表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
209/292

第三幕 第五話:陰湿なる神の刺客と、死神の逆侵攻

第七演習宙域の静寂は、空間そのものが硝子のように砕け散る異様な音によって破られた。

帝国正規軍と大手傭兵団連合の艦隊が、模擬戦の熱気に包まれながら対峙していたそのど真ん中。

漆黒の宇宙空間に生じた無数の亀裂は、まるで次元の壁を無理やりこじ開けたかのように、不気味な白光を放ちながら拡大していく。

「空間歪曲率、さらに上昇! な、何か来ます!」

後方で全域のデータリンクを統括していたアルティナが、タブレットの警告音と共に叫ぶ。

その直後、亀裂の奥から音もなく湧き出してきたのは、これまで戦乙女たちが目にしてきた、どの勢力の兵器とも異なる異形の存在であった。

装甲の継ぎ目を持たない、完璧な幾何学模様を描く銀白色の多面体群。推進器の炎すら見せず、ただ無機質に空間を滑るように移動するそれらは、生命の息吹も、機械的な駆動音すら全く発していない。

『な、なんだあれは!? 帝国軍の新型か!?』

『ふざけるな、こちらにも情報はない! 模擬戦の予定外だぞ!』

両陣営の通信回線に、混乱と動揺が走る。

銀白色の多面体の一つが、ゆっくりと形を変化させた。

その表面が展開し、中心に青白い光を宿した砲身が姿を現す。照準が向けられたのは、前線で模擬戦に興じていた傭兵団『鋼鉄の牙』の巡洋艦であった。

『——警告! 尋常ではないエネルギーの収束! あれは模擬弾ではありません、実弾……いえ、高出力の反物質レーザーです!』

オルトリンデの悲鳴のような報告が響いた。

「撃たせるな! リアンヌ!」

ローゼリアの鋭い指示が飛ぶよりも早く、純白の近衛騎士は動いていた。

「私の前で、命を奪うことなど許しません! !」

純白の『ブラン・ゼファー』が、凄まじい推力で傭兵艦の前に躍り出る。

リアンヌが両手のツイン・ハルバードを旋回させ、限界出力で展開した風の魔力防壁が、多面体から放たれた青白い極太のレーザーと激突した。

ズガァァァァァァァンッ!!!

模擬戦の演習宙域に、初めて響き渡る「本物の破壊音」。

風の防壁と反物質レーザーがぶつかり合い、周囲の空間にすさまじい衝撃波と光の嵐を撒き散らす。リアンヌの古代フレームが軋みを上げるほどの圧倒的な威力であった。

『なっ……!? 実弾のレーザーだと!?』

傭兵団の艦長が、冷や汗を流しながら信じられないものを見るように叫んだ。

「総員、散開しろ! これは演習ではない、正体不明の敵による実力行使じゃ!」

ローゼリアの声が、全艦隊の通信回線に強制的に響き渡る。

無数の空間の亀裂から、次々と銀白色の多面体が湧き出し、その数は瞬く間に数千の規模へと膨れ上がっていく。それらは一切の躊躇なく、帝国軍と傭兵団の両方に向けて致死性のレーザーを乱射し始めた。

「(……またか)」

戦場の上空に陣取る漆黒の『ルシフェル』のコックピット。

全天周モニターに映し出される、無機質な兵器群の無差別攻撃を見下ろしながら、ローゼリア・エーベルヴァインは、自らの内にこれまでにないほど冷たく、そしてドロドロとした暗い感情が湧き上がってくるのを感じていた。

幽霊船アストライアの時もそうだった。

星喰いの大群の時もそうだった。

高次元の『管理者』と名乗るシステムの中枢は、自らの定めたルールのせいで特異点であるローゼリアに直接手を出せない。

だからこそ、常に間接的な手段を用い、盤面を外部から操作し、環境や過去の遺物を引っ張り出して、まるで自然発生した事故かのように彼女を殺そうとする。

(姉上が、帝国の未来のために……そして血の気の多い傭兵たちとの絆を結ぶために、どれほどの心血を注いでこの軍事演習を準備したと思っている)

ローゼリアは、操縦桿を握る手にギリッと力を込めた。

(それを、こんな無機質なガラクタどもを放り込んで、土足で踏み荒らすか。……特異点、特異点と、壊れた機械のように同じ理由ばかり並べおって。妾はローゼリア・エーベルヴァインじゃ。この帝国の覇王の妹であり、戦乙女の主じゃぞ!)

毎度毎度、正面から堂々と挑んでくることもなく、コソコソと盤面の裏側から石を投げつけてくる、その底知れぬ陰湿さ。

自分だけでなく、自分の大切な者たちが作り上げた場所まで無慈悲に壊そうとする、そのシステムの理不尽さ。

「……引きこもりの神もどきが」

ローゼリアの真紅の瞳に、明確な『殺意』が宿った。

「そこまでして妾を排除したいのなら、盤面ごと貴様を叩き割ってやる。……バハムート、古代フレームのリミッターをすべて解除せい。機体の自壊保護も切れ」

『——警告。マスターの生命活動に著しい負荷がかかります。機体の耐用限界を大幅に超過する恐れが……』

「構わん。妾の怒りに追いつけないような機体なら、この場で鉄屑になってもらうまでじゃ」

ローゼリアの静かで冷酷な命令に、神AIはわずかに沈黙し、そして——。

『……了解。マスターの意思を最優先事項として受諾。全リミッター、解除。マナ伝導率、限界点突破。……思う存分、破壊の限りを尽くしてください』

ドォォォォォォンッ!!!

ルシフェルの漆黒の装甲から、周囲の空間を歪ませるほどの、赤黒く禍々しい魔力の炎が噴き上がった。

それは、かつて銀河最強の死神と呼ばれた少女が、真の意味でその牙を剥いた証であった。

『——ローゼリア!? その出力は……!』

防壁を展開していたリアンヌが、ルシフェルから放たれる異常な魔力波に驚愕の声を上げる。

「リアンヌ! ランドグリーズ、ロスヴァイセ! お前たちは後方に下がり、帝国軍と傭兵たちの艦隊を絶対に守り抜け! この空間に湧いたゴミどもは、妾がすべて塵に変えてやる!」

ローゼリアの怒気に満ちた声は、通信回線を通じて戦乙女の全員に、そして帝国軍と傭兵たちにも届いた。

同じ頃、帝都の司令室。

軍事演習の神聖な場を何者かに土足で踏み躙られたフェイト女帝もまた、玉座の手すりを握り潰さんばかりの怒りを露わにしていた。

「我が帝国の未来を担う将兵たちと、志を同じくする傭兵たちの武舞台を……よくも汚してくれましたね、見えざる敵よ」

フェイトの黒曜石のような漆黒の瞳が、氷のように冷たく細められる。

「将軍たち! 演習は即刻中止! これより帝国全軍は実戦態勢へと移行します! 模擬弾の安全装置を解除し、戦乙女たちの防衛の盾となりなさい! 一隻たりとも、あの白き異形どもにやらせてはなりません!」

『ははっ!! 帝国軍全艦、実戦態勢へ! 傭兵団にも通達、これより我々は共闘する!』

フェイトの迅速な判断により、対峙していた帝国軍と傭兵団は瞬時に鉾を収め、背中合わせの巨大な防衛陣形を構築し始めた。

『ふん、帝国に貸しを作るのも悪くねェ。野郎ども、見知らぬ的当ての時間だ! 実弾をぶち込め!』

傭兵団の頭目たちも、襲い来る多面体兵器群に向けて一斉に牙を剥いた。

そして、その艦隊の前面には、戦乙女たちの三機が絶対の防衛線として立ち塞がっていた。

「私の主が、あそこまでお怒りになるなんて。……この落とし前、必ずつけさせます!」

リアンヌのブラン・ゼファーが、ツイン・ハルバードから生み出す風の防壁をさらに巨大化させ、艦隊を覆い隠す。

「これより先は一歩も通しませんわ! お嬢様の茶会を邪魔する無作法者には、退場していただきます!」

ロスヴァイセのヘルムヴィーゲが、超重量の戦斧を宇宙空間で叩き合わせ、重力波の防壁を形成する。

「お前たちの機体、本当に無機質で面白みがないね! 全部ハチの巣にしてあげるよ!」

ランドグリーズのグリムゲルデが、双発突撃銃から放たれる実弾と魔力の混合弾幕を張り巡らせ、近づく多面体を次々と撃ち落とす。

「ウルスラ! 私たちはローゼリアの射線から漏れた敵を確実に狩るわよ!」

後方からアルティナのハルファス・イクリプスが、オルトリンデのジークルーネと共に精密な狙撃を放ち、敵の砲門を次々と黙らせていく。

「承知! 殿下の邪魔をする者は、私のパイルバンカーがすべて粉砕します!」

ウルスラのミネルヴァ・アサルトが、爆発反応装甲型スラスターの推力で敵陣の側面へと食い込み、多面体群の陣形を内側から崩していく。

戦乙女たちは、演習の『審判』から、外敵を排除するための『処刑人』へとその役割を完全にシフトさせていた。

だが、誰よりも圧倒的で、誰よりも容赦のない破壊をもたらしていたのは、怒りに身を任せたローゼリアの『ルシフェル』であった。

「特異点、特異点と……貴様らのその陰湿な理屈は、もう聞き飽きたわ!」

ルシフェルの背部から、数十基に及ぶ自律可動砲台が宇宙空間へと解き放たれる。

通常であれば、バハムートAIの演算補助を受けながら展開する武装だが、今のローゼリアの脳内処理速度は、怒りによってAIの限界すらも凌駕していた。

全天周モニターに映る三百六十度の視界。数千に及ぶ敵兵器の三次元的な座標、移動速度、攻撃タイミング。

そのすべてをローゼリアの直感が瞬時に把握し、完璧な迎撃と破壊の命令を下していく。

「消え失せい!」

漆黒の砲台群から放たれた無数の真紅のレーザーが、まるで意志を持った光の雨のように多面体兵器群へと降り注ぐ。

回避行動をとる暇すら与えず、装甲の最も脆い結合部を正確に撃ち抜かれ、無機質な銀白色の兵器たちが次々と爆散して宇宙の塵と化していく。

『……脅威度再計算。特異点の排除確率、低下。戦術パターンを移行』

多面体兵器群は、ローゼリアの異常な火力を前に、個体での攻撃を諦めた。

生き残っていた数百機の多面体が空中で一つに合体し、全長数キロにも及ぶ巨大な『幾何学の要塞』へとその姿を変えたのである。

要塞の正面には、先ほどリアンヌが防いだものとは比較にならない、艦隊を丸ごと消し飛ばすほどの極大出力の反物質砲が収束し始めていた。

『ローゼリア、気をつけて! あれを撃たれたら、防壁ごと艦隊が消滅するわ!』

アルティナの悲鳴が通信回線に響く。

「撃たせると思うか。……妾の逆鱗に触れたこと、あの世で後悔するのじゃな」

ローゼリアは、ルシフェルのスロットルを最奥まで押し込んだ。

古代フレームの赤黒い魔力が、ルシフェルの機体全体を覆い尽くし、巨大な黒い炎の翼を形成する。

リミッターを解除した圧倒的な推力は、コックピットの柔らかいシートごとローゼリアの肉体を押し潰そうとするが、彼女は歯を食いしばってその苦痛を力でねじ伏せた。

ルシフェルが、巨大要塞の正面へと神速で踏み込む。

敵の極大レーザーが放たれる、そのコンマ一秒前。

「潰れろ!!」

ルシフェルは、両肩に装備された巨大なクローアームを展開し、赤黒い魔力を限界まで集中させた。

そして、要塞の砲口そのものへと、左右のクローを強引に叩き込み、力任せに左右へ引き裂いたのである。

バキィィィィィィィィンッ!!!

宇宙で最も硬い物質が砕け散るような、凄まじい金属音が響き渡る。

収束中だった反物質エネルギーが行き場を失い、要塞の内側で大暴走を起こした。

巨大な幾何学の要塞は、断末魔の音を上げることもなく、自らのエネルギーに飲み込まれて内側から完全に爆散し、跡形もなく消滅した。

その圧倒的な暴力を前に、帝国軍と傭兵団はただ息を呑んで戦慄していた。

『……敵性反応、完全消失。空間の亀裂の修復を確認』

バハムートの静かな音声が響く。

全天周モニターに映し出される、徐々に閉じようとしている空間の亀裂。

それは、兵器を送り込んだ管理者が、失敗を悟ってこちらの世界との繋がりを絶とうとしている証拠であった。

いつもいつも、一方的に盤面を荒らして、分が悪くなれば盤面ごと放棄して逃げ隠れる。

その一方的な傲慢さが、ローゼリアの怒りの炎にさらに油を注いだ。

「(……逃がすと思うか。神だろうが管理者だろうが、一度喧嘩を売ったからには、それ相応の覚悟を持ってもらおう)」

ローゼリアは、操縦桿から手を離すことなく、ルシフェルの姿勢を閉じゆく亀裂へと向けた。

「バハムート、推力を前方へ全集中! 亀裂が閉じる前に、あの空間の向こう側へ突入する!」

『……マスター。亀裂の先は、我々の宇宙の物理法則が通用しない高次元領域の可能性があります。帰還の保証は——』

「構わん。向こうが直接手を出してこないのなら、妾が直接殴り込みに行ってシバき倒してやるまでじゃ」

ローゼリアの狂気とも取れる決断に、通信回線が悲鳴のような声で溢れかえった。

『ローゼリア!? 何をしているのですか、こちらへ戻ってください!』

『嘘でしょ、あの亀裂の中に飛び込む気!?』

リアンヌとアルティナが絶叫する。

「リアンヌ! アルティナ! ウルスラ! 後の始末は任せたぞ! 姉上と帝国をしっかり守っておれ!」

ローゼリアは、焦燥する仲間たちにそう言い残し、スロットルを全開にした。

『ローゼリア殿下ぁぁぁっ!!』

ウルスラの絶叫が響く中、赤黒い魔力の炎を纏った漆黒の悪魔は、完全に閉じる寸前の次元の亀裂へと単騎で突っ込んだ。

そして、ルシフェルがその身を翻した直後、亀裂は音もなく消滅し、第七演習宙域には元の静寂と無数のデブリだけが残された。

『ローゼリア……! そんな……』

通信は完全に途絶。

フェイト女帝の漆黒の瞳が見開かれ、戦乙女たちが呆然と虚空を見つめる中、銀河最強の死神は、見えざる神の領域への無謀な逆侵攻を、たった一人で開始したのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ