第三幕 第一話:一年後の平穏と、死神を巡る乙女たちの聖戦
高次元の『管理者』による理不尽な自然災害——星喰い(ヴォイド・スウォーム)の大群を、戦乙女たちが帝国外縁部で完全に粉砕してから、早くも一年の歳月が流れていた。
この一年間、管理者は完全に沈黙を保ち、直接的・間接的な干渉の気配すら見せていない。
暗躍組織『黎明の腕』の残党も完全に掃討され、エーベルヴァイン帝国には、久方ぶりの完全な平和が訪れていた。
しかし、銀河最強の傭兵団『戦乙女』の母艦エインヘリアルの居住区画では、今日も今日とて、血で血を洗う(?)別の意味での激しい闘争が繰り広げられる。
「さあ、ローゼリア! 今日のティータイムは、帝室御用達の最高級ダージリンと、私が三日三晩かけて生地から練り上げた特製スコーンです! どうぞ、このリアンヌの膝枕でリラックスしながらお召し上がりください!」
ラウンジの中央に置かれた巨大なソファ。
純白のエプロンを軍服の上から纏ったリアンヌが、恍惚とした表情で自らの太ももをポンポンと叩き、寝転がっているローゼリアを熱烈に勧誘していた。
「……いや、リアンヌ。紅茶とスコーンは有難いが、膝枕は別に……」
ジャージ姿で携帯型ゲーム機をピコピコと操作しているローゼリアが、画面から目を離さずに気怠げに返す。
「お待ちください、ローゼリア殿下!」
そこへ、群青色の髪をきっちりと結い上げたウルスラが、音もなく滑り込んできた。
彼女の手には、怪しげな緑色の液体が入ったグラスが握られている。
「リアンヌ殿のスコーンは確かに美味ですが、糖質と脂質に偏りすぎています。運動不足気味の殿下のお体を案じるならば、私が厳選した二十種類の星間薬草をブレンドした、この『完全栄養特製青汁』を飲むべきです! 毒見はすでに三十回済ませております!」
「毒見三十回って、それただの劇薬じゃろ!? 妾の体力を削る気か、ウルスラ!」
ローゼリアがゲーム機を抱えてビクッと身をすくめる。
「それにウルスラ! あなたはローゼリアのお世話係としては新参者です! 彼女の好む温度、クッションの柔らかさ、そして絶妙な肩揉みの力加減……それらを完璧に熟知しているのは、古参の近衛騎士であるこの私です!」
リアンヌが、ウルスラの前に立ち塞がって火花を散らす。
「期間など関係ありません。黎明の腕で培った私の暗殺術は、対象のツボをコンマ一ミリの狂いもなく正確に押し、極上の睡眠へと誘うことができます。主の疲労を回復させる盾として、私の方が優秀です!」
ウルスラも一歩も引かず、生真面目な顔で対抗する。
「お二人とも、お退きなさいませ!!」
バタンッ! とラウンジの扉が勢いよく開き、プラチナブロンドの美しい縦ロールを揺らしながら、一人の少女が突入してきた。
第一士官学園を飛び級で卒業し、晴れて『戦乙女』の正式な新メンバーとして加入した名門貴族の令嬢、エリーゼ・マーベリックである。
「ローゼリアお姉様のお世話をするのは、このエリーゼの務めですわ! 見てくださいお姉様、本日はお姉様への信仰心を形にするため、一晩かけて『お姉様の等身大チョコレート像』を彫り上げてまいりましたの! さあ、どうぞ足の先からお召し上がりを!」
エリーゼの後ろから、整備用ドローンに運ばれた、異様に完成度の高いローゼリアの巨大チョコレート像が運び込まれる。
「……重いわっ! 愛情の質量が物理的に重すぎるんじゃ、お主らは!」
ローゼリアは、完全に混沌と化した自らの周囲を見渡し、ゲーム機を放り出して頭を抱えた。
「……平和ねぇ」
その騒ぎから少し離れたカウンター席で、アルティナはポテトチップスを齧りながら、やれやれと肩をすくめた。
「一年前のあの死闘が嘘みたい。今じゃ、ローゼリアの周りは完全に新興宗教の教団本部よ。あの過保護な白騎士だけでも面倒だったのに、生真面目すぎる元暗殺者に、縦ロールの狂信者まで追加されるなんてね」
「まったくです。部隊内の規律もへったくれもありません。ローゼリア殿下も、もう少し毅然とした態度で彼女たちをたしなめるべきです」
隣に座るオルトリンデが、手元のデータ端末で報告書をまとめながら、深くため息をつく。
だが、そんな呆れ返る二人とは対照的に、この狂騒のラウンジを心の底から楽しんでいる者たちもいた。
「あはははっ! いいじゃないか、アルティナ、オルトリンデ。あの子たちのローゼリアへの愛は本物だよ。見ていて飽きないさ」
ランドグリーズが、カウンターに肘をつきながら、腹を抱えて大笑いしている。
「ええ、本当に。特にあのウルスラさんの真面目な顔での張り合い方は見物ですわ。リアンヌさんもすっかり対抗心を燃やして、毎日お料理の腕を上げていらっしゃいますし、部隊の士気(?)はかつてないほど高いですわね」
ロスヴァイセも、口元に手を当てておっとりと微笑みながら同意する。
「私としては、エリーゼのあの一直線なお嬢様っぷりがツボだな。ローゼリアのチョコレート像、後でこっそり一口もらってみようか」
「やめておきなさい、ランドグリーズ。エリーゼに見つかったら、ロゼット・グレイスでハチの巣にされますよ」
オルトリンデが冷ややかにツッコミを入れる。
「(……まったく。どいつもこいつも、暇を持て余しておるようじゃな)」
三人の過剰な愛の押し売りに揉まれながら、ローゼリアはこっそりとため息をついた。
平和なのは良いことだ。毎日命を削って古代フレームを操縦し、理不尽な事象を修正する日々よりは、よほど健全な日常と言えるだろう。
「まあよい。リアンヌ、紅茶をもらおう。ウルスラ、その青汁は却下じゃが、肩揉みは許可する。そしてエリーゼ……そのチョコ像は、後でみんなで切り分けて食べるぞ」
「「「はいっ! ローゼリア(お姉様・殿下)!!」」」
三人の乙女たちが、パァッと顔を輝かせて一斉にローゼリアの元へと群がる。
一年という時間は、彼女たちの機体の錬度だけでなく、その騒がしくも温かい絆を確実に深めていた。
エインヘリアルの平穏な航行は続く。この馬鹿馬鹿しくも愛おしい日常が、永遠に続くことを誰もが疑わなかった。




