第三幕 第八話:電子の魔女の執念と、反撃の六つの翼
母艦エインヘリアルのメインドックは、かつてないほどの怒号と火花に包まれていた。
「モタモタすんじゃねェ! 弾薬の再装填、規定時間の半分で終わらせろ! 関節部の冷却剤は限界までぶち込め!」
巨大なスパナを振り回し、作業ドローンと整備兵たちを怒鳴り散らしているのは、整備班長フィーネである。
油と汗にまみれた彼女の顔には、焦燥と、それ以上の凄まじい執念が張り付いていた。
「フィーネさん、ミネルヴァのパイルバンカーのカートリッジ、特注の徹甲魔力弾に換装をお願いします。……どんな硬い装甲が来ようと、一撃で粉砕できるように」
コックピットから降りることなく、ウルスラが通信で要求する。
「言われなくてもやってるよ! 古代フレームのリミッターも、安全マージンを極限まで削って出力を五パーセント底上げしてある! てめェらの脳みそが焼き切れるギリギリのラインだ!」
フィーネはコンソールを蹴り飛ばす勢いでキーを叩き、各機体のステータスを次々と緑色へと書き換えていく。
「恩に着るわ、フィーネ。……私たち、必ずローゼリアを連れて帰ってくるから」
リアンヌが、純白の『ブラン・ゼファー』の中で操縦桿を強く握り締めながら答えた。
「当然だ。あのクソワガママな死神がいないと、アタシが作ったルシフェルの修理代を誰に請求すればいいか分かんねェからな。……絶対に、連れて帰ってきな!」
一方、エインヘリアルのブリッジでは。
紫の瞳の天才ハッカー、アルティナ・オーライオンが、自らの機体『ハルファス・イクリプス』のシステムを母艦のメインコンピューターと直結させ、凄まじい速度でキーボードを叩いていた。
彼女の額からは滝のような汗が流れ、ホログラムモニターの青白い光がその横顔を照らしている。
「……空間歪曲率の逆算、終了。残留マナの崩壊パターンから、次元の『亀裂』が発生した瞬間の初期値を割り出す……! サブ・バハムート、演算リソースをすべて座標特定に集中させて!」
『——了解。並列処理リンク、稼働率一二〇パーセント。……アルティナ、あなたの脳神経へのフィードバック負荷が危険域に達しています』
サブ・バハムートAIの無機質な警告が響く。
「うるさいっ、これくらいどうってことないわ! ローゼリアは今、たった一人で得体の知れない神様の部屋に乗り込んでるのよ! 私が……私たちが急がないでどうするの!」
アルティナの指先が残像を残すほどの速度で宙を舞う。
隣では、オルトリンデが彼女のオーバーヒートを防ぐために、冷却システムを手動でコントロールし、演算のサポートを必死に行っていた。
「アルティナ殿、第十三象限の数式に僅かなノイズが! 私が修正します!」
「助かるわ、オルトリンデ! ……そこよ、そのノイズの奥に、ルシフェルが突入した時にこぼれた『赤黒い魔力の波長』が隠れてる! 捕まえたわ!」
アルティナが、最後にエンターキーを力強く叩きターンッ! と音を鳴らした。
メインモニターに、複雑な数式と幾何学模様が収束し、一つの明確な『座標』が赤く表示された。
『——解析完了。高次元領域へのゲート侵入座標、および空間突破のための必要魔力値の算出に成功しました』
サブ・バハムートの報告に、ブリッジにいた全員が息を呑んだ。
「やった……! 割り出したわ、ローゼリアのいる場所!」
アルティナが、疲労で椅子に崩れ落ちそうになりながらも、歓喜の声を上げる。
「見事だ、アルティナ、オルトリンデ。そしてサブ・バハムート」
腕を組んで見守っていたブリュンヒルデ団長が、深く頷いた。
「よし、直ちに全機に出撃命令を……」
ブリュンヒルデが通信を開こうとしたその時、メインモニターに強制割り込みの通信が入った。
黄金の玉座に座る、フェイト・エーベルヴァイン女帝である。
『——戦乙女の皆様。補給とゲートの計算、ご苦労様です』
フェイトの声は、いつもの威厳あるものではあったが、その瞳には愛する妹を案じる深い憂いが宿っていた。
「フェイト陛下。帝国軍の防衛網は……」
『すでにエインヘリアルの周囲に絶対防衛線を構築済みです。いかなる敵が湧こうとも、ここは私たちが死守します』
フェイトは、画面越しに戦乙女たち一人一人の顔を見渡した。
『私の妹は、強大な力を持っていますが……本当はとても不器用で、一人で重荷を背負い込もうとする悪い癖があります。……どうか、彼女を一人にしないでください。私のたった一人の妹を、帝国(私)の光を、連れ戻してきてください』
女帝としてではなく、一人の姉としての切実な願い。
「……ご安心ください、フェイト陛下」
通信回線越しに、リアンヌの力強い声が響いた。
「ローゼリアは、私たち『戦乙女』の主であり、かけがえのない大切な人です。神が相手だろうと、高次元の壁があろうと、私たちがすべて切り裂いて彼女の元へ駆けつけます。……必ず、あなたの元へお返しいたします」
『……頼みます、リアンヌ。全軍、戦乙女の出撃ルートを確保!』
エインヘリアルの巨大なハッチが開かれる。
そこには、補給と限界突破の再調整を完璧に終えた、六機のマギアナイトが並び立っていた。
純白の『ブラン・ゼファー』。
群青の『ミネルヴァ・アサルト』。
紫の『ハルファス・イクリプス』。
紅蓮の『グリムゲルデ』。
重厚なる『ヘルムヴィーゲ』。
漆黒の銃身を携えた『ジークルーネ』。
(今回はエリーゼはお留守番である。彼女の機体では、高次元の圧力に耐えきれないと判断されたため、涙を飲んで帝国の防衛艦隊と共に後方に残っていた)
『——アルティナより全機へ。私が算出した空間座標に向けて、全機の主砲と魔力を一点集中させるわ。次元の壁に『穴』を開けて、そのまま突入するのよ!』
「了解しました。……全機、兵装展開!」
リアンヌの号令で、六機が一斉に武器を構え、魔力のチャージを開始する。
「ローゼリア……今行きます!」
『撃てェェェッ!!』
六機の古代フレームから放たれた極大の魔力レーザーが、宇宙空間の一点——アルティナが割り出した虚空の座標へと完全に重なり合って直撃した。
ズガガガガガァァァァァッ!!!
圧倒的なエネルギーの奔流が、空間そのものをガラスのように打ち砕く。
先ほど管理者が開いたものと同じ、いや、それ以上に強引で暴力的な次元の亀裂が、宇宙空間にぽっかりと口を開けた。
亀裂の奥には、無数の光の帯が流れる幾何学的な高次元領域が覗いている。
「道は開けました! 総員、最大推力! 決してはぐれないように!」
リアンヌのブラン・ゼファーを先頭に、六機の戦乙女たちが、赤、白、青、紫の魔力の尾を引いて、次元の亀裂へと一気に飛び込んでいく。
未知の領域。物理法則の通用しない神の部屋。
しかし、彼女たちに迷いはなかった。
「(待っていてください、ローゼリア。あなたの盾が、今そちらへ向かいます!)」
空間の亀裂が背後で閉じていく中、六つの翼は、主を奪還するための最後の戦場へと、猛烈な速度で降下していった。
限界ゲーマーの死神と、彼女を愛してやまない戦乙女たちの、管理者の盤面を完全にひっくり返すための反逆が、ついに交わろうとしていた。




