第三幕 第四話:覇王の軍事演習と、戦乙女の調停宣告
保養惑星アルカディアでの甘美な休息から数週間。
銀河最強の傭兵団『戦乙女』の母艦エインヘリアルのブリッジには、再びいつものような心地よい緊張感と、ブリュンヒルデ団長が愛飲する胃薬の微かな香りが戻ってきていた。
「……以上が、先日フェイト皇帝陛下より直々に下された特命の全容だ」
メインモニターの前に立つブリュンヒルデは、手元のタブレットから視線を上げ、集合した七人の戦乙女たちを見渡した。
「帝国軍の再編完了に伴う、大規模な『統合軍事演習』の開催ですか。フェイト陛下も、また思い切ったことをなさいましたね」
アルティナが、モニターに映し出された演習の規模を示すデータを見ながら驚きの声を上げる。
この一年間、帝国は平穏を享受する一方で、軍内部の不要な派閥を解体し、指揮系統を一本化する大規模な軍隊再編を行っていた。
その成果と、新たな帝国軍の軍事力を内外に誇示し、同時に実戦形式で練度を確かめるため、フェイト女帝が主催となって超大規模な軍事演習が執り行われることになったのである。
「しかも、対戦相手が豪華ですわね。帝国正規軍を相手に、銀河で名を馳せる大手の傭兵団が複数、名乗りを上げているようですわ」
ロスヴァイセが、おっとりとした口調で参加リストを読み上げる。
「参加勢力は帝国第一から第六統合艦隊、および近衛騎士団の一部、対抗部隊は大手傭兵団連合(『赤き獅子』『鋼鉄の牙』『黒き流星』など、数千隻規模の武闘派組織ですわね」
「大手傭兵団からすれば、新しく生まれ変わった帝国軍に一泡吹かせることができれば、これ以上ない宣伝になりますからね。破格の軍事契約を勝ち取るための、絶好の舞台というわけです」
オルトリンデが冷静に分析する。
「ふむ。正規軍と荒くれ者の傭兵連合のぶつかり合いか。なかなか血沸き肉躍る催しではないか。して、団長。我々『戦乙女』はどちらの陣営に加担するのじゃ? 傭兵団の連合に混ざって、正規軍を完膚なきまでに叩きのめせばよいのか?」
ジャージ姿のローゼリアが、真紅の瞳を輝かせて好戦的な笑みを浮かべる。
だが、ブリュンヒルデは静かに首を振った。
「いや、我々『戦乙女』はどちらの陣営にも加担しない。フェイト陛下からの依頼は、この軍事演習における**『仲裁および審判』**だ」
「審判、じゃと?」
ローゼリアが不満そうに眉をひそめる。
「ああ。この演習はあくまで模擬戦であり、実弾や致命的な兵器の使用は固く禁じられている。だが、血の気の多い傭兵たちや、意地を見せたい正規軍がヒートアップし、ルールを逸脱する可能性は十分にある」
ブリュンヒルデは、厳しい表情でモニターの星図を指し示した。
「我々の任務は、演習宙域の全域を監視し、ルールの逸脱や危険行為が発生した際、圧倒的な武力をもって**『強制的に両者を制圧・調停する』**ことだ。……銀河最強たるお前たちにしか務まらない、絶対的な見届け人というわけだ」
「なるほど、ローゼリアお姉様が直接手を下すまでもない、下々の者たちの力比べを見守るというわけですわね! お姉様の威光を示すには最高の舞台ですわ!」
エリーゼが縦ロールを揺らしながら目を輝かせる。
「ローゼリア。あなたが戦えないのは残念かもしれませんが、私があなたの盾となり、いかなる不心得者からも演習の秩序を守ってみせます」
リアンヌが胸に手を当てて優雅に一礼する。
「うむ……まあ、姉上の頼みとあらば仕方あるまい。たまには高みの見物と洒落込むのも悪くはないじゃろう」
ローゼリアは少しだけ残念そうに肩をすくめながらも、審判としての役割を受け入れた。
数日後。
帝都アエテルガルドから少し離れた第七演習宙域には、数万隻に及ぶ帝国正規軍の艦艇と、雑多ながらも歴戦の凄みを感じさせる傭兵団連合の艦隊が、広大な宇宙空間を挟んで対峙していた。
それぞれの陣営の緊張が最高潮に達する中、全艦艇のメイン回線に、黄金の玉座に座るフェイト女帝の姿が映し出された。
『——誇り高き帝国の将兵たち、そして、その力を示さんと集った傭兵団の勇士たちよ。よくぞ集ってくれた』
フェイトの凛とした声が、宙域全体に響き渡る。
『我が帝国は、いかなる脅威にも屈しない強靭な剣と盾を必要としている。再編された正規軍の真の力、そして傭兵たちの実戦で鍛え抜かれた牙。その両者をぶつけ合い、銀河の平和を守るに足る力があるか、私に見せてほしい』
フェイトは、ゆっくりと立ち上がり、全軍へ向けて力強く宣言した。
『ただし、忘れてはならない。これは未来へ繋ぐための演習である。ルールを破り、無用な血を流そうとする者には——我が帝国が誇る「絶対の調停者」が、容赦なくその牙を折るであろう!』
フェイトの宣言と同時に。
両軍の中央、はるか上方の宙域に、空間の歪みと共に一隻の漆黒の母艦が姿を現した。エインヘリアルである。
そして、そのカタパルトから、七筋の極彩色の光が宇宙空間へと放たれた。
「……戦乙女だ! 本当に審判として出てきやがった!」
「伝説の古代機体……なんという威圧感だ……!」
両陣営のモニターに映し出されたのは、漆黒の悪魔『ルシフェル』を中心とする、七機の圧倒的な威容を誇るマギアナイトであった。
彼女たちは武器を構えることなく、ただ腕を組んで(あるいは静かに佇んで)戦場を見下ろしているだけだが、そこから発せられる魔力の波動は、数万隻の艦隊を凌駕するほどの重圧を放っていた。
『ふははっ! 両軍とも、精一杯励むが良い! ただし、ルールを破った愚か者は、妾のルシフェルが直接宇宙の塵にしてくれるわい!』
全回線にローゼリアの不敵な笑い声が響き渡り、両軍の兵士たちは背筋に冷たい汗をかきながらも、その闘志を限界まで引き上げられた。
『——これより、統合軍事演習を開始する! 全軍、前進!』
フェイトの号令が下された。
「撃てぇぇぇっ!!」
帝国正規軍の陣形から、一斉に模擬弾のレーザーが放たれる。
対する傭兵団連合も、統制の取れていない動きながらも、個々の技量の高さを活かして巧みに砲撃を回避し、デブリの陰から奇襲を仕掛けていく。
『こちらアルティナ。戦域全体のデータリンク、正常に稼働中。両軍のエネルギー出力を常時モニタリングしているわ。今のところ、実弾を隠し持っているような輩はいないみたいね』
最後方に陣取る紫の『ハルファス・イクリプス』のコックピットで、アルティナが数百のモニターを同時に処理しながら報告する。
『ウルスラ、少し左翼の傭兵部隊が前線に出過ぎています。正規軍の巡洋艦と接触する危険があります』
『了解しました、オルトリンデ殿。牽制を行います』
群青の『ミネルヴァ・アサルト』が、爆発的な推力で両軍の間に割って入る。
ウルスラは攻撃こそしないものの、巨大なパイルバンカーを構えて圧倒的な殺気を放ち、傭兵部隊にそれ以上の接近を思いとどまらせた。
『やり過ぎは禁物ですわよ、傭兵の皆様。ここから先は「立ち入り禁止」ですわ』
ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』が、分厚い装甲を輝かせながら正規軍の防衛線の前に立ち塞がり、見事な壁として機能している。
「ふむ。帝国軍の連携もなかなかのものじゃが、傭兵どもの泥臭い戦術も良い味を出しておるな」
戦場の中央上空。
ローゼリアは、ルシフェルの全天周モニターに映し出される両軍の激しい攻防を、腕を組んで満足げに眺めていた。
彼女の機体には手出し無用というオーラが漂っており、流れ弾一つ飛んでくることはない(万が一飛んできても、リアンヌのブラン・ゼファーが即座に風の防壁で弾き落としてしまうからだが)。
『ローゼリア、どう見ますか? 帝国軍の再編の成果は』
隣に控えるリアンヌが通信を入れてくる。
「悪くない。以前のような無駄な派閥争いによる連携の遅れが消え、指揮官の意図が末端の兵士にまでしっかりと行き届いておる。……フェイト姉上も、優秀な将軍たちを育てたものじゃ」
ローゼリアは、姉の治世の確かな前進を感じ取り、小さく頷いた。
演習は白熱し、両陣営とも一歩も譲らない見事な攻防を繰り広げている。
血なまぐさい死闘ではなく、純粋な技術と戦術のぶつかり合い。戦乙女たちの完璧な監査のもとで、演習はこれ以上ないほど順調に進行しているように見えた。
——だが。
『……ん? バハムート、今の波長は何?』
データリンクを統括していたアルティナが、不意に眉をひそめた。
『——応答。演習宙域の「外側」、約二光年先の深宇宙より、極めて微弱な空間歪曲反応を検知。……これは、演習の模擬兵器によるものではありません』
バハムートの合成音声が、冷徹な事実を告げる。
「どうした、アルティナ。通信障害か?」
ローゼリアが尋ねる。
『分からないわ。演習の熱源に紛れてはいるけど、背後の空間から、何かが……巨大な質量の何かが、静かにこちらへ向かってきているような……』
アルティナがセンサーの出力を最大に引き上げようとした、その時であった。
空間の歪曲が、突如として演習宙域のど真ん中にまで到達した。
何の警告もなく、第七演習宙域の宇宙空間に、巨大な黒い亀裂が幾つも走り始めたのである。
「なんじゃ、あれは……!」
ローゼリアが身を乗り出す。
それは、管理者による『特異点排除プログラム』の本格的な作動を意味していた。
帝国軍の威信を懸けた平和な軍事演習は、未知なる脅威の乱入によって、突如として最悪の実戦へと姿を変えようとしていた。




