第三幕 第十話:六つの翼の降臨と、怒れる乙女たちの反撃
光のグリッドが天井全体を覆い尽くし、回避不可能な絶対の圧殺がローゼリアをすり潰そうとした、まさにその刹那。
無機質な高次元の空間に、耳を劈くような轟音と、極彩色の魔力の奔流が突き刺さった。
ズガガガガガガァァァァァッ!!!
空間の天井——管理者が展開した強固なエネルギー場が、外側から放たれた極大の魔力レーザーによって紙細工のように容易くぶち破られたのである。
破砕された次元の亀裂の奥から、まばゆい宇宙の星々の光と共に、六筋の流星が神の領域へと雪崩れ込んできた。
『——お待たせいたしました、私の主!!』
通信回線ではなく、空間そのものを震わせるほどの凛とした叫び。
真っ先に降下してきた純白の『ブラン・ゼファー』が、両手のツイン・ハルバードを旋回させ、ローゼリアの頭上に迫っていた光の天井を、暴風の魔力防壁で強引に弾き飛ばす。
バリンッ! という硬質な音と共に、管理者の「広域面圧殺シーケンス」が完全に粉砕され、無害な光の粒子となって霧散した。
「リアンヌ……!」
「させません! 私の命に代えても、ローゼリアにはこれ以上、指一本触れさせません!」
純白の機体が、地に伏せるローゼリアを庇うようにして立ちはだかる。
それに続くように、群青の『ミネルヴァ・アサルト』、紫の『ハルファス・イクリプス』、紅蓮の『グリムゲルデ』、重厚な『ヘルムヴィーゲ』、漆黒の銃身を構える『ジークルーネ』が、次々と空間の床に降り立った。
六機の戦乙女が、円陣を組むようにして、満身創痍の主を完璧に包み込む。
『対象の侵入経路、特定不能。外部からの物理的干渉による防衛領域の突破……システムエラー。論理的計算値を超過しています』
管理者の無機質な音声が、初めて明らかな「動揺」のノイズを響かせた。
「計算できないでしょうね、引きこもりの神様。私たちとローゼリアの絆は、そんなちっぽけなプログラムで測れるものじゃないのよ!」
アルティナが、ハルファス・イクリプスの超長距離マナ・スナイパーを構えながら吠える。
「ローゼリア殿下! 今すぐお助けいたします!」
ウルスラのミネルヴァ・アサルトが機体をかがませ、巨大な装甲の手のひらをローゼリアの足元へとそっと差し出した。
「ウルスラ……」
ローゼリアは、痛む体を引きずり、這うようにしてミネルヴァの温かい金属の手のひらの上へと身を預けた。
限界まで張り詰めていた虚勢の糸が、仲間たちの姿を見た瞬間にプツリと切れた。
「……お主ら、遅いぞ。妾はもう、指一本動かせん……。本当に、死ぬかと思うたのじゃぞ……」
強がりな死神の口から、微かに震える弱音がこぼれ落ちる。
真紅の瞳の縁には、ずっと堪えていた安堵と恐怖の涙が、キラリと光って零れ落ちた。
その姿——パイロットスーツはボロボロに引き裂かれ、血を滲ませて泥だらけになり、涙を浮かべる主の姿を見た瞬間。
六人の戦乙女たちの脳内で、何かが決定的に「ブチッ」と音を立ててちぎれた。
『……よくも。よくも私たちのローゼリアを、こんな目に……!』
リアンヌの声が、氷のように冷たく、そしてドス黒い怒りに染まる。
「システムだろうが、神だろうが……絶対に許しません。この空間ごと、塵一つ残さず叩き潰します」
生真面目なウルスラから放たれる殺気が、ミネルヴァの装甲越しに実体化しそうなほどに膨れ上がる。
「お嬢様を傷つけた無作法者には、それ相応の教育が必要ですわね」
「ああ、同感だ。一分一秒でも早く、あいつの本体を引きずり出してハチの巣にしてやる」
ロスヴァイセとランドグリーズが、武器の安全装置をすべて解除し、限界突破の出力へとスロットルを押し込んだ。
「オルトリンデ! 視界に入る動くものはすべて撃ち落とすわよ!」
「了解しました。……私の主の涙の代償、高くつきますよ」
普段は冷静な後方支援組の二人すら、機体のマナ伝導率を限界まで引き上げ、怒りの炎を燃やしていた。
フィーネが安全マージンを削って施した限界突破の調整が、彼女たちの怒りと完全に同期し、六機のマギアナイトから尋常ではないオーラが噴き上がり始める。
ウルスラは、ミネルヴァ・アサルトの胸部装甲を展開し、コックピット内のサブシートへと優しくローゼリアを収容した。
「……すまん、ウルスラ。世話をかける」
「とんでもありません。殿下をお守りできなかった私の失態です。……どうぞ、少しでもお休みください」
ウルスラが、痛々しいローゼリアの傷口に救急キットの応急処置スプレーを吹きかける。
だが、ローゼリアは首を横に振った。
「いや、休むのはすべてが終わってからじゃ。……バハムート、アルティナのハルファスと戦術データリンクを繋げ。ミネルヴァの通信システムを間借りするぞ」
『——了解。並列戦術リンク、再構築。戦乙女全機のシステムとマスターの思考を同期します』
ローゼリアの左腕の端末から、バハムートのコアプログラムがミネルヴァのシステムへと接続され、そこからさらに部隊全機の戦術ネットワークへと直結した。
「……聞こえるか、お前たち」
ローゼリアの声が、六機のコックピットにクリアに響き渡る。
先ほどまでの震えは消え、そこにあるのは、部隊を率いる絶対的な指揮官としての威厳に満ちた声であった。
『ローゼリア! 無理をしてはいけません! 指揮は私が——』
「案ずるな、リアンヌ。身体は動かんが、頭と口はまだ達者じゃ。それに……妾の愛機をバラバラにされた落とし前、妾自身の手でつけねば腹の虫が治まらん」
ローゼリアは、ウルスラのコックピットモニターを見据え、不敵な笑みを浮かべた。
「妾のルシフェルは失われた。手足をもがれた状態じゃ。……じゃが、お前たち六機が、今この瞬間から妾の翼であり、牙じゃ! 行くぞ、お前たち!」
『『『——応!!!』』』
六機の戦乙女の咆哮が、高次元の空間を大きく揺るがした。
『……防衛プロトコルを再起動。侵入者の完全排除に移行する』
管理者の空間から、先ほどルシフェルを解体した「光の鎖」や「不定形力場」、そして無数の「光の矢」が津波のように押し寄せてくる。
だが、その程度のプログラムで、激怒した戦乙女たちを止められるはずがなかった。
「アルティナ、バハムートの演算データを受け取れ! 敵の湧き出し口を完全に封殺しろ!」
『了解! 電子の海の魔女のハッキング、思い知りなさい!』
アルティナのハルファスが、超長距離マナ・スナイパーではなく、ジャミングと電子干渉を最大出力で放射する。
管理者のシステムに強引に割り込み、光の矢を生成しようとするプロトコルの記述そのものを強制的に書き換え、無効化していく。
「オルトリンデ! アルティナが書き換えた隙間の座標を狙い撃て!」
「見えました。……全弾、命中させます」
ジークルーネの不可視の狙撃弾が、空間の歪みの根元を正確に撃ち抜き、敵の増援を物理的に断ち切る。
「ランドグリーズ、ロスヴァイセ! 前衛の道をこじ開けろ! 力押しで構わん!」
「任せな! この双発突撃銃で、光の帯ごと引きちぎってやるよ!」
「重力波の防壁、最大展開! まとめて押し潰しますわ!」
グリムゲルデの怒涛の弾幕と、ヘルムヴィーゲの超質量の戦斧が、行く手を阻む光の鎖や力場を文字通り粉砕していく。
ルシフェル単機では魔力を吸収されてしまった罠も、今の限界突破を果たした二機の圧倒的な暴力の前では、吸収が追いつかずに弾け飛んでしまう。
「ウルスラ! リアンヌの後に続け! 妾たち自身が矛となって、敵の中枢へと突き進むぞ!」
「承知いたしました! 殿下の御心のままに!」
ウルスラのミネルヴァ・アサルトが、背部の爆発反応装甲型スラスターを全開にし、リアンヌのブラン・ゼファーと並走して空間を切り裂く。
ローゼリアの超絶的な空間把握能力が、六機の位置取り、敵の配置、攻撃のタイミングをコンマ一秒の狂いもなくコントロールし、完璧な一つの生き物のように戦場を支配していた。
それは、もはや戦いではなく、一方的な蹂躙であった。
『……エラー。エラー。防衛プログラムの損耗率、八十パーセントを突破。修復が追いつきません』
無機質な管理者の声に、焦燥の響きが混じる。
「当然じゃ。お前はただのプログラムじゃが、妾たちは血の通った人間じゃ。怒りや絆で限界を超える力など、お前のポンコツな計算式に組み込まれておるわけがなかろう!」
ローゼリアの檄が飛ぶ中、戦乙女たちはついに、空間の最奥部に隠されていた巨大な「中枢コア」へと辿り着いた。
そこには、巨大な水晶体のようなものが浮遊していた。
無数の光のケーブルが繋がり、この高次元空間、ひいては宇宙のシステム全体を制御している『管理者』の本体——その端末コアであった。
『……警告。これ以上の接近を禁ずる。当コアへの物理的損壊は、宇宙の因果律に深刻なバグを発生させる恐れが——』
「黙れ。貴様が起こしているバグの方がよっぽど深刻じゃ!」
コアの周囲に、最後の抵抗とばかりに、これまでで最も分厚く強固な「絶対防壁」が何十重にも展開される。
それは、星一つを容易く消し飛ばす兵器の直撃すら耐えうる、高次元の圧縮力場であった。
「ローゼリア! あの防壁は硬いです! 一機の火力では貫けません!」
リアンヌが叫ぶ。
「分かっておる! ならば、六機の力を一つに束ねるまでじゃ!」
ローゼリアは、端末のバハムートに命じた。
「バハムート、全機のマナ同調シークエンスを起動。六機の古代フレームの出力を、一点に集中させよ!」
『——了解。全機体、マナ・シンクロナイズ開始。……限界出力、一二〇パーセント突破』
六機の戦乙女が、中枢コアを取り囲むようにして配置につく。
リアンヌの風、ウルスラの爆発力、ロスヴァイセの重力、ランドグリーズの弾幕、アルティナの紫電、オルトリンデの不可視の魔力。
それぞれの古代フレームから放たれる極彩色の魔力が、ローゼリアの戦術リンクを介して、ウルスラのミネルヴァ・アサルトが構える巨大なパイルバンカーの先端へと一点に収束していく。
「お前が神だろうが、宇宙の管理者だろうが関係ない! 妾の日常を、妾の大切な仲間たちを脅かすシステムなど、この手で完全に修正してやる!」
ローゼリアの叫びに応え、ウルスラが操縦桿を力の限り押し込んだ。
「殿下の怒りを、思い知りなさい!!」
六機の魔力をすべて乗せた、ミネルヴァ・アサルトの極大パイルバンカーが、管理者の絶対防壁へと激突する。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
高次元空間そのものが悲鳴を上げるような、凄まじい衝撃波が巻き起こる。
何十重にも展開された圧縮力場が、一枚、また一枚とガラスのように砕け散っていく。
『……理解不能。個体と個体の融合エネルギーが、論理的限界値を凌駕している。……これが、感情という名のバグ……』
「バグではない! これが、人間の絆じゃ!!」
パキィィィンッ!!
ついに最後の防壁が粉砕され、ミネルヴァのパイルバンカーの鋼鉄の杭が、管理者の水晶体コアへと深々と突き刺さった。
そして、その内部で、六機分の極大魔力が大爆発を引き起こす。
激しい閃光が、高次元の空間すべてを白く染め上げる。
水晶体のコアは内側からひび割れ、断末魔のノイズを上げながら、完全に粉々に砕け散った。
『……システム、シャットダウン……。特異点……ローゼリア・エーベルヴァイン……』
最後に残された管理者の音声は、そのまま光の粒子と共に虚空へと消え去った。
直後、コアを失った高次元の空間が崩壊を始める。
周囲の幾何学的な光の帯が色を失い、次元の壁が崩れ落ちていく。
「脱出するぞ! 空間が閉じる前に、元の宇宙へ帰還せよ!」
ローゼリアの指示を受け、リアンヌを先頭に六機の戦乙女が、崩壊する神の領域を全速力で駆け抜ける。
背後から迫る空間の崩壊を間一髪で振り切り、彼女たちは再び、宇宙の星々が瞬く元の第七演習宙域へと飛び出すことに成功した。
振り返れば、そこには何の痕跡も残っていない。
見えざる神の領域は、戦乙女たちの圧倒的な反逆によって、完全に打ち砕かれたのであった。
「……終わった、か」
ウルスラのコックピットの中で、ローゼリアは深く、深く安堵の息を吐き出し、完全に意識を手放した。
安心しきったその寝顔は、銀河最強の死神ではなく、ただの年相応の愛らしい少女のものであった。
六つの極彩色の翼が、眠りについた主を優しく囲むようにして、母艦エインヘリアルへと凱旋していく。




