第三幕 第十二話:覇王の過保護と、一番酷い怪我の真相
母艦エインヘリアルが帝都アエテルガルドの専用宇宙港へと帰還した直後。
ローゼリア・エーベルヴァインは、帝国軍の最精鋭である医療部隊によって文字通り「拉致」されるような手際でストレッチャーに乗せられ、帝都の中枢に位置する皇立第一病院の特別VIP病室へと搬送されていた。
そこは病室というよりも、高級ホテルの最上級スイートルームに最新鋭の医療ポッドを無理やりねじ込んだような、異様なほど豪奢な空間であった。
「さあ、ローゼリア! 次はこの『アルカディア・メロン』ですよ。私が特別に甘いところだけをくり抜きましたからね。はい、あーん」
「……姉上。妾は手も口も無事じゃ。自分で食べられるのじゃが……」
「駄目です! 貴女は今、絶対安静の重傷患者なのですから! さあ、あーん!」
ふかふかの特注ベッドの上に半身を起こしたローゼリアの口元に、フェイト女帝が自らフォークを差し出している。
帝国の全権を握る美しき覇王は、今や政務をすべて将軍たちに丸投げし、妹を甘やかすためだけの「過保護な姉」へと完全にクラスチェンジを果たしていた。
漆黒の瞳を潤ませて迫りくるフェイトの圧に負け、ローゼリアは渋々口を開けてメロンを頬張った。
「……むぐ。美味い。さすがは姉上の見立てじゃ」
「あああっ……! 私の妹が果物を咀嚼している……! なんという尊さ……!」
フェイトは胸を押さえて謎の感動に打ち震えている。
(相変わらず、姉上のシスコンぶりは留まるところを知らんのう……)
ローゼリアはメロンを飲み込みながら、内心で苦笑した。
そこへ、白衣を着た帝国の主席軍医が、恭しく一礼しながら病室へと入ってきた。手には最新の生体スキャンデータが入力されたタブレットを持っている。
「フェイト陛下、ローゼリア殿下。精密検査の結果が出ましたので、ご報告に上がりました」
「ええ、早く教えなさい! 妹の体は、一体どれほど酷いダメージを受けているのです!? 骨折ですか? 内臓破裂ですか? それとも未知の次元ウイルスに……!」
フェイトが血相を変えて軍医に詰め寄る。
「あ、いえ……それがですね」
軍医は少しだけ言いにくそうにタブレットの画面をスワイプした。
「高次元領域での生身での戦闘……いえ、回避運動とのことで、全身に数十カ所の打撲と裂傷、および極度の筋肉疲労が見られます。しかし、幸いなことに骨や内臓に異常はなく、これらは医療ポッドに入れば数日で完治する軽傷の部類です」
「……本当ですか?」
フェイトが信じられないというように瞬きをする。
「はははっ、妾の回避スキルを舐めるでないぞ、姉上。致命傷はすべて完璧に避けてみせたからのう!」
実際は足がもつれて盛大に転んだおかげだが、そこは黙っておくのが覇王の妹の矜持である。
「……ですが」
軍医は、タブレットのホログラムでローゼリアの顔の3Dモデルを展開し、ある一点を赤くハイライトした。
「全身の傷の中で、**『最もダメージが深く、腫れが酷い箇所』**が一つだけあります。それが、左の頬です」
フェイトがローゼリアの顔をまじまじと見つめる。
確かに、ローゼリアの左の頬は、少し青紫色になり、ぷっくりと見事に腫れ上がっていた。他の擦り傷や打撲とは明らかに異質な、強烈な物理的衝撃を受けた痕跡。
「なっ……! この赤く腫れた手形……! 次元兵器でもエネルギー波でもない、明確な『人間の平手打ち』の痕ではありませんか!!」
フェイトの漆黒の瞳に、ゴウッ! と恐ろしい覇王の怒りの炎が灯った。
「誰です!! 高次元の神を名乗る不届き者ですか!? 妹の顔に……この天下の国宝たるローゼリアの頬に、直接ビンタをかました命知らずはどこのどいつですか!! 帝国全軍を以て、その次元ごと消し炭にして——」
「ま、待て待て姉上! 違うのじゃ、早まるな!」
ローゼリアは慌ててフェイトの腕を掴んだ。
「神の奴にやられたわけではない。……これは、帰還した時に、ブリュンヒルデ団長に全力で張り倒された痕じゃ」
「……は? ブリュンヒルデが?」
フェイトが、ポカンと口を開ける。
ローゼリアは、ベッドの上で居住まいを正し、少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。
「独断専行で未知の領域に飛び込んだこと。ルシフェルを失ったこと。……そして何より、仲間たちを危険な場所へ迎えに行かせざるを得ない状況を作ったこと。……それを、指揮官として厳しく叱られたのじゃ。完全に、妾の落ち度じゃよ」
ローゼリアが自らの非を認め、素直に語る姿に、フェイトの怒りの炎はスッと静まっていった。
「……なるほど。そういうことでしたか」
フェイトは、ゆっくりとベッドの端に腰を下ろした。
「あのブリュンヒルデが、手を出してまで貴女を叱ってくれたのですね。……ええ、彼女の言う通りです。もし貴女がそのまま帰ってこなかったら、私は悲しみで狂い、この宇宙の半分を道連れにしていたかもしれません」
「姉上、それはそれで冗談に聞こえんからやめるのじゃ……」
フェイトは、ローゼリアの赤く腫れた左頬に、そっと冷たいおしぼりを当てた。
「痛いですか、ローゼリア」
「……少しな。じゃが、この痛みは妾に必要な戒めじゃよ。……団長の平手打ちは、敵のレーザーよりも何百倍も重かったのじゃ」
ローゼリアが照れくさそうに笑うと、フェイトもまた、優しく微笑み返した。
「——失礼いたしますわ! ローゼリアお姉様のお加減はいかがですか!」
病室の扉が勢いよく開き、プラチナブロンドの縦ロールを揺らしてエリーゼが飛び込んできた。
その後ろから、リアンヌ、ウルスラ、アルティナ、ロスヴァイセ、ランドグリーズ、オルトリンデの戦乙女の面々が、見舞いの品を抱えてゾロゾロと入ってくる。
「お主ら、任務の事後処理はもう終わったのか?」
ローゼリアが目を丸くする。
「ええ。とりあえず急ぎの報告書だけは提出してきました。……ローゼリア、お顔の腫れはどうですか?」
リアンヌが、心配そうにローゼリアの左頬を覗き込む。
「うむ、見ての通りじゃ。神様の極大ビームは避けられても、うちの団長のビンタは回避不可の確定ダメージじゃったからな」
ローゼリアが冗談めかして言うと、病室にドッと笑いが起きた。
「お姉様! 本日はお姉様の早期回復を祈願して、特製の『メロン彫刻・ローゼリアお姉様仕様』をお持ちしましたわ!」
エリーゼが、無駄に芸術点が高い、ローゼリアの顔の形に彫られた巨大なメロンをテーブルに置く。
「……エリーゼの愛は相変わらず重いが、まあ有難くいただこう」
「殿下、こちらが私が調合した特製湿布です。頬の腫れを一晩で引かせる効果があります」
ウルスラが生真面目な顔で、怪しげな青いペーストの入った瓶を差し出す。
「ウルスラ、それは絶対に顔に塗っちゃ駄目な色をしてるわよ。……ほらローゼリア、新作の携帯ゲーム機。暇だろうから持ってきたわ」
アルティナが箱を放り投げる。
「おお! さすがはアルティナ、分かっておるな!」
ローゼリアが歓喜の声を上げてゲーム機を受け取った。
「こら、ローゼリア殿下。今は絶対安静ですよ。あまり目を酷使してはいけませんわ」
ロスヴァイセがおっとりとたしなめる。
賑やかな病室。
過保護な姉と、喧しいほどに愛の重い部下たちに囲まれ、ローゼリアは心の底から安堵のため息を吐き出した。
自分が独断で命を投げ出そうとした時、この温かい場所を永遠に失うところだったのだと、今ならはっきりと分かる。
そこへ、控えめなノックの音が響き、病室の扉が開いた。
現れたのは、大量の書類の束を脇に抱え、申し訳なさそうに視線を彷徨わせているブリュンヒルデ団長であった。
「……フェイト陛下。ご歓談中に失礼いたします。演習の事後報告と、機体の修理予算の稟議書をお持ちしました」
ブリュンヒルデは、フェイトに一礼した後、気まずそうにローゼリアの方を見た。
「……ローゼリア。その、なんだ。顔の腫れは……」
「気にするな、団長! 姉上に冷やしてもらったおかげで、随分と良くなったぞ。……ほれ、この通りじゃ」
ローゼリアは、ベッドの上でニカッと笑い、腫れた頬を自ら指差して見せた。
その屈託のない笑顔に、ブリュンヒルデの強張っていた肩の力がフッと抜ける。
「……そうか。なら、良い。……早く治して、復帰しろ。フィーネが、新しいルシフェルの設計図を引きながら、首を洗って待っていろと言っていたぞ」
「ふははっ、それは恐ろしいのう! 姉上からたっぷり特別ボーナスを毟り取って、最高の機体を組んでもらわねばな!」
ローゼリアの言葉に、フェイトが「いくらでも出しますよ!」と即答し、再び病室は笑い声に包まれた。
高次元の管理者を打ち砕き、帝国の平和を守り抜いた戦乙女たち。
一番酷い怪我が「身内からの愛のムチ」であったという事実は、彼女たちがどれほど互いを想い合い、強い絆で結ばれているかの何よりの証明であった。
柔らかいベッドの中で、ローゼリアは仲間たちの笑顔を見渡しながら、そっと目を閉じた。
次なる脅威がいつ訪れようとも、もう一人で背負い込むことはしない。この七つの翼と共に、どんなクソゲーであろうと、完全攻略してやる。
銀河最強の死神の心は、かつてないほどに穏やかで、そして強く満たされていた。




