表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
177/302

第二幕 第五十二話:天才ハッカーの逆転劇と、無限の群れの攻略法

薄暗いエインヘリアルの電脳作戦室サイバールーム

そこは現在、空のコーヒーカップとエナジードリンクの空き缶が散乱する、さながら修羅場を迎えた開発現場のような有様となっていた。

「……カタカタカタカタカタカタッ!!」

部屋の中央、無数のホログラム・モニターに囲まれた特等席で、金髪を振り乱しながら高速でキーボードを叩き続けている少女——アルティナの指先は、もはや残像しか見えないほどの速度に達していた。金髪に紫色の瞳を持つ彼女のその瞳は、今は血走ったようにモニターの光を鋭く反射している。

彼女の目の前には、先日の強行偵察でエターニアのメインサーバーから奪取した、超大型機動要塞『ジェネシス』の膨大な設計データと、無数の魔力波長を示すグラフが滝のように流れている。

「……違う。ここじゃない。こっちの暗号化プロトコルもダミー。奴らの『無限生産』を支えているメインの魔力回路はどこ……? 物質創造の異能と、ドローンを制御する指揮系統……絶対に、どこかに接続の『ボトルネック』があるはず……ッ!」

血走った紫色の瞳でモニターを睨みつけるアルティナ。

その背後のソファでは、ダボダボのジャージ姿のローゼリアが、長いふわふわの金髪をクッションに預けながら、心配そうに彼女の背中を見つめていた。

隣には、純白の騎士服に身を包んだリアンヌが、ローゼリアのために淹れた温かいハーブティーのカップを持ったまま、同じように固唾を呑んで見守っている。

「……もう丸二日じゃぞ。アルティナのやつ、一睡もしておらん。いくら天才ハッカーとはいえ、脳が焼き切れてしまうのではないか?」

「ローゼリア。アルティナも、あなたの命を狙うあの忌々しい要塞を、一日でも早く叩き潰したいと必死なのです。……ですが、確かにあのような無茶なハッキングを続ければ、身体が持ちません」

リアンヌが懸念の声を上げた、まさにその時である。

「——ッ!! ターゲッティング、完了ビンゴォォォォッ!!」

突如として、アルティナが椅子から飛び上がり、両手を天に向かって高々と突き上げた。

「はっはー!! 見たか、この転生者ども! どんなにズルい異能を使おうが、システムとして組み上げた以上、絶対に『設計者のアラ』が出るのよ! 完全に丸裸にしてやったわ!!」

「お、おおっ!? 見つかったのか、アルティナ!」

ローゼリアがソファから身を乗り出す。

アルティナは興奮冷めやらぬ様子でキーボードを叩き、メインモニターに一つの巨大な立体構造図を映し出した。それは、五万機以上の敵機体に囲まれていた、あの要塞ジェネシスの内部構造である。

「ローゼリア、リアンヌ、よく見て! 奴らの『無限増殖』のカラクリが完全に解けたわ。……そして、あの悪夢のような物量を一瞬で無力化する、最高の『抜け道』もね!」

そこへ、タイミング良く作戦室の自動ドアが開き、疲労困憊といった様子のブリュンヒルデが入ってきた。彼女の手には、すっかり中身の減った胃薬の瓶が握られている。

「……騒がしいな。アルティナ、突破口は見つかったのか?」

「ええ、団長! 完璧な攻略法よ! 今すぐ説明するわ!」

アルティナは、得意げな笑みを浮かべてホログラムの図面を拡大した。

「まず、大前提から説明するわね。私たちが遭遇したあの『五万機』のアグレッサーとドローンの群れ。あれは間違いなく、転生者の『物質創造』系の異能で作られたものよ」

アルティナは、指揮棒代わりのペンでモニターを指した。

「でも、いくら機体を無限に作れたとしても、それを『動かす』ためには別の問題が発生する。……ローゼリア、大量の自動兵器を一つの戦場に同時に出現させたら、制御システムはどうなる?」

「……当然、処理の遅延が発生する。五万もの機体がそれぞれ独立した高度な頭脳で動いておるなら、大元の演算能力がパンクして、まともに動かなくなるはずじゃ」

「その通りよ!」

アルティナは指を鳴らした。

「エターニアの連中も、その問題には直面したはずよ。だから奴らは、五万機の機体を個別のAIで動かすのではなく、『要塞ジェネシスの中枢にある巨大なマザーコンピューター』から、一括で指揮統制を送る方式をとったの。つまり、あの五万機は、ジェネシスという巨大なサーバーから発信される電波で動く、巨大な操り人形の群れに過ぎないわ」

「なるほど。つまり、そのマザーコンピューターを物理的に破壊すれば、あの群れは機能を停止するということだな?」

ブリュンヒルデが腕を組んで尋ねる。

「ええ。でも、そのマザーコンピューターに近づくために、五万機の壁を抜けなきゃならないっていう本末転倒な状況だったじゃない? だから、私は『物理的な破壊』じゃなくて、『システム側からの破壊』を考えたのよ」

アルティナの紫色の瞳が、妖しく輝いた。

「五万機もの操り人形を同時に動かすためには、エターニア側は機体と要塞の間で、常に膨大な量の『戦術リンクの通信』を行っている。……そこで、私が徹夜で組み上げたこの『特製論理ウイルス』の出番よ」

アルティナがモニターを操作すると、黒い禍々しいコードの羅列が浮かび上がった。

「このウイルスは、エターニアの戦術リンクの波長に偽装して、敵の通信網に侵入する。そして、機体に設定されている『敵味方識別信号(IFF)』を強制的に書き換えるの」

「……書き換える?」リアンヌが首を傾げる。

「そうよ。敵の機体から見て、味方であるはずのエターニア軍を『殲滅対象』に、そして逆に、私たち戦乙女を『味方』として認識させる。……もしこのウイルスが五万機のネットワークに蔓延したら、どうなると思う?」

その恐るべきシナリオに、ローゼリアの赤い瞳がカッと見開かれた。

「——同士討ちじゃ。五万機の群れが、一斉に要塞ジェネシスと味方の転生者たちに牙を剥く。……あの絶望的な物量が、そのまま奴ら自身を食い破る『毒』に変わるわけか!」

「ご名答!」

アルティナは悪戯っぽくウインクをした。

「名付けて、『大規模指揮系統掌握システム・ハイジャック作戦』よ! 理不尽な物量には、システムそのものを狂わせて対抗する。これが天才ハッカーたる私の出した答えよ!」

「素晴らしい……! 流石はアルティナだ。これなら、いかに敵が多かろうと関係ない!」

リアンヌが感嘆の声を漏らす。

しかし、ブリュンヒルデは冷静に一つの懸念を口にした。

「理論は完璧だ、アルティナ。だが、どうやってそのウイルスを敵のネットワークに流し込むんだ? エターニアのメインサーバーは強固なファイアウォールで守られているはず。外部から遠隔でウイルスを送り込むには、敵の通信網の中心に極めて近い距離まで接近し、なおかつ敵の演算能力を上回る『規格外の処理能力を持つスーパーコンピューター』で、強制的にアクセスをねじ込む必要があるぞ」

「(……規格外の処理能力を持つ、スーパーコンピューター?)」

ローゼリアは、その言葉にハッとして、己の胸に手を当てた。

アルティナが、ニヤリと笑ってローゼリアを見る。

「団長の言う通りよ。エターニアの五万機を制御するマザーコンピューターをハッキングでねじ伏せるには、私の手元の端末じゃスペック不足。……だから、ローゼリア。あなたにお願いがあるの」

「……バハムート、じゃな?」

「ええ。過去の世界からあなたが持ち込んだ規格外の遺産にして、神の演算能力を持つ自律型AI『バハムート』。……あのAIの並列処理能力と、ルシフェルの持つ三基のマギアエンジンの出力を『送信アンテナ』として使えば、エターニアのネットワークを物理的に乗っ取ることが可能よ」

つまり。

ローゼリアの駆る漆黒の堕天使ルシフェルは、敵陣のど真ん中に突撃し、破壊兵器としてではなく、極大の『ウイルス送信ルーター』として機能しなければならないということだ。

「……ふはっ、あはははははっ!」

ローゼリアは、腹を抱えて笑い出した。

「最高じゃ! 力押ししか能のない転生者どもに、盤面ごとひっくり返される絶望を味わわせるんじゃな! ええぞ、アルティナ! その計画、乗ったわい!」

「よし、ハッキングの算段はついたな。……だが、ルシフェルが敵のネットワークにアクセスするためには、要塞ジェネシスの防衛圏の奥深く、『絶対防衛ライン』を突破しなければならない。五万機の群れを前に、どうやってそこまで近づくかが最大の問題だ」

ブリュンヒルデが、作戦の最も困難な部分を指摘する。

すると、ブリュンヒルデの顔に、極度の疲労と、ある種の『畏怖』が入り混じった複雑な表情が浮かんだ。

「……その点については、問題ない。最高の『囮』が用意できた」

「囮? 団長、まさか……」

「ああ」ブリュンヒルデは深くため息をつき、頭を抱えた。

「先ほど、帝国の本国……フェイト皇帝陛下と極秘の通信を終えたところだ。ローゼリアの言う通り、アルティナが抜いてきたジェネシスの標的座標のデータと、あの空域での遭遇戦の状況を報告した」

ブリュンヒルデの言葉に、ブリッジの空気がピンと張り詰める。

「……姉上は、何と?」

ローゼリアがごくりと喉を鳴らして尋ねた。

ブリュンヒルデの脳裏に、通信用モニターの向こう側で、金髪黒眼の美しき女帝が、絶対零度の怒気を放っていた姿がフラッシュバックする。

『——私の。私の愛する、世界で一番可愛い妹のローゼリアに、あろうことか汚らわしい虫ケラ(転生者)が求婚し、挙句の果てに軍を差し向けて命を狙った……と?』

その時のフェイトの声は、静かでありながら、帝国の心臓部すら凍りつかせるほどの殺意に満ちていた。

『ブリュンヒルデ。今すぐ帝国の戦略級魔力殲滅兵器プラネット・クラッカーの封印を解きなさい。エターニアという国が存在する星系ごと、宇宙の歴史から消し去ってあげます』

『へ、陛下!? お待ちください! 今、あの宙域に戦略兵器を撃ち込めば、周辺の非戦闘中立宙域まで消滅してしまいます! それに、ジェネシスの完成前にこちらから大規模攻撃を仕掛ければ、奴らが自暴自棄になって要塞を自爆させる危険性も——!』

必死の説得と、胃に穴が開くような一時間の交渉の末、なんとか戦略兵器の使用は思いとどまらせたものの。

「フェイト陛下は、激怒しておられた。……いや、激怒という言葉では生ぬるい。帝国の全軍に『非常動員』をかけられたのだ」

ブリュンヒルデは、遠い目をしながら語った。

「皇帝陛下自ら座乗する超弩級戦艦『アヴァロン』を旗艦とし、帝国近衛艦隊、第一から第五までの遊撃艦隊……総数、一万隻を超える帝国の正規大艦隊が、現在、暗礁宙域オメガの正面に向けてワープ航行中だ。……名目は『エターニアの不法占拠宙域に対する、帝国軍による大規模演習』。事実上の、宣戦布告だ」

「い、一万隻じゃと!?」

ローゼリアが素っ頓狂な声を上げる。

「ええ……ローゼリアへのシスコンぶりは知ってたけど、まさかそこまでやるとはね……」アルティナも呆れ顔だ。

「陛下は、自らが率いる一万の艦隊で、エターニアの五万のドローン群を真正面から引きつけると仰った。敵の要塞ジェネシスの迎撃システムと、あの異常に湧き出る群れの注意を、帝国軍がすべて受け止める」

ブリュンヒルデは、ローゼリアの肩をガシッと掴んだ。

「ローゼリア。陛下からの勅命だ。

『お姉様が虫ケラどもの目をすべて引きつけている間に、私の可愛いローゼリアは、こっそりと裏から回って、あの生意気な要塞に引導を渡してきなさい』……とのことだ」

その言葉を聞き、ローゼリアは一瞬ポカンとした後、ふっと嬉しそうに破顔した。

「(……全く、姉上は相変わらず過保護すぎるわい。じゃが、これ以上ないほど心強い最高の盾じゃ)」

帝国の皇帝自らが最前線で囮となり、巨大な敵の群れを引きつける。

その間に、銀河最強の死神と天才ハッカーが、敵のシステムそのものを掌握し、五万の軍勢を寝返らせる。

「……完璧な布陣じゃな」

ローゼリアは、真紅の瞳に燃え盛るような闘志を宿し、拳を固く握りしめた。

「リアンヌ。アルティナ。そして団長。……エターニアの勘違い転生者どもは、ただの『機体性能』と『物量』が戦のすべてだと信じて疑っておらん」

ローゼリアは、かつて数え切れないほどの死線を潜り抜けてきた絶対的な自信と共に、不敵に笑い放った。

「今こそ教えてやろう。本物の戦いの勝ち方というやつをな。……これより、作戦名『大規模指揮系統掌握システム・ハイジャック』を発動する! 妾のルシフェルで、奴らの要塞の玉座まで、最速で案内してやるわい!」

「はっ! このリアンヌ・ブラン、ローゼリアの歩む道を、必ずや切り開いてみせます!」

リアンヌが、床に跪き、純白の騎士の誓いを立てる。

「任せておいて、ローゼリア。私の特製ウイルスで、エターニアのネットワークをズタズタに引き裂いてあげるわ」

アルティナが、金髪を揺らし、紫色の瞳を輝かせながらタブレットを片手に妖しく微笑む。

かくして。

帝国最強の女帝が率いる大艦隊と、戦乙女の精鋭たちによる、前代未聞の奇襲作戦が幕を開けた。

圧倒的な物量で勝利を確信しているエターニアの叛逆王グレイスは、まだ知らない。

己が築き上げた五万の軍勢という『絶対の盾』が、天才ハッカーと死神の手によって、己の喉首を掻き切る『最悪の刃』へと変貌する瞬間が、すぐそこまで迫っていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ