第二幕 第六十八話:死神教官の赴任と、白亜の学園の令嬢
母艦エインヘリアルの特別ドックでは、連日連夜、整備班長フィーネの怒号と溶接の眩い火花が飛び交っていた。
古代マギアナイトのフレームに神AI『バハムート』を移植するという前代未聞のモジュール化計画、そしてローゼリアの愛機『ルシフェル』の超絶魔改造。帝国技術局の全面バックアップがあるとはいえ、機体が実践投入できる状態になるまでには、早くとも二週間の時間が必要であった。
「——というわけで、機体が無い間、てめェらパイロット連中はアタシらの邪魔だ。ドックから出て行って、どっかで時間を潰してきな!」
油まみれのツナギを着たフィーネに巨大なスパナで追い立てられ、ローゼリア、リアンヌ、アルティナ、ウルスラの四人は、エインヘリアルの居住区画へとつまみ出された。
「やれやれ、整備班長殿は相変わらず気が短いのう」
ローゼリアが首の後ろで手を組みながら、やれやれと首を振る。
「仕方ありませんよ。私たちの無茶な要求に応えるため、フィーネたち整備班は文字通り不眠不休ですからね」
リアンヌが苦笑交じりにフォローを入れた。
「それで、これから二週間もどうするのよ? 機体がないんじゃ傭兵ギルドのクエストも受けられないわよ」
アルティナの問いに、誰もが顔を見合わせたその時。
「その件についてだが、お前たちに帝国軍司令部——いや、フェイト陛下から直々の『指名依頼』が来ている」
山のような書類の束を抱え、目の下に濃い隈を作ったブリュンヒルデ団長が、幽鬼のような足取りで廊下の奥から現れた。
その後ろには、ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデの直掩隊の三人が、同じく大量のファイルやデータ端末を抱えて白目を剥きながら従っている。
「団長、また指名依頼か? 機体がないと言っておるじゃろうに」
「戦闘任務ではない。……帝都アエテルガルドの中心にある『士官学園』。そこの臨時教官として、二週間、士官候補生たちの実技指導をしてほしいとのことだ」
「臨時教官……?」
ウルスラが目を丸くする。
「ああ。先日の『黎明の腕』の殲滅作戦などで、帝国軍の優秀な将校が多数前線に出払っている。学園の実技教官に空きが出たところに、フェイト陛下が『ローゼリアの暇つぶしと、帝国の未来を担う若者への英才教育にちょうどいい』と、我々をねじ込んだのだ」
「姉上め、また勝手なことを……。妾は他人に物を教えるようなガラではないぞ。ゲームのレベル上げなら手伝ってやってもいいがな」
ローゼリアが面倒くさそうに口を尖らせる。
「そう言うな。報酬は破格だし、何より学園のカフェテリアのスイーツは、帝都の三ツ星パティシエが監修した極上品だそうだ。教官は無料で食べ放題らしいぞ」
「……ほう? 無料で食べ放題、じゃと?」
ローゼリアの真紅の瞳が、ピクリと反応した。
「ええ。それに、学園の最新型VRシミュレーターも使い放題だ。実戦の勘を鈍らせないための暇つぶしには最適だろう?」
「……ふむ。未来ある若者を導くのも、歴戦のプレイヤーの務めかもしれんのう。良かろう、そのクエスト、受けて立つわい!」
まんまとスイーツとゲームに釣られたローゼリアを見て、アルティナとリアンヌは揃ってため息をついた。
「団長。私たちは教官として学園に行きますが、団長たちはどうするんですか?」
リアンヌが尋ねると、ブリュンヒルデの顔にスッと影が落ちた。
「私と、この直掩隊の三人は……お前たちの機体を作るための、終わりのない『事務戦線』だ。これから星間マフィアのボスと超重力圧縮クリスタルの買い付け交渉に行き、その後は帝国軍経理局との予算折衝会議が待っている」
その後ろで、ランドグリーズが絶望の表情を浮かべて震え上がった。
『わ、私達、戦闘要員のはずなのに……なぜ領収書の仕分けと裏社会の接待を……』
『助けて……エクセルのマクロが組めない……』
『狙撃の腕は、ハンコをまっすぐ押すのにしか使っていません……』
「お前たちの分まで、我々が地獄を見てくる。……だから、お前たちは学園で、存分に英気を養ってこい」
ブリュンヒルデは、ガリガリと胃薬を噛み砕きながら、地獄の業火に向かう戦士のような顔で去っていった。
「……団長たちに敬礼」
ウルスラが、痛ましいものを見る目で直立不動の敬礼を捧げた。
翌日。
帝都アエテルガルドの中心部に位置する、広大な敷地と白亜の校舎を誇る『士官学園』。
帝国軍の次世代を担うエリート将校を育成する最高学府である。
その大講堂には、今年入学したばかりの優秀な士官候補生たち数百人が集められ、ざわめきに包まれていた。
「おい、聞いたか? 今日から来る臨時教官って、あの『戦乙女』だぜ!」
「エターニア戦役の武勲や、先日のイージス要塞防衛戦での活躍……もはや生ける伝説じゃないか!」
「しかも、皇妹殿下ご自身が教鞭を執られるなんて……!」
生徒たちが固唾を飲んで見守る中、大講堂のステージの緞帳が静かに上がる。
そこには、四人の人影があった。
彼女たちが身に纏っているのは、いつもの私服やジャージではない。傭兵団『戦乙女』の正式な部隊制服であった。
漆黒を基調とし、深紅と銀の刺繍が施されたその軍服は、機能美と帝国の威厳を完璧なバランスで両立させている。
一人は、制服の上に純白の近衛マントを羽織り、冷徹な威圧感を放つ美しき騎士、リアンヌ。
一人は、制服を少し着崩し、紫色の瞳でタブレットを弄りながら小悪魔的に微笑む金髪の少女、アルティナ。
一人は、軍服をシワ一つなく完璧に着こなし、直立不動の姿勢で前を見据える群青色の髪の女性、ウルスラ。
そして、その三人の中心——最も格式高いメイン教官の立ち位置にいたのは。
普段のだらしないジャージ姿から一転、専用の漆黒の軍服を身に纏い、肩から豪華な肩章を下げたローゼリア・エーベルヴァインであった。小柄な体躯でありながらも、その真紅の瞳からは歴戦の死神だけが持つ、底知れぬ深淵のようなオーラが放たれている。
(もっとも、よく見れば制服のポケットが少し膨らんでおり、そこに携帯型ゲーム機が隠されていることは秘密であったが)
「おお……」
講堂の生徒たちから、感嘆と畏怖の入り混じったどよめきが漏れる。
「あー、マイク入っておるか? アテスト、アテスト。……うむ。本日から二週間、お前たちの実技教官を務めることになった、ローゼリア・エーベルヴァインじゃ。よろしく頼むのじゃ」
ローゼリアが飄々とした態度で挨拶をすると、最前列の席から、一人の女生徒が勢いよく立ち上がった。
プラチナブロンドの髪を美しい縦ロールに巻き、士官学園の制服を完璧に着こなした少女。
帝国でも有数の名門軍閥、マーベリック公爵家の令嬢であり、実技試験・座学ともに学年トップの成績を誇る優等生、エリーゼ・マーベリックである。彼女の周囲には、同じく優秀な取り巻きの生徒たちが控えている。
「ご無沙汰しております、ローゼリアお姉様! ならびに戦乙女の皆様!」
エリーゼは、感極まったような表情で深々と優雅な一礼をした。
そう、エリーゼや彼女の派閥の生徒たちは、以前に行われた帝国軍と士官候補生の合同演習や、皇宮での公式行事を通じて、すでにローゼリアたち『戦乙女』と面識があったのだ。
特にエリーゼは、かつての演習でローゼリアの圧倒的なプレイヤースキルを目の当たりにして以来、彼女に強烈な尊敬の念(というよりは心酔)を抱き、「お姉様」と呼んで慕っている熱狂的な信者であった。
「おお、エリーゼか。息災であったか」
ローゼリアが軽く手を上げると、エリーゼの顔がパァッと明るくなった。
「はいっ! お姉様が教官として赴任されると聞き、居ても立っても居られませんでした! 先日のイージス要塞でのご武勲も聞き及んでおります。……どうか本日は、私がこの士官学園でどれほど成長したか、その成果を見ていただけないでしょうか!」
エリーゼの瞳は、純粋な闘志と「推しに褒められたい」という熱意でギラギラと輝いている。
「ふむ。相変わらず威勢がいいのう。ステータス画面の数値だけでなく、実戦でどれだけ動けるようになったか、見せてもらおうか」
ローゼリアは、制服のポケットからこっそりとゲーム機をリアンヌに預けた。
「全生徒、第一シミュレーション・ルームへ移動せい! 特別授業じゃ。エリーゼの実力測定を兼ねて、本物の盤面というものを教えてやるわい!」
士官学園の地下に広がる、巨大なVRシミュレーション・ルーム。
数百人の生徒たちが観覧席から見下ろす中、中央のダイブシートに、ローゼリアとエリーゼが向かい合って座っていた。
「設定はどうしますか、ローゼリア殿下」
オペレーター席に座ったアルティナが尋ねる。
「マップは遮蔽物の多い市街地戦。……エリーゼの機体は、学園にある最新鋭の第四世代マギアナイトでいいぞ。妾の機体は、第一世代の旧式量産機(チュートリアル機)にしておけ。武装もビームサーベル一本で十分じゃ」
「お姉様! いくら私が未熟とはいえ、そのハンデはあまりにも……!」
エリーゼが恐縮したように声を上げる。
最新鋭機と、武装すらない旧式機。性能差(スペック差)は、ざっと見積もって十倍以上だ。
「問題ありませんよ、エリーゼさん」
ウルスラが、生真面目な顔で頷く。
「我が主にとっては、機体性能など誤差の範囲。むしろ、エリーゼさんがローゼリア殿下の動きをどこまで『視認』できるかが見ものです」
「では、シミュレーション・スタート!」
アルティナの合図と共に、二人の意識が電子の戦場へとダイブした。
『——参ります! 圧倒的な火力で、私の成長をお見せします!』
シミュレーション空間の市街地。
エリーゼの乗る最新鋭機が、背部の大型スラスターを吹かして上空へと舞い上がり、両腕の連装ビームライフルから容赦のない弾幕を浴びせかける。
士官学校の教科書に載っている通りの、完璧な先制攻撃と、相手の退路を断つ計算された弾幕形成。過去の演習から確実にレベルアップしていることが窺える見事な動きだ。
しかし。
弾幕の土煙が晴れた後、そこにローゼリアの旧式機の姿はなかった。
『なっ……!? レーダーから消えた!?』
エリーゼが驚愕の声を上げる。
『上じゃよ、エリーゼ』
『えっ!?』
エリーゼが頭上のメインカメラを上に向けた瞬間。
ビルの壁面を垂直に駆け上がり、太陽の光を背にして急降下してくる旧式機の姿があった。
『バ、馬鹿な! 旧式機のスラスター出力で、あんな三次元的な跳躍ができるはずが——』
『機体の出力が足りんなら、地形の反動を使えばいいだけの話じゃ』
ローゼリアの旧式機は、空中のデブリを蹴り、壁の反動を利用するという、システムのアシストを完全に無視した完全手動の変態機動で、弾幕をすべて躱し切っていたのだ。
エリーゼは慌ててビームサーベルを抜き、迎撃の態勢をとる。
だが、ローゼリアの旧式機の動きは、エリーゼの予測演算を遥かに超えていた。
『遅いのう。攻撃の予備動作が丸見えじゃぞ』
ローゼリアは、エリーゼが剣を振り下ろすコンマ一秒前に、旧式機を信じられないほどの急ブレーキで停止させた。
エリーゼの剣が空を切り、機体が前のめりにバランスを崩した、その絶対的な隙。
ズバァァァァンッ!!
ローゼリアの旧式機が放った、最低出力のビームサーベルの一閃が、エリーゼの最新鋭機の手首の関節(最も装甲が薄く、センサーが集中している弱点)を正確に切り裂いた。
『きゃあっ!? 武装が、パージされた!?』
エリーゼの機体の両腕が機能を停止し、だらりと垂れ下がる。
『はい、チェックメイトじゃ』
旧式機のビームサーベルの切っ先が、エリーゼのコックピットの目の前にピタリと止められていた。
『戦闘終了。勝者、ローゼリア・エーベルヴァイン』
アルティナの無機質なアナウンスが響き、シミュレーション空間が解除された。
「…………」
ダイブシートで目を開けたエリーゼは、全身をガタガタと震わせ、放心状態で虚空を見つめていた。
観覧席の生徒たちも、あまりのことに声も出ない。
学年トップの最新鋭機が、旧式機に、文字通り「子供扱い」されてノーダメージで敗北したのだ。
「ふむ。教科書通りの綺麗な動きじゃった。射線の確保も悪くない。以前よりも格段に上達しておるぞ」
ローゼリアはダイブシートから降り、制服のシワを払いながらエリーゼに歩み寄った。
「だが、お主の動きは『相手がこう動くはずだ』という前提に頼りすぎている。対人戦において、データ通りに動いてくれるお人好しはおらん。相手の呼吸、視線、そして『意図的な隙』を読み合うのが、本当の盤面というものじゃ」
エリーゼは、ゆっくりとローゼリアを見上げた。
制服を纏ったその姿は、底知れぬ深淵を覗き込んでいるかのような、圧倒的な強者のオーラを放って見えた。
「さすがは、お姉様……」
エリーゼの瞳から、ポロポロと感涙が零れ落ちる。
「私の成長など、お姉様から見ればまだ赤子も同然でした……! 私は、井の中の蛙でした……!」
「よいよい。負けて悔しいと思うなら、お主はまだ強くなれる。……この二週間で、せいぜい妾の動きを盗んでみるのじゃな」
ローゼリアがポンとエリーゼの肩を叩くと、エリーゼの顔がパァッと赤く染まり、その瞳に強烈な心酔の光がさらに激しく宿った。
「は、はいっ! ローゼリアお姉様!! 私、お姉様からすべてを学びます! これから二週間、お姉様の愛弟子として這いつくばる覚悟です!!」
「いや、そこまで求めておらんのじゃが……」
ドン引きするローゼリアの後ろで、リアンヌが「ローゼリア殿下に近づきすぎです、離れなさい!」と牽制し、アルティナが「また厄介な信者を焚きつけちゃったわね」とため息をついていた。
それからの二週間、戦乙女たちによる士官学園での臨時授業は、生徒たちにとって忘れられない(そしてトラウマになる)日々となった。
アルティナの電子戦の授業では、生徒たちが懸命に構築した防壁が、アルティナの片手間(お菓子を食べながら)のハッキングによって開始十秒で突破され、生徒全員の端末の壁紙が「恥ずかしいポーズの猫の画像」に書き換えられるという洗礼を受けた。
「いい? 電子の海では、見えている壁だけが防壁じゃないの。隠されたバックドアを見つける『視点』を持ちなさい」
ウルスラとリアンヌの近接戦闘の授業は、さらに地獄であった。
「戦場では誰も待ってはくれません! フォーメーションが崩れた瞬間が死です!」
ウルスラは真面目すぎるがゆえに、黎明の腕仕込みの暗殺術ベースのスパルタ指導を行い、エリート生徒たちは泥まみれになって校庭を這いずり回った。
リアンヌに至っては、「ローゼリア殿下を守る壁として、これくらいの衝撃に耐えられなくてどうしますか!」と、生徒たちに実弾の弾幕を張らせ、それを盾一枚で受け止めるという狂気のデモンストレーションを行い、生徒たちを恐怖のどん底に叩き落とした。
そしてローゼリアはといえば。
「お姉様! 私の今日のシミュレーションの動き、いかがでしたか!」
「う、うむ。エイムは良くなったが、まだ立ち回りが硬いのう。もっと地形のバグ……じゃない、特性を利用せい」
すっかりローゼリアの熱狂的な取り巻きと化したエリーゼたちと共に、学園のカフェテリアで三ツ星パティシエ監修の限定スイーツを頬張りながら、悠々自適な教官生活を満喫していた。制服姿でケーキを頬張る死神の姿は、学園の新たな名物となっていた。
「(……機体の修理が終わるまでの暇つぶしにしては、なかなか悪くないイベントじゃな)」
ローゼリアは、イチゴのショートケーキをフォークで突きながら、窓の外の平和な学園風景を眺めていた。
だが、銀河最強の死神の周囲に、完全な平和など長くは続かない。
その日の夜。
教官用の豪華な宿舎で、私服に着替えて寝転がっていたローゼリアの端末に、アルティナから暗号通信が入った。
『……ローゼリア。ちょっといいかしら?』
「どうした、アルティナ。夜更かしはお肌に悪いぞ」
『学園のメインサーバーにバックドアを仕掛けて遊んで……ゴホン、セキュリティの点検をしていたんだけど。奇妙なデータを見つけたわ』
アルティナの声が、少しだけ真剣なトーンに変わる。
『この士官学園の地下……旧校舎のさらに奥深くの未登録区画に、帝国軍のデータベースにも存在しない「異常な魔力反応」を隠蔽している偽装システムを見つけたわ』
「異常な魔力反応、じゃと?」
『ええ。しかもその波長、私たちが以前回収した、先帝アンブロシウスが隠し持っていた「厄災の遺物」のデータと酷似しているの。……誰かが、この学園の地下に、遺物の欠片を意図的に持ち込んでいる可能性があるわ』
ローゼリアの真紅の瞳が、暗闇の中で鋭く細められた。
「(……『黎明の腕』の残党か、あるいは別の不穏分子か。いずれにせよ、未来ある若者たちの足元に、厄介な爆弾を仕掛けておるようじゃな)」
「アルティナ。リアンヌとウルスラを起こせい。……夜の特別課外授業の時間じゃ。生徒たちの邪魔になる前に、学園のバグ(害虫)を駆除しに行くぞ」
『了解よ。ハッキングの準備はできてるわ』
機体のない生身の体であろうと、死神の牙が鈍ることはない。
戦乙女の制服を再び身に纏い、白亜の学園の地下深くで蠢く新たな影を絶つため、四人は静かに夜の闇へと溶け込んでいった。
機体の完成を待つ間の、束の間の休息は、やはり一筋縄ではいかない運命を孕んでいたのである。




