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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第七十一話:決戦の夜と、漆黒の悪魔の飛翔

刻一刻と迫る限界への時間。

白亜の第一士官学園が静かな眠りにつく中、地下深くの隠し区画では、帝都全体を巻き込む最悪の時限爆弾——『厄災の遺物』が、臨界点に向けた禍々しい鼓動を響かせていた。

「魔力充填率、九十八パーセント……! もう限界よ、これ以上はパイプラインの隔離プログラムが保たないわ!」

暗闇の地下祭壇。

アルティナが、タブレットの画面を神がかった速度で叩きながら悲鳴を上げる。

遺物を包む紫色の光は、すでに空間そのものを歪ませるほどの高密度なエネルギーの塊と化しており、近づくだけで肌がヒリヒリと焼けるような痛みを伴っていた。

「上出来じゃ、アルティナ! パイプラインの接続を物理的に強制切断せい!」

ローゼリアの指示が飛ぶ。

「無茶言わないでよ! 切断した瞬間に蓄積された魔力が暴走を始めるわ! 地上まで運ぶ猶予は、長めに見積もってもたったの『五分』よ!」

「五分あれば十分じゃ! リアンヌ、ウルスラ! 爆弾の運搬任務、開始じゃ!」

「承知!」

「我が主の命のままに!」

アルティナが切断の指示を実行した瞬間。

バチィィィィンッ!! という鼓膜を破るような放電音と共に、遺物と学園を繋いでいたマナのパイプラインが弾け飛んだ。

行き場を失った膨大な魔力が、遺物の内部で荒れ狂い、赤黒い光の奔流となって脈打ち始める。

リアンヌとウルスラは、特殊な魔力絶縁シートで編まれた強靭なワイヤーを遺物の結晶体に巻き付け、二人がかりで担ぎ上げた。

「ぐっ……! な、なんという質量……! そして、この魔力の熱……装甲服越しでも火傷しそうです!」

ウルスラが歯を食いしばる。生身の人間が持ち運ぶには、あまりにも重く、そして危険すぎる代物だ。

「弱音を吐いている暇はありませんよ、ウルスラ! ローゼリアの道を切り開くため、根性を見せなさい!」

リアンヌは、気合いと共に遺物を担ぎ上げ、風の魔力を足元に集中させて一気に駆け出した。

「アルティナ! 脱出ルートは!?」

「旧校舎の裏手、廃棄された大型物資搬入用エレベーターを再起動したわ! あと三分で地上よ、急いで!」

アルティナの先導に従い、四人は崩れゆく地下迷宮を猛ダッシュで駆け抜ける。

遺物から漏れ出す魔力の余波が、周囲の壁や床を次々と削り取っていく。背後から迫る崩落の音を背に、彼女たちは巨大な貨物用エレベーターのケージへと転がり込んだ。

「動けェッ!」

アルティナがコンソールに端末を接続して強制起動させると、エレベーターは悲鳴のような金属音を立てながら、急上昇を開始した。

「はぁっ、はぁっ……。な、なんとか、地上までは出られそうじゃな……」

エレベーターの床に大の字になってへばりつきながら、ローゼリアが息も絶え絶えに呟く。

「ローゼリア、あと少しです! 地上に出れば、フィーネの用意した機体が待っているはずです!」

リアンヌが励ます。

「……フィーネの奴め、本当に間に合わせたのかのう。通信が繋がらんのじゃが」

ローゼリアの不安を他所に、エレベーターはついに地上のハッチを突き破り、深夜の第一演習場の片隅へと飛び出した。

夜風が火照った体を冷やしていく。

だが、そこに待っているはずの機体の姿は、どこにもなかった。

「ちょっと! 機体がないじゃない! 爆発まであと二分を切ってるのよ!?」

アルティナが夜空を見上げて叫ぶ。

その時、ローゼリアの端末に、ノイズ混じりの大音量の通信が飛び込んできた。

『——てめェら! 待たせたなァァァッ!!』

上空から降ってきたのは、目の下に真っ黒な隈を作り、髪を振り乱しながらも獰猛な笑顔を浮かべた整備班長、フィーネの怒声であった。

『納期はきっちり守ってやったぜ! ……と言いてェところだが、悪いな! 古代フレームの調整が予想以上にクソ厄介でよ! 三日で組み上げられたのは、お姫様の機体だけだ! 他の機体はまだ未完成だから、今回はそいつ一機でなんとかしな!』

夜空の雲が割れ、母艦エインヘリアルの巨大なシルエットがその姿を現した。

そして、カタパルトから、一筋の光が猛烈な勢いで演習場へと降下してくる。

大気を切り裂き、轟音と共に大地に降り立ったのは、真新しい装甲に身を包んだ、一機の悪魔の如きマギアナイトであった。

「おおっ……!!」

舞い上がった土煙の中から現れた巨大な姿に、戦乙女たちは息を呑んだ。

かつての姿とは比べ物にならないほど禍々しく、そして神々しいまでの威圧感を放つ漆黒の機体。

両肩には独立可動する巨大なクローアームが備え付けられ、背部には悪魔の翼を模した新型兵装が幾重にも折り畳まれている。

ローゼリアの新たなる愛機、古代フレームと神AIの融合によって魔改造を施された**『ルシフェル』**である。

「一機だけか! じゃが、贅沢は言っておれん。リアンヌたちはお留守番じゃ、ここからは妾が一人で引き受ける!」

ローゼリアは、機体のコックピットハッチが開くのと同時に、ワイヤーロック機能を使って一気に飛び乗った。

コックピットに滑り込んだローゼリアは、周囲を見渡して小さく息を吐いた。

内部は、かつての無機質な視界から一新され、完全な三百六十度の視界を提供する最新鋭の『全天周モニター』へと換装されている。まるで宇宙空間にそのまま放り出されたかのような圧倒的な没入感だ。

そして、体を預けるシートは、恐るべき重力加速度(G)からパイロットを保護するための、体を深く包み込むような非常に柔らかい特注素材で作られていた。

「(……ふむ、冷蔵庫などのふざけた装備は当然のように却下されたようじゃが、このシートの柔らかさと視界の広さは申し分ない。居住性としては十分じゃな)」

『——マスターの搭乗を確認。メインシステム、オンライン。古代フレームのマナ伝導率、限界突破状態を維持。……お帰りなさい、ローゼリア』

神AIバハムートの合成音声が、いつもより力強いトーンでコックピットに響く。

「待たせたな、バハムート。……さあ、爆弾処理の再開じゃ!」

ローゼリアが操縦桿を握った瞬間、ルシフェルの漆黒の装甲が真紅の魔力の光を帯びて脈打った。

古代フレームの恐るべき出力が、ローゼリアの意思と完全に同調し、時間の遅れを一切感じさせない圧倒的な力として機体に宿る。

「リアンヌ、ウルスラ! 遺物をルシフェルに渡せい!」

ルシフェルが、両肩の巨大なクローアームを展開し、限界突破寸前の遺物の結晶体をガッチリと掴み上げた。クローアームから放たれる特殊な魔力絶縁フィールドが、遺物の暴走をギリギリで抑え込んでいる。

「この爆弾は、妾が宇宙空間まで一気に運んでぶん投げる! お前たちは安全な場所まで下がっておれ!」

「ローゼリア! どうか、どうかご無事で……! 私が盾になれない分、必ず生きて帰ってきてください!」

リアンヌが地上から祈るように叫ぶ。

「心配するな。妾が負けることなどあり得ん」

ルシフェルは、古代フレームの圧倒的な出力を解放し、夜空へと向かって流星のように舞い上がった。

ルシフェルのメインスラスターが火を噴き、凄まじい重力加速度がローゼリアの体をシートに押し付ける。

しかし、体を包み込む柔らかいシートと、機体の優れた慣性制御システムにより、ローゼリアへの肉体的負担は驚くほど軽減されていた。

「(……機体の反応が、前のルシフェルとは段違いじゃ。妾の思考の速度に、機体の処理が完全に追いついておる!)」

ローゼリアは、全天周モニターに映し出される流れるような雲の景色を見つめながら、さらにスロットルを押し込んだ。

ルシフェルは瞬く間に大気を切り裂き、装甲を赤熱させながら宇宙空間へと飛び出した。

眼下には、帝都アエテルガルドの美しい夜景が広がっている。

「バハムート、遺物の爆発まであと何秒じゃ!」

『あと八十秒。爆発の余波が地上に届かない安全な高度まで、さらに上昇を推奨します』

「よし、このまま一気に——」

ローゼリアがさらに加速しようとした、その時である。

ルシフェルの全天周モニターの視界端に、無数の赤い光点が突如として現れた。

『——警告。軌道上に展開されたステルス機雷群、および無人防衛ドローンを多数検知。目標、当機にロックオン』

バハムートの無機質な音声が響く。

見上げれば、宇宙への逃げ道を塞ぐように、数百機に及ぶ無人兵器の群れが、レーザーの照準をルシフェルに向けていた。

地上からのアルティナの通信が響く。

『ローゼリア、気をつけて! それは「黎明の腕」が残した軌道防衛システムよ! あのローブの男、地下の爆弾を確実に起爆させるために、宇宙への逃げ道にまで罠を張っていたのよ!』

「(……なるほど、爆弾を運ぶ者を道中の障害物で妨害して落とそうという魂胆か。いかにも陰湿な輩が考えそうな配置じゃ)」

ローゼリアは、両肩のクローで遺物を抱えたまま、不敵な笑みを浮かべた。

現在、仲間たちの機体は未完成であり、援護はない。頼れるのは自らの技量と、この魔改造されたルシフェルのみ。

「妾は両手が塞がっておる。ならば、新たなる武装の出番じゃな!」

ローゼリアは、操縦桿のトリガーを強く引いた。

「行けい! 妾の『自律可動砲台』たちよ!!」

ルシフェルの背部に折り畳まれていた悪魔の翼が、幾十ものパーツに分離し、宇宙空間へと解き放たれた。

それは、ローゼリアの思考とバハムートAIの並列演算によって完全に独立して制御される、全方位攻撃用の自律可動砲台である。

漆黒の砲台の群れが、宇宙空間に無数の真紅の光の軌跡を描きながら、ルシフェルを取り囲む防衛ドローンの群れへと襲い掛かる。

「一機も通すな。すべて撃ち落とせ!」

全天周モニターに映し出される数百の敵機。ローゼリアは、その一つ一つの軌道を瞬時に読み切り、砲台へ的確な迎撃指示を出していく。

自律可動砲台から一斉に放たれたレーザーが、防衛ドローンを次々と撃ち抜き、宇宙空間に無数の爆発の花を咲かせる。

機体の両腕を使わずとも、思考の赴くままに空間を制圧する絶対的な火力と手数。それこそが、新しいルシフェルの真骨頂であった。

『ローゼリア、凄い……! ドローンの群れが、まるで近づくことすらできずに全滅していくわ!』

地上のアルティナが驚嘆の声を上げる。

「当然じゃ。妾の処理能力を舐めるでない!」

ローゼリアは、砲台が切り開いた無人の空間を、ルシフェルの最大推力で一気に駆け抜けた。

『爆発まで、あと十秒! ローゼリア、もう限界よ!!』

アルティナの切羽詰まった声が響く。

「ここなら地上には届かん! よし!」

ローゼリアは、ルシフェルの両肩のクローアームを大きく振りかぶり、限界を超えて赤黒く膨張した遺物の結晶体を、何もない宇宙の彼方へと全力で放り投げた。

だが、その直後。

生き残っていた十数機の大型防衛ドローンが、遺物を追って自爆特攻を仕掛けようと軌道を変えた。

遺物が予定の座標に到達する前に、ルシフェルの至近距離で爆発すれば、機体ごと消し飛ぶ危険がある。

「往生際が悪いぞ!」

ローゼリアは、周囲に展開していた自律可動砲台を一斉に再集結させた。

「消し飛べ!」

全砲台から一斉に放たれた集束レーザーが、特攻を仕掛ける防衛ドローンをハチの巣にして完全に破壊する。

そして、防衛ドローンが全滅した次の瞬間。

宇宙の闇の中で、放り投げられた『厄災の遺物』が、ついに臨界点を迎えた。

カッ……!!!

音のない宇宙空間で、紫色の超新星爆発にも似た、巨大な光のドームが膨張する。

もしこれが地上で起きていれば、士官学園はおろか、帝都の半分が灰燼に帰していたであろう、規格外の破壊エネルギー。

「シールド、最大出力! 耐えるのじゃ!」

ローゼリアは自律可動砲台をルシフェルの前面に展開して多重の魔力障壁を形成し、爆発の衝撃波を背にしてスラスターを全開にした。

巨大な光の奔流がルシフェルの背中を舐めるが、古代フレームの圧倒的な出力がそれを完全に弾き返す。

強烈な閃光が収まった後。

宇宙空間には、チリ一つ残さず消滅した遺物の痕跡と、無傷で漂う漆黒の悪魔だけが残されていた。

『……遺物の魔力反応、完全消失。帝都への被害、ゼロよ。……任務、完了ね』

アルティナが、安堵の深いため息と共に報告する。

「ふぅ……。今回もヒヤヒヤさせられたが、機体の性能テストとしては十分すぎる結果じゃな」

ローゼリアは、柔らかいシートの背もたれに深く体を預け、心地よい疲労感の中で息を吐いた。

『ローゼリア! ご無事で何よりです! 新たなる翼の乗り心地はいかがでしたか!』

リアンヌが興奮気味に通信を入れてくる。

「最高じゃ! フィーネの奴には、後でたっぷりとボーナスを弾んでやらねばならんのう」

ローゼリアは、全天周モニターに映る美しい星空を見渡しながら満足げに笑った。

『まったく。ぶっつけ本番で古代機体を乗りこなし、たった一人で防衛網を突破するなんて、本当にあなたは規格外ですね。……私たちの機体の完成が、ますます待ち遠しくなりました』

ウルスラも、信じられないほどの疲労感を漂わせながらも、その声には確かな尊敬の念が満ちていた。

「案ずるな、お前たちの機体もすぐに仕上がるじゃろう。……さあ、帰るぞ。明日も朝から、あの縦ロールのお嬢さんたちの特別授業があるからのう。教官が寝不足で遅刻するわけにはいかんじゃろ」

ルシフェルは、美しい夜明けの光が差し込み始めた地上へと向かって、静かに帰還の途についた。

母艦エインヘリアルのブリッジ。

爆弾処理の成功報告を受けたブリュンヒルデ団長は、握りしめていた胃薬の瓶をそっとデスクに置いた。

「……よくやってくれた。これで、帝都の危機は去った」

彼女の目の前には、依然として「新機体開発の追加予算決済」や「夜間戦闘による演習場破損の始末書」など、恐ろしい量の書類の山が積まれている。

しかし、ブリュンヒルデの顔には、不思議と疲労の色はなかった。

「団長。ローゼリア殿下が無事に帰還されました。ルシフェルの実戦データも、すべて想定以上の数値を叩き出しています」

オペレーター席のオルトリンデが報告する。

「ああ。フィーネには特別休暇を出してやらないとな。……さて、ここからが正念場だ」

ブリュンヒルデは、メインモニターに映し出された銀河の星図を見つめた。

高次元の管理者による干渉は、一時的に途絶えている。

『黎明の腕』の残党も、今回の遺物の一件で完全にその牙を折られただろう。

だが、帝国の光が強まるほど、闇もまた濃くなる。この広大な宇宙には、まだまだ未知の脅威が潜んでいるはずだ。

「どんな困難が立ちはだかろうとも、我々『戦乙女』はそれを打ち砕く。銀河最強の死神と、新たなる翼と共に」

ブリュンヒルデは、口元に静かな笑みを浮かべ、再びペンを握って書類の山へと立ち向かっていった。

士官学園での臨時教官生活も、残りあとわずか。

ローゼリア・エーベルヴァインの、終わりなき戦いの次なる幕開けは、すぐそこまで迫っていた。

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