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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第三幕 第十七話:ハリボテの悪魔と、斬首の輪舞曲(ロンド)

母艦エインヘリアルのメインカタパルト。

そこに据え付けられていたのは、漆黒の悪魔たるマギアナイト『ルシフェル』——の、ようなものであった。

フィーネ率いる整備班の徹夜の突貫工事により、外装アーマーだけは以前のルシフェルと寸分違わぬ威容を取り戻している。

だが、それはあくまで「見た目だけ」の話であった。装甲の材質は本来の古代装甲には程遠いペラペラの代替素材であり、何よりも致命的なのは、背部の自律可動砲台やビームライフルといった重火器類が一切搭載されていないことだ。

現状、このハリボテの悪魔が持つ唯一の武装は、右腕に新規でマウントされた無骨な『折りたたみ式の対艦ブレード』ただ一つのみである。

「バハムート、システム接続! 脳波リンク(ニューラル・リンク)オンラインじゃ!」

『——了解。脳波リンク、同期完了。マスター、突貫工事のため、姿勢制御のアシストや衝撃を緩和する補助システムがすべて死んでいます。純度一〇〇パーセントの脳波誘導のみとなるため、機体からのサポートは一切得られません』

白を基調とした戦乙女の制服姿のまま、窮屈なシートに身を沈めたローゼリアは、獰猛な笑みを浮かべた。

「構わん! 煩わしい安全装置セーフティ補助アシストがない分、妾の思考速度に機体がダイレクトに追従できるというものじゃ! サポートなどなくとも、妾の脳内演算に機体がついてくればそれで良い!」

『重ねて警告します。この機体はハリボテです。装甲の衝撃吸収力はゼロに等しく、被弾すれば即座に空中分解します』

「つまり、一発でも喰らえば即終わりというわけじゃな。上等じゃ! 妾が被弾などという素人臭いミスをすると思うか!」

「ローゼリア殿下、各防衛拠点への突入ルート、設定完了しました! いつでも行けますわ!」

後方のカタパルトから、アルティナの声が響く。

「よし! 戦乙女ヴァルキュリア、全機発進! 一五〇の戦場に散らばる王の首、一つ残らず刈り取るのじゃ!」

ローゼリアが操縦桿を全開に押し込んだ瞬間。

未完成のルシフェルは、凄まじい赤黒い魔力の爆発と共に、エインヘリアルのカタパルトから文字通り「弾き出された」。

「ぐおおおぉぉっ!?」

安全装置リミッターの存在しない暴力的な加速Gが、ローゼリアの華奢な肉体をシートに激しく押し付ける。内臓がひっくり返るような負荷。

だが、その苦痛すらも、極限状態の戦場に身を投じる闘争心が完全に凌駕していた。

「(速い……! 思考と機体が、完全に一つになっておる!)」

前のルシフェルでは、機体の装甲や安全システムがローゼリアの異常な反応速度に「待った」をかけるコンマ数秒のラグが存在した。

だが、中身がスッカラカンで魔力伝導率だけに全振りしたこの未完成機にはそれがない。補助システムが一切なくとも、彼女が「避ける」「斬る」と脳波で念じた瞬間、機体はすでにその動作を完了しているのだ。

辺境の第十二防衛拠点。

帝国の正規艦隊は、防衛ラインを構築して必死の弾幕を張っていたが、異常な機動力で迫る生体兵器たちの『レギオン』部隊の波に完全に飲み込まれようとしていた。

『左翼防衛線、突破されました! 敵の指揮官機とおぼしき大型機が、本艦のブリッジに直進してきます!』

帝国軍の艦長が、絶望的な報告に目を閉じた、まさにその時である。

ズガァァァァァンッ!!

宇宙空間に、赤黒い閃光が走った。

それは一筋の稲妻のように敵陣のど真ん中を貫き、帝国艦隊に迫っていた敵の指揮官機の懐へと瞬時に潜り込んだ。

『なっ……!?』

指揮官機に搭乗していたホムンクルスが、卓越した反射神経で振り向こうとした時には、すでにすべてが終わっていた。

ガシャッ!!

ルシフェルの右腕にマウントされていた折りたたみ式の対艦ブレードが、スプリングの弾ける甲高い音と共に、前方に鋭く展開される。

武装はこれ一つ。飛び道具は一切なし。だからこそ、その一撃に古代フレームの全推力と赤黒い魔力が一点集中していた。

ズバァァァァァァッ!!!

未完成のルシフェルがすれ違いざまに放った巨大な物理刃の一閃が、音もなく、敵の大型指揮官機の分厚い装甲を真っ二つに両断し、爆散させた。

『敵の……指揮官機、轟沈! い、今のは一体!?』

帝国軍の艦長が驚愕の声を上げる中、指揮官という「核」を失った敵部隊の動きが、目に見えて鈍り始めた。

先ほどまでの連携めいた圧力が消え、ただ個々の機体がバラバラに突撃を繰り返すだけの烏合の衆へと成り下がったのである。

「やはりな。核を失えば、ただの単調な動きしかできんか!」

ローゼリアの笑い声が、帝国艦隊の通信回線に響き渡った。

「帝国軍よ、反撃の狼煙を上げよ! 烏合の衆となった残党どもを、貴様らの十字砲火ですり潰してやれ!」

『こ、この声は……ローゼリア殿下! 戦乙女の死神が来てくださったぞ! 全艦、一斉射撃開始!!』

士気を取り戻した帝国軍の猛反撃が始まるのを見届ける前に、未完成のルシフェルは対艦ブレードをガシャリと折りたたみ、すでに次の座標へと向けて戦線を離脱していた。

ローゼリアだけではない。

帝国全域に散らばった一五〇の戦場では、七つの極彩色の翼による「神速の斬首作戦」が同時多発的に展開されていた。

『——第七防衛拠点、敵指揮官機の排除を完了しました! さあ、帝国軍の皆様、後は掃討戦ですわ!』

ロスヴァイセのヘルムヴィーゲが、超質量の戦斧で敵の大型機を叩き潰し、優雅に通信を入れる。

『第三十三居住区、制圧完了! 敵の動きが単調すぎます! 私の不可視の狙撃の前に、的でしかありません!』

オルトリンデのジークルーネが、数万キロの彼方から敵指揮官のコックピットだけを正確にぶち抜き続ける。

『こいつら、個体の性能は高いけど、防衛や回避のパターンが全部同じね! 犯罪組織のクローン兵器なんて、電子戦でロックオンのタイミングをずらすだけで、簡単に同士討ちを始めるわ!』

アルティナのハルファスが、戦場全体にジャミングをばら撒きながら、次々と敵を無力化していく。

バハムートのデータリンクを通じて、次々と「指揮官機ロスト」の報告がローゼリアの脳内へと飛び込んでくる。

「良いぞ、お前たち! 完璧なペースじゃ! 敵が百五十の盤面を用意しようが、核を潰せばただの消化試合じゃ!」

ローゼリアは、機体からのサポートが一切ない純粋な脳波操縦のみでルシフェルを神がかり的に機動させ、敵のビームの雨を装甲スレスレ——文字通り数ミリの隙間で回避し続けていた。

システムアシストがない分、操縦は完全に彼女のイメージと直感のみに依存している。少しでも雑念が混じれば、ペラペラの装甲は容易く貫かれ、彼女の肉体は宇宙空間に放り出されるだろう。

だが、その「一瞬のミスも許されない極限の緊張感」が、彼女の思考を最高潮へと引き上げていた。

右腕の折りたたみブレードが展開されるたびに、敵の王の首が確実に一つ宙に舞う。

「次! 第四十八拠点! 座標転送からの即時強襲をかけるぞ!」

宇宙空間をキャンバスに、赤、白、青、紫の極彩色の光が、無数の星々を繋ぐように飛び回る。

それはまさに、一五〇の戦場を舞台にした、美しくも無慈悲な斬首の輪舞曲ロンドであった。

一方、その頃。

第十三象限の『深淵の宝物庫』の最奥部。

十万の軍勢を統括するはずだった総指揮官のホムンクルスは、管制ルームの巨大モニターを前に、微かに眉をひそめていた。

感情を持たないはずの彼の中に、明確な「エラー」への戸惑いが生じていたのだ。

「……第五大隊、第六中隊、第十二小隊……。指揮官個体とのリンクが、次々とロストしている。部隊の統制率が、作戦開始からわずか数時間で三〇パーセント以下に低下」

彼の脳内に流れ込んでくるのは、圧倒的な勝利の報告ではなく、帝国軍の反撃によって次々と消滅していく味方のシグナルばかりであった。

「我々は完璧な兵士であるはず。各個体の戦闘能力は、帝国軍の一般兵を遥かに凌駕している。……何故、こうも容易く戦線が崩壊する?」

総指揮官が戦闘データを詳細に解析すると、すべての戦場で「共通のバグ」が発生していることに気がついた。

極彩色の光を纏った、たった七機のマギアナイト。

彼らが戦場に現れた瞬間、部隊の核となる指揮官機だけがピンポイントで物理的に粉砕され、直後に統制を失った部隊が帝国軍の物量によってすり潰されているのだ。

「……たった七機による、戦術的介入。個体の身体能力や力押しでは、彼らの『戦術』と『遊撃』に対応しきれていない。特にあの、黒い機体……」

モニターに映る、右腕のブレード一本で自軍の中枢を切り裂いていくハリボテの悪魔の姿に、総指揮官の赤い瞳が冷たい光を放った。

「このままでは、百五十の戦場すべてが各個撃破される。……戦術の変更を申請。分散した部隊を再集結させ、あの七機のイレギュラーを直接排除するための『絶対包囲陣』を構築する」

彼は、残存する全軍に向けて、新たなプロトコルを送信した。

「帝国の各拠点への無差別攻撃を中止。全軍、目標を『七機のマギアナイト』へと変更。……奴らを、物量の渦に沈めよ」

巨大犯罪組織の残党が仕掛けた(と思われている)無差別侵攻の目論見は、ローゼリアたちの神速の反撃によって完全に狂い始めていた。

だが、十万の軍勢が「たった七人」を殺すためだけに一つの戦場へと殺到した時、戦局は再び、予測不可能な絶望の盤面へと変貌を遂げようとしていた。

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