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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第七十四話:幽霊船の真実と、艦体融合の罠

超弩級探査艦『アストライア』の広大な搬入用ハッチを抜け、内部へと侵入した七機の戦乙女を待ち受けていたのは、かつての帝国艦艇の面影など微塵も残っていない、まるで巨大な生物の腸内を思わせる異様な空間であった。

壁や通路には、紫色の魔力結晶が静脈のようにびっしりと這いまわり、そこかしこから不気味な瘴気が噴き出している。

本来の金属の装甲は魔力に侵食されて原形をとどめておらず、通路の構造そのものが、迷宮のようにねじ曲がっていた。

「……酷い有様ですね。とても三百年前の人工物とは思えません。まるで巨大な怪物の体内に潜り込んだようです」

ウルスラが、ミネルヴァ・アサルトのメインカメラを周囲に巡らせながら顔をしかめた。

「アルティナ、救難信号の発信源はここからどれくらいじゃ?」

ローゼリアが、ルシフェルの全天周モニターに映る不気味な景色を睨みつけながら問う。

『この先、艦の中心部にあるメインブリッジと思われる区画から信号が出ているわ。……でも、気をつけて。ここから先の通路は魔力結晶が極度に密集していて、機体が通れるほどの幅がないわ。それに、壁の魔力回路が異常に過敏になっている。古代フレームの強大な出力で無理に突破しようとすれば、艦内の防衛システムを一斉に刺激して、最悪の場合、この区画ごと自爆システムが作動するかもしれないわよ』

アルティナがハルファス・イクリプスのセンサーから送られてくるデータを解析し、緊迫した声を上げる。

ローゼリアは小さく舌打ちをし、操縦桿から手を離した。

「機体の強行突破はリスクが高すぎるか。……仕方あるまい。ここからは機体を降りて、生身で捜索を続行する」

「生身で、ですか!?」

オルトリンデが驚きの声を上げる。

「ああ。バハムート、全機体をこの搬入区画で待機させよ。自動防衛モードを起動し、周囲の安全を確保しておけ。……我々は歩いてメインブリッジを目指す」

ローゼリアの決断に迷いはなかった。

「承知いたしました。ローゼリア、この身に代えてもあなたをお守りします」

リアンヌが即座に同意し、ブラン・ゼファーのコックピットを開く。

七人はそれぞれの機体から降り立ち、漆黒の軍服姿でアストライアの不気味な通路へと足を踏み入れた。

頼れる分厚い装甲も、絶大な火力もない生身の肉体。

暗く、紫色の結晶が不気味に明滅する通路を歩く彼女たちの足音だけが、静寂の艦内に響き渡る。

「……気持ち悪いわね。壁が脈打っているように見えるわ」

アルティナが、手元の小型タブレットで周囲の魔力波長をスキャンしながら眉をひそめる。

「警戒を怠らないでください。天井から結晶の破片が落ちてきます……いえ、これは!」

先頭を歩いていたウルスラが、鋭い声と共に腰の電磁ナイフを抜き放った。

天井から滴り落ちた紫色の液体が、床で瞬時に凝固し、鋭い牙を持った小型の結晶獣へと姿を変えて襲い掛かってきたのだ。

「させません!」

ウルスラの群青の残像が走る。

かつて暗躍組織で鍛え上げられた暗殺術の歩法。彼女は音もなく結晶獣の背後に回り込み、魔力の核となっている中心部を電磁ナイフで正確に抉り取った。

音を立てる間もなく、結晶獣は紫色の砂となって崩れ落ちる。

「見事な手際です、ウルスラ殿」

ロスヴァイセが、自らの重装甲服に手を当てながら感嘆する。

「機体がない状態では、私の力など知れています。ですが、皆さんの道を切り開くことくらいは……」

「謙遜はいらん。お主のその技量に助けられておる。……アルティナ、道は合っておるな?」

ローゼリアが問う。

「ええ、このまま真っ直ぐよ。……着いたわ。ここが、アストライアのメインブリッジよ」

七人の前に、装甲がひしゃげ、何重もの物理ロックが掛けられた巨大な隔壁が立ち塞がった。

ランドグリーズとロスヴァイセが前に出て、手動でロックの解除レバーを力任せに引き下ろす。重々しい金属音と共に、三百年の時を経て、ブリッジの扉が開かれた。

そこは、艦内の他の区画とは異なり、紫色の結晶の侵食を免れていた。

だが、その光景は別の意味で戦乙女たちを戦慄させた。

広間の中央には、巨大なデータサーバーが鎮座していた。そして、そのサーバーに無数のケーブルで直接繋がれた状態で、数百体にも及ぶ旧帝国軍の装甲服を着た『白骨死体』が、円を描くように折り重なって倒れていたのである。

「な、何ですか、これは……!」

オルトリンデが息を呑み、思わず一歩後退る。

「……乗組員たちの成れの果てじゃな。自らの命と魔力を引き換えにして、このサーバーのシステムを物理的に維持しようとした痕跡じゃ」

ローゼリアは、白骨死体の間を縫うように歩みを進め、メインサーバーのコンソールへと近づいた。

「アルティナ。救難信号はここから出ておるのか?」

「ええ、間違いないわ。……待って、サーバーのアクセス権限が生きている。外部からの接触を待っていたかのように、ロックが解除されていくわ」

アルティナがタブレットからデータリンクを繋ぐと、広間の正面にある巨大なメインモニターに、激しいノイズ混じりのホログラム映像が投影された。

映し出されたのは、血塗れの軍服を着た、初老の帝国将校の姿であった。

『——……応答せよ。……誰か、聞こえるか。私は、帝国探査艦隊旗艦アストライアの艦長……バルバロスだ』

「録画データのようですね。三百年前の……」

ウルスラが呟く。

ホログラムの艦長は、絶望に満ちた瞳で虚空を見つめながら、途切れ途切れの音声で語り続けた。

『我々は……第十三宙域の探査中に、未知の高次元エネルギー体……「厄災のコア」を発見した。本星の命令により、我々はそれを回収し、兵器転用するための実験を艦内で開始した。……だが、それは致命的な過ちだった』

映像の背後で、悲鳴と爆発音が微かに聞こえる。

『あのコアは、ただのエネルギー体ではない。明確な「悪意」を持った、破壊の意思そのものだった。コアは我々の艦のシステムを乗っ取り、魔力で金属と有機物を融合させ、艦そのものを自己進化する怪物へと変貌させ始めたのだ。……コアの暴走は止められない。乗組員の九割が、すでに結晶に飲み込まれ、自我を失った防衛端末と化した』

艦長のホログラムは、血を吐くように激しく咳き込み、カメラへと顔を近づけた。

『……私は、残る生存者と共に、メインブリッジを物理的に封鎖した。そして、この艦が帝国本星へ向けて航行を開始する前に、すべての航法システムを破壊し、この第十三宙域に自らを封印する決断を下した。……だが、コアは生きている。私たちの魔力を吸い尽くしてもなお、いずれ新たな獲物を求めて動き出すだろう』

艦長は、最期の力を振り絞るように叫んだ。

『……この救難信号を受け取った者よ。どうか、この艦を我々ごと完全に破壊してくれ! コアが宇宙に解き放たれれば、銀河はすべて、あの紫色の絶望に飲み込まれてしまう! 頼む、帝国の未来を……』

そこで映像は途切れた。

激しいノイズと共に、モニターは完全に暗転する。

「……これが、忘却の星海の真実か。旧帝国は、制御できない力を拾い上げ、隠蔽の果てに自滅したというわけじゃな」

ローゼリアは、暗くなったモニターを冷たく見据えた。

「私たちが学園の地下で処理した遺物の欠片は、このアストライアのコアから切り離された『端末』に過ぎなかったのね。……あの男は、その端末の爆発を使って、本隊であるこのアストライア本体を目覚めさせようとしていたのよ」

アルティナが、事態の全貌を理解して青ざめる。

「ならば、やるべきことは一つです。艦長たちの遺志を継ぎ、この艦の奥底に眠るコアを完全に破壊する。……それが我々の任務です」

リアンヌが、腰の騎士剣に手を添えて毅然と言い放った。

だが。

戦乙女たちが決意を固めた、その絶対的な一瞬を突くように。

**——ドォォォォォォンッ!!!**

艦全体が、巨大な生物の雄叫びのような激しい振動に包まれた。

「な、何!? 磁気嵐の直撃!?」

ランドグリーズが叫ぶ。

「違います! 艦内の紫色の結晶が、一斉に増殖を開始しました! メインサーバーが……結晶に飲み込まれていきます!」

オルトリンデが、後方に下がって警戒姿勢をとる。

広間の中央で、白骨死体と共に鎮座していたメインサーバーが、床から噴き出した巨大な紫色の結晶によって串刺しにされ、完全に粉砕された。

それと同時に、広間の壁、天井、床のすべてが蠢き、血管のような魔力の回路が不気味な脈動を始めたのである。

『——警告。高次元エネルギー体「厄災のコア」、完全覚醒を確認。艦体の形状が、急速に再構築されていきます』

ローゼリアの耳元の通信機から、バハムートの合成音声が緊急アラートと共に響き渡る。

「なんじゃと!? 艦そのものが変形しておるのか!?」

ローゼリアの言葉を裏付けるように、アストライアの内部構造が、まるで巨大なパズルが組み替わるように物理的に回転し、ねじれ、再配置されていく。

広間の出口だった扉は分厚い結晶の壁によって完全に塞がれ、代わりに床が割れて、底なしの深淵が大きく口を開けた。

「ローゼリア! 空間が歪んでいます! このままでは足場が……!」

リアンヌが叫ぶ。

「チッ、防衛本能による強制排除か! アルティナ、コアの位置は特定できるか!」

「駄目よ! 艦全体の壁がコアと同じ魔力を帯びていて、センサーが完全に誤作動を起こしている! どこにコアがあるのか、これじゃ全く分からないわ!」

アルティナがタブレットを叩きながら悲鳴を上げる。

「落ち着け! 相手が物理的な構造物である以上、必ずどこかに動力を司る中枢があるはずじゃ!」

その時、割れた床の深淵から、おぞましい魔力の奔流と共に、巨大な『何か』が這い上がってきた。

這い上がってきたのは、アストライアの艦内装甲と紫色の結晶、そして無数のマギアナイトの残骸が融合して生まれた、全長数百メートルにも及ぶ異形の巨大ゴーレムであった。

顔に当たる部分には、かつての探査艦のメインセンサーが歪な形で埋め込まれており、そこから放たれる紫色の光は、明確な「殺意」を持って生身の七人を捉えていた。

『ギ……ギギ……排除……侵入者、排除……』

耳障りな金属音の思念波が、直接脳内に響く。

「生身のままでは、あんな怪物とは戦えません!」

ロスヴァイセが叫ぶ。

「逃げ場はないぞ! ならば、機体をここに呼ぶまでじゃ!」

ローゼリアは、通信機に向かって声を張り上げた。

「バハムート! 待機させている全機をこちらへ回せい! 艦の壁をぶち抜いてでも構わん!」

『——了解。最短到達ルートを算出。障害物を物理的に排除し、マスターの元へ急行します』

その直後。

巨大ゴーレムが、七人をすり潰そうとその巨大な腕を振り下ろした、まさにその瞬間。

**ズドォォォォォンッ!!!**

ブリッジの天井の分厚い装甲が、外側から凄まじい衝撃で粉砕された。

舞い散る瓦礫と火花の中を突き破り、七機のマギアナイトが、古代フレームの真紅の光を放ちながら、一直線に広間へと降下してくる。

「今じゃ! 全員、機体に飛び乗れ!」

床が完全に崩落し、七人の体が深淵へと投げ出される。

だが、落下する彼女たちの表情に恐怖はなかった。

「ワイヤー射出!」

空中で、リアンヌ、ウルスラ、アルティナたちが一斉に腰の射出装置からワイヤーを放つ。

ワイヤーは正確に自らの機体の装甲を捉え、それを支点にして彼女たちは空中で大きく身を翻した。

降下してくる機体のコックピットハッチが、バハムートの完璧なタイミング制御によって全開になる。

七人は、重力に逆らうようなアクロバティックな機動で、空中に浮かぶ自らの機体のコックピットへと次々に滑り込んだ。

「待たせたな、ルシフェル。……さあ、反撃の開始じゃ!」

ローゼリアが全天周モニターの広がるシートに身を沈め、操縦桿を握り込む。

漆黒の悪魔の瞳に、真紅の光が力強く灯った。

### 分断された戦乙女と、下される決断

『ギ……ギギ……!』

巨大ゴーレムが、空中に留まる七機のマギアナイトに向けて、無数の魔力レーザーを放射する。

「お前たちの相手は、この私です!」

ランドグリーズのグリムゲルデが前面に躍り出た。

双発突撃銃から放たれる弾幕が、ゴーレムの放つレーザーを空中で相殺し、さらにその頭部センサーへと正確に着弾する。

「関節部、いただきます!」

ウルスラのミネルヴァ・アサルトが、爆発反応装甲型スラスターの推進力で一気にゴーレムの懐へ飛び込む。

極大出力のパイルバンカーが、ゴーレムの巨大な右腕の関節に叩き込まれ、装甲を深々と穿ち砕いた。

完璧な連携。かつての戦乙女たちであれば、これで確実に機能停止に追い込めていたはずだ。

だが。

『ギ……再生……完了……』

ミネルヴァが穿った大穴も、グリムゲルデが砕いたセンサーも、周囲の壁から紫色の結晶が蛇のように這い出し、瞬く間に傷を塞いでしまったのである。

さらに、ゴーレムの背中から無数の触手状のケーブルが伸び、ウルスラのミネルヴァを弾き飛ばした。

「きゃあっ!」

「ウルスラ!」

壁に激突したミネルヴァの装甲が軋む。古代フレームの強靭さがなければ、一撃で大破していたほどの衝撃だ。

「再生能力を持つ上に、この艦そのものが奴の体を修復するための資源になっておる。これではジリ貧じゃ!」

ローゼリアは、ルシフェルの自律可動砲台を一斉に展開し、ゴーレムの視界を奪うための弾幕を張りながら歯噛みした。

「ローゼリア、どうするの!? この空間ごと壁が迫ってきているわ! 潰されるのも時間の問題よ!」

アルティナが、狭まっていく広間の壁を見ながら叫ぶ。

アストライアは、文字通り「戦乙女を胃袋の中で消化」しようと、七機のいる空間を物理的に圧壊させようとしていたのだ。

「(……艦そのものが敵であり、無限の再生能力を持つ。通常の火力では押し切れない。ならば……)」

ローゼリアの全天周モニターの視界に、先ほどゴーレムが這い上がってきた床の『深淵』が映り込んだ。

そこは、艦の中枢へと続く、唯一塞がれていない縦穴であった。

「アルティナ、ウルスラ、オルトリンデ! あの縦穴に飛び込むぞ!」

「えっ!? でもあそこは、どこに繋がっているか分からないわよ!」

「このままここに居ても潰されるだけじゃ! 敵が這い上がってきた道なら、その先には奴らを形作る『大元』……すなわち厄災のコアがあるはずじゃ!」

ローゼリアの決断に迷いはなかった。

ルシフェルは、迫り来るゴーレムの巨大な腕をクローアームで強引に弾き飛ばすと、そのまま床の深淵へと真っ逆さまに飛び込んだ。

「ローゼリアに続け!」

ウルスラたちがそれに続く。

暗闇の縦穴を自由落下しながら、ローゼリアは後方に通信回線を開いた。

「リアンヌ! ランドグリーズ、ロスヴァイセ! お前たちはそのまま上層部に残り、艦の外壁を内側から破壊し続けろ!」

激しいノイズの中から、リアンヌの焦燥した声が返ってきた。

『ローゼリア!? 私も下へ向かい、あなたの盾になります!』

「ならん! 全員で下に向かえば、敵の再生資源がすべてコアの防衛に集中してしまう! お前たちが上で暴れて、艦の修復機能を少しでも上層へ分散させるのじゃ! ……これは命令じゃ、リアンヌ!」

『……っ! 了解、いたしました! 必ずや、我が主の道を切り開くための囮となってご覧に入れます! ご武運を!』

通信が完全に途絶する。

縦穴の途中で艦の構造が再びねじれ、分厚い隔壁が閉じることで、戦乙女たちは完全に二つの部隊に分断された。

「……さて。逃げ場のない一直線の落下。この先に何が待ち受けておろうと、コアを破壊して帰るぞ」

漆黒の悪魔は、幽霊船の最深部——厄災のコアが眠る真の闇へと向かって、猛スピードで降下を続けていく。

退路は断たれた。無限に再生する敵の胎内での、絶体絶命の死闘。

ローゼリア・エーベルヴァインと戦乙女たちの、銀河の命運を懸けた最も過酷な局地戦が、今、真の牙を剥こうとしていた。


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