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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第五十四話:崩壊する叛逆の箱庭と、死神の鉄槌

『特製ウイルス、要塞ジェネシスのメインノード経由で、全戦術リンクへ展開ばらまくわよ!……さあ、反逆の時間ショータイムの始まりよ!!』

アルティナの金髪が揺れ、紫色の瞳が歓喜に輝いたその瞬間。

宇宙空間を埋め尽くしていた五万機ものエターニア軍のドローンとアグレッサー部隊は、一斉にその動きを停止した。

カメラアイの不気味な赤い光が一瞬のノイズと共に明滅し、次々とアルティナのイメージカラーである『紫色』へと強制的に書き換えられていく。

敵味方識別信号(IFF)の反転。

それはすなわち、エターニアが誇っていた「無限の軍事力」が、そのままエターニア自身へ牙を剥く『最悪の刃』へと変貌したことを意味していた。

『……な、何だ!? ドローン群がこちらに銃口を向けているぞ!?』

『システムが言うことを聞かない! アクセス拒否だと!?』

五万機の群れに守られるように展開していたエターニアのエース部隊(転生者たち)の間に、かつてないパニックが広がった。

『迎撃しろ! 撃ち落とせ!!』

転生者たちは己のチート能力を解放し、高火力のビームや魔力弾を乱れ撃つ。確かに彼ら個人の力は強大であり、数機のドローンを破壊することは容易だった。

しかし、相手は統率された五万の軍勢である。彼らが頼り切っていた「圧倒的な物量」と「戦術リンクによる波状攻撃」が、今度は寸分違わず彼ら自身に襲い掛かってきたのだ。

『くそっ! 避けきれねえ! 数が多すぎる!!』

『ぎゃあああっ!! シールドが持たな——』

全方位からのレーザーの雨に晒され、エターニアの特務機が次々と爆発し、宇宙のデブリへと変わっていく。

連携を知らず、個人の異能にばかり頼っていた転生者たちにとって、それは絶対に対処不可能な『詰み(ゲームオーバー)』の状況であった。

「(……バグ技で無理やり増やしたユニットに、システム(盤面)の制御を奪われて自滅する。ゲーム開発の素人が陥りやすい、テンプレ通りの罠じゃな)」

要塞の外殻からその惨状を見下ろしながら、ローゼリアはジャージの襟元を正し、冷ややかに鼻で笑った。

さらに、正面宙域からは、エターニアの混乱を見逃すはずもない帝国軍が牙を剥く。

フェイト女帝が率いる一万隻の正規艦隊が、前進しながら無慈悲な主砲の第二波を放った。極太の魔力ビームが、混乱し逃げ惑うエターニアの残存部隊を、文字通り『面』で制圧し、蒸発させていく。

圧倒的なまでの戦線崩壊。

エターニアという新興国家が積み上げてきた傲慢な砂上の楼閣は、天才ハッカーの仕掛けた一つのウイルスによって、音を立てて崩れ去ろうとしていた。

同じ頃、要塞ジェネシスの指令室。

警告の赤色灯が激しく点滅し、絶え間ない爆発の振動が巨大な空間を揺るがしていた。

『防衛ライン、完全に瓦解! 暴走したドローン群が要塞のメインゲートを破壊、内部への侵入を開始しました!』

『帝国軍艦隊、第一防衛線を突破! 本要塞への直接砲撃圏内に突入します!』

オペレーターたちの悲鳴のような報告が飛び交う中、エターニアの王グレイスは、玉座に座ったまま、メインモニターに映る同士討ちの惨状を信じられない思いで見つめていた。

「……馬鹿な。我が国の、俺たちの頭脳が結集した最高のシステムが、たかがハッキング一つで乗っ取られただと?」

グレイスの端正な顔が、屈辱と怒りで激しく歪む。

彼は前世の知識とこの世界の異能を組み合わせ、完璧な軍事国家を作り上げたはずだった。帝国の旧態依然とした軍隊など、物の数ではないと本気で信じていた。

だが、その驕りこそが致命的な隙を生んだのだ。「圧倒的な物量さえあれば勝てる」という思考停止が、セキュリティの脆弱性という形で彼らの喉首を掻き切ったのである。

「グレイス様! このままではジェネシスが沈みます! 脱出の準備を!!」

側近が叫ぶが、グレイスは玉座のアームレストを叩き割らんばかりの力で握りしめた。

「逃げるだと!? 俺は選ばれた存在だ! この新しい世界を統べる王だぞ! たかが小娘の傭兵部隊ごときに……!!」

その時。

指令室のコンソールが、これまでで最もけたたましい警告音を鳴らし始めた。

『警報! 要塞背面の外殻上で、規格外の魔力反応を検知!』

『こ、これは……ジェネシスの主砲チャージ用メインリアクターを、外部から直接ロックオンしています!!』

「なんだと……!?」

グレイスがモニターを切り替えると、そこには、要塞の外殻に降り立った一機の漆黒のマギアナイト——『ルシフェル』の姿が映し出されていた。

「アルティナ、リアンヌ、速やかに母艦へ帰投せよ! 巻き込まれるぞ!」

『了解! お姫様も無理しないでよ!』

『ご武運を、ローゼリア!』

ローゼリアの通信を受け、ウイルス送信の役目を終えたアルティナのハルファスと、ハジメの特務機を大破させたリアンヌのブランが、要塞からスラスターを吹かして離脱していく。

(ちなみに、胸部を貫かれたハジメの機体は機能停止し、宇宙空間を漂いながら『あわわわ、誰か助けてくれぇぇ!』と情けない悲鳴を上げていたが、誰の目にも留まることはなかった)

「(……さて、厄介な無限湧き(バグ)の処理はアルティナがやってくれた。ならば、妾の仕事は一つじゃな)」

ローゼリアは、操縦桿を握りしめ、真紅の瞳に極寒の殺意を宿した。

ルシフェルの背部に搭載された、三基の規格外マギアエンジンが、不気味なほどの静けさで臨界点へと達する。

「バハムート。目標、要塞ジェネシスの中枢魔力炉。……照準エイムを合わせい」

『了解。ターゲット・ロック。マギアエンジン三基、リミッターを完全解除。全魔力を背部マナビーム砲にバイパスします』

キィィィィィィン……ッ!!

ルシフェルの両肩から展開した巨大な砲口に、深紅の魔力が渦を巻いて収束していく。

その圧倒的なエネルギー密度は、周囲の宇宙空間の重力を歪め、光すらも捻じ曲げるほどであった。

「……フェイト姉上の命を狙うという、身の程知らずのクソゲーを作った罪。万死に値する」

ローゼリアの金髪が、コックピット内の魔力光を受けて赤く輝く。

「その傲慢な野望ごと、宇宙の果てへ消え去れい!!」

ローゼリアが、トリガーを力強く引き絞った。

**——ズガァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!**

音のない絶叫。

ルシフェルの両肩から放たれた極太の深紅の魔力ビームが、宇宙空間を一直線に貫いた。

その光の奔流は、分厚いジェネシスの外殻装甲を紙屑のようにぶち破り、アルティナのハッキングによって防壁が解除されていた内部隔壁を次々と貫通。

そして、要塞の最も奥深く、星の魔力を吸い上げるために作られた超巨大なメインリアクターに、寸分の狂いもなく直撃した。

『あ、あぁ……俺の、新世界が……っ』

指令室のモニターが真っ白に染まる中、グレイスは呆然と呟いた。

次の瞬間、側近によって無理やり緊急脱出ポッドに押し込まれたグレイスは、要塞から虚空へと射出された。

ドクンッ、と。

ジェネシス全体が、心臓の鼓動のように一度大きく膨張し。

直後、内部のリアクターが臨界を超え、星を砕くほどの連鎖爆発を引き起こした。

超大型機動要塞ジェネシスは、真っ二つにへし折られながら、凄まじい光と熱線を放って宇宙空間に散華した。

その爆発の余波は、周囲を漂っていた五万機のドローン群の残骸すらも飲み込み、エターニアの野望の象徴を、完全なる宇宙の塵へと変えたのである。

「……目標の完全消滅を確認。作戦終了ミッション・コンプリートじゃ」

爆炎を背に、ルシフェルは漆黒の翼を翻してエインヘリアルへと帰還の途についた。

要塞の崩壊と同時に、マザーコンピューターからの指揮を失った五万機のドローン群は完全に機能を停止し、ただの鉄屑となって暗礁宙域を漂流し始めた。

指揮系統を失い、誇っていた要塞も失ったエターニアの残存部隊は、帝国大艦隊の圧倒的な威容の前に完全に戦意を喪失し、次々と武装を解除して降伏のシグナルを発した。

叛逆の王グレイスの乗った脱出ポッドの行方は知れないが、彼が再び立ち上がるための国力は、もはやどこにも残されてはいない。

……数時間後。

完全な静寂を取り戻した宙域で、戦乙女の母艦『エインヘリアル』は、無事に全機の回収を終えていた。

「……はぁ。今回ばかりは、本当に胃に穴が開くかと思ったぞ」

ブリッジの艦長席に深く腰掛けたブリュンヒルデは、空になった胃薬の瓶をデスクに置き、深い安堵の息を吐き出した。

「お疲れ様、団長。でも、私たちのハッキングとローゼリアの一撃、完璧だったでしょ?」

紫色の瞳を輝かせながら、アルティナがドヤ顔でVサインを作る。

「全くです。我が主の往く道に、敵など存在しません」

リアンヌも、誇らしげに胸を張った。

そこへ、ビリビリに破けたドレスからいつものダボダボのジャージ姿に着替えたローゼリアが、あくびをしながらブリッジに入ってきた。

「ふぁぁ……。疲れたわい。あの勘違い男の相手をした精神的疲労が、今になってドッと押し寄せてきおった。妾はもう寝るぞ」

「待て、ローゼリア。寝る前に、やらなければならない重大な任務が残っている」

ブリュンヒルデが、顔を引きつらせながらメインモニターを指差した。

『——通信入ります! 帝国軍旗艦、超弩級戦艦アヴァロンより、フェイト皇帝陛下からです!』

オルトリンデの緊張した声と共に、ホログラム・モニターが起動する。

「(げっ……)」

ローゼリアは、思わずジャージの襟に顔をうずめた。

モニターに映し出されたのは、漆黒の豪奢なドレスに身を包んだ、金髪黒眼の美しき女帝フェイトであった。

数時間前、エターニアに向けて「宇宙の塵となる光栄を与えます」と絶対零度の殺気を放っていた覇王の顔は、そこには微塵もなかった。

『——ああ! 私の可愛い可愛いローゼリア!!』

画面にローゼリアの姿が映った瞬間、フェイトの顔はパァァッ!と花が咲いたような、とろけるような甘い笑顔に変わった。

『無事でしたか!? 怪我はありませんか!? 悪い虫(転生者)に何か卑猥なことを言われませんでしたか!? ああ、もし貴女のその美しい金髪の一本でも傷ついていたら、私はあの宙域を恒星ごと焼き尽くすところでしたよ!!』

モニター越しに身を乗り出し、頬を紅潮させてまくしたてる帝国最高の権力者。

「(……本気でやりかねんから怖いんじゃよ、姉上は)」

ブリュンヒルデをはじめとする戦乙女の面々は、心の中で盛大に冷や汗を流してツッコミを入れた。

「あ、姉上。落ち着いてくだされ。妾は無事じゃ、擦り傷一つないわ」

ローゼリアは、タジタジになりながらも、ジャージ姿のまま片手を上げて答えた。

『ああ、良かった……。貴女がエターニアの宴で無理をしてドレスを着て、ヒールで転びそうになっていたと聞いた時は、私が飛んでいって抱き抱えてあげたかったのですよ?』

「なっ!? なんでそんなことまで知っておるんじゃ!」

『ふふっ。姉たるもの、妹の可愛いハプニングを把握しておくのは当然の義務ですから』

恐るべき帝国情報網(という名のシスコンストーカー網)の力に、ローゼリアは戦慄した。

『ローゼリア。本当に、よく頑張りましたね。あの忌まわしい要塞を破壊してくれて、ありがとう』

フェイトは、一瞬だけ皇帝としての威厳ある優しい顔に戻り、微笑みかけた。

「……姉上に手を出そうとする馬鹿どもを、妾が見過ごすわけがなかろう。大した手間ではなかったわい」

ローゼリアは、少し照れくさそうにそっぽを向いた。

『帰ったら、貴女の大好きな特大のイチゴのショートケーキと、最高級の紅茶を用意して待っていますからね。……今日は、久しぶりに私と一緒に同じベッドで寝ましょうね! 腕枕をしてあげますから!』

「……子供扱いするでないわ! 妾はもう一人で寝られる!!」

顔を真っ赤にして怒るローゼリアと、それをモニター越しに愛おしそうに見つめる女帝。

その光景を見て、ブリュンヒルデたち戦乙女の面々は、ようやく肩の力を抜いて和やかな笑みをこぼした。

銀河を揺るがす未曾有の危機と、傲慢な転生者国家の野望は、天才ハッカーと死神の鉄槌、そしてシスコン女帝の過剰なまでの武力介入によって、見事に粉砕された。

「やれやれ。……これで少しは、平和な日常ゲームざんまいが戻ってくるかのう」

ローゼリアは、ジャージのポケットに手を突っ込みながら、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに呟いた。

エーベルヴァイン帝国の絶対的な平和は、この最強で最凶の姉妹がいる限り、決して揺らぐことはないのだろうと、誰もが確信した瞬間であった。

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