第三幕 第二十話:新生の漆黒と、常夏の眼福バカンス
十万の『レギオン』部隊による帝国全土への無差別侵攻という未曾有の危機を乗り越え、束の間の平穏を取り戻した帝都アエテルガルド。
母艦エインヘリアルのメインドックは、かつてないほどの熱気と、油と冷却ガスの入り混じった独特の匂いに包まれていた。
「……さあ、見やがれ死神様。てめェの魂の器にして、アタシの最高傑作だ」
徹夜続きで目の下に深いクマを作った整備班長のフィーネが、ドヤ顔で咥えタバコ(実際は棒付きキャンディだが)を揺らしながら、頭上の巨大なハンガーを指差した。
プシュゥゥゥッ……!
何重ものロックが解除され、分厚い防爆ゲートがゆっくりと左右に開いていく。
そこに鎮座していたのは、先日の戦いで右腕のブレード一本というハリボテだった未完成機ではない。
完全なる装甲を纏い、威風堂々と立ち尽くす漆黒の悪魔。
真の『新生ルシフェル』であった。
「おおおおぉぉぉっ……!!」
ローゼリア・エーベルヴァインは、真紅の瞳をキラキラと輝かせ、子供のように歓喜の声を上げた。
外観のシルエットは、かつてのルシフェルを踏襲しているが、纏うオーラが根本的に違っていた。光を吸い込むような漆黒の古代装甲の隙間からは、高純度に圧縮された赤黒い魔力回路が血管のように脈打っている。
「フィーネ! これは……前のルシフェルよりも一回り引き締まっておるな!」
「おうよ。未知の領域でやり合った戦闘データと、先日のハリボテでの限界機動データをすべてフィードバックした。無駄な装甲は極限まで削ぎ落とし、代わりに魔力による『絶対反発防壁』を常時展開できるようにシステムを書き換えてある。装甲の薄さを魔力でカバーする超攻撃特化型だ」
フィーネは手元のタブレットを叩き、新兵装のデータをホログラムで展開した。
「背部の自律可動砲台も一新したぜ。空間の歪みそのものを弾丸として撃ち出す『次元断裂砲』を六基搭載。さらに、右腕には先日の対艦ブレードを小型・高密度化して内蔵し、左腕にはエネルギーを吸収・反射する新開発のシールド発生器を取り付けた。……まあ、控えめに言って、星の一つや二つを単騎で消し飛ばせる化け物だ」
「ふはははっ! 最高じゃ! 控えめに言って最高すぎるぞ、フィーネ!」
ローゼリアは歓喜のままにカタパルトを蹴り、無重力ジャンプでコックピットのハッチへと飛び込んだ。
シートに身を沈め、システムを起動する。
『——マスター。網膜認証、生体波長、完全一致。脳波リンク、同期を開始します』
バハムートの合成音声が響いた瞬間、ローゼリアの脳裏に、機体の全周囲センサーから得られる膨大な情報が、一切のノイズなしに直接流れ込んできた。
有線のケーブル接続など全くないというのに、まるでルシフェルの漆黒の装甲が自分自身の皮膚になり、巨大なスラスターが自分の足になったかのような、完璧な「一体感」。
「(……なんという万能感じゃ。これなら、コンマゼロ一秒の世界ですら、妾の庭のように支配できる!)」
『限界まで引き上げられた機体の処理速度により、マスターの思考速度にシステムが完全に追従可能です。……お帰りなさいませ、銀河最強の死神』
「ああ、ただいまじゃ、バハムート! これで、引きこもりの神々がどれだけ理不尽な盤面を用意しようと、正面から叩き潰してやれるわい!」
ルシフェルのロールアウトを見届け、ご機嫌な足取りでブリッジへと向かったローゼリアを待っていたのは、戦乙女の面々と、腕を組んで立つブリュンヒルデ団長であった。
「……機体の調子はどうだ、ローゼリア」
「完璧じゃ! 今すぐにでも出撃して、宇宙海賊の拠点を三つ四つ潰してきたい気分じゃぞ!」
鼻息を荒くするローゼリアに対し、ブリュンヒルデはフッと口角を上げた。
「その意気込みは結構だが、しばらくはお預けだ。フェイト陛下から、先日の防衛戦の特別報酬が振り込まれた。……桁が一つ間違っているのではないかと経理局に問い合わせるほどの、莫大な額だ」
「ほう! さすがは姉上、太っ腹じゃな! で、それで新しい戦艦でも買うのか?」
「いや」
ブリュンヒルデは、手元のタブレットを操作し、メインモニターに一つの映像を映し出した。
そこに映し出されたのは、真っ白な砂浜、エメラルドグリーンに輝く透き通った海、そして照りつける眩しい太陽。
帝国が誇る最高級リゾート惑星『アクア・エデン』の紹介映像であった。
「我々『戦乙女』は、これより一週間の特別休暇に入る。行き先はここだ。……戦艦ごとプライベートビーチを貸し切った。死線続きだったお前たちへの、私と陛下からの慰安旅行だ」
ブリュンヒルデの言葉に、ブリッジは一瞬の静寂の後、割れんばかりの大歓声に包まれた。
「う、海ですわーーーっ!! ローゼリアお姉様と海! 太陽! 水着!!」
エリーゼがその場でクルクルと回りながら狂喜乱舞する。
「ローゼリアの水着姿……ッ!! 急いで日焼け止めと、最高級のカメラと、もしもの時のための人工呼吸の練習を……!!」
リアンヌがブツブツと呟きながら、すでに危険な妄想の世界へと旅立っている。
「やったー! 久しぶりのバカンスじゃない! 水着、新調しなきゃ!」
「殿下、海難事故に備えて、水上機動のシミュレーションを組んでおきます!」
アルティナとウルスラも、それぞれの形で喜びを爆発させた。
だが、当のローゼリアだけは、少しだけ渋い顔をしていた。
「いや、妾は遠慮しておこうかのう。ようやくルシフェルが完成したばかりじゃし、シミュレーターで新しい操作感を試したい。それに、手をつけておらん未プレイのソフトが三本ほど残っておるんじゃ」
インドア派にとって、陽射しの強い海などという場所は最も忌避すべきステージである。
「駄目だ。これは団長命令だ」
ブリュンヒルデが冷たく言い放つ。
「お前が部屋にこもっていれば、この過保護な連中が海に行かずに全員部屋の前で警備を始めるに決まっている。……いいから、太陽の下で健康的に過ごしてこい。それに、端末類はすべて没収だ」
「そ、そんな殺生なあああ……っ!」
こうして、銀河最強の死神は、抵抗も虚しく常夏の楽園へと強制連行されることとなったのである。
数日後。
リゾート惑星『アクア・エデン』。
帝国の皇族すら滅多に利用できないという超高級プライベートビーチには、抜けるような青空と、心地よい波の音が広がっていた。
「ひゃっほーう! 海よーっ!」
真っ先に白い砂浜へと飛び出していったのは、スポーティなオレンジ色のビキニに身を包んだアルティナだった。
それに続くように、エインヘリアルのタラップから、戦乙女たちが次々と水着姿で現れる。
ウルスラは、生真面目な彼女らしく、露出を抑えたネイビーの競泳水着。しかし、日々の鍛錬で引き締まった無駄のない腹筋と完璧なプロポーションが逆に目を引く。
ロスヴァイセは、大人の色気が漂う紫のエレガントなパレオ付き水着で、優雅に日傘を差している。
ランドグリーズは、大胆なカッティングの施された赤いビキニで、その豊満な胸元を惜しげもなく披露していた。
オルトリンデは、日焼けを極端に嫌う狙撃手らしく、黒のラッシュガードで全身を覆い、大きな麦わら帽子を被っている。
そしてエリーゼは、無駄にフリルとリボンが装飾された真紅のビキニ姿であった。
「(おおおおおお……ッ!! なんという眼福じゃ!!)」
タラップの上からその光景を見下ろしていたローゼリアの内心は、歓喜の嵐に包まれていた。
前世はただのゲーム好きの青年であった彼女(彼)にとって、本物の美少女たちの色とりどりの水着姿が乱れ咲くこの光景は、まさに究極のご褒美イベントそのものである。
ローゼリアは、死神としての威厳を保つために顔の筋肉を総動員して無表情を装っていたが、その真紅の瞳は仲間たちの見事なスタイルを舐め回すように、しかし決して悟られないよう巧妙に目に焼き付けていた。
「(素晴らしい……! これだけでも、海に来た甲斐があったというものじゃ。この傭兵団を立ち上げて、本当に良かったと心から思える瞬間じゃな!)」
心の中でサムズアップを決めるローゼリア。
しかし、彼女自身もまた、他人事では済まされなかった。
「……リアンヌ。これ、本当に着なければならんのか? 布の面積が少なすぎる気がするんじゃが」
フェイト女帝が自ら「私の妹の可愛さを銀河中に知らしめるための勝負服」として選んだというその水着は、黒を基調としながらも、随所に真紅のフリルがあしらわれた、非常に愛らしいデザインのビキニであった。
ローゼリアの小柄で華奢な体型に恐ろしいほどマッチしており、死神の威厳など微塵も感じさせない「ただの美少女」がそこにいた。
「(……尊いッ!!!)」
付き添っていたリアンヌは、純白の清楚なビキニ姿であったが、主の破壊力抜群の姿を間近で見て、鼻からツーッと一筋の赤い液体を流した。
「リ、リアンヌ!? お主、鼻血が出ておるぞ! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫です、ローゼリア……! ただ、お美しすぎて私のバイタルセンサーが限界を突破しただけです……ッ!」
リアンヌは震える手でローゼリアの手を取り、砂浜へとエスコートした。
「そこじゃ! ランドグリーズ、甘いぞ!」
「うわっ、ローゼリア殿下、動きの予測が的確すぎる!」
数時間後。
白い砂浜の特設コートでは、戦乙女たちによる激しいビーチバレー対決が繰り広げられていた。
最初は気乗りしなかったローゼリアだが、仲間たちの眩しい水着姿を合法的に眺められると気づき、一転してノリノリで参加していた。
ローゼリア&リアンヌ&アルティナのチームと、ランドグリーズ&ウルスラ&エリーゼのチームによる三対三の熱戦。
「見切った! ウルスラのスパイクの軌道、着弾点はここじゃ!」
ローゼリアの真紅の瞳が、飛んでくるボールの弾道と落下点を完璧に予測する。マギアナイトの操縦で培われた動体視力と空間把握能力は、ビーチバレーにおいても正確な状況判断を可能にしていた。
「リアンヌ、トスじゃ!」
「はいっ、ローゼリア!」
リアンヌの完璧なトスがふわりと空中に上がる。
「(もらった! 妾の頭脳が弾き出した、最高打点での完璧なスマッシュ! これで決まりじゃ!)」
ローゼリアは、脳内で自らが華麗に宙を舞い、強烈なスパイクを打ち込む完璧なイメージを描きながら、力強く砂浜を蹴った。
……いや、蹴ろうとした。
忘れてはならない。機体という絶対の補助がなければ、彼女の生身の身体能力は「絶望的なまでの運動音痴」である。
気合とは裏腹に、彼女の足は砂に足を取られて数センチしか浮かず、空中で見事に両足がもつれ合った。
スカッ。
「あ、れ……?」
無惨にもボールを完全な空振りで見送ったローゼリアは、そのままの勢いで顔面から砂浜へと激突した。
べちゃぁぁっ!!!
直後、ポヨン、と彼女の後頭部にボールが虚しく落下する。
「……ろ、ローゼリア!?」
「お姉様ぁぁぁっ!? 大丈夫ですか、息はありますか!? 誰か、医療ポッドをーっ!」
慌てふためき、顔面蒼白で駆け寄ってくる戦乙女たち。
ローゼリアは、顔中を真っ白な砂まみれにしながら、内心で静かに涙を流していた。
「(……そうじゃった。機体に乗っていない生身の妾は、運動能力皆無のただのポンコツなんじゃったわ……。せっかくの美少女たちの前で、なんという無様な姿を……)」
「だ、大丈夫じゃ! ちょっと砂の感触を確かめただけじゃぞ!」
強がって立ち上がる主の姿に、仲間たちはホッと胸を撫で下ろし、砂浜には再び明るい笑い声が響き渡った。
やがて、太陽が水平線に沈みかけ、空と海が茜色に染まり始めた頃。
遊び疲れた戦乙女たちは、砂浜に敷かれた大きなシートの上に集まり、ロスヴァイセの淹れた冷たいトロピカルティーを飲みながら、静かに波の音を聞いていた。
「……綺麗な夕日じゃのう」
ローゼリアは、膝を抱え、茜色に輝く海面を真っ直ぐに見つめていた。
その隣には、リアンヌが寄り添うように座っている。
「ええ、本当に。……宇宙から見る星々の光も美しいですが、こうして一つの星の自然を感じるのも、素晴らしいですね」
「うむ。……この美しい景色も、眼福な水着姿……ごほん、お前たちのその笑顔も。すべてが、妾にとっての『守るべき日常』じゃ」
ローゼリアの言葉に、リアンヌ、そして周囲で談笑していた戦乙女たちも、静かに主の方へ視線を向けた。
「高次元のシステムどもは、妾という存在を消すために、これからもあの手この手で盤面を荒らしにくるじゃろう。今回のように、世界全体を巻き込むような理不尽な罠を仕掛けてくるかもしれん」
ローゼリアは、砂浜の砂を指先で掬い上げ、サラサラとこぼれ落ちるのを見つめた。
「じゃがな。今日、こうしてお前たちとバカみたいにはしゃいで、確信したんじゃ。……妾は、この世界が大好きじゃ。どんな理不尽な展開が待っていようと、お前たちが傍にいれば、絶対に乗り越えられる」
ローゼリアは立ち上がり、夕日に向かって大きく伸びをした。
その小さな背中には、銀河最強の死神としての揺るぎない覚悟と、指揮官としての絶対の自信が漲っていた。
「最高の機体は完成した。最高の仲間も揃っておる。……準備は完全に整った!」
ローゼリアは振り返り、夕日を背にして不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、存分に英気を養ったことじゃし、そろそろ仕事に戻るとしよう! 次は防衛戦ではない、こちらからシステムの中枢に殴り込みをかける番じゃ!」
「ふふっ。お供しますよ、どこまでも。我らが死神の御心のままに」
リアンヌが立ち上がり、優雅に一礼する。
他の戦乙女たちも次々と立ち上がり、主の言葉に力強く頷いた。
嵐の前の、穏やかで甘いバカンスは終わりを告げた。
次に彼女たちを待つのは、宇宙の理を司る見えざる神々との、因果律を懸けた最終決戦。
だが、その前途に絶望はない。極彩色の翼と漆黒の悪魔は、絆という絶対の武器を胸に抱き、次なる過酷な戦場へと勇ましく飛び立っていくのであった。




