表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
194/313

第二幕 第六十七話:休息なき準備期間と、暗闇で蠢く新たな牙

暗黒の宇宙空間に、無数の閃光が瞬いていた。

それは星の瞬きではない。エーベルヴァイン帝国が誇る無敵の近衛艦隊が、暗躍組織『黎明の腕』の隠し拠点である小惑星群を、物理的に消し飛ばしている光であった。

『——目標宙域、第六拠点「オメガ」の完全沈黙を確認。生存者、ゼロ。降伏信号の受信はすべて自動的に破棄されました』

『続いて第七拠点へ空間跳躍ワープを開始。……徹底的に焼き尽くせ。これは皇帝陛下の勅命である』

銀河の覇王たる帝国の軍事力は、文字通り桁違いであった。

高次元の管理者から与えられたオーバーテクノロジーの恩恵に縋っていた『黎明の腕』の残党たちは、管理者が「静観」フェーズに移行して支援を絶った瞬間、ただの烏合の衆と化した。彼らに待っていたのは、一切の交渉や命乞いすら許されない、帝国軍による一方的な蹂躙と殲滅という絶望だけであった。

その頃。

血で血を洗う殲滅戦を指示した張本人である金髪黒眼の女帝フェイト・エーベルヴァインは、皇宮の最も奥まった私室で、信じられないほどだらしのない顔をしてソファに寝そべっていた。

「ああっ……ローゼリア……私の愛しいローゼリア……! 貴女が戦場から無事に帰ってきてくれただけで、お姉ちゃんはもう、胸がいっぱいで公務なんて手につきません……!」

漆黒のドレスの裾を乱すことも気にせず、フェイトはダボダボのジャージ姿で携帯ゲーム機をピコピコと操作している妹のローゼリアに、背後からべったりと抱きついていた。

その腕はローゼリアの華奢な腰にきつく回され、フェイトの頬は妹のふわふわの金髪にスリスリと擦り付けられている。

「あー、もう! 姉上、邪魔じゃ! 今いいところなんじゃから、腕を離せい! コントローラーがうまく操作できんじゃろうが!」

ローゼリアがジタバタと暴れるが、フェイトは全く意に介さない。

「嫌です。三日も……三日も貴女と通信が途絶えた恐怖を思えば、これくらいのスキンシップは当然の権利です! むしろ、このまま貴女を私室に閉じ込めて、一生甘やかして暮らしたい……。ああ、そうだ! 今度こそ、帝国のどこかに『ローゼリア専用の絶対に安全な地下都市』を建設して……」

「絶対に嫌じゃ! 妾はペットではないぞ! というか、姉上は『黎明の腕』の殲滅作戦の指揮を執らなくてよいのか?」

「あんな虫ケラどもの処理など、将軍たちに任せておけば十分です。私が直接手を下すまでもありません」

フェイトは冷酷な事実をさらりと口にすると、再びローゼリアの首筋に顔を埋めた。

「それよりも、貴女の新しい機体の件です。あのブリュンヒルデという団長から、莫大な予算請求と物資調達の申請が上がってきましたが……私はすべて『無審査・即時決裁』のサインをしておきましたよ。ええ、国庫の二割が吹き飛びましたが、貴女の安全には代えられませんからね」

「おお、流石は姉上じゃ! 話が早くて助かるわい!」

ローゼリアはゲーム画面から目を離さずに笑った。

「これでルシフェルに最新型のゲーミングチェアと冷蔵庫が搭載されるぞ!」

「ふふふ、貴女が喜んでくれるなら何よりです。……ですがローゼリア、次は絶対に無理をしないでくださいね。もし貴女に万が一のことがあれば、私はこの銀河そのものを破壊して、貴女の後を追いますから」

フェイトの言葉は、冗談でも比喩でもなく、狂気的なまでの真実を孕んでいた。

ローゼリアは小さくため息をつき、「分かっておる。妾もコンティニュー不可のクソゲーはご免じゃからな」とだけ返し、再びゲームの攻略へと意識を戻した。

帝国最強の姉の庇護の下、ローゼリアは次の戦場ゲームへの英気を養っていた。

しかし、その安寧の裏で、血反吐を吐きながら文字通りの「終わらない戦い」を繰り広げている者がいた。

帝都アエテルガルドの裏社会を取り仕切る、巨大な闇市ブラックマーケットの最深部。

薄暗く、紫色のネオンが怪しく光る高級ラウンジのVIPルームに、戦乙女の団長・ブリュンヒルデの姿があった。

「——だから! 『古代竜の逆鱗』の相場は、先月のオークションで三千万クレジットだったはずだ! なぜ五千万に跳ね上がっているんだ!」

ブリュンヒルデは、目の前に座る爬虫類のような顔をした星間密輸業者のボスに向かって、テーブルをバンッと叩いて身を乗り出した。彼女の目の下には、くっきりと濃い隈が刻まれている。

「ヘッヘッヘ、そりゃあアンタ、今は時期が悪い。帝国軍が『黎明の腕』とやらを大々的に潰して回ってるせいで、辺境の流通ルートがガタガタになってるんでさァ。リスク料を上乗せさせてもらわねェと、ウチも商売あがったりでしてね」

業者のボスが、葉巻の煙を吐き出しながら嫌らしく笑う。

「足元を見やがって……! いいだろう、五千万で買ってやる。だが、その代わり『超重力圧縮クリスタル』の在庫は全部うちが買い占める。そっちの単価は二割引け。できないなら、この取引自体を白紙にして、ギルドの別のルートを使うまでだ」

「おっと、そりゃあ勘弁してくだせェ。……分かりやした。その条件で手を打ちやしょう」

「交渉成立だ。物資は明日の朝までに、第一軍港の特別ドックに届けろ。遅れたら違約金を取るぞ」

ブリュンヒルデは乱暴に契約書のデータにサインを叩きつけると、ラウンジを後にした。

外の冷たい空気を吸い込みながら、彼女は懐から胃薬の瓶を取り出し、ガリガリと数錠を噛み砕く。

「……これで、フィーネから渡されたリストの素材は、あと『星核の欠片』だけか」

彼女の端末には、フェイト女帝から無審査で振り込まれた、目の眩むような桁の軍資金が表示されている。資金の心配はない。だが、金があっても「モノ」がなければ意味がないのだ。ローゼリアのルシフェルを大改修し、他の六機の古代フレームを完成させるためには、宇宙中からあらゆるレア素材を、物理的な『時間』との勝負でかき集めなければならなかった。

「(……まったく。高次元の神をぶっ倒すのも大概だが、その後の請求処理と兵站確保の方がよっぽど命を削られるぞ。……だが、これが団長である私の仕事だ。部下たちに、最高の翼を与えるためのな)」

ブリュンヒルデは、疲労でフラフラになりながらも、次の闇商人とのアポを取るために通信端末を耳に当て、ネオン街の闇へと消えていった。

一方、母艦エインヘリアルの内部に特別に設営された、仮想空間(VR)シミュレーション・ルーム。

そこには、リアンヌ、アルティナ、ウルスラ、そしてランドグリーズら直掩隊の三人が、専用のダイブシートに横たわっていた。

彼女たちの意識は、完全に構築された電子の戦場へと飛ばされている。

『——右舷から仮想敵の巡洋艦クラスが三隻接近! アルティナ、電子妨害を!』

ウルスラの鋭い声が、戦術リンクを通じて響き渡る。

『もうやってるわよ! バハムートの並列処理(サブAI)、マジで最高ね! 今までの五倍の速度でハッキングが通るわ! 敵艦の火器管制、完全にロックした! ウルスラ、行けるわよ!』

アルティナの笑い声と共に、仮想の『ハルファス・イクリプス』が狙撃ライフルを構え、牽制の光弾を放つ。

『了解! ミネルヴァ・アサルト、推力限界突破オーバーブースト!!』

ウルスラが叫ぶと同時、仮想のミネルヴァの脚部に取り付けられた「爆発反応装甲型スラスター」が火を噴いた。

凄まじい爆発の反動が機体を蹴り出し、通常のスラスターではあり得ない異常な変態加速で、ミネルヴァは一瞬にして敵艦の懐へと肉薄する。

『くっ……! す、凄いGです……! ですが、これなら……穿てェェェッ!!』

ミネルヴァの左腕の極太パイルバンカーが、巡洋艦の分厚い装甲を紙切れのように貫通し、轟沈させる。

『見事な一撃です、ウルスラ! 私も続きます!』

リアンヌの仮想機『ブラン・ゼファー』が、残る二隻の巡洋艦に向かって、流星のような速度で突撃する。

敵艦から放たれる無数のレーザーの雨。しかし、リアンヌのブランは古代フレームの恐るべき反応速度と、バハムートAIによる予測演算の恩恵を受け、レーザーの弾幕の隙間を踊るようにしてすり抜けていく。

『風よ……!』

ブランの両手に握られたツイン・ハルバードが、圧縮された魔力の刃を纏って回転する。

「当たる前に逸らし、そして斬る」。鉄壁の防御を捨て、超高機動による回避と遊撃に特化した新しいブランの戦い方が、シミュレーション空間で完璧に機能していた。

『仮想敵、全艦沈黙。……シミュレーション・フェーズ十二、クリアよ』

アルティナの報告と共に、VR空間が解除され、六人の意識が現実の医務室へと戻ってきた。

「はぁっ、はぁっ……」

ウルスラはダイブシートから身を起こし、汗だくになりながら荒い息を吐いた。

「これが、古代フレームとバハムートAIの融合……。機体の反応速度が速すぎて、思考が一瞬でも遅れると、機体が勝手に暴走しそうになります」

「ええ。ノワールのフレームは魔力伝導率が異常ですから、パイロットの『こう動きたい』という意思が、文字通りタイムラグなしで機体に反映されてしまう。並の精神力では、機体に振り回されて脳が焼き切れます」

リアンヌがタオルで汗を拭きながら同意する。

「でも、そのピーキーさをバハムートが上手く間を埋めてくれてるわ。……それにしても、ウルスラのあの爆発スラスター、正気の沙汰じゃないわね。あんなの現実でやったら、全身の骨がミシミシ言うわよ?」

アルティナが呆れたように言うと、ウルスラは真剣な顔で首を振った。

「問題ありません。黎明の腕の暗殺訓練で、肉体的な苦痛に対する耐性は極限まで高めてあります。それに……皆さんが私に背中を預けてくれるなら、私はこの身が砕けようとも、必ず敵の陣形に風穴を開けてみせます」

ウルスラの生真面目すぎる言葉に、アルティナとリアンヌは顔を見合わせてクスッと笑った。

「あんた、本当に堅いわねぇ。戦乙女うちの部隊は、自己犠牲の特攻なんてお姫様ローゼリアが一番嫌うのよ。ちゃんと生きて帰って、勝利の後のケーキを食べるまでが任務なんだから」

「アルティナの言う通りです。私たちは『死兵』ではありません。共に生き抜く『仲間』です。……ウルスラ、あなたのその力、これからも頼りにしていますよ」

リアンヌが手を差し出すと、ウルスラはハッとして、そして照れくさそうにその手をしっかりと握り返した。

「……はい! ありがとうございます、リアンヌ殿、アルティナ殿!」

かつては感情を殺したスパイであったウルスラは、シミュレーションという仮想の戦場を通じて、仲間との絆を本物の鋼のように強固なものに鍛え上げていた。

戦乙女たちのチームワークは、以前にも増して完璧なものへと昇華しつつあった。

エインヘリアルの特別ドックは、昼夜の区別なく凄まじい騒音と火花に包まれていた。

帝国技術局のエンジニアたちが数百人単位で動員されているが、その中心で怒号を飛ばし、自らも巨大なスパナを振るって作業を先導しているのは、我らが戦乙女の整備班長・フィーネであった。

「てめェら! そこのマナコンデンサの結合部、トルクの数値がコンマ二ミリ狂ってんぞ! 古代フレームの出力を舐めてんのか! 機体が爆発したらどう落とし前つけんだ、やり直せ!!」

「ひぃぃっ! す、すんません班長!!」

帝国のエリート技術者たちが、ガラの悪い小柄な少女の怒声に震え上がりながら、大慌てで作業を修正していく。

「チッ……。どいつもこいつも、マニュアル通りの仕事しかできねェお坊ちゃんばかりでイライラするぜ。……これだから、ワンオフ機体オモチャ作りはアタシが直接面倒見ねェとダメなんだよ」

フィーネはツナギの袖で額の煤と汗を拭い、目の前で組み上げられつつある六機のマギアナイトを見上げた。

漆黒の古代フレームに、それぞれ純白、紫、群青の真新しい装甲が取り付けられていく。バハムートのサブAIのインストールも順調に進み、機体の心臓部からは力強い魔力の鼓動が感じられた。

「……へっ。我ながら、とんでもねェバケモノどもを造り出しちまったもんだ。リアンヌたちも、シミュレーターでこのジャジャ馬どもを乗りこなす算段はついたみたいだしな」

フィーネはニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、さらにドックの最深部へと歩を進めた。

そこには、無数のクレーンと極太のエネルギーケーブルに繋がれた、ひときわ巨大で禍々しいシルエットがあった。

大改修を受けている、ローゼリアの愛機『ルシフェル』である。

団長ブリュンヒルデが胃をすり減らしてかき集めてきた超希少素材が惜しげもなく投入され、歪んだフレームは完全に強化・再構築されている。

失われた左腕は新たな魔力回路と共に蘇り、両肩にはローゼリアの要求通り、独立稼働する凶悪な『巨大クローアーム』がマウントされていた。さらに背部の翼は、脳量子波とバハムートAIの演算によって自在に飛び回る『自律型オールレンジ・ファンネル』へと魔改造されている。

「お姫様の要求通り、火力も手数も前の三倍に跳ね上げてやったぜ。……おまけに、コックピットには最新の耐Gゲーミングシートと、冷え冷えのコーラサーバー付きだ。まったく、兵器をなんだと思ってやがる」

フィーネは呆れたように毒づきながらも、その瞳には、自分の持てる技術のすべてを注ぎ込んだ「最高傑作」に対する深い愛情と誇りが満ちていた。

「さーて、泣いても笑っても、明日には全機ロールアウトだ。……てめェら、気合い入れて最終調整フィニッシュにかかるぞ!! 徹夜明けのコーヒータバコはアタシが奢ってやるから、死ぬ気で手ェ動かせ!!」

「「「おおおおおっ!!!」」」

ガラは悪いが腕は確かで、何よりもパイロットの命を第一に考える姉御肌の整備班長。彼女の号令により、ドックの熱気は最高潮に達していた。

戦乙女たちが新たな力を手に入れようとしている間、宇宙の別の場所で、静かに、だが確実に、新たな歯車が回り始めていた。

銀河の辺境、名もなき荒涼とした惑星。

かつてローゼリアたちによって滅ぼされた新興国『エターニア』の残党が、帝国の追撃を逃れて細々と隠れ住んでいた地下施設に、一人の男が姿を現した。

男は、ボロボロの灰色のローブを深く被っていた。

それは、高次元の管理者から見捨てられ、帝国軍の殲滅作戦から命からがら逃げ延びた『黎明の腕』の幹部であった。

「……まさか、この私が、虫ケラどもの隠れ家に転がり込むことになるとはな」

男は血を吐くような声で呟き、地下施設を支配していたエターニア残党のリーダー格を、残された僅かな高次元技術の力で容易く制圧し、首を締め上げた。

「がっ、ぐああっ……! な、何者だ、貴様……!」

「黙れ。貴様らエターニアの連中が、あの特異点……ローゼリア・エーベルヴァインに強い恨みを持っていることは知っている。……私と手を組め。私には、まだ『管理者様』から与えられたシステムのバックドアの知識がある」

ローブの男は、憎悪に満ちた瞳を赤く光らせた。

「神に見捨てられたとて、この宇宙の盤面ルールを書き換える術は残されている。……奴ら『戦乙女』がどれほど強大な機体を手に入れようと、正面から戦う必要はない。奴らの最も脆弱な部分……『過去の因縁』を掘り起こし、内側から崩壊させてやる」

男は、施設のメインコンピューターに自らの端末を接続し、ある座標の封印を解くためのハッキングを開始した。

「……目覚めよ。かつて先帝アンブロシウスが恐れ、この宇宙の深淵に封じ込めた『厄災の遺物』よ。……特異点を消去するための盤面は、私がこの手で再構築する」

女帝フェイトの愛によって守られた帝国の光。

そして、その光が強ければ強いほど、宇宙の闇の底で濃く、深く沈殿していく憎悪と復讐の影。

高次元の神が静観を決めた盤面で、今度は『人間自身の業』が生み出した最悪の毒牙が、戦乙女たちを絡め取ろうと静かに鎌首をもたげていた。

「さあ、ゲームの続きを始めようか、銀河最強の死神よ」

暗闇の中で蠢く悪意は、次なる破滅の序曲を奏で始めていた。

だが、それを迎え撃つ戦乙女たちの新たな翼もまた、まもなく宇宙の空へと羽ばたこうとしている。

理不尽に抗う少女たちの次なる戦いが、幕を開けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ