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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第五十七話:静かなる研鑽と、見えない網の目

帝都アエテルガルドの衛星軌道上に停泊する、傭兵団『戦乙女ヴァルキュリア』の母艦エインヘリアル。

その広大なメインハンガーでは、眩い火花と重機が駆動する金属音が絶え間なく響き渡っていた。

「……アルティナ、そっちの魔力バイパスの接続はどうじゃ? 以前の戦闘で、三基目のマギアエンジンをフル稼働させた時、わずかにラグが発生しておったじゃろ。あれをコンマ一秒でも縮めたいんじゃが」

「ちょっと待って、ローゼリア。今、バハムートのシステムと直接リンクして調整パラメータを書き換えてるわ。……うーん、機体の出力に対して、関節部の魔力伝導率が追いついていないのね。装甲の内側に新しいナノカーボン系の伝導材を組み込めば、理論上はロスをゼロにできるはずよ」

ダボダボのジャージ姿のローゼリアと、作業用のツナギを着たアルティナが、ハンガーの中央に鎮座する漆黒の堕天使『ルシフェル』の足元で、ホログラムの設計図を挟んで真剣な議論を交わしていた。

先のエターニアでの激戦から数週間。

表面上は平穏な日々が続いていたが、戦乙女の精鋭たちは決して歩みを止めてはいなかった。正体不明の暗躍組織という『見えない敵』の存在を察知した彼女たちは、来るべき戦いに備え、自らの牙を徹底的に研ぎ澄ませていたのだ。

『マスター・ローゼリア、アルティナ。提案があります。背部の自律可動砲台の制御AIを、私のメインコアから部分的に切り離し、サブプロセッサを増設することで、機体本体の演算リソースに余裕を持たせることが可能です』

ルシフェルの神AI・バハムートが、淡々とした合成音声で提案してくる。

「おお、それは良いな! 自律砲台の動きが少し単調になるかもしれんが、その分、本体の機動力と近接戦闘への対応力は跳ね上がるわい。……よし、アルティナ、その方向で改修を進めてくれ」

「了解よ、ローゼリア。……でも、あんたの操縦速度に機体を追いつかせるのって、本当に骨が折れるわ。ただでさえルシフェルは規格外なのに、それをさらにピーキーにチューンするなんて、あんた以外の人間が乗ったら一瞬でG(重力加速度)に潰されてミンチになるわよ」

アルティナは、金髪を揺らしながら紫色の瞳を呆れたように細めた。

「ふん。妾以外の者にルシフェルを触らせる気など毛頭ないわ。……それに、あの『無限湧き』のドローン群のような理不尽な状況を単機で切り抜けるには、機体性能に妥協などしておられんからな」

ローゼリアは真紅の瞳に鋭い光を宿し、愛機の漆黒の装甲を見上げた。

その隣のドックでは、純白の騎士機『ブラン』の改修作業が急ピッチで進められていた。

ハジメの特務機が放った規格外の魔力刃を真っ向から防ぎきったブランだったが、その代償として装甲の大部分と駆動系に深刻なダメージを負っていた。

「……いかがでしょうか、整備班長。ブランの出力調整は」

純白の騎士服に身を包んだリアンヌが、心配そうに整備主任に尋ねる。

「ええ、問題ありませんよ、リアンヌさん。むしろ、今回のオーバーホールで帝国の最新技術を組み込ませてもらいました。……あの無茶な突撃に耐えられるよう、シールドの表面に特殊な魔力減衰コーティングを施し、さらにスラスターの瞬発力を二割増しにしてあります。これでもう少しは、ローゼリア殿下の無茶な動きのサポートもしやすくなるかと」

「ありがとうございます……! これで次こそは、我が主の背中を完全に守り抜いてみせます!」

リアンヌは目を輝かせ、深い感謝の意を示した。

エターニアでの戦いは、彼女たちに「個人の力」と「組織的な物量」の差を痛感させた。だからこそ、戦乙女の面々は機体の強化だけでなく、連携戦術の見直しとシミュレーション訓練に多くの時間を割いていた。

姿を見せない敵が次にどんな理不尽な盤面を用意してこようとも、絶対に打ち破るために。

同じ頃。

帝都アエテルガルドの中心にそびえ立つ、巨大で壮麗な皇宮。

その最奥部に位置する皇帝の執務室では、重苦しく、そして凍りつくような緊張感が漂っていた。

「……報告は以上です、皇帝陛下。現在、帝国辺境の第三、第七、および第九星区において、小規模な傭兵団や反帝国組織の不自然な動きが確認されております。いずれも、出所不明の膨大な資金と、帝国の規格外の兵器が裏ルートで供給されている模様です」

黒の軍服に身を包んだ帝国情報部の長官が、冷や汗を拭いながら深々と頭を下げた。

執務机の奥、豪奢な装飾が施された椅子に座る女帝フェイトは、氷のように冷徹な黒曜石の瞳で手元の報告書を見つめていた。

彼女のまとう空気は、ローゼリアの前で見せるとろけるような甘さとは対極にある、銀河を統べる絶対君主としての『覇気』そのものであった。

「……出所不明の資金、ですか。エターニアにあの狂った技術を与えた裏の組織が、今度は周辺の不満分子を扇動し、我が帝国の外堀を埋めようとしているというわけですね」

フェイトの声は静かだが、その奥には明確な怒りが隠されていた。

「はっ。現在、情報部を総動員して資金の出所と兵器の流通経路を追っておりますが……敵の痕跡を消す手口は異常なほど洗練されており、決定的な尻尾を掴むには至っておりません。申し訳ございません」

情報部長官がさらに深く頭を下げる。

「構いません。敵が姿を隠すプロであるなら、こちらも相応の対処をするまで。……近衛艦隊の一部を密かに辺境星区へ派遣し、警戒レベルを引き上げなさい。不穏な動きを見せる組織があれば、理由を問わず速やかに『制圧』して構いません」

フェイトは、報告書を机に放り投げた。

「あの薄汚い虫ケラどもは、大きな勘違いをしています。……我が帝国の平和を、そして何より、私の愛するローゼリアの平穏な日常を脅かす者がいれば、私がこの手で一人残らず宇宙の塵に変えるということを」

その言葉の端に漏れ出た「ローゼリア」という名前に、情報部長官は内心で(またか……)と盛大なツッコミを入れたが、決して顔には出さなかった。

皇帝の妹への執着は、情報部の間でもトップシークレット(という名の公然の秘密)である。

「すべては、ローゼリアが何の憂いもなく、美味しいケーキを食べながら遊戯ゲームを楽しめる環境を守るため。……情報部には、さらなる権限と予算を与えます。星の裏側に隠れたネズミ一匹たりとも見逃すことは許しませんよ」

「は、はっ! 皇帝陛下の御心のままに!」

長官が退出した後、フェイトは大きく息を吐き、執務机の引き出しから分厚いカタログを取り出した。

それは、帝都で最高級とされる老舗洋菓子店の新作スイーツのリストと、最新流行のドレスのカタログであった。

「……ふふっ。ローゼリアは、前回のイチゴのタルトをとても美味しそうに食べていましたからね。次は、この季節限定のメロンを使ったパフェなどどうでしょう。ドレスも、最近はジャージばかり着ていますが、たまにはこのような可愛らしいフリルが付いたものを……ああ、絶対に似合います。想像しただけで鼻血が出そうです……!」

冷徹な君主の仮面は一瞬にして崩れ去り、フェイトの顔は完全にだらしないシスコンのそれへと変貌していた。

「忙しい公務の合間を縫って、私が自ら選んだプレゼント……ローゼリアもきっと喜んでくれるはずです。ええ、また『公式視察』という名目で会いに行かなければなりませんね」

フェイトは、カタログに真剣な顔で付箋を貼りながら、一人で至福の時間を過ごしていた。

彼女にとって、帝国の政務も、暗躍する敵の殲滅も、すべては「ローゼリアとの甘い生活」を守るための手段に過ぎない。その強烈すぎるモチベーションこそが、エーベルヴァイン帝国を銀河最強の国家たらしめている原動力であった。

フェイトの命令により、帝国軍が水面下で警戒を強める中。

帝国から遠く離れた辺境の独立星系——荒涼とした砂漠が広がる惑星『ザイクロ』の地下施設では、密かなる会合が開かれていた。

「——話はついた。例の『支援者』から、前払いの資金と、新型の光学迷彩ステルスユニットが届いたぜ」

薄暗い部屋の中で、葉巻を咥えた隻眼の男——周辺の星域で略奪や密輸を繰り返している武装勢力のリーダーが、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべた。

「本当か、ボス! 帝国軍の索敵網を抜けられるステルスなんて、喉から手が出るほど欲しかったんだ!」

「ああ。これで、帝国の資源輸送船団を襲い放題だ。……支援者の条件はただ一つ。『辺境で可能な限り騒ぎを起こし、帝国軍の戦力を分散させろ』とのことだ」

武装勢力の男たちは、下品な笑い声を上げた。

彼らは自分たちが、「見えない敵」の手駒として使い捨てられる運命にあることなど、知る由もなかった。

同じような光景が、帝国の辺境星区のあちこちで繰り広げられていた。

暗躍組織『黎明の腕』は、自らは決して表舞台に立たず、莫大な資金と未知の技術を餌にして、帝国の支配に不満を持つ者たちを巧妙に操っていた。

彼らの目的は、帝国の崩壊ではない。

帝国軍の戦力を辺境へと分散させ、帝都の防衛を薄くし、そして特異点である『ローゼリア』を孤立させるための、壮大な盤面チェスボードの構築であった。

『……順調だ。エーベルヴァイン帝国は、辺境で頻発する反乱の火消しに追われ始めている』

暗黒星域に停泊する漆黒の宇宙船のブリッジで、ローブの男が報告を聞きながら冷たく笑った。

『フェイトという女帝は確かに恐ろしいが、守るべき領土が広大すぎる。……辺境の騒乱が一定のレベルを超えれば、彼らは必ずあの遊撃部隊——「戦乙女」を動かさざるを得なくなる』

ローブの男の視線の先には、ホログラムで映し出された帝国の星系図があった。

そこには、帝都を中心に、無数の赤い光点(反乱分子)が包囲網を形成するように点滅している。

『我々の網の目は、すでに特異点ローゼリアの足元まで伸びている。……彼女が帝都という安全圏から誘い出された時、それが観察計画の次なるフェーズの始まりだ』

そして、その時は思いのほか早く訪れた。

エインヘリアルのブリッジ。

いつものようにジャージ姿でくつろいでいたローゼリアのもとに、深刻な顔をしたブリュンヒルデが近づいてきた。

「……ローゼリア。アルティナ、リアンヌ。至急、会議室に集まってくれ」

ブリュンヒルデの声には、かつてないほどの緊張感がこもっていた。

「どうした、団長。また胃薬の在庫が切れたのか?」

ローゼリアが軽口を叩くが、ブリュンヒルデは笑わなかった。

「違う。……皇帝陛下から、直々の勅命が下った」

「姉上から?」

ローゼリアの表情が引き締まる。フェイトが個人的な理由でローゼリアを呼び出すことは日常茶飯事だが、ブリュンヒルデを通して『勅命』として下される任務は、帝国にとっての重大事態を意味している。

会議室に集まったローゼリアたちを前に、ブリュンヒルデはメインモニターに辺境星区の星系図を映し出した。

「ここ数週間、辺境の第七星区において、武装勢力による帝国関連施設への襲撃が多発している。……それ自体は辺境守備隊の管轄なのだが、問題は襲撃された施設だ」

ブリュンヒルデが、一つの惑星を拡大表示する。

「襲撃されたのは、帝国軍の『古代魔導遺物』の保管施設。……そして、奪われたのは、かつて先帝アンブロシウスが狂気に沈む原因となったとされる、禁忌の遺物の一部だ」

その言葉に、ローゼリアの真紅の瞳がわずかに見開かれた。

父アンブロシウスと兄セドリックの精神錯乱。それは、フェイトが玉座に就くことになった直接的な原因であり、ローゼリアにとっても決して触れたくない帝国の深い闇であった。

「……禁忌の遺物じゃと? なぜ、そのような危険な代物が辺境に保管されておったんじゃ」

「表向きは『廃棄処分』となっていたからだ。だが、実際には厳重な封印の下で辺境の施設に隠されていた。……それを、武装勢力が正確な位置を把握し、最新鋭のステルス技術を使って強奪した」

アルティナが、キーボードを叩きながら補足する。

「つまり、ただの賊の仕業ではない、ということですね」

リアンヌが険しい表情で言う。

「ああ」ブリュンヒルデが頷く。

「情報部の見立てでは、エターニアの裏にいた暗躍組織が絡んでいる可能性が高い。……奴らは、帝国の根幹に関わる『禁忌』に手を伸ばしてきた。フェイト陛下は、この事態を極めて重く受け止めている」

ブリュンヒルデは、ローゼリアを真っ直ぐに見据えた。

「我々『戦乙女』に下された任務は、強奪された遺物の追跡と奪還。そして、裏で糸を引く組織の尻尾を掴むことだ。……作戦宙域は第七星区。敵の戦力も規模も未知数だ」

「……なるほどな」

ローゼリアは、ジャージのポケットに手を突っ込み、小さく息を吐いた。

「(……いよいよ、見えない敵が直接盤面を動かしてきたというわけか。しかも、姉上や妾の『逆鱗』に触れるようなやり方でな)」

この平穏な日常を壊そうとする者。そして、姉フェイトの心に再び影を落とそうとする者。

「……良いじゃろう。受けて立つわい」

ローゼリアは、真紅の瞳に極寒の殺意を宿し、不敵な笑みを浮かべた。

「相手がどんなチートを持っていようが、どれだけ巧妙に罠を張っていようが関係ない。……妾の平穏を脅かす気なら、その暗闇ごと、ルシフェルで真っ二つに叩き斬ってやるまでじゃ」

「はっ! このリアンヌ・ヴァーミリオン、どこまでもローゼリアの往く道に付き従います!」

「ハッキングの準備も万端よ。敵のステルスだろうが何だろうが、私が丸裸にしてあげるわ」

リアンヌとアルティナも、迷いなく立ち上がる。

静かな研鑽の時は終わった。

帝国の辺境で胎動する未知の悪意と、銀河最強の死神の、真なる激突の幕が今、静かに切って落とされようとしていた。

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