第二幕 第五十八話:新たなる戦乙女と、戦神ミネルヴァ
帝国辺境の第七星区において、先帝アンブロシウスを狂気に陥れたとされる『禁忌の遺物』が強奪された事件。
暗躍組織『黎明の腕』が直接盤面を動かしてきたと判断した戦乙女の面々は、直ちに追撃の準備を進めていた。
母艦エインヘリアルの広大なブリーフィングルーム。
そこには、出撃を控えたローゼリア、リアンヌ、アルティナの三人が集められていた。
「……皆、集まったな」
艦長席の前に立つブリュンヒルデが、いつものように胃薬の瓶をカチャカチャと鳴らしながら、重々しい口調で切り出した。
「今回の作戦宙域である第七星区は、デブリ帯とアステロイドベルトが入り組んだ極めて視界の悪い難所だ。加えて、敵は帝国軍の最新鋭ステルス網すら潜り抜ける未知の光学迷彩技術を持っている。……これまでのエターニアのような、力任せの物量戦にはならない。高度な連携と、不測の事態に即座に対応できる遊撃力が必要になる」
「要するに、面倒な索敵とゲリラ戦を強いられるということじゃな」
部屋の隅のソファで、ダボダボのジャージ姿のままクッションを抱きかかえているローゼリアが、あくびを噛み殺しながら言った。
「その通りだ。ローゼリアのルシフェルは規格外の殲滅力を持つが、敵が姿を隠して少数精鋭で仕掛けてきた場合、広範囲への無差別攻撃は味方や民間施設を巻き込むリスクがある。……そこで、だ」
ブリュンヒルデは、手元のタブレットを操作し、ブリーフィングルームの自動ドアを開いた。
「今後の激化する戦いに備え、我々『戦乙女』の戦力を増強することにした。……入ってこい」
ブリュンヒルデの呼びかけに応じ、コツン、コツン、と規則正しい足音を立てて、一人の女性が部屋に入ってきた。
年齢は二十代半ば——二十四歳ほどだろうか。
アッシュブラウンの髪を機能的なショートボブに切り揃え、鋭く知的なヘーゼル色の瞳を持った、長身で引き締まった体躯の女性である。彼女は無駄のない動作でブリュンヒルデの前に立つと、完璧な角度で傭兵ギルド式の敬礼を行った。
「本日付で『戦乙女』に配属されました、ウルスラ・レーヴェです。得意なポジションは前衛から中衛にかけての遊撃および火力支援。……伝説の傭兵団に加わることができ、光栄に存じます」
凛とした、よく通る声だった。
その立ち振る舞いには、幾多の死線を潜り抜けてきた本物の傭兵としての『実力』が滲み出ている。
「ウルスラ・レーヴェ……。どこの部隊にも属さず、単独で数々の高難度クエストをこなしてきた『はぐれの猟犬』ね。まさか、うちに入団するなんて」
アルティナが、紫色の瞳を丸くして驚きの声を上げた。
「知っておるのか、アルティナ?」
ローゼリアが尋ねる。
「ええ。傭兵界隈じゃ結構な有名人よ。どんな過酷な戦場でも確実に生還し、契約は必ず果たすっていう超実力派。……でも、団長のあの『地獄の入団試験』をよくパスできたわね」
戦乙女への入団試験は、傭兵ギルドの中でも最も過酷であることで知られている。
なにせ、試験官であるブリュンヒルデ自らが搭乗する機体と、シミュレーター内で『被弾率ゼロのまま五分間生存する』という、理不尽極まりない条件なのだ。
「ええ。ブリュンヒルデ団長の苛烈な猛攻の前に、機体のスラスターを二基焼き切りましたが……どうにか五分間、致命傷は避けきりました」
ウルスラは、少しだけ苦笑いを浮かべながら答えた。
「謙遜するな。私の変則的な機動を初見で読み切り、あまつさえカウンターまで合わせようとした新人はお前が初めてだ。即戦力として、これ以上の人材はいない」
ブリュンヒルデが、満足げに頷く。
「中近距離の遊撃、ですね。……私はリアンヌ。ローゼリアの盾となる近衛騎士です。前線での連携、期待していますよ」
純白の騎士服を着たリアンヌが、真っ直ぐな視線でウルスラに握手を求めた。
「こちらこそ。あなたの鉄壁の防御の噂は聞いています。背中はお任せください」
ウルスラは、力強くその手を握り返した。
そして、ウルスラの視線が、部屋の奥のソファへと向かった。
彼女の顔に、隠しきれない緊張が走る。
無理もない。彼女の視線の先にいるのは、先の戦いで新興国エターニアの数万の軍勢を単機で壊滅させ、巨大要塞を文字通り真っ二つに叩き割ったという、生ける伝説——『銀河最強の死神』なのだ。
一体どれほど恐ろしい闘気を纏った、血に飢えた戦士なのだろうか。ウルスラはごくりと喉を鳴らし、直立不動の姿勢をとった。
「は、初めまして! ウルスラ・レーヴェと申します! 以後、ご指導ご鞭撻のほどを——」
「ん? おお、よろしく頼むぞ、ウルスラ」
ウルスラの目に映ったのは、長いふわふわの金髪を寝癖で少し跳ねさせ、ダボダボのジャージ姿で携帯型ゲーム機を弄りながら、のほほんと微笑む美少女であった。
「(……えっ?)」
ウルスラの思考が、一瞬完全に停止した。
「団長のあの理不尽な試験をクリアするとは、お主、なかなかのプレイヤースキルを持っておるようじゃな。機体の操作技術と状況判断能力には自信がある口か?」
「は、はい……? あ、ええと……はい。動体視力と、近接から射撃へのスイッチングの速さには、それなりに自信が……」
「ほうほう。それは頼もしいわい」
ローゼリアはゲーム機を置き、立ち上がってウルスラの元へとペタペタと歩み寄った。そして、ウルスラの周りをぐるぐると回りながら、興味深そうに観察する。
「(これが……あの死神? 帝国皇妹殿下? 嘘でしょう、どう見ても休日に家から一歩も出ないインドア派の少女にしか見えないんですが……!)」
ウルスラは内心で激しく動揺していたが、傭兵としてのポーカーフェイスでどうにか平静を装った。
「ローゼリア。ウルスラは今日から私たちのチームに編入されるわ。……彼女の機体データ、もう私の端末で確認したけど、かなり面白いチューンナップがされてるわよ」
アルティナがタブレットを掲げながら言う。
「ほほう。どんな機体なんじゃ?」
「名前は『ミネルヴァ』。中近距離特化型のマギアナイトよ。……百聞は一見に如かずね。ハンガーへ行きましょう」
エインヘリアルの広大なメインハンガー。
漆黒のルシフェル、純白のブラン、そして紫色のハルファスが並ぶその横に、新たに搬入された真新しいマギアナイトが鎮座していた。
機体のカラーリングは、深い群青色と銀色。
装甲は機動力を損なわない程度に軽量化されており、各関節部には爆発的な加速を生み出すための補助スラスターがいくつも増設されている。
「これが私の愛機、『ミネルヴァ』です」
ウルスラが、自らの機体を見上げながら誇らしげに語った。
「メイン武装は、右腕にマウントした『可変式リニア・アサルトライフル』。中距離からの高密度な制圧射撃を得意としています」
「なるほど、牽制と弾幕の形成に優れておるな。……じゃが、中距離だけでは決定打に欠けるじゃろ?」
ローゼリアが、機体の腕部を眺めながら指摘する。
「ええ。ですので、敵の懐に潜り込んだ際の絶対的なフィニッシャーとして、左腕にこれを装備しています」
ウルスラがタブレットを操作すると、ミネルヴァの左腕の装甲がスライドし、凶悪な質量を誇る巨大な『杭』——パイルバンカーが展開された。
さらに、その杭の周囲には、展開式のハルバード(斧槍)の刃が折り畳まれて収納されている。
「複合近接兵装『パイル・ハルバード』。……中距離からアサルトライフルで敵の姿勢を崩し、スラスターの瞬発力で一気に懐へ飛び込む。そして、ハルバードによる斬撃か、重装甲の敵に対しては零距離からのパイルバンカーで物理的に装甲を貫き、魔力を内部で爆発させます」
「(……中距離射撃からの、高速接近&近接高火力コンボ。FPSやアクションゲームにおける、典型的な『強襲型』クラスの立ち回りじゃな)」
ローゼリアは、その機体コンセプトを聞いて、ニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「面白い。射撃と近接を流れるように切り替えるには、パイロットに相当な処理能力が求められる。……リアンヌの鉄壁の守りと、アルティナの後方支援、そして妾の遊撃。そこにウルスラの中近距離の制圧力が加われば、戦術の幅が劇的に広がるわい」
「光栄です、ローゼリア殿下。……ですが、実戦で足手まといにならないか、少し不安もあります。皆様の噂は、傭兵ギルドでも伝説級ですので」
ウルスラは、素直な懸念を口にした。
彼女は優秀な傭兵だが、だからこそ自分と「規格外のバケモノ」たちとの差を正確に測ろうとしていた。
「心配無用じゃ」
ローゼリアは、ウルスラの肩をポンと叩いた。
「妾たちが求めているのは、同じような規格外の火力ではない。……戦場という盤面において、自分の役割を正確に理解し、味方と連携できる『賢いプレイヤー』じゃ。お主の機体の構成と、その冷静な目を見れば、十分にそれができると分かるわい」
「ローゼリアの言う通りよ、ウルスラ。それに、あなたのミネルヴァの戦術リンク、もう私のハルファスと同期させておいたわ。……私の電子支援があれば、機体の反応速度は今の1.5倍に跳ね上がるわよ」
アルティナがウインクをする。
「前衛の防御は、すべて私が引き受けます。ウルスラ、あなたは存分に敵を穿つことに集中してください」
リアンヌも、頼もしげに頷いた。
「……ありがとうございます。必ずや、皆様のご期待に応えてみせます!」
ウルスラは、三人の温かくも絶対的な自信に満ちた言葉に、深く頭を下げた。
ジャージ姿の気怠げな少女。
しかし、その言葉の端々に滲む、戦場を俯瞰するような底知れぬ視野の広さ。
ウルスラは、目の前にいるローゼリアがただの「強力な力を持った子供」ではなく、何万回という死線を越えてきた本物の『死神』であることを、肌で感じ取っていた。
「——全艦、出撃態勢完了。これより、第七星区に向けて空間跳躍プロセスに移行する」
エインヘリアルのブリッジに、ブリュンヒルデの号令が響き渡る。
『了解。マギアエンジン、出力正常。空間座標、固定』
オペレーターのオルトリンデが復唱し、艦内に出撃のサイレンが鳴り響いた。
格納庫では、四機のマギアナイトがすでにカタパルトにセットされていた。
漆黒の『ルシフェル』。
純白の『ブラン』。
紫色の『ハルファス』。
そして、群青色の『ミネルヴァ』。
『通信チェック。ウルスラ、聞こえるか?』
コックピットの中で、ローゼリアの落ち着いた声がインカムから響く。
『はい、ローゼリア。感度良好。ミネルヴァ、全システムオールグリーンです』
ウルスラは操縦桿を握り締め、大きく深呼吸をした。
新しい部隊。伝説の死神との初陣。緊張しないはずがないが、それ以上に、歴戦の傭兵としての血が騒いでいた。
『今回の敵は、ステルスを用いた奇襲とゲリラ戦を得意としておる。……姿を見せない敵に対して、どう動くべきか。傭兵としての実力、実戦で見せてもらうぞ』
『了解しました。必ず、敵の喉元を食い破ってみせます』
「よし。……戦乙女、発進!」
ズンッ! という重い衝撃と共に、エインヘリアルは宇宙空間の歪みへとその巨大な船体を滑り込ませた。
目指すは、帝国辺境の第七星区。
『禁忌の遺物』を奪い、暗闇の中で狡猾に糸を引く未知の組織『黎明の腕』との、最初の直接対決の場である。
新戦力ウルスラと『ミネルヴァ』を加え、さらに強固なパーティーへと進化した銀河最強の死神たちは、見えない敵が用意した理不尽な罠を粉砕すべく、光の速さで暗黒の宇宙を駆け抜けていくのであった。




