第三幕 第二十三話:鋼鉄の共鳴と、天才の系譜
エインヘリアルのメインハンガーは、相変わらず溶接の火花と金属を叩く重低音で満ちていた。
『絶対監視塔』攻略に向けた最終調整。整備班長フィーネは、シエラの専用機『アリス・レギオン』の最終組立てに没頭していた。
「……嬢ちゃん、そこはハンダ付けじゃなくて、魔力伝導率を考慮した分子接合にしてくれねェと、出力にムラが出るんだよ」
フィーネが眉間に皺を寄せながら指示を出す。
「……了解。対象部位、分子接合を開始。……この機体のフレーム強度は、計算上あと一二パーセント向上可能です。右側の第ニ脚部、負荷分散の配置を最適化します」
シエラは、整備士たちに混ざって、極めて淡々とした所作で作業をこなしていた。
ホムンクルスとして製造された彼女にとって、兵器の構造を理解し、その最適化を計算することは、呼吸をするよりも容易いことであった。
フィーネは最初、シエラの作業を「壊れた機体の残骸をいじって遊んでいる」程度にしか思っていなかった。だが、その評価は作業開始から十分もしないうちに、根底から覆されることになる。
「おい……今のどうやった。なんでアタシが二時間かけて微調整しようとしていた慣性制御ユニットを、そんな一瞬でチューニングしちまったんだ?」
フィーネが、シエラが手の中で弄んでいたユニットをひったくるように手に取り、モニターで数値を確認する。そこには、完璧を通り越して「芸術的」ですらある完璧な数値が並んでいた。
「……不明。ただ、機体の各パーツの魔力抵抗値と、素材ごとの膨張係数が『視覚的』にノイズとして見えていたため、補正しただけです。……これでは、効率が悪いのですか?」
「……アタシの二十年のキャリアを否定するようなこと言ってくれるじゃねェか」
フィーネは、シエラの手元をまじまじと見つめた。
彼女は、まるで楽器の調律をするかのように、繊細な手つきでアリス・レギオンの複雑な魔力ラインを弄っている。それは整備というよりも、機械の魂と直接対話しているかのような、天性の才であった。
「なあ、シエラ。お前、整備工の経験はあるのか?」
「……いいえ。個体番号シグマ・セブンには、兵士としての戦闘訓練しかプログラムされていません。ですが、私たちは製造過程で自らの搭乗機体の構成要件を脳内にインストールされます。……私にとって、機体は自分の肉体の延長です。自分の手足がどこで絡まっているのかを確認しているに過ぎません」
シエラがさらりと言い放つ。
彼女にとっての整備とは、修理ではなく「自己の再構成」であった。
かつて戦場ですり潰されていった十万の同胞たち。その機体構造や、刻一刻と変化する損傷状況を、彼女はすべて「情報」として脳内にアーカイブしていたのだ。
「……最高だな」
フィーネは、咥えていたキャンディを噛み砕き、シエラに向かってニヤリと笑いかけた。
「おい、戦乙女ども! ローゼリア! 今日からアタシの助手はシエラだ! 悪いが、お前らの整備は後回しだぜ!」
「えぇっ!? フィーネ、それは困るぞ! 妾のルシフェルの最終チェックはどうなるんじゃ!」
遠くでローゼリアが抗議の声を上げるが、フィーネは無視してシエラの肩を叩いた。
「嬢ちゃん、お前は戦闘兵器なんかより、こっちのほうがよっぽど才能がある。アタシの下で、銀河一のメカニックを目指してみる気はねェか?」
「……メカニック。……私が、あなたの役に立つことができるなら。……了解しました。研修として、この船の全マギアナイトの最適化を提案します」
「うおらあああ!! お前ら、シエラの後に続け! この嬢ちゃんから技術を盗みまくれ!!」
ハンガーに、整備班たちの熱狂的な歓声が響く。
戦いのための兵器であった少女が、今度は仲間たちの翼を磨く「匠」としての才能を開花させ始めていた。
三日後。
最終調整を終えた『アリス・レギオン』が、ハンガーの中央に姿を現した。
ベースはかつての『レギオン』のものだが、面影はほとんどない。
シエラの銀髪を思わせるような白銀の装甲と、所々に施された薄紫色のアクセントカラー。そして何より、その背部に装備された、かつての十万の同胞たちの技術を集約した『六基の多機能型ビットデバイス』が、まるで天使の翼のように美しく展開されている。
「……完成しました。アリス・レギオン。私の……私たちの、新しい翼です」
シエラが、誇らしげに自らの機体を見上げる。
かつては「使い捨ての兵器」であった彼女が、今や自らの意志で機体を組み上げ、仲間を守るためにその身を投じようとしている。
「完璧じゃ……。シエラ、お主、本当に天才じゃな」
ローゼリアが、自らのルシフェルを隣に並べ、しみじみと言った。
「戦乙女の団長も、お前の整備の腕には舌を巻いていたぞ。……戦場での守り手としては、これほど頼もしい奴はいないな」
ブリュンヒルデも、満足そうに頷く。
「……これからは、誰の翼も折らせない。それが、私の……名前の重みです」
シエラがそう告げた時、アリス・レギオンの瞳が、穏やかなエメラルドグリーンの光を灯した。
それは、戦いのためだけに赤く光っていたかつての瞳とは違う、シエラという個としての、優しい光であった。
「よし! ならば出撃じゃ! 監視塔『バベル』の入り口をこじ開け、管理者どもを地獄へ引きずり下ろしてやるぞ!!」
ローゼリアの合図とともに、エインヘリアルのカタパルトが、かつてないほどの激しい魔力の奔流を放つ。
漆黒の悪魔『ルシフェル』と、白銀の天使『アリス・レギオン』。
対照的な二つの機体が、暗黒の宇宙を切り裂くようにして、神の住まう高次元領域へと繋がる最奥の戦場へ向けて、その咆哮を轟かせた。
監視塔バベル。
そこは、三次元宇宙の因果律を書き換える「神の制御室」。
だが、そこに踏み込む者たちは、すでに「運命」という名のプログラムを自らの意志で書き換える準備を終えていた。
「行くぞ、お前たち! どんな理不尽な防衛システムが出てこようとも、妾たちが最強のパーティー(仲間)であることに変わりはない!」
「……了解。障害となる全ての論理を、物理的に排除します」
八つの翼が揃い、最後の聖戦の火蓋が、今、静かに切って落とされた。




