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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第三幕 第七話:白騎士の誓いと、戦乙女の反撃準備

時間を少しだけ遡る。

第七演習宙域に開いた無数の次元の亀裂が、巨大な幾何学要塞の爆散と共に次々と閉じていく最中。

その最後に残った最も大きな亀裂へと、赤黒い魔力の炎を纏った漆黒の悪魔『ルシフェル』が、一切の躊躇なく単騎で突入していくのを、リアンヌ・ヴァーミリオンは特等席で目の当たりにしていた。

『ローゼリア!? 何をしているのですか、こちらへ戻ってください!』

『嘘でしょ、あの亀裂の中に飛び込む気!?』

リアンヌとアルティナの悲痛な叫びが、通信回線に響き渡る。

だが、その制止の声を背に受けながらも、死神はただ一言、焦燥する仲間たちに後を託した。

『リアンヌ! アルティナ! ウルスラ! 後の始末は任せたぞ! 姉上と帝国をしっかり守っておれ!』

「ローゼリア殿下ぁぁぁっ!!」

ウルスラの絶叫が響く中、ルシフェルが亀裂の向こう側——管理者の領域へと姿を消した直後、次元の壁はガラスが溶けるように音もなく塞がり、宇宙空間には元の静寂と無数のデブリだけが残された。

「……ローゼリア……」

純白の『ブラン・ゼファー』のコックピットで、リアンヌは震える手を前方へと伸ばしたまま、呆然と虚空を見つめていた。

自分が護るべき主が、手の届かない異次元の彼方へと消えてしまった。その喪失感と絶望が、冷たい水のように胸の奥底へと流れ込んでくる。

『お、お姉様……? 嘘ですわよね、お姉様が、一人で……』

通信越しに、エリーゼの泣き崩れるような声が聞こえる。

ウルスラのミネルヴァ・アサルトが、主を失った怒りと焦燥に駆られ、閉じたはずの空間に向けてパイルバンカーを空しく何度も撃ち込もうとしていた。

「(……いけない。このままでは、部隊が崩壊する)」

リアンヌは、きつく唇を噛み締めた。

主を失った絶望に浸っている暇などない。ローゼリアは最後に、自分たちを信じて『後を任せた』のだ。ならば、彼女の盾であり、この傭兵団『戦乙女ヴァルキュリア』の副団長である自分が、ここで立ち止まるわけにはいかない。

リアンヌは深く息を吸い込み、コックピットの通信パネルを操作し、全回線に向けて副団長としての最高権限オーバーライドを発動した。

「——総員、落ち着きなさい!! 攻撃を止めよ、ウルスラ!」

凛とした、しかし確かな力強さを持ったリアンヌの声が、パニックに陥りかけていた戦乙女たちの通信回線を制圧する。

「ローゼリアは、自らの意思で敵の本拠地へと乗り込みました。彼女がただ無謀に死に急ぐような方ではないことなど、私たちが一番よく知っているはずです!」

『で、ですがリアンヌ殿! あの空間は我々の物理法則が通用しない未知の領域です! 殿下お一人では……!』

ウルスラが悲痛な声で反論する。

「ええ、分かっています! だからこそ、私たちが彼女を迎えに行くのです!」

リアンヌは、操縦桿を強く握り直し、自らの機体に搭載された神AIのサブユニットを起動した。

「サブ・バハムートAI、全演算リソースを解放! ローゼリアのルシフェルが突入した際の、空間の歪曲率、残留マナ波長、および次元座標の軌跡をすべて記録・解析しなさい! 何としてでも、あの亀裂の向こう側へ至る『道』を計算して見せよ!」

『——了解。副団長権限を受理。次元座標のトレースおよび、高次元領域への侵入ルートの演算を開始します』

サブ・バハムートの合成音声が響き、ブラン・ゼファーのシステムがフル稼働を始める。

「アルティナ! あなたのハルファスの電子戦能力も、すべてサブ・バハムートの演算アシストに回しなさい! 針の穴を通すような確率でも構わない、必ずローゼリアの元へ繋がるゲートの座標を割り出すのよ!」

『……っ! 分かったわ、リアンヌ! すぐに並列処理リンクを構築する! 電子の海の魔女を舐めないでよね!』

アルティナが涙を拭い、紫の瞳に強い光を宿してタブレットを猛烈な勢いで叩き始める。

「ランドグリーズ、ロスヴァイセ、エリーゼ! 周辺の残敵警戒を続行! 帝国軍と傭兵団の安全を確保しなさい!」

『『『了解!!』』』

見事なまでの副団長の采配。

リアンヌの的確な指示と、決して主を諦めないその姿勢が、戦乙女たちに再び戦う理由と冷静さを取り戻させていた。

リアンヌは、戦域の状況を素早く確認した上で、母艦であるエインヘリアルのブリッジへと通信を繋いだ。

「ブリュンヒルデ団長、聞こえますか。……ローゼリアが、敵の領域へと単騎で逆侵攻しました」

『……すべて見ていた。帝国軍のフェイト陛下も、事態の把握に努めている』

通信越しに聞こえるブリュンヒルデの声は、いつも以上の重苦しさを帯びていたが、決して取り乱してはいなかった。

「団長。これより私たち戦乙女は、ローゼリア救出のための強襲作戦へと移行します。……ですが、今の状態では駄目です」

リアンヌは、自らのブラン・ゼファーをはじめ、各機のモニターステータスを確認する。

先ほどの幾何学兵器群との激戦により、各機体は推進剤プロペラントを激しく消耗し、弾薬も底を尽きかけていた。古代フレームに蓄積された熱量も限界に近い。

この状態で未知の高次元領域へ突入すれば、ローゼリアを助けるどころか、自分たちが足手まといになるのは火を見るより明らかであった。

「戦乙女全機に命じます。これより我々は、一度母艦エインヘリアルへと帰還します」

『帰還ですって!? 今この瞬間にも、お姉様が危険に晒されているかもしれないのに!』

エリーゼが反発する。

「焦っては駄目です、エリーゼ! 未知の領域での戦闘は、万全の状態でも生還が約束されない死地です。弾薬も推進剤も尽きかけた今の私たちでは、ローゼリアの盾になることすらできません!」

リアンヌは、妹分を諭すように、しかし毅然と言い放った。

「一度母艦に戻り、弾薬のフル装填と機体の急速冷却パージ、そしてフィーネさんによる限界突破設定の再調整を行います。……ローゼリアを確実に助け出すために、最も早く、最も確実に彼女の元へ辿り着くための『準備』をするのです!」

リアンヌの理にかなった言葉に、ウルスラやエリーゼたちも無念そうに唇を噛みながら、深く頷いた。

「団長、よろしいですね?」

『ああ。フェイト陛下には私から伝えておく。帝国軍の全艦隊を以て、エインヘリアル周辺の絶対防衛線を構築させよう。……リアンヌ、お前たちはただ、ローゼリアを取り戻すことだけを考えろ』

「はい……!」

通信を切り、リアンヌは再び宇宙空間を見つめた。

亀裂の消えた虚空には、何の痕跡も残されていない。だが、サブ・バハムートAIの演算モニターには、少しずつ、確実に、別次元へと繋がる微小な座標データが構築され始めていた。

「待っていてください、ローゼリア。……あなたが私に背中を預けてくれたように、今度は私が、あなたの前を切り開く剣となります」

純白の騎士は、胸に手を当てて深く誓いを立てる。

「——戦乙女ヴァルキュリア全機帰還リターン! これより、我が主を奪還するための反撃準備に移行します!」

リアンヌの号令と共に、七つの極彩色の翼が方向を転換し、母艦エインヘリアルへと向かって一斉に加速を開始した。

悲しみや絶望に溺れる暇はない。彼女たちの瞳には、銀河最強の死神を取り戻すという、ただ一つの強烈な使命だけが燃え盛っていた。

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