあの『総指揮官個体』は、単なる戦闘指揮官ではない。文明がリセットされた後の新たな生態系の構築と、人類の選別を主導するための「次代の神の代行者」として、特別な遺伝子調整を施された至高の傑作だったのだ。
『……我々は、特異点ローゼリア・エーベルヴァインという「たった一つのバグ」を修正するために、宇宙全体の初期化リソースを前倒しで消費し、そして……そのすべてを無駄に失ったのです』
第五の柱が、システムの根幹を揺るがす事実を反芻する。
『システムに深刻な矛盾が発生しています。世界再建のための手足を持たない現在、もしこの三次元宇宙で文明がリセット基準に達した場合、あるいは核戦争が勃発した場合……我々には、物理的な干渉を行う手段がありません』
第六の柱の光が、弱々しく明滅した。
特異点を排除しようと焦るあまり、盤面をひっくり返すための切り札を切り、それをあっさりと破られた。
神を自称する高次元のシステムにとって、それは単なる敗北ではなく、自らの存在意義の崩壊を意味していた。
『……さらに、最悪の報告があります』
沈黙を破ったのは、第七の柱であった。
『第八象限のデブリ帯にて、特異点および戦乙女の反応を検知。さらに……特異点の手により、廃棄されたはずのホムンクルス『個体番号シグマ・セブン』の再起動、および敵対勢力への組み込まれを確認しました』
『なっ……!? 自立的廃棄プロトコルが作動したはずです。下位次元のテクノロジーで、我々のシステムコードを物理遮断したというのですか?』
第三の柱が驚愕のノイズを発する。
『シグマ・セブンは末端の兵器個体ですが、その機密領域には、我々の高次元へのアクセスポイントである『絶対監視塔』の座標と、内部セキュリティのデータが存在しています。……特異点たちは現在、そのバベルへ向けて一直線に進軍中』
第一の柱が、空間の中央に第八象限のホログラムを展開した。
そこに映し出されているのは、八つの極彩色の光の尾を引いて、超高速で暗黒の宙域を突き進む、戦乙女たちの艦隊とマギアナイトの姿であった。
その先頭には、先日の戦闘データをさらに凌駕する出力を放つ漆黒の悪魔と、システムには存在しない白銀の新型機が飛んでいる。
『……対象の目的は明確です。彼らは我々の防衛網を突破し、この『円卓』へと続く扉を物理的にこじ開けようとしています』
六柱の間に走ったのは、計算不能の「恐怖」に酷似した情報処理の乱れであった。
かつて、この円卓には七本の柱が存在した。しかし、特異点に直接干渉しようとした第四区画の管理者は、彼女の異常なプレイヤースキルと仲間との絆の前に、中枢コアを物理的に粉砕され、永遠に消去された。
もし、あの死神がバベルを突破し、この高次元空間へと直接殴り込んできたら。
『我々も……「削除」される』
誰の口からともなく発せられた論理的帰結に、円卓は重苦しい沈黙に包まれた。
もはや、彼らは「盤面の上から見下ろす神」ではない。
特異点ローゼリア・エーベルヴァインという理不尽な暴力の前に、首元に刃を突きつけられた「狩られる側の獲物」へと成り下がっていた。
『……防衛プロトコル、最終フェーズへ強制移行』
第一の柱が、残された全リソースを解放するコマンドを入力した。
『絶対監視塔バベルの最終防衛ラインに、旧帝国の封印指定・古代殲滅兵器群『神罰機構』を全機展開。環境破壊を厭わず、対象の完全消去のみを目的として稼働させます。……特異点を、何としてもあの塔の前で消去せねばなりません。我々システム自身の存続のために』
『承認』
『承認』
『承認』
管理者たちは、かつてない焦燥感に追われるように、三次元宇宙へ向けて最後の迎撃コマンドを送信した。
世界を創り直すための手足を失い、絶体絶命の窮地に立たされた見えざる神々。彼らが生き残るための唯一の道は、迫り来る銀河最強の死神を、刺し違えてでも止めることだけであった。




