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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第五十三話:女帝の怒りと、死神たちの強襲

暗礁宙域『セクター・オメガ』。

星々の残骸デブリが漂う不可侵の宙域は、突如として発生した未曾有の重力震によって、宇宙そのものが引き裂かれるかのような鳴動に包まれた。

無数の閃光が暗黒の空間に走り、次元の壁をぶち破って『それら』は姿を現した。

エーベルヴァイン帝国正規軍、第一から第五遊撃艦隊、並びに皇帝直属の近衛艦隊。

総数一万隻を超える、超弩級戦艦や重巡洋艦が形成する圧倒的な大艦隊群である。その威容は、並の星系国家であれば姿を見ただけで無条件降伏を選ぶほどの、暴力的なまでの質量であった。

その大艦隊の頂点に君臨する、皇帝専用の超弩級旗艦『アヴァロン』。

玉座の間からガラス張りのメインモニターを見下ろすのは、豪奢な漆黒のドレスに身を包んだ、金髪黒眼の美しき女帝——フェイト・エーベルヴァインであった。

「……見苦しいですね。我が帝国の美しき星海に、あのような小汚い鉄屑を浮かべて」

フェイトの黒曜石のような瞳が、前方に展開するエターニアの超大型機動要塞『ジェネシス』と、その周囲に群がる五万機の無人ドローンを冷酷に見据えた。

「よ、よろしいのですか、陛下! 宣戦布告の手続きも踏まず、このような大艦隊を前線に展開するなど、他国からの非難が——」

傍らに控える老将軍が冷や汗を流しながら進言するが、フェイトは扇子でピシャリとそれを制した。

「非難? 誰がするのですか? 我が帝国の愛おしき至宝……私の世界で一番可愛いローゼリアの命を狙い、あろうことか得体の知れない虫ケラが求婚までしたのですよ? ……星を一つや二つ消し飛ばしたところで、この怒りが収まるはずもありません」

フェイトの全身から、物理的な重圧すら伴うほどの凄まじい魔力と殺気が立ち上る。

老将軍は完全に口を閉ざし、ガタガタと震え上がった。

「全艦、主砲に魔力装填。出し惜しみは一切不要です。……あの汚らわしい虫ケラどもに、帝国を怒らせた代償を骨の髄まで刻み込んであげなさい」

フェイトの号令と共に、一万隻の戦艦の主砲が一斉に光を帯びた。

それは、宇宙空間に突如として一万の太陽が生まれたかのような、美しくも恐ろしい絶望の光景であった。

**——ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!**

一切の容赦のない、全艦一斉の飽和攻撃。

極太の魔力ビームが宇宙空間を埋め尽くし、ジェネシスの前衛に展開していたエターニアの無人機を一瞬にして数千機単位で蒸発させる。

『なっ……!? なんだあの火力は! 帝国軍の本隊だと!?』

要塞ジェネシスの指令室で、エターニアの王グレイスが驚愕の声を上げた。

『なぜ、たかが一部隊の遭遇戦に、皇帝自らが全軍を率いて現れる!? 奴らは狂っているのか!』

グレイスの常識(政治的判断)において、一国のトップがこのような辺境の小競り合いに全戦力をつぎ込むなどあり得ないことだった。しかし、彼は致命的に理解していなかった。相手が「妹のためなら世界を焼き尽くすシスコン女帝」であるという、理不尽極まりない事実を。

『——狼狽えるな! 敵の数がいかに多かろうと、所詮は有限! 我が国の「無限の生産力」で、一万の大艦隊ごと残らずすり潰してやれ!』

グレイスの怒声と共に、ジェネシスの後方ゲートから次々と新たな機体が吐き出され、無限湧きするドローンの波が帝国の砲火へと突撃していく。

ここに、帝国の全軍とエターニアの無限兵器による、常識外れの物量戦の火蓋が切って落とされたのである。

正面宙域が光と爆発の嵐に包まれ、エターニア軍の全ヘイト(注目)が帝国軍へと向けられていたその裏側。

暗礁宙域の死角となる巨大デブリ群の影で、戦乙女の母艦『エインヘリアル』は完全に気配を殺し、ステルスモードで静かに待機していた。

「……フェイト陛下の第一撃、確認。エターニアの防衛システムが、完全に正面の帝国艦隊にロックオンしました」

オペレーター席から声が上がる。

「流石は皇帝陛下だ。あのデタラメな物量を相手に、一歩も退かずにヘイトを稼いでくださっている。……さあ、ここからは我々の仕事だ」

艦長席のブリュンヒルデが、立ち上がり、ブリッジのクルーたちを見渡した。

「これより、作戦名『大規模指揮系統掌握システム・ハイジャック』を開始する。……作戦の成否は、ローゼリアたち『破壊チーム』が要塞のメインノードに到達し、アルティナの特製ウイルスを流し込めるかどうかにかかっている」

ブリュンヒルデの視線の先、モニターにはカタパルトで待機する六機のマギアナイトの姿が映し出されていた。

「ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデ! お前たち三名は、このエインヘリアルの直掩に残れ。ステルスを張っているとはいえ、戦闘が激化すれば流れ弾や索敵網から外れた敵機が必ずこちらへ流れてくる。……母艦に、指一本触れさせるな!」

『了解しました、団長。このランドグリーズの重斧に誓って、不届き者はすべて粉砕してご覧に入れます!』

モニター越しに、巨大な斧を構えた重装甲機『グリムゲルデ』に乗るランドグリーズが、豪快に笑う。

『ロスヴァイセ、狙撃機『ヘルムヴィーゲ』、迎撃態勢に入ります』

『オルトリンデ、電子戦機『ジークルーネ』、防壁展開完了。索敵データのリンクを維持します』

三人の熟練パイロットが、エインヘリアルの周囲に鉄壁の防衛フォーメーションを構築した。

「よし。……ローゼリア、リアンヌ、アルティナ。お前たち三名が、ジェネシス破壊の主力チームだ。敵のネットワークの中枢にルシフェルを直接繋ぎ、あのふざけた無限湧きシステムを乗っ取れ」

『任せておけ、団長。姉上が作ってくれたこの最高の舞台、無駄にはせんぞ』

ルシフェルのコックピットで、ジャージ姿のローゼリアが不敵な笑みを浮かべる。長くふわふわの金髪が、コンソールの光を受けて鈍く輝く。

『リアンヌ・ブラン、出撃準備完了。我が主の往く道は、この槍がすべて切り開きます』

『アルティナも準備オッケーよ。私の電子戦特化機『ハルファス』の演算領域も、ルシフェルと同期完了してるわ。あとは玉座にケーブルをぶっ刺すだけよ!』

金髪に紫色の瞳を輝かせるアルティナが、愛機の中から自信満々にウインクを飛ばす。

「頼んだぞ、お前たち。……全機、発進!!」

ブリュンヒルデの号令と共に、カタパルトから三筋の光が虚空へと射出された。

漆黒の堕天使『ルシフェル』。

純白の騎士機『ブラン』。

そして、紫色の流線型装甲を持つアルティナの電子戦用特装機『ハルファス』。

三機のマギアナイトは、正面の激戦から完全に意識が外れている要塞ジェネシスの『背後』へと、デブリの影を縫うようにして音もなく忍び寄っていった。

「(……流石に、裏口とはいえ警備がゼロというわけにはいかんか)」

ジェネシスの巨大な外殻まで残り数キロに迫った地点。

ローゼリアの真紅の瞳が、レーダーに映る数百の赤い光点を捉えた。

エターニア軍も馬鹿ではない。正面の帝国軍にかかりきりとはいえ、要塞の死角には後方警戒用の無人ドローン部隊と、数機の量産型アグレッサーが配備されていた。

『ピピ……所属不明機、三機確認。迎撃シーケンスニ移行シマス』

無機質な電子音と共に、数百のドローンが一斉にローゼリアたちにレーザーの照準を合わせる。

『ローゼリア、アルティナ! ここは私が!』

リアンヌの操るブランが、ルシフェルの前に躍り出た。

機体のスラスターが蒼い炎を噴き上げ、風の魔力が長槍の先端に竜巻のように収束していく。

『散れ、有象無象が!!』

リアンヌが長槍を真横に薙ぎ払った瞬間、宇宙空間に真空の刃を伴った暴風の壁が生まれ、ドローンの群れを真正面から飲み込んだ。

装甲の薄い無人機たちは、風の刃によって次々とスクラップに変えられ、陣形にぽっかりと巨大な風穴が開く。

『ナイスよ、リアンヌ! 撃ち漏らしは私が処理するわ!』

後方に控えるアルティナのハルファスが、長砲身のビームスナイパーライフルを構える。紫色の瞳で照準器を覗き込む彼女の指先がトリガーを引くと、見えない糸で引かれたかのような精密射撃が、リアンヌの風の壁をすり抜けた敵機のコアを次々とぶち抜いていった。

「お主ら、最高のサポートじゃ! ……さあ、一気に距離を詰めるぞ!」

ローゼリアは、二人が切り開いた突破口へとルシフェルをフル加速させた。

ルシフェルの背部に搭載された三基のマギアエンジンが限界まで唸りを上げ、漆黒の装甲が紅い魔力の光跡を残しながら、敵陣のど真ん中へと突っ込む。

『なっ、速すぎる!? 捉えきれねぇ!』

後方警戒を任されていたアグレッサーのパイロット(転生者)が、慌ててビームライフルを乱射する。しかし、ルシフェルはその軌道を完全に読み切り、紙一重で回避しながら肉薄した。

「(ゲームで散々やり込んだ『弾幕避け』に比べれば、お主らの射撃など止まって見えるわ!)」

ルシフェルの両手に握られた魔力振動刀が閃く。

すれ違いざまの一閃。それだけで、重装甲を誇るアグレッサーは、パイロットが反応する暇すらなく、コクピットを避けた駆動系のみを両断され、宇宙のデブリと化した。

斬る、弾く、躱す。

一切の無駄を省いた、プログラム以上に正確で、芸術的なまでに美しい死神の乱舞。

わずか数分の間に、後方警戒にあたっていた数百の部隊は、ローゼリアたち三人の完璧な連携の前に完全に沈黙した。

「バハムート、メインノードへのアクセスルートは?」

『前方、要塞外殻に存在する大型メンテナンスハッチを推奨。装甲が薄く、内部の戦術ネットワーク中枢への物理アクセスが最短で可能です』

「よし、そこじゃ! アルティナ、準備はいいな!」

『ええ、特製ウイルスのパッケージは完了してるわ。あとは、私の機体からルシフェルを経由して、マザーコンピューターにぶち込むだけよ!』

三機は、漆黒の宇宙に浮かぶ超巨大要塞ジェネシスの表面、巨大なメンテナンスハッチの上へと着地した。

『よし、物理接続プラグイン完了! これより、システムへの強制アクセスを開始するわ!』

アルティナのハルファスから伸びた数本の太いデータケーブルが、ルシフェルの背面ポートと、要塞のメンテナンスハッチの制御盤に突き刺される。

アルティナの金髪が揺れ、彼女の紫色の瞳が、コックピット内の無数のウインドウに流れる膨大なデータコードを高速で処理し始めた。

『ローゼリア、ルシフェルの演算能力バハムートのリソースを70%、私の方へ回して! 敵のファイアウォール、かなり手強いわ! ウイルスの流し込みが完了するまで、最低でも「三分」はかかる!』

「三分じゃな。了解じゃ。……バハムート、アルティナのサポートに回れ」

ローゼリアの指示で、ルシフェルの機能の一部が停止し、機体の出力が一時的に制限される。

ウイルスを注入している間、ルシフェルはケーブルで繋がれたまま動くことができない、固定砲台(あるいはただの的)となってしまうのだ。

「リアンヌ、ここから三分間、何があってもアルティナと妾の機体を死守するぞ」

『はっ! このブランの装甲が砕け散ろうとも、敵機一機たりとも近づけさせません!』

リアンヌが長槍を構え、ルシフェルとハルファスの前に立ち塞がった。

その時である。

要塞の表面に、ズシンッ、ズシンッ、と重い地響きのような振動が伝わってきた。

『——ネズミが裏口から入り込んでいると思ったら。やはり、貴様ら「戦乙女」か』

通信回線に響いたのは、不快なほどに傲慢で、ねっとりとした男の声だった。

メンテナンスハッチの奥から、要塞の内部通路を通って現れたのは、通常の機体とは明らかに一線を画す、禍々しい深紅の装甲を持った巨大なマギアナイト。

『先日のお礼をさせてもらうぜ、お姫様。……そして、俺をコケにしたそこの金髪の騎士もな』

現れたのは、かつてローゼリアのルシフェルにダルマにされ、無様な敗北を喫したエターニアのエースパイロット——ハジメ・ナガノであった。

だが、彼の乗っている機体は以前のアグレッサーではない。ジェネシス防衛用に特別に作られたであろう、過剰なまでの重武装と、背部に巨大な大剣を背負った特務機である。

さらに、ハジメの背後からは、同じように黒い装甲に身を包んだエターニアの近衛兵(エリート転生者)たちの機体が、十機以上も姿を現した。

『皇帝の大艦隊に気を取られている間にハッキングとは、小賢しい真似を。だが、お前たちはここで終わりだ! 動けないその黒い機体ごと、俺の新しい力でスクラップにしてやる!』

ハジメが、狂気じみた笑い声を上げる。

「(……ちっ、やはり時間稼ぎのイベントは避けられんか)」

ローゼリアは、コックピットの中で舌打ちをした。

バハムートの演算能力をアルティナに回しているため、今のルシフェルは自律可動砲台も使えず、魔力出力も制限されている。

「リアンヌ、三分じゃ。……やれるか?」

ローゼリアが静かに問うと、リアンヌはブランの長槍をクルリと回し、氷のように冷たい声で答えた。

『愚問です、ローゼリア。……私を誰だと思っているのですか』

リアンヌの碧眼に、熾烈な闘志が燃え上がる。

『私は、戦乙女の近衛騎士。我が主の背中を守る盾です。……あのような三流の寄せ集め、三分もあれば十分。私がすべて、宇宙の塵に還してご覧に入れましょう!』

「ふっ、頼もしいことじゃ。……妾も、手が空いている武装だけで援護するぞ」

圧倒的な数の敵エリート部隊と、動けない死神、そして防衛を担う一騎の騎士。

要塞ジェネシスの表面で、帝国の命運を懸けた極限の三分間の防衛戦ディフェンス・ミッションが、今まさに始まろうとしていた。

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