第十九話:爆発する自室と、白銀の騎士との相部屋生活
アイアン・ブルズとの合同任務を無事に終え、母艦『エインヘリアル』は再び静かな星の海へと漕ぎ出していた。
艦内の大食堂の片隅。
ローゼリアの目の前には、湯気を立てる熱々の特製ハンバーグが置かれていた。肉汁が溢れ、デミグラスソースの香りが食欲を猛烈に刺激する。
「さあ、ローゼリア。熱いので気をつけてくださいね」
「う、うむ! 妾のためにわざわざ腕を振るってくれたこと、大儀であるぞリアンヌ!」
ローゼリアがフォークを手に取ろうとした瞬間、対面に座っていたリアンヌが、己のフォークでハンバーグを小さく切り分け、ふーふーと息を吹きかけて冷まし始めた。
そして、極上の微笑みと共に、それをローゼリアの口元へと差し出した。
「はい、あーん」
「…………っ!」
(また出た! 息をするように飛び出す『あーん』攻撃! しかもさっきのドックでの壁ドンの余韻がまだ残ってるのに!!)
周囲のテーブルでは、他の団員たちが生温かいニヤニヤ顔でこちらを見守っている。「また副団長の過保護が発動してるよ」「ローゼリアちゃん顔真っ赤で可愛い〜」というヒソヒソ声が丸聞こえである。
「わ、妾は自分で食べられる! 腕が怪我しておるわけではなかろう!」
「ですが、あなたは先ほどの戦闘と、ドックでの一連の出来事で疲れているはずです。さあ、遠慮せずに」
有無を言わさぬ、しかし圧倒的な慈愛に満ちた碧眼。
これに逆らえるほど、ローゼリアの意思は強くなかった。
「……む、むぐっ」
顔から火が出るほどの羞恥心に耐えながら、ローゼリアはリアンヌのフォークから直接ハンバーグをパクリと咥えた。
「……! 美味い!」
「ふふ、良かったです。あなたの好みに合わせて、少し甘めの味付けにしましたから」
「くそっ、美味すぎる……! お主、本当に何をやらせても完璧じゃな……!」
(胃袋まで完全に掴まれてる! 俺、もうこの人がいないと生きていけない体になっちまうよ!)
平和で甘々(ローゼリアにとっては心臓の耐久テスト)な夕食の時間が過ぎていく。
しかし、エインヘリアルの日常が、そう簡単に平穏無事で終わるはずがなかった。
ドッゴォォォォォンッ!!!
突如、艦内を激しい爆発音が揺るがした。
「な、なんじゃ!?」
「敵襲ですか!?」
リアンヌが即座に立ち上がり、ローゼリアを庇うように前に出る。
だが、警報サイレンは鳴らない。代わりに、艦内放送からブリュンヒルデ団長の深い、深いため息まじりの声が響いた。
『……フィーネ。後で艦長室に来なさい。正座だ』
『あいたた……す、すんません団長。ちょっと出力調整をミスっただけで……』
どうやら敵襲ではないらしい。
しかし、ローゼリアは嫌な予感がして、急いで爆発音がした居住区画へと走った。
そこにあったのは、見事に黒焦げになり、ドアが吹き飛んだ『ローゼリアの自室』の無惨な姿だった。
「妾の部屋ァァァッ!?」
駆けつけたローゼリアとリアンヌの前に、顔を真っ黒に煤けさせたフィーネが、気まずそうに頭を掻きながら立っていた。
「いやぁ、悪いお姫様! あんたの部屋でもノワールと魔力リンクして機体のシミュレーションができるように、専用の端末を組み込もうとしたんだけどさ……。あんたの魔力キャパシティを想定した配線にしたら、艦の通常電力を逆流させちまって、ボカンと」
「ボカンと、ではないわ馬鹿者ォ! 妾のベッドが! クローゼットの服がぁ!」
ロスヴァイセやリアンヌに買ってもらった可愛い服たちは、幸いにも耐火性のクローゼットに収まっていたため無事だったが、ベッドや壁、空調システムは完全に使い物にならなくなっていた。
そこへ、ブリュンヒルデが呆れた顔でやってきた。
「怪我がなかったのは幸いだけど……この有様じゃ、修理が終わるまで三日はかかるね。空調も死んでいるから、ここには寝泊まりできない」
「そ、そんな……妾は今日からどこで寝れば良いのじゃ……」
ローゼリアが途方に暮れて肩を落とした、その時。
「——問題ありません」
凛とした声が響いた。
全員の視線が、ローゼリアの隣に立つリアンヌに集まる。
リアンヌはごく自然な動作で、ローゼリアの華奢な肩を抱き寄せた。
「ローゼリアの部屋が直るまでの間、彼女は『私の部屋』で寝泊まりします。……私たち、バディですから。当然のことでしょう?」
(————ッッッッッ!!!!!!!)
ローゼリアの心臓が、本日何度目かわからない限界突破を果たした。
(り、り、リアンヌ様の部屋に!? お泊まり!? バディだからって、いくらなんでも距離感バグりすぎだろ!!)
「おっ、いいねぇ。じゃあそういうことで。ローゼリア、しばらくリアンヌの部屋でお世話になりな」
「ちょっと待て団長! 妾は空き部屋でも……」
「今、エインヘリアルの個室は満室なんだ。三姉妹の部屋は雑然としてるし、フィーネの部屋は油臭い。リアンヌの部屋が一番清潔で安全だよ」
ブリュンヒルデの完璧な正論に、ローゼリアは反論の余地を失った。
リアンヌは「ふふっ」と嬉しそうに微笑み、そのままローゼリアの手を引いて歩き出した。
「さあ、着替えを取り出して、私の部屋に行きましょう。……とても楽しみですね、ローゼリア」
「あ、あ、あああ……」
完全にまな板の上の鯉である。
黒き死神の圧倒的な魔力も、白銀の騎士の無自覚な甘い包囲網の前では、ただの無力な少女に過ぎなかった。
エインヘリアルの副団長室。
そこは、リアンヌという人物をそのまま表したかのように、整理整頓が行き届いた清潔で落ち着いた空間だった。
余計な装飾品は少なく、本棚には戦術論や歴史書が並んでいる。そして、部屋全体を包み込む、リアンヌからいつも香る、あの甘く清潔な花の香り。
(……やばい。リアンヌ様の匂いが充満してる。ここにいるだけで頭がフワフワしてくる……!)
ローゼリアは部屋の入り口で、ガチガチに緊張して直立不動になっていた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ほら、ソファに座って」
「う、うむ。失礼するぞ」
促されるままソファに腰を下ろす。
部屋の中央には、大きなベッドが『一つ』だけ置かれていた。副団長用の部屋とはいえ、あくまで一人部屋。当然、ベッドは一つしかない。
「あ、あのなリアンヌ。寝る場所のことなんじゃが。妾はソファで寝るゆえ、お主はベッドを……」
「駄目です」
リアンヌが即座に、しかし優しい声で否定した。
「ローゼリアは代謝が低く、身体が冷えやすいでしょう。こんなソファで寝たら、風邪を引いてしまいます。ベッドを使いなさい」
「な、ならお主がソファで……」
「それも駄目です。私が副団長として、愛する姫君にそんな硬い場所で寝かせるわけにはいきません」
「じゃ、じゃあどうするんじゃ! ベッドは一つしかないではないか!」
顔を真っ赤にして叫ぶローゼリアに、リアンヌは不思議そうに小首を傾げた。
「……一緒に寝れば良いではないですか。ベッドは十分な広さがありますし」
(あああああああ!! やっぱりそうなるのかァァァ!!)
「わ、妾は寝相が悪いかもしれんぞ!? お主を蹴り飛ばしてしまうやもしれんし!」
「ふふ、構いませんよ。その時は、私があなたをしっかりと抱きしめて、動けないようにしてあげますから」
(それ一番やばいやつ!! 心臓が物理的に止まるやつ!!)
パニックに陥るローゼリアをよそに、リアンヌは「では、私は先にお風呂に入ってきますね。ローゼリアはゆっくりくつろいでいてください」と、着替えを持ってシャワールームへと消えていった。
残されたローゼリアは、ソファの上で頭を抱えた。
(どうしよう、どうしよう。大好きな人の部屋で、同じベッドで寝る……。前世で夢見た『美少女同士のキャッキャウフフなお泊まり会』のはずなのに、俺の感情が完全に『好きな人の家にお泊まりに来たピュアな乙女』になっちまってる!)
数十分後。
「お待たせしました。……ローゼリア?」
シャワーを浴び終えたリアンヌが、湿った長い金髪をタオルで拭きながら出てきた。
その姿を見て、ローゼリアは息を呑んだ。
軍服の時のような防御力の高さは皆無。
薄手の、身体のラインがはっきりとわかるシルクのキャミソールと、短いショートパンツ。雪のように白い肌が、お風呂上がりの熱を帯びてほんのりと桜色に染まっている。
そして、その無防備な胸元には、二人の絆の証である『漆黒のペンダント』だけが、艶かしく光っていた。
「————ッ!!(開眼)」
「どうしました? ぼーっとして。次はあなたが入る番ですよ」
「い、行ってくる!!」
ローゼリアは弾かれたように立ち上がり、脱兎の如くシャワールームへと逃げ込んだ。
冷水のシャワーを頭から浴びて、必死に暴走する心拍数を冷却する。
(落ち着け! 俺は帝国の第二皇女! そして戦乙女の双璧だぞ! 同性同士(今は)のお泊まりでドギマギするなんて情けない!)
深呼吸を繰り返し、どうにか気合を入れ直して、ローゼリアもお風呂上がりのパジャマ(こちらもロスヴァイセから借りた、少しフリルのついた可愛いネグリジェ)に着替えて部屋に戻った。
照明はすでに落とされ、間接照明の柔らかな光だけが部屋を照らしていた。
ベッドの上では、リアンヌがシーツをめくって、ローゼリアを待っていた。
「さあ、こっちへ」
「う、うむ……」
ローゼリアは、まるで処刑台に向かう囚人のような足取りで、ベッドへと近づいた。
そっとシーツに潜り込むと、隣から圧倒的な熱量と、甘い香りが押し寄せてくる。
(近い……! 肩が触れそうなくらい近い……!)
仰向けのまま、天井を凝視して全身を硬直させるローゼリア。
すると、隣でリアンヌがそっと寝返りを打ち、ローゼリアの方へと身体を向けてきた。
「ローゼリア。……まだ起きていますか?」
「お、起きておるぞ」
「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。取って食ったりしませんから」
リアンヌの腕が、シーツの下でするりと伸びてきて、ローゼリアの華奢な腰に回された。
そのまま、抱き枕にするように、ローゼリアの小さな身体を自身の温かい胸の中へとすっぽりと収めてしまう。
「ひゃっ!?」
「あなたの身体、やはり冷えていますね。……こうして温めてあげます」
背中合わせではなく、完全に正面からの抱擁。
リアンヌの豊満な双丘の感触が、薄いネグリジェ越しにローゼリアの胸に押し付けられる。
そして、耳元で聞こえるリアンヌの穏やかな心音。
(うわぁぁぁぁ……。ダメだ、抗えない。この人の温もり、包容力、全部が完璧すぎる……)
ローゼリアは、緊張でガチガチだった身体から、ふうっと力を抜いた。
リアンヌの腕の中にいると、帝国で感じていた孤独や恐怖が、すべて嘘のように消え去っていくのだ。
「……リアンヌ」
「はい」
「……苦しくないか。妾、重くないか」
弱々しい声で尋ねるローゼリアに、リアンヌはクスリと笑った。
「重いわけがありません。あなたは羽根のように軽い。……でも、私の腕の中にあるこの命の重さは、宇宙のどの星よりも重くて、尊い」
リアンヌは、ローゼリアの額に、チュッと優しく口付けを落とした。
「……おやすみなさい、ローゼリア。いい夢を」
「————っ。おやすみ、リアンヌ」
額に落ちたリップの感触に、ローゼリアの顔は限界まで熱くなったが、もはや逃げ出そうという気は全く起きなかった。
リアンヌの甘い香りと体温に包まれながら、ローゼリアはゆっくりと目を閉じる。
(俺、絶対にこの人を幸せにしてやる。……この宇宙で一番、幸せな騎士にしてやるんだからな)
限界オタクのガチ恋心は、ついに究極の安らぎへと到達し。
爆発する自室から始まった相部屋生活の一日目は、甘く、平和な寝息と共に更けていくのであった。




