第二幕 第五十四話:近衛騎士の矜持と、反逆のウイルス
要塞ジェネシスの漆黒の外殻上で、三分のカウントダウンが静かに始まった。
エターニアのネットワーク深部へと決死のハッキングを仕掛ける電子戦機『ハルファス』。その膨大な演算をサポートするため、自らの機体『ルシフェル』の出力を極限まで絞り、固定砲台と化した死神ローゼリア。
そして、その無防備な二機の前に立ち塞がるのは、純白の装甲に身を包んだ一騎の近衛騎士、リアンヌの『ブラン』であった。
『ハハハハッ! 動けない仲間を庇って孤軍奮闘とは、泣かせるシチュエーションじゃないか! だがな、その自己犠牲のヒロインごっこもここまでだ!』
深紅の特務機に搭乗するエターニアのエース、ハジメ・ナガノが狂気じみた笑い声を上げる。
彼が操縦桿を押し込むと、特務機の背部にマウントされた巨大な大剣が展開し、異常なまでの魔力光を放ち始めた。
『俺のこの新しい機体の出力は、以前の比じゃねぇ! 転生者の「魔力増幅」の異能を限界まで引き出す、俺専用のワンオフ機体だ! その細腕ごと、跡形もなく消し飛べェェッ!!』
深紅の特務機が、スラスターから爆発的な推進力を生み出し、隕石のような速度でリアンヌへと突進する。
大上段から振り下ろされる、必殺の魔力大剣。その一撃は、並の巡洋艦の装甲すら両断するほどの質量とエネルギーを秘めていた。
だが。
リアンヌの碧眼には、微塵の恐怖も焦りもなかった。
『——大振りで、直線的。……腕力に任せて棒切れを振り回す赤子の方が、まだマシな剣を振りますよ』
**ガギィィィィィィンッ!!!**
宇宙空間に、耳を劈くような金属の激突音が響き渡った。
リアンヌのブランは、ハジメの全力の一撃を真正面から受け止めるような愚行はしなかった。長槍の柄を絶妙な角度で傾け、相手の剣の軌道を「滑らせる」ようにして受け流したのだ。
ハジメの特務機は、自らの過剰な推進力と空振りの反動によって体勢を大きく崩し、前方へとつんのめる。
『なっ……!? 馬鹿な、俺のパワーを弾いただと!?』
『弾いたのではありません。あなたの力が、無駄ばかりだと言っているのです』
すれ違いざま、ブランの長槍の石突きが、特務機の膝関節を正確に打ち据えた。
『ぐあっ!?』
「(……流石はリアンヌじゃ。機体のスペックや異能のチートなど、彼女の研ぎ澄まされた『技術』の前ではただの的に過ぎん)」
固定砲台となっているルシフェルのコックピットから、ローゼリアはその完璧な槍捌きに感嘆の息を漏らした。
だが、敵はハジメ一人ではない。
『チッ、あの白兵戦機は厄介だ! お前ら、左右から回り込んで後ろの二機を狙え!!』
ハジメの指示を受け、黒い装甲に身を包んだ十機以上のエリート転生者たちが、リアンヌを迂回してルシフェルとハルファスへと殺到してきた。
『っ! させません!!』
リアンヌが風の魔力を展開し、広範囲の防御陣を張ろうとするが、流石に十機同時の多角的な突撃を完全にカバーすることは難しい。数機がリアンヌの死角を抜け、ローゼリアたちにビームライフルを向けた。
「(……バハムートの補正がない? 上等じゃ)」
ローゼリアは、コックピットの中で凶悪な笑みを浮かべ、操縦桿を握り直した。
現在のルシフェルは演算能力の70%をアルティナに回しているため、いつものような自律可動砲台による全方位予測射撃は使えない。照準はすべて、ローゼリアの完全な『マニュアル(手動)操作』に依存していた。
「(いつも通りに戻っただけじゃ!外す方が難しいわ!)」
ローゼリアの指が、限界ゲーマーとしての本領を発揮し、コンソールの上でタップダンスを踊るように躍動する。
ルシフェルの両腕にマウントされた連装魔力バルカンが、一切の無駄なく火を噴いた。
**ドドドドドドドドッ!!**
AIの補正を一切受けていない純粋な手動エイム。
しかし、その弾道は恐ろしいほど正確に、回り込んできた敵機の『メインカメラ』と『スラスターの噴射口』だけをピンポイントで撃ち抜いていった。
『ぎゃあっ!? 目が、モニターが!!』
『姿勢制御ができないッ! 激突する!!』
四機の敵機が、一瞬にしてコントロールを失い、要塞の外殻に激突して爆散する。
残り二分。
動けない状態でありながらも、死神の牙は決して鈍ってはいなかった。
### 三分間の攻防と、限界のハッキング
『……くそっ! なんだあいつら、化け物か!!』
ハジメは、背後の味方が次々と撃ち落とされるのを見て、焦燥と恐怖で顔を歪めた。
彼らは転生者であり、「自分たちこそが最強だ」と信じて疑わなかった。だが、目の前にいる戦乙女たちは、異能でもチートでもない、純粋な『練度』と『技術』だけで彼らを圧倒しているのだ。
『ローゼリア、進捗率75%! 敵のメインサーバーの第十二階層を突破したわ! あと少し……あと一分、持ち堪えて!!』
ハルファスの中から、金髪に紫色の瞳を輝かせるアルティナの悲鳴のような声が響く。彼女の額からは滝のような汗が流れ、脳への過負荷で鼻血がツーッと垂れていたが、キーボードを叩く手は決して止まらなかった。
『一分……! クソッ、させるかよ!!』
ハジメは、ついに理性を保てなくなり、特務機のマギアエンジンを限界突破させた。
深紅の機体の装甲がひび割れ、中から異常なまでの魔力の光が溢れ出す。
『俺の全魔力を込めた、広域殲滅モードだ!! 避けてみろ、お前が避ければ後ろの仲間が消し炭になるぜ!!』
ハジメが、大剣を両手で構え、特大の魔力刃を形成する。それは、要塞の外殻ごとリアンヌたちを吹き飛ばさんとする、捨て身の暴挙であった。
『……っ!!』
リアンヌの碧眼が見開かれる。
回避はできない。ローゼリアとアルティナを庇うためには、あの規格外のエネルギーの塊を、真正面から受け止めるしかなかった。
「リアンヌ! 無理じゃ、お主のブランの装甲では防ぎきれん! 一旦引け!」
ローゼリアが叫ぶ。
だが、純白の騎士は一歩も引かなかった。
『いいえ。私は……皇妹殿下の騎士です!!』
リアンヌは、ブランのスラスターを全開にし、自ら巨大な魔力刃へと突進した。
機体の全エネルギーを長槍とシールドに集中させ、風の魔力を『防御』ではなく、極限まで圧縮した『ドリル状の槍の穂先』へと変換する。
『——砕け散れ!! 《シュトゥルム・ペネトレイト》ォォォォッ!!!』
激突。
光と光が交差し、要塞の表面で超新星爆発のような閃光が弾けた。
ハジメの放った巨大な魔力刃の中心を、リアンヌの圧縮された風の槍が真っ向から抉り開けていく。
『ば、馬鹿な……! 俺の全力の、チートの一撃だぞ!? なぜ、たかが騎士風情が……!!』
『あなたの力は、借り物の紛い物! 我が主への忠義を誓った、この私の信念を砕くことなど、永遠にできはしない!!』
**ガアァァァァァァンッ!!!**
凄まじい衝撃音が響き、ハジメの特務機の大剣が、根元から無惨に粉砕された。
そのままの勢いで、ブランの長槍が特務機の胸部装甲を貫き、動力炉の寸前でピタリと停止する。
『あ、あぁ……』
コックピットの中で、ハジメは完全に戦意を喪失し、へたり込んだ。彼が頼みにしていた「特別な力」は、一人の騎士の誇りの前に完膚なきまでにへし折られたのだ。
『——ローゼリア! 100%!! インストール完了!!』
その直後。
アルティナの歓喜の叫びが、通信回線に響き渡った。
『特製ウイルス、要塞のメインノード経由で、全戦術リンクへ展開くわよ!……さあ、反逆の時間の始まりよ!!』
アルティナが最後のエンターキーを、力強く叩き込む。
その瞬間、宇宙空間に展開していた五万機ものエターニア軍のドローンとアグレッサー部隊の動きが、一斉にピタリと停止した。
正面宙域で、フェイト女帝の率いる帝国大艦隊からの砲火を浴びていた無数の機体群。
それらのカメラアイが、元の不気味な赤色から、一瞬のノイズを経て、アルティナのイメージカラーである『紫色』へと強制的に書き換えられた。
『……な、何が起きた? 帝国軍の攻撃で通信がバグったのか?』
要塞ジェネシスの指令室で、エターニアのオペレーターが混乱の声を上げる。
『グレイス様! 要塞のメインマザーコンピューターが、外部からのハッキングを受けています! 防壁が……全く機能しません! 敵味方識別信号(IFF)が、すべて書き換えられました!!』
『なんだと!?』
王グレイスが、玉座から立ち上がり、血相を変えてメインモニターを睨みつけた。
紫色の瞳を持った五万機の群れ。
それらは、一斉に帝国軍の大艦隊に背を向け、クルリと反転した。
そして、あろうことか、自分たちの母港であるはずの要塞ジェネシスと、周囲に展開していたエターニアのエース部隊に向けて、一斉に武器を構えたのである。
『……ハハッ。あはははははっ!』
要塞の外殻から、ルシフェルのコックピットに乗るローゼリアの、腹の底からの笑い声がオープン回線に響き渡った。
アルティナのハッキングが完了したことで、ルシフェルへの演算能力の制限は解除され、バハムートAIが完全な状態で再起動を果たしていた。
『さあ、エターニアの王よ。お前が誇っていた「無限の生産力」とやらだ。……自分自身で作った絶望の群れに、骨の髄まで食い殺される気分はどうじゃ?』
『き、貴様ら……戦乙女ェェェェェッ!!!』
グレイスの怒りと絶望の叫びが響き渡る。
しかし、その声はすぐに、要塞ジェネシスへと殺到する自軍(元)の五万機の猛烈な砲火と爆発音によって掻き消された。
「よくやった、アルティナ、リアンヌ! 最高の仕事じゃ!」
ローゼリアは、ケーブルをパージし、自由を取り戻したルシフェルをゆっくりと宙に浮かせた。
「(……さて、厄介な雑魚の無限湧きは片付いた。あとは、姉上を狙うこの巨大な要塞の心臓部を、物理的に叩き割るだけじゃな)」
漆黒の堕天使の背部から、再び8つの自律可動砲台が展開し、紅い魔力の光を放つ。
五万の群れが味方となった今、戦場を支配しているのは完全に『戦乙女』たちであった。
銀河最強の死神は、今度こそこの狂った要塞を宇宙の塵へと還すべく、その極大の火力を解放しようとしていた。




